今年は、6月から我が家に「産経新聞」が配達されています。
年間通して購読している「岩手日報」「岩手日日」の3紙が毎朝、雨が降っても
雪が降っても、ほぼ定時に配達されます。
子供の頃から、当たり前のように馴染んできたこのシステムというか、サービスの
素晴らしさにあらためて感謝します。
政治で国内世論が割れるときは、全国紙を読み比べたくなりますが、一般家庭では
経済的になかなか難しい問題です。
我が家では、長い間、「毎日新聞」を購読していましたが、読売さんと朝日さんの
主婦目線の勧誘に、我が家では簡単に陥落し、ここ10年は、朝日と読売を交互に
購読しています。
そのような中、
以前ブログでも書きましたが、ロサンゼルスに暮らす、一関出身の方からメールを
いただき、「従軍慰安婦」問題に関する、市議会の意見書について、深く考える
経験をしました。私たちは、基本的に新聞報道を真実と認識しますし、新聞社の報道
には、それだけの信頼をしてきました。
まあ、様々な理由はありますが、大好きだった「毎日新聞」が配達されなくなり、
「朝日新聞」から距離をおくこととなりました。
ところで、新聞の2面から3面にある「社説」「論説」「主張」・・・は、
新聞社にとってもっとも重要なものであり、不可欠なものであると思っています。
一関に暮らす私たちにとって、もっとも身近にあり、情報の基本となっている
「岩手日日新聞」には、残念ながらこれがありません。
一関のマスコミとして、市民が関心を寄せる、政治、大きな市政課題に関して
「岩手日日新聞」の主筆、主幹が、社説なり論説なり、主張を載せるべきと私は、
個人的に期待しています。