たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



以下、宗教人類学研究会の2017年6月~10月の予定です。
どなたでもご参加いただけます。

◆第3回研究会 【日時】2017年6月19日(月)18:20~20:20
【1】 L. Chuluunbaatar (National University of Mongolia/Invited Visiting Scholar at Rikkyo University)
"Studies of Mongol Shamanism."
【2】 Takehiro Sato (Rikkyo Univeristy)
”The Way of the Shamanship-Sensing the multiple sounds of Shaman-
 *This seminar will be held in English.

◆第4回研究会 
【日時】
2017年7月8日(土)14:00~17:00
立教大学異文化コミュニケーション学部公開講演会「シャーマニズムを真剣に受け取る」
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2017/07/qo9edr000000n50v.html

◆第5回研究会 【日時】2017年7月22日(土)17:30~19:30
著者を囲んで~石倉敏明・田附勝『野生めぐり:列島神話の源流に触れる12の旅』を読む~

◆第6回研究会 【日時】2017年10月13日(金)16:00~19:00
『信念の呪縛』から宗教研究を問い直す

*すべて立教大学池袋キャンパスにて開催します。
*詳細は、各回のページでご確認ください。



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2017年5月27日(土) 9:30-11:55 F会場(F202)

分科会 他種と「ともに生きる」ことの民族誌―マルチスピーシーズ人類学の展望と課題

代表者:奥野克巳

コメンテーター:大杉高司

大石高典 ニホンミツバチの養蜂におけるマルチスピーシーズな関係―海外事例との比較からみた国内研究の展望

島田将喜 妖怪キジムナーのモデルを追え!―境界的存在としてのヤンバルクイナと沖縄の妖怪

奥野克巳 ヤマアラシと人とものをめぐるコンタクト・ゾーン―サラワクにおける複数種のランドスケープ

合原織部 猟犬の領域の住還―宮崎県椎葉村の猟師と猟犬のコンタクト・ゾーンに着目して

近藤祉秋 「残り鳥」と過ごす冬―内陸アラスカにおける鳥と人の刹那的な絡まりあい






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【日時】
2017年3月31日(金)14:00~18:00

【場所】
立教大学池袋キャンパス 15号館(マキムホール) 10階 M1008

【テーマ】
堀一郎 『日本のシャーマニズム』(講談社現代新書、1971)を読む

【問い合わせ先】
初参加の方、質疑など、お気軽に下記にお問い合わせください。
・奥野克巳 katsumiokuno[アットマーク]rikkyo.ac.jp 
・佐藤壮広 callsato[アットマーク]gmail.com
*スパムメール対策のため、[アットマーク]を@に代えてください。

宗教人類学研究会のHP

 



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季節のないボルネオ島の混交双葉柿林。
2017年3月上旬、サラワクのブラガ川の上流域。
花がぽつぽつと咲き始めていた。
花の季節(daun busak)が到来したようだ。


森で最もたたくそびえるメンガリスの木(tanyit)には、オオミツバチ(layuk)が巣をつくり始めていた。

オオミツバチは花蜜を吸いメンガリスに巣をつくり始めると、プナンは来るべき動物の大量出現に向けて、狩猟の準備を開始する。
花の季節の後、実が成り、コウモリやトリが啄んだ実を地面に落下させ、地上動物が身を食べに樹下に集うからである。

もうすぐ果実の季節(daun bue)となり、森に動物が集う。
やがて、森は楽園となるだろう。



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無花果(イチジク)の果実は鳥や動物に食べられ、糞とともに地上に排出され、発芽して、そこに立ってる木の幹を伝って根を伸ばしていく。根がやがて分枝し、宿主の木の幹を網状に覆うようになると、宿主の木は枯れてしまい、幹は中空となる。日本語で「締め殺し無花果」と呼ばれるFicus sp.は、無花果のうち着生型のものである。地表に落とされた無花果の種子の、意識や思考の原初形態のような、成長するための意志、志向性。不可思議な、フラットに言えば、特徴的な無花果の生態。

プナンは吹矢や槍や銃などの道具を用いてもっぱら一瞬のうちに獲物を殺害するため、「絞め殺す」作法を取ることはない。それは、人間が用いることがない自然のもつ「力」なのである。イチジクの枝は、時間をかけて元の木をじわじわと締めつけるようにして枯らせてしまう。それは髪の長い美しい女のカミ(baley)のなせる業である。シャーマン(dayung)には、その女神の姿が見えるのだといもいう。中空の幹は穿たれた孔の奥の神秘であり、森を歩く男たちにとっては神々しい女的な存在であると感じられる。プナンは、締め殺し無花果、女神、人間の女の身構えの類似性を感知している。アニミズムと呼ぶ以前にすでに。

2017年春、フィールドに入る直前の覚書として。



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第5回研究会(予告) ハラウェイ、ローズ、ナイト&フィン
第5回研究会サイトへ

日時 2017年1月22日(日) 13:00~17:30
場所 立教大学 池袋キャンパス 12号館 2階 ミーティングルームA,B

マルチスピーシーズ人類学 特集セッション1 種間関係の「愛と非-愛」

13:00~15:00
■ファシリテータ シンジルト(熊本大学)、近藤祉秋(北海道大学)、奥野克巳(立教大学)

【趣旨】 ダナ・ハラウェイは、『伴侶種宣言』の中で、イヌと人の間の「重要な他者性」を語るとき「愛」を強調した。ハラウェイのもう一つの重要な著作『犬と人が出会うとき』では、種間の「愛」は、いかに論じられているのだろうか?他方、オーストラリアン・ヒューマニティーズ・レヴュー誌の2011年の特集「嫌われものたち」(Australian Humanities Review 50, May 2011 “Unloved Others: Death of the Disregarded in the Time of Extinctions”)では、人間と他種との「非-愛」が一つの軸となっている。本特集セッションでは、ハラウェイの「愛」論と「嫌われものたち」の特集論文を読んで、マルチスピーシーズ人類学における「愛」について検討する。さらには、ハラウェイの「クルトゥセン」をめぐる最新論考を読み、ハラウェイの「愛」とその後を追ってみたい。取り上げる文献は以下である。

・ダナ・ハラウェイ 『犬と人が出会うとき:異種協働のポリティクス』高橋さきの訳、2013年、青土社
・Deborah Bird Rose  “Flying Fox: Kin, Keystone, Kontaminant”. Australian Humanities Review 50
・Donna Haraway “Tentacular Thinking: Anthropocene, Capitalocene, Chthulucene". e-flux 75

マルチスピーシーズ人類学 文献レヴュー4

15:15~16:15
■ファシリテータ 相馬拓也(早稲田大学)

ハチ及び蜂蜜は、人間にとっての食料としてだけでなく、文化的にも重要な対象であった。モンゴルの人と家畜との「ともに生きる」関係を描きだしたナスターシャ・フィン(Living With Herds: Human Animal Coexistence In Mongolia. 2011)によるオーストラリアのYolnguの人々の、人間とハチの多層的な関係性を取り上げた論文を読み、議論する。

・Natasha Fijn "Sugarbag Dreaming: the significance of bees to Yolngu in Arnhem Land, Australia". HUMaNIMALA 6(1): 41-61

16:30~17:30
■ファシリテータ 奥野克巳(立教大学)

1980年代後半から日本の山村でフィールドワークを行い、日本人と野生動物の関係に関して、”When timber grows wild: the desocialisation of Japanese mountain forests” In Nature and Society. Descola, Ph. and Gisli Pallson(ed.), 1996, Waiting for Wolves in Japan. 2006, Herding Monkeys to Paradise. 2011などの研究を精力的に発表してきたジョン・ナイトの狩猟に関する近年の論文を取り上げて検討する。 ・John Knight  “The Anatomy of the Hunt: A Critique of hunting as Sharing”. Current Anthropology 53(3)

*研究会には、関心のある方ならどなたでも参加いただけます。
関連諸文献に関しては、各自で入手願います。
入手できない場合には、以下の連絡先まで問い合わせてください。
配布資料準備のため、参加者は、研究会の3日前までに参加の旨をご連絡ください。

連絡先:奥野克巳 katsumiokuno@rikkyo.ac.jp




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年初には順調な滑り出しで、この分なら年80~100冊行けるのではと思ったほどの勢いが、夏から秋にかけて突然失速し・・・だが、今年もなんとか50冊に達したようだ。小説は、あっちに行きこっちに行きつつしながら、テキト~に読み漁るのがいい。今年は、吉村萬壱さんの本を5冊読んで、お会いすることもできた。待望のハレンチ作家あらわる、と周囲には言いふらしてる。今後、どんな作品が出されるのか、期待大。小野正嗣さんの作品も二冊読みお会いした。多言語状況に身を置くことで言語に向き合うことができるという考えに感じ入った。リョサの『ドン・リゴベルトの手帖』は、低俗な軽さと重厚さを兼ね備えたエロティシズム小説の傑作。中村邦生さんの『転落譚』は、文学に対する深い理解から生まれた物語。ルルフォ『ペドロ・パラモ』、石牟礼道子『あやとりの記』、森敦『月山』に見られる、人と人ならざる世界をめぐる幽冥譚の系譜とでもいうべき文学の想像力の豊かさに脱帽。待つのだけど何を待っているのかさえ分からないというとてつもなく大きな不条理。『ゴドーを待ちながら』は、私たちの人間の生きている世界は、そんな感じでできているんだということを示している。ベケットじつに恐るべし。まだまだ触れてない度肝を抜く作品があることの予感。まだまだ、文学が足りない。ザルテンの『バンビ』は、児童文学だろうと高をくくってスルーしていたのかもしれない。ノロジカから見た世界の描写。あいつと称される人間は、じつに嫌なやつなのだ・・・以下、2016年の濫れ読みの個人的な記録として。

小松左京 『果てしなき流れの果に』
マリオ・バルガス・リョサ 『ドン・リゴベルトの手帖』
ベルナール・ウェルベル 『蟻』
ホーソーン 『緋文字』
野坂昭如 『エロ事師たち』
梨木香歩 『村田エフェンディ滞土録』
『エドガー・アラン・ポー短編集』
『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』
谷崎潤一郎 『蓼喰う虫』
吉村萬壱 『ハリガネムシ』
吉村萬壱 『ボラード病』
吉村萬壱 『クチュクチュバーン』
吉村萬一 『臣女』
夢枕獏 『陰陽師』
ゴーンブローヴィッチ 『フェルディドゥルケ』
中村邦生 『転落譚』
小野正嗣 『九年前の祈り』
小野正嗣 『残された者たち』
谷崎由依 「天蓋歩行」
室生犀星 『蜜のあわれ』
幸田文 『木』
シェイクスピア 『マクベス』
ジュリアン・グラック 『半島』
シェイクスピア 『オセロー』
ベケット 『ゴドーを待ちながら』
フェンテス 『アウラ・純な魂』
カーソン・マッカラーズ 『結婚式のメンバー』
中村邦生 『チェーホフの夜』
シェイクスピア 『リア王』
平出隆 『鳥を探しに』
フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ』
日野啓三 『台風の眼』
J.G.バラード 『沈んだ世界』
村田紗耶香 『コンビニ人間』
吉村萬壱 『ヤイトスエッド』
石牟礼道子 『あやとりの記』
石牟礼道子 『椿の海の記』
花房観音 『花びらめくり』
葉真中顕 『ブラック・ドック』
松浦寿輝 『花腐し』
森敦 『月山』
磯崎憲一郎 『終の住み処』
滝口悠生 『死んでいない者』
上橋菜穂子 『獣の奏者I 闘蛇編』
上橋菜穂子 『獣の奏者II 王獣編』
ジャン・コクトー 『恐るべき子供たち』
フェリークス・ザルテン 『バンビ:森の、ある一生の物語』
村上春樹 『風の歌を聴け』





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①野田研一・奥野克巳編著
『鳥と人間をめぐる思考:環境文学と人類学の対話』
勉誠出版

2016年10月31日

はじめに・・・野田研一

序論―環境文学と人類学の対話に向けて・・・奥野克巳

第1部 文学と人類学の対話
 第1章 犬むさぼる呪術師―内陸アラスカのワタリガラス神話における犬肉食・・・近藤祉秋
 第2章 鳥を〈かたる〉言葉:梨木香歩の〈かたり〉の〈かたち〉・・・山田悠介
 第3章 リーフモンキー鳥のシャーマニック・パースペクティヴ的美学
      ―ボルネオ島プナンにおける鳥と人間をめぐる民族誌・・・奥野克巳
 第4章 剥製の欲望から諸自己の詩学へ―一九世紀アメリカ文学における鳥の表象・・・山本洋平
 第5章 コメント① ・・・山田仁史 / コメント② ・・・野田研一

第2部 鳥をめぐる文学
 第6章 日本近代文学における鳥の表象―夏目漱石「永日小品」と泉鏡花「化鳥」を中心に・・・北川扶生子
 第7章 人間中心主義の解体へ向けて―近代イギリス文学にみる鳥の表象の変遷・・・唐戸信嘉
 第8章 開かれた〈想像力〉、解放される〈時間〉:〈いま・ここ〉に遭遇する物語・・・李恩善
 第9章 鳥の名前の倫理学・・・河野哲也
 第10章 【座談会】鳥の表象を追いかける・・・中村邦生×野田研一

第3部 鳥をめぐる人類学
 第11章 羽衣伝承にみるミンゾク学と文学の接点・・・山田仁史
 第12章 アガチャーとキジムナー―ヤンバルクイナの生態学的特徴と沖縄の妖怪伝説・・・島田将喜・宮澤楓
 第13章 フィリピン・パラワン島南部の焼畑漁撈民パラワンの鳥の狩猟罠・・・辻貴志
 第14章 カザフ騎馬鷹狩文化の宿す鷹匠用語と語彙表現の民族鳥類学・・・相馬拓也
 第15章 環境と虚環境のはざまを飛び走る鳥たち―狩猟採集民グイの民族鳥類学を中心に・・・菅原和孝

あとがき・・・奥野克巳

②シンジルト・奥野克巳編著
『動物殺しの民族誌』
昭和堂

2016年10月31日

序 肉と命をつなぐために・・・シンジルト

第Ⅰ部 動物殺しの政治学
 第1章 儀礼的屠殺とクセノフォビア ― 残酷性と排除の文化政治学・・・花渕馨也
 第2章 子殺しと棄老 ― 「動物殺し」としての殺人の解釈と理解について・・・池田光穂
 第3章 殺しと男性性 ― 南部エチオピアのボラナ・オロモにおける「殺害者文化複合」・・・田川玄

第Ⅱ部 動物殺しの論理学
 第4章 狩猟と儀礼 ― 動物殺しに見るカナダ先住民カスカの動物観・・・山口未花子
 第5章 毒蛇と獲物 ― 先住民エンベラに見る動物殺しの布置・・・近藤宏
 第6章 森と楽園 ― ブラガの森のプナンによる動物殺しの民族誌・・・奥野克巳

第Ⅲ部 動物殺しの系譜学
 第7章 供犠と供犠論 ― 動物殺しの言説史・・・山田仁史
 第8章 狩猟・漁撈教育と過去回帰 ― 内陸アラスカにおける生業の再活性化運動・・・近藤祉秋
 第9章 優しさと美味しさ ― オイラト社会における屠畜の民族誌・・・シンジルト


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8月後半しばらくモンゴル国に行ってた。髪の長い中年の男の哲学者はアメリカにいいようにされているヤポン(日本)は将来列島ごど沈没するだろうその時モンゴル牧民の末裔たる3分の1の日本人だけはなんとか救い出さねばならぬと言った。頭をぐぁんぐぁんと振り回して憑霊したオイラートのシャーマンは私が日本から来たというと「地面の下に鉄の蛇がはい回る国」(地下鉄が通っている国」から来たのかと言って草原は永遠に続くとも言った。



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