たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



 今日、文化人類学専攻主催で都内のフィールドワークを行った。

 テーマのひとつめは、"原宿/Harajuku/はらじゅく"。
 行く用事がないのでほとんど行ったことがなかったが、その一帯は、20年ほど前に、私が原宿で家庭教師を暫くやっていたころに比べて、ずいぶん垢抜けた印象だった。
 JR原宿駅の竹下口から竹下通りを歩き始めたころ(午前11時)には、女子小中高生、その親たち、地方からの観光客?、外国人観光客などが、こちら(原宿駅)からあちら(明治通り)に向かって、ぎっしりぞろぞろと歩いていた。クレープの店、食べ物屋、アクセサリーや雑貨屋、アイドルショップをただただ通り過ぎるような人人人また人。
 アイドルショップに入ってみた。驚いたのは、たくさんの「万引き禁止」の貼り紙。万引き対策として生写真には穴があけられ、紙に番号を書くというオーダーの方式。面白そうとだ思ってAKB48のクリア・フォルダと卓上カレンダーを買ってみた。
 あちらにたどり着いて、今度は、
あちらからこちらに向かおうとしたら、人の流れに逆らう格好になって、なかなか進めず、待ち合わせに遅れることを懸念して、表参道まで迂回して、ようやく竹下通りの入り口にたどり着いたのである。
 竹下通りのありようは、明治神宮への参道と好対照であるように思えた。竹下通りは、ある意味、現代の参道ではないか。では、竹下「参道」の神とは何ぞや?

 テーマのふたつめは、靖国神社。
 私は、東日本大震災による死者の弔い、慰霊のあり方が、少し前から気になっている。そもそも弔いや慰霊というのは何であるのか?靖国神社における戦没者の弔い、慰霊に照らして考えてみたいと思ったのである。
 ずいぶん前になるが(もう6年前か)、熊本大学と桜美林大学の学生で、靖国神社のフィールドワークを行ったことがある。
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/030214llasukuni.html
 そのころより、遊就館の戦争展示は、ずいぶんパワーアップしたように感じた。
 今回は、磯前順一の論考「死霊祭祀のポリティクス」を手がかりとしながら、「合祀」について考えてみた。戦没者を英霊として神社に鎮座させる(招魂)ことで、国家は、国に遺恨をもつ荒魂に居場所を与えないように配慮することによって、
生き残った者たちの感情を操作してきた(感情の錬金術説)。そうした戦没者の「合祀」によって、個々の死のありようが、切り捨てられてきたのではあるまいか。沖縄や台湾など出身の兵士だけでなく、無念や残念の思いを抱いて死んでいった英霊たちを含めて、すべての英霊を一括して祭神化することによって、死者の弔いを完了させることなどできないのではないか。
 磯前は言う。「誰かに救いを求めることをせず、自分のなかで苦しみ、あがき続けること。それが生者が死者たちに対して成しえる精一杯の慰霊なのかもしれない。であるとすれば、靖国神社とは、日本という均質化された社会にぽっかりと口を空けた、我々を脅かす漆黒の歪みを有する空間とでもいうことになろうか」
 そうした議論が、短い時間ではあったが、フィールドワーク後のディスカッションで討議された。

 



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