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vol.411 リセット倉庫BBQ

2017年10月08日 17時30分38秒 | Weblog
今日も「勝地ブログ」にアクセスいただき、ありがとうございます。


なんか、ねぇ。
希望という言葉が使いにくくなってしまったなぁ。「希望を持って、◯◯して下さい。」と言うと、希望の党が頭をよぎるし。

政策の「ユリノミクス」ってのも、自分のファーストネームを付けて日本の経済の方向を語る姿勢が、なんだか上から目線のようで。

そんなこんなで、慣れてないからかもしれないがモヤモヤとしてます。

日曜日夕方、これからBBQをやります。
前回8月にやった時、4歳の孫の映太が嬉しさもあってハシャイで走り回って転けて頭をケガ。泣くのでどうも無いとなだめてきましたが、結局、病院の救急で一針縫うハメに。
だから、BBQというと何となく後味の悪い思い出のまま今日まできてたので、ここでリセットの倉庫BBQ。



男の子が泣くことについて思い出し、読み返しました。
「男としての少年」という内館牧子さんのエッセイ。以下、「抜萃のつづ り その七十六」から転載。
(ここから)
雨の午後、私立の制服を着た男の子が地下鉄に乗ってきた。小学校一年生かそこらだろうか。その子は乗ってくるなり、ドア口で滑って転んだ。
床は雨に濡れていたため、ランドセルごと派手な転倒である。私や他の乗客が手を貸すより早く、端の座席にいた老婦人が助け起こそうとした。すると男の子は、ひっくり返ったまま言った。
「男の子だから、自分で立てる。」
老婦人も周囲の乗客も、つい口元がほころび、立つのを見守った。男の子は何事も無かったかのように、胸を張って手すりにつかまり、自分の降りる駅まで立ち続けた。乗客はおそらく誰もが、これが男の子の「男としての」身の処し方なのだと思ったのだろう。みんなもう男の子に視線を向けないようにしていた。
私はその時、随分前に見たテレビのドキュメンタリー番組を思い出した。十歳くらいの少年だったと記憶しているが、不治の病で入退院を繰り返していた。ひどい痛みを伴う治療にも弱音ひとつ吐かずに、見舞いに来る母親と妹をいつも笑顔で迎える。父親はいなかった。
やがて、少年に死期が近づいて来た。少年はそれを察知していたし、六つか七つかという妹も気づく。「死」の意味はわからないながら、優しい兄がいなくなってしまうらしいと。妹は病室の兄の前で、大粒の涙をこぼして泣いた。ふっくらした小さな手で頬を拭い、声を上げて泣いた。少年はたとえ十歳でも、父親の役割も感じて生きて来たのだろう。
妹の髪を撫で、ベッドから言った。
「泣いちゃダメ。女の子はお母さんになるんだから、泣いちゃダメ」
私はこのセリフが忘れられない。
もちろん育て方として「男の子も女の子もないのよ。みんな同じ人間なの。痛いときは泣き、嬉しいときは飛び跳ねる。感情を自然に出すことが最も人間らしいのよ。人は自然体で生きるべきなの」という考えは正しい。
だが、地下鉄の男の子や病室の少年の育てられ方も、また正しい。
(ここまで)


話は変わって
昼間、久々に、柿ぼりをやりました。


子供の頃は、結構なおやつとしてずいぶん青い柿まで皮ごと食べたものです。胃腸が強かったのかな、食い意地が強かったのかな。今は、滅多に食べることはないですねー。

こんな所に居るのかー。
棚田の小屋前で出くわしたバンビ。逃げようともしません。


シカと人間、どっちが檻に入ってるのか。自己中人に考えるからシカから見れば人間が檻に入ってる。


*誤変換及び文章の瑕疵は後ほど推敲します。
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