勝地(かつち)ブログ

ご意見は下記に
✉ tsunehisa605@gmail.com
📞 090 - 8532 - 3755

vol.416 教養

2017年10月15日 17時13分11秒 | Weblog
今日も「勝地ブログ」にアクセスいただき、ありがとうございます。


前回ブログの続きで中央公論「教養特集」から、中原淳(東京大学大学総合教育研究センター准教授)さんと佐々木俊尚(ジャーナリスト)さんの対談から思うところを抜粋。前回同様に話の前後を切り取っての抜粋なので思慮ください。

中原
教養って、その人が持っている地図みたいなものですよね。それが「本郷三丁目の地図」なのか、「日本地図」なのか、「世界地図」なのかによって、その人が生きていける世界が違ってくる。
卒業生の一人がある企業に就職したんですけど、「〇〇社に入りましたけど、それは私のラベルの一つです」と言ったんです。ああそうだよなと思いましたし、そこは僕の感覚にも近い。確かに今後はそうなっていくんでしょうね。
要するに、生きていければいいのです。生計を支えるために何をするかだけを考えればいい。そのために複数の仕事が必要ならばすればいい。職業選択には自由があります。「人生=一つの会社に属すること」という考え方は、そろそろアンインストールしなければいけません。そして、こういう時代だからこそ、会社は優秀な社員を「ひきとめる力や磁場」を持つ必要があるだと思います。

佐々木
多様性を知っていることも教養ですよね。とはいっても、それは義務ではなくて、多様性を知っている方が生きやすいということじゃないかなと思います。いろんなことを知っていれば、何か困ったことが起きても、すぐに人生終わりだと諦めることもないし、それが生きやすさや働きやすさにつながる。
僕が付き合っている二十代とか三十代の人たちの中には、もはや仕事が一つという人はあまりいない。勤め先からの継続的な収入のほかに、他社のプロジェクトにも関わるし、よそからの単発の仕事も受けるといった働き方をしていて、「何をやっている人?」って聞いても、本人も答えられない。今後はそういうふうに複数の仕事を持つのが当たり前になるかもしれないし、だとすると、サードプレイスという概念自体もなくなっていくんじゃないかと思うんです。


*サードプレイスとは、自宅や職場とは隔離された居心地の良い第3の居場所を指します。公園とか図書館とか。

地方で農業や林業、漁業に取り組む若者が徐々にではあるけれど増えてきたのは、人生を保証してくれていた昭和のエスカレーターモデルが崩壊しつつあることを肌で感じているから。右肩上がりで無くなって下がることもありの職場、最後まで完走できる人はそうはいないということか。

教養ってのは、生きていく力とも言えるのかなあ。
変化に適応する力としての教養を身につけようと、人は予定調和でないリアルな学びの場へ出かけていくといいます。特に若い人たちは、人に会いたいという情熱が凄いと。人から直接話を聞くと、理解しきれてなかったことが見えてくるのでしょう。

なんか、わかる気がする。若くはない私だけど。


話は変わって
昨日置いておいた「どうぞ」の野菜カゴ、その二十四時間後。




*誤変換及び文章の瑕疵は後ほど推敲します。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« vol.415 雨読 | トップ | vol.417 公聴会制度 »
最近の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事