katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

甥っ子の美女と野獣風味のウエルカムボード

2016-10-12 00:38:38 | モザイク作家
今日も甥っ子のウエルカムボード作り。そもそも美女と野獣を見た事が無いんだけれど、かぐやの話からのいつもながらの自分なりの解釈で・・・。
解釈って言えば昔、シュールにファンがいた歌の歌詞を自分なりの解釈をするって言うのがあったんだけれど・・・・まっそんな感じ。

そもそもお金持ちと貧乏人とか、美人とそうじゃないとか、大抵比較対象があって、どちらにも良い事と悪い事があるんだけれど・・・。そもそも聞かなくても人が野獣に変えられるって状況は、貧乏人とは思えないのね。つまりお金持ちが調子に乗って・・・って話だと思うのね。

何故ならそもそも生活が苦しいから貧乏なのに、そんな人が引っ掛け問題されちゃね・・・更に苦しくなっちゃうでしょ?ねっ。

ここが微妙に引っ掛かるんだけれど、見かけの悪い人を断ったからバチが当たったみたいに野獣にされちゃったとするとね、最初から美人でやってくればそんな事は起きなかったと思うのね・・・つまり見掛けで判断したから・・・ってお灸みたいな話なんだろうが、最初から原付の試験みたいに、

引っ掛け問題みたいなもんで・・・引っ掛ける前提の話なのね。結構それも罪深い感じもするのね・・・わざわざ条件の酷い状況で試さなくても・・・って言いたいが、よりドラマチックにするには、そうした方が良いのは、千と千尋のオクサレ様も同様で、みんなが汚いぃぃって言ってたのに、

千尋はきちんと湯屋のお客として接した事で人を見掛けで判断せずお手柄って事になった。勿論、方や仕事として接客で方や単なる見知らぬ来客。
そもそも見知らぬ来客にそんなに手厚い事が出来るだろうか?・・・つまり丁寧にお断りすれば野獣にならずに済んだのか?お金持ちなんだから手厚くしろとでも?

それとも最初から引っ掛けるつもりだったから、念には念で見掛けの悪るさで、間違いなく引っ掛けたのか?いずれにせよ、引っ掛かるべくして、引っ掛かったようにも思える。ではお金持ちにはそんな事を教訓にしたと言うのなら、貧乏人には何を教訓にしろと言うのか?となると、

やはり千尋の時と同じで、千尋の両親は欲望に任せて喰らうだけ喰らって、お金を払えば良かろう・・・って態度で豚になった。ではこの話では、主人公のお父さんは変わり者で、自分の興味のみで人の城に勝手に入る・・・・もはや盗人扱いされても仕方無い・・・変わり者なのだから・・・。人は見掛けで判断なのだから。

確かに千尋の両親はお金は払うつもりだったが、神様の料理なのだから、人なんて下々の者になる。つまり心が貧しい・・・貧乏だったり、変わり者と言われているのは、自分の事しか考えないからであって、これもまた人と比較されると何か劣っている者に見えたりする・・・。

ただ大抵何かに突出している者って言うのは、普通の生き方では無いからであって、紙一重とはこう言う生き様になるとは思うが・・・・。

こんな事から物語は始まると、カエルの子はカエルみたいなもんで、親を奪還って悪い子では無いが、方やお花を貰っても、車の後ろの座席で寝っ転がり、そんな態度の奴が接客業なんて出来るはずも無く、世話になっても挨拶1つも出来やしない。まっ、逆に言えば期待をされていない分、伸びしろはあるって事にもなるかも知れないが・・・・。

方や、ここが大きく違うのだけれど、まぁ可愛いのね。顔が。千尋は宮崎作品では珍しい主人公には見えない顔なんだけれど、もし見掛けで判断と言うのなら、この話の場合なら、いらっしゃいぃぃって受け入れれば良い訳で。ただ野獣は変わり者だろうが、可愛かろうが、勝手に忍び込んだような者には同じ態度。

つまりこの時点では一貫して、無断な侵入者に厳しい・・・って当たり前じゃん。って話で、しかもお父さんはすぐに捕まるが、主人公は大事なバラまで触ろうとする・・・非常識にも程があるのだが・・・。ただこれも例外はあるのだけれど・・・。

そんなこんなで物語が進むと、野獣は心を開いて行く・・・心を開けばきっと後悔をする。あんな事をしなければこんな野獣にはならずに済んだのに・・・これは完全に物語に出て来るって事では無く、あくまで個人の見解ね・・・。そんな気持ちにはならないかな?ってね。

更に進めると根本的には方や湯屋での丁稚。働きを認められる事で信用を得て、親の奪還。方やどうなのかな?心を奪って親を奪還?・・・・
微妙な立場の違いがあるのだけれど・・・・。でも、結局純粋に恋に落ちるのだから、ミイラ取りがミイラみたいな話で・・・。

方や湯屋での働きにより、好きな男とは別れ親を奪還、方や好きな男も、親も、そして財産も・・・全てを手に入れる・・・。結果から言えばね。違うのかな?
そうね、自分に当てはめると、手越君みたいにカッコ良ければ、王子様に感情移入も出来ようが、まずそんなの無理だから・・・。

身の程を考えた時に・・・と自分を配役にあてはめると・・・そうね、千尋の方なら先日のすーさんのセリフから言えば、かつは心開かないからって言われてんだから、完全に顔無しだろうし、じゃ美女と野獣なら?いたいたみっけ・・・それはポット夫人。

本当に断片的だが、城にいたらからのとばっちりでポットになっちゃった・・・ってどうやら子供までカップにされる。そんな中、美女と野獣がダンスをする時に、母として寝なさい・・・って大人の時間を邪魔させない気配りをして、演出として歌まで歌う・・・。

これは母性なんだろうなぁ・・・それが証拠に男達は自分の欲望のみで、人間に戻りたい・・・って気持ちが大きい。勿論、悪い人達では無いが、母性とは全く違うもので、この物語で感情移入出来るのはポット夫人なのね・・・・俺はね。あはははは。

千尋の方は何度も見たから色々広げられるが、美女と野獣は見た事が無いので、かぐやの話とセリーヌディオンの歌のシーンのみ。ただね、一人一人の配役になった時にどんな気持ちになるか?・・・・は作者に聞かないと判らないもので、それでも感情移入をするって言うのは、いちいちこんな事を考えて行く訳で・・・もし作り手だったら、こうした配役の人柄設定を考えないとならない訳で・・・・。見る側とは常に違うのね。  

大作のオリジナルって言うのは、こうした事を考えるって事で、タイルを上手く切るだけでは無いと思うのね。そう言う点では、真のオリジナルでは無いから、いくらか大作とは違うんだけど、いつもと違うのは、親戚と言えど疎遠の関係。

どうすれば良いものになるか?の打ち合わせ無しで、何処までの理想像に近づけるものか?かなり難題である。しかし、時間とは残酷なもので例えどうであっても終わりが来る。

出来る事は最善を尽くすだけとはね。もっと何とかなるまいか?と思うのね。
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