katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

みどり教室と家族の紋章

2016-10-25 07:30:48 | モザイク教室
今日は午後からみどり教室。それまでは家族の紋章の作品作り。と、その前に朝ドラで、人は知らず知らずに人を傷付ける事があるけれど、逆に救われる事もある・・・みたいな話が出て来て・・・。これは良く弟子達に限らず常連にも話す事なんだけれど、要するに対象とする比較の差で生まれる。

つまり貧困と裕福とか、賢いと馬鹿とか、両親と片親とか、上手いと下手とか・・・こんな場合に良く起こる事で、余裕と窮屈や卑屈みたいな気持ちを生んだりする中で、意識をしないと自分を中心に普通と言い放つと、相手との差いかんでは、こんな関係性の中では良く起こりがちである。

しかもこの関係性の特徴は朝ドラのように、自分が圧倒的に有利な側で普通を使うと、相手を卑屈にさせる事があり、逆に自分が不利な側で普通を使うと、何か貧乏臭くなったり、相手に全く状況を把握出来ない気持ちにさせたり、もっと言えば、言う事すらためらう事が多々ある。

ただこれは関係性がはっきりしているから判りやすいが、普通はこんなにはっきりしている状況では無い。つまり常に悩みと言うのは、はっきりしている時では無く微妙な時・・・こんな時は数字にすると判りやすい。例えば10対0なら今の話だけれど、8体2なら?まだこの例に該当しそうだ。では7体3なら?

そして6対4なら・・・ここ。要するに単純な計算なら次は5対5で同点なのだから。つまり6対4は必ず考えないとならなくなる。どうすんの?ってね。
それが人間関係ならそう言う気持ちでどんな付き合い方になるのか?とか、ビジネスなら取引きが出来る価値があるかどうか?とか、

趣味で言うのなら、勝敗が関係するチームの一員とか、そして家族や親族とか・・・場合に寄っては逃げられない関係性もある・・・。しかも、これはあくまで数字で見えるから、判断もしやすいが、全てに置いて数字で判断するのでは無いから、その日の感とか思い付きだとか気分に頼ったりする。

勿論それをデータ化したりして確率を上げたり、運勢とか占いなんてもんがあったり、立派な人なら千利休並みのブレーンに相談なんて事もあるだろうし・・・もっとシンプルならその人との関係性に信頼やら信用、契り、約束、誓約書・・・と何らかの他の人とは違う・・・と言う付加価値を付けて、

友好関係を作る事で、少々の失敗は許し合うなんて事が出来たりするが、それが行き過ぎると図々しいなんて事があったり、逆にその関係がより親しいに繋がったり、本音と建前なんて事だったり、いずれにせよ、何らかの超越する関係性を築かないと、必ずこう言う場面に出くわす。

ただ中々普通は気が付かなかったり、気が付いても気が付かないフリをして見たり、不確かな関係性の中での口約束だったり、相手との思いの違いの露呈で傷付いて見たり・・・それが人間だって言えばそれまでだが、それは人間が気紛れであるからでもある気がするのね・・・。

機械なら壊れるまで一定であったりするが、それとて人間がメンテナンスをして、時に油を差し、部品を交換したり、継続する為の労力やお金や技術を使ったりもする・・・では人間関係にそんな意識を持つ人はいるだろうか?・・・となると、ほぼ悪くなるまで感で過ごしたりして・・・。

勿論、永遠なんてものを手にした人達には関係の無い話だが、現状までに失敗をして来たり、月並みだけれど出会いと別れを繰り返したりする訳だけれど、常にそうなる原因と結果があって、そんな中で許すとか、忘れるとか、機械には無い人間ならではの曖昧機能で成立しているような気もする。

いずれにせよ、この先に朝ドラはどうやってこの関係性を修復して行ったのか?・・・あくまで朝ドラは成功者であるのだから、1つの参考例になるのだけれど、問題は朝ドラの主人公は常に貧乏人がいない事なのね・・・。つまり叩き上げの人じゃないのね。

そもそも先の、朝が来たでも戦後まもなくの状況で銀座の店舗を借りられる・・・いくら借金とは言えどねその時代の女社長にそれだけのお金が工面出来る状況って言うのが不思議だし、今回でも闇市に出入り出来たり、戦前に女学校に・・・なんて、有り得ないお嬢様である。

ただ、逆に言えばそんな上から下まで落ちるって言うのは、上であればあるほど転落した事になるのだから、普通では経験出来ない。逆にそこからお嬢様が這い上がる・・・ってものが見せて貰えるのだから、逆に伸びしろみたいな話で、普通ならくじけているんだろうね・・・そこで。

何しろここに出て来る人達は全てが成功者なのだから、生き様の何か?を得られる先人でもある。そう思っているのだけれどね・・・。
さてそんなこんなでみどり教室になるのだけれど、先日の指導は理解はしたものの、解決策が見付らず、とは言え今の模様に結果が見えていて、

それを気楽に進むと、万が一また立ち止まる気分になった時の保険に取って置きたい部分になる訳で・・・。そうなると、また八方塞がり・・・。
要するにそこまで判っているのなら、また保険になるような場所を作れば良いだけの話なのね。じゃそんな場所になりそうな箇所探し・・・。

それが蜘蛛の巣みたいな場所なのね。要するにここは鉄扉で繋がりのある場所なのだから、今のままのタイルで良い訳で、色選びをする必要は無い。
しかもその幅をキープするだけなのだから、気楽でもある・・・がしかし、油断は禁物で、何処の何に気を付けるべきか?になる。

簡単な話で、鉄扉を開けると光が差す。つまり光が差した所は同じ色では無いって事と、美しい鉄扉とは?・・・と考えると中心部からスタートすると、綺麗に見えると思うんだけれど、最初みどりはバッテンみたいに交差させて一本真っすぐに張ったのね・・・こらこら、それ美しい?

そうかと思うと、バッテンに追加させようとするから、中心部がバラバラに見えてしまって、全部バラバラならまだしも、合わせているようないないような・・・みたいな半端に見えてしまうのね。要するにどうすれば?と立ち止まり、そっかぁ・・・と思うと考え無し。

ってやらずに、立ち止まるような気持ちがあるのだから、活路が見えても慎重に今までの雰囲気を壊さないかな?と再確認して、あぁこれだなと思ってからやる・・・って事が大事で、あくまで楽が出来るかも知れないのは切るって部分だけ。考えるって部分に楽なんて何も無いのね。

そこがしっかりしていれば、芸は身を助ける・・・に該当するのは、繰り返している切る、張るって行為であって、考えるって部分は、切る張るって行為と比較すれば見劣りになる。さっきの枕の話と同じで、他人との比較の話じゃなくて、自分の中に2人いるようなもの。

見劣りする自分と、達者な自分とね。そこをはっきり意識出来れば、謙虚な姿勢で臨めるが、それをごっちゃにすると、自分が落ち込んでいる時は、卑下をして全てを否定されたような気分になり、絶望感に襲われたり、逆に元気ならまっ良いか・・・と流せたりの繰り返しでは進歩が無い。

そもそも人に上手いと言われるようになったのなら、上手く見えるのは何か?と冷静に考えれば、上手くなったのは切る張る技術であって、悩むでは無く考える・・・って言う事を意識して、理由付けをして説得みたいな繰り返しでやり取りをする・・・であって、何か気分で・・・とやらない。

こんな事1つでも無いよりはマシ。1つでも提案して答えを出すと、それを踏まえて良い、悪いと色んな話の展開は出来る。けれど、漠然と悩んだだけで、どうしたら良いか?・・・は確実にただの丸投げ。これが上手いと人に言われる人がやる事か?となると、とても先人に見えない・・・。

そんな意識1つで何かが変わって来るはずなのね。何せ美しいもののが良いでしょ?・・・ならひと手間。その手間とは?考えるって事なんじゃないのかな?・・・しかもこの絵、4分割したような模様・・・1つパターンが出来ればただの繰り返し。ここをきちんと乗り切れば保険ソーンは増える。

がしかし、もし失敗すれば、失敗を繰り返す事になる・・・・もはやホラー。終わりが無ければホラーで、終わりがあるのがファンタジーって何度も言ってんのね・・・あはははは。まっいずれにせよ、切り抜けられたのなら、この安心の間にきちんと次なる悩みと向き合わないと・・・・。

それを楽してしまうと、また引っ掛かりで転ぶのね・・・備えあれば患いなしなのね。何せ大作、油断なんてあって良いはずが無いでしょ?ねっ。
そんなこんなの俺は・・・・色々考えて、シャガールの青と子供さんの青好きに引っ掛けた色と、ピカソのデッサン力あってのあの絵・・・。

つまりきちんと切るバックじゃなくて、クラッシュじゃなくて、どちらも・・・そんな事はやった事が無いから、それがこの着地には良いのかな?と。
そもそも家族がいない奴の家族の作品・・・・押し付けにならず、理想を掲げるでも無く、判らないから好きな事を入れる・・・そんな着地。

考えた末の結論なんだが・・・・。
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