katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

棟梁とリピーターさんとみどりとかるび親子の相席教室

2018-01-09 04:08:58 | モザイク教室
今日は棟梁とリピーターさんとみどりとかるびの相席教室。そんな中、大作だらけだと入り切れないなんて事もあって気を使ってくれたのかな?・・・棟梁が根付風味の下地が出来ているなら、今年初めてのお教室だから楽しみたい・・・って言うのね。

ただ3つも出来るぅぅって言うので、やる前からなんだけれど・・・と、楽しみたいのも3つも出来るって言うのは自分の言った言葉で、どうなったら楽しめるのか?3つあるから3つ出来る権利があるのも事実だけれど、みんな聞いているからね・・・って話。

そんな経緯があっての結果はこうなったのね。勿論、終わらなかった事を責めているのでは無くて、もしこれが相席の中で1番年下のかるびが言っていたとしたら?きっと出来なかったのね・・・残念ねってみんなに励まされて、苦笑いで終わるだろう。

じゃ逆にこの中で一番年上でもキャリアとして一番下のリピーターさんなら、中々どうしました?終わるって言ってたじゃないですか?って突っ込めるか?となったら、恐らく棟梁が一番親しいだろうから、言えるかな?って感じになるだろうね。

じゃ、これが弟子のみどりだったら?弟子の人がそう言いつつ終わらなかった事で、みんなに弟子の人が簡単そうなセリフを言ってたのに、終わらなかった事で、難しいのかぁ・・・と思わせてしまうだろうね。つまりここで言いたいのは、その人の立場って話。

じゃ棟梁は?って言うと、自分で言って置いて、自分で終わらなかったわぁ・・・って。とても自由に結果に寄って変更ぉぉぉ。要するに大事なのは、やる前は欲張って、終わらなかったら仕方ないわ・・・って姿勢は立場の下の人なら通るけれど、上手い人となると

そう言う訳には行かない・・・って事。みんなが見ているし、影響力を持つし、面倒な立場にはなるけれど、上手いって言われるって言うのは、責任ってものを背負うって事なのね。人に上手いって言われるようになったら、技術だけでは無く姿勢も必要なのね。

つまり食事みたいに思えば、3つ食べる権利はあるけれど、食べるのは1つ1つにすれば、1つ食べ終わってからの話なのだから、何個食べられるかな・・・?って発言ならとても謙虚だし、結果には影響はしないだろうね。

では棟梁はどう食べたか?人はそうそう変わらない・・・って言う事が出てしまうのね。モノ作りってのは自分自身だから。まず1つ目を何を選んだか?それがニッパー。じゃ何でだと思う?・・・それは悩まないで出来そうって判断したと思うのね。

何を?・・・色を。持ち手は赤。刃は黒。ほら、色には困らない。なら切るだけ。ここで成功を掴む・・・そして大事な2匹の犬に入る・・・どうなってる?・・・ほら、2ついっぺんになった・・・何で?甲乙付け難い・・・どちらも大事だからって言うのかな?

明らかに作り方を変えたのね。1つ1つでは無くね。ここでまた誤解されると困るが、1つ1つ進めば、1つ1つ上手くなると思うのね。つまり言い方を変えれば、2つ目の犬の経験値で3つ目の犬に入るから、3つ目が良くなる可能性もある。

つまり1つ目で色は悩まず、細かさを切る下地に慣れ、2つ目は犬の色に慣れ、3つ目は全ての是正となるだろうね。だから、結果として犬のグレードが変わる可能性がある。良い事と悪い事は背中合わせなのだから・・・。では棟梁のやり方では?

2匹のグレードは変わらないだろうが、成功も失敗も平等になる。だって是正は出来無いのだから。是正って言うのは失敗から得るものであって、そもそも失敗なら張らないだろうからね。つまり失敗をしたくないだろうから、その都度悩むんだろうね・・・。

どうなると思う?・・・そうね、こうなる。つまりこだわりが半端無くって事になるから、あぁだの、こうだのってね。つまり終わらない方向に向かうでしょ・・・・ほら、やる前から終わらないな・・・って事になるでしょ?

つまりやる前から、こうなるだろうな・・・って想像は付くのね。つまり、これがもし1つ1つなら2つ終わっていただろうね・・・って話。どちらを選んでも終わらなかった・・・ただそれだけ。ではまとめ。

簡単な話で、最初からこの下地の可愛さに騙されてしまったのね。こだわればこだわるほど、細かくしたくなる。細かくすればするほど、細くなる。細かく細くなれば持ちづらくなる。そしてもし入らなかったら?・・・・

簡単だって思ってない・・・と言いつつ、思っていたより難しかった・・・って事にやってから気が付く。じゃ、この姿勢のまま、大作に戻ってみ・・・何が起こると思う?1つ1つ下絵の花を描くんだよ・・・いっぱい描いて来たぁぁぁ。ほらね。

だってどれも大事だから・・・こうした小物なら下地の大きさも決まっているから、タイルを選んで切るだけ。でもね、下地の大きさの決まっていない自由になる花の大きさは自分で決めないとならない。それなのにいっぱい描いてしまったら・・・?

ほら、1つ是正じゃなくて、全部の絵の描き直しになった・・・。人はそうそう変わらないってのは、こう言う事なのね。でもね、何とか流の話なら、こうしないといけないんだけれどね、俺はそうは思わないのね。何故ならそれが個性と言うのなら。

じゃどう是正するか?つまり棟梁の姿勢のままなら、上手く通れば何倍も進む。しかしもし是正しないとならない事があった場合、やった分の是正を何個もしないとならない・・・ただその覚悟をすれば良いだけなのね。単に姿勢を直せば良いだけ。

それを無理に合わせようとして、普通にしようと思えば窮屈になる。結局、続かない。ただね、もしその姿勢のままで、人にアドバイスしたとしたら?・・・同じタイプなら何の問題も無いだろうが、1つ1つ進む人だったとしたら?・・・まずいよね?

あははは。上手くなるってのは、受け入れて合うか?合わないか?であって、どちらも知った上なら、どちらの良し悪しも語れるが、一方的では合えば良いが、逆のタイプに上の立場で言ってしまったら・・・・何とかセクハラってな話になるんでしょ?

あはははは。つまり、大作は失敗したくないから聞く耳を持って進み、小物は好きにやりゃ良いじゃない?だって楽しみたいんだから・・・鬱陶しい話は無しでね。あはははは。それが勇気だったり、覚悟の練習になるから。

嫌ならあげちゃえば良いじゃん。こんなグレードなら欲しい人はいっぱいいるからね。けれど、大作はそうは行かない。だから習う気持ちになる。それを試すものが小物なんじゃないのかな?・・・1人でどれだけ出来るのか?ってね。


それがリピーターさんならね、もしこの根付風味の下地をやったとしたらね、この作品と同じ姿勢で臨むから、切るのに必死。
楽しむ所か、出来ないぃぃなんてきつさもあるかも知れないのね。ただその後のセリフはこんな事を言うだろうね・・・。

大作の方がマシ・・・なんてね。あははは、それもどうか?と思うけれど、小物でつまづくなら、大作のつまづきの方が、心の傷が少なくて済むのね。だって、進まないのには慣れたからね。でもね、小物で終わらないってなると、何枚切れていると思う?



こうして見ると、トップ画像の棟梁が一番簡単そうに見えるけれど、結構大変だったと思うのね。しかも、それをみんなに聞かれてたし、こうしてここでも取り上げられた。もしこれを見て、根付風味の下地でやって見たい・・・って人がいたとしたら?

その人の姿勢を正せる勉強の材料になるだろうし、いずれにせよ、上手いからさらされる。さらされれば、痛い気持ちにもなる。けれど、誰かの役にも立つ。何せ人のフリ見て・・・って言葉もあるし。でも入れなければ、痛くはなくなるが、自分の勉強も

途切れる。だって、それでは相席のみどり教室を見せなかったとしたら?・・・相席までして見たいんだから、相席出来なかった時のお教室の内容を知りたいでしょ?・・・先人って大変なのね。何でもかんでも盗まれちゃうのだから。

でもね、盗まれたら盗み返す。これからみどりが根付風味のギターを作るのね。あぁ棟梁が苦戦したのね・・・と姿勢を正せば、何も見なくても、棟梁を認めれば認めるほど、身に染みるはずなのね。気を付けよう・・・とね。

でも、何にも得られないのなら、きっと、こんなに難しいとは思わなかった・・・いや思っていたけれど、こんなに掛かるとは・・・ってね。まっ、どんなセリフを言うんだか?・・・少しは成長したかな?・・・棟梁が相席したいみどりは・・・。

こう言う事が聞きたく無くても、聞きたくても、耳に入るかるび・・・きちんと何かが変わるはず。何せ脳に入るのだから。聞くだけなのは、スピードランニングだけとは限らないのね・・・あはははは。
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習い事
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