katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

高洲公民館のサークル活動と家族の紋章

2016-10-20 07:03:22 | モザイク教室
今日は朝から高洲公民館でのサークル活動でいつもの5人。特に新しい展開も無く、みんなあんまり進まなかったぁ・・・と言っていたので、結果報告のみとして・・・


まぁ1つだけ共通の話としては、葉っぱについてなんだけれど、要するに葉っぱは緑って思うと、緑にしか意識が行かないのね。これが天才バカボンの歌詞に繋がるんだけれど、西から上ったお日様が東へ沈む・・・それで良いのだ・・・・ってあれね。

馬鹿じゃん、東から西に決まってんじゃん・・・・そうね、そう習ったもんね・・・学校で。でももし解釈として、個性的とはみんなと違ってても良いのだ・・・思い込まないって事なのだ・・・だからそれで良いのだ・・・って意味だとしたら?・・・何しろあの赤塚不二夫さんだからね・・・。

何度も言っている事なんだけれど、絵画と違って色が作れない。つまりメーカーが作った色の中での選択になる。じゃ緑って何色ある?って単純に考えてもごくわずかだと思うのね。その時にそれ以上深く考える事無く、葉っぱは緑でね緑はこれだけだから・・・ってやれば、どの人も条件は一緒なのね。

つまり、配色が良いとか、切り方が綺麗だとか・・・もしそれしか無かったのなら、この先の技術ってなんだろうか?ってならないかな?って話。
まずここにいる人達はみんな切るって事には問題が無くなっているから、次のステップとしては、思い込みで色選びをしない事なのね。

こんな事を踏まえて、まず葉っぱを作る意識をする。その時に大事なのは、どんな葉っぱを作りたいのか?となった時に、大抵資料を横に置いて、最初は真似をする・・・が一番基本となる。何しろ良く見る・・・が一番大切なんだけれど、1つ葉っぱを満足に仕上げると、ついつい慣れる。

そこで段々と資料は見ずに、何と無く進もうとする。で何が起こるか?となると、慣れた分だけ思い込みで進もうとすると、慣れたなら進む速度は速くなったりする。これは良い事。ただ悪い事は意識が薄れて、資料を確認も1つ目より甘くなった分、もし見当違いな事になったとしても気が付かない・・・

もしそんな事になったとしたら、切る事が上手くなっている分、見当違いのまま速度が手慣れている分、進んでしまう・・・。ってこんな事が起こる。
当然な事なんだけれど、何でも最初は緊張する。ほら新入学のご挨拶だったり・・・見知らぬ人だから、まごまごしたりしてね・・・。

それが慣れると、よっ・・・なんて若干雑目な挨拶も出来るようになったりしてね・・・・まっ意識とはそんなもんなのね。それがもし最初と同じ気持ちで、資料を見ていたとしたら、そんなに日によって進んだり、進まなかったりなんて事はそうそう無いのね。

つまり最初のように、これかな?これかぁ?・・・・とやれば、ほぼ何ら変わりの無い状況の結果になると思うのね。そうね、そんな事に慣れたら、意識わ持ってバカボンの歌詞をやりに行くのね・・・それで良いのだ・・・・は東からじゃなくて西から・・・。

つまり常識をくつがえす・・・葉っぱは本当に緑って決まっているのか?・・・ってね。きちんと何枚か基本に忠実にやったから、資料に近い方向の葉っぱがある。それを踏まえて、そこから変化をさせる・・・そこで必要なのは意識。どんな葉っぱが作りたいか?なのね・・・。

葉っぱは葉っぱじゃん。だから緑・・・って人には関係の無い話だけれど、もし枯れて来ているとしたら?もし若葉だったとしたら?全部同じ緑で表現するのかな?・・・・恐らく違う色を使うと思うんだけれど・・・・。こんな意識を持つと、そんな考え方も出来る。

更にそれが出来るようになったのなら、お爺さんの葉っぱとお婆さんの葉っぱを作って見て・・・はぁ?そんなのは・・・って思う人には関係無い話だけれど、実際、おしべとめしべなんてものがあるのだから、花なら普通だよね?じゃ、考え方をちょつとひねって変えて見ると・・・・。

ファンタジーってなんだ?花に顔なんか無いし・・・ほら判ったでしょ?つまりおとぎ話的なファンタジーに作るのなら、そうした意識1つで、どうしたらそう見えるだろうか?・・・・お爺さん色って何を使えば良いだろうか?でも葉っぱに見えないとならないし・・・って考えるのね。

それが見栄えと機能性みたいな話で、折り合いを付けるって言うのはこうした繰り返しなのね。まっクリエーターってのは、常にこんな事を考えているのね・・・恐らく。例えば、車を作るとする。風の抵抗だの燃費だの・・・ってものを気にすれば、そう言う形ってどんなボディだろう?

でも、当然ゴツゴツしたものは避けたくなる。逆にスタイリングから入れば、見栄えから入るから余分な形のものを付けたくなれば、風の抵抗も受け燃費も悪くなったりする・・・・じゃその間ってどんなものになるのかな?・・・・あっちを立てればこっちが立たず・・・・。

何でもそうだけれど、考え方とは1つでは無いけれど、こっちか、あっちかだけでは無くて、何か他には無いか?・・・って話。ただね、数字にすると簡単だけれど、物事はそんなに簡単には割り切れたりしないもんでね・・・・。

例えば0点と100点。間は何点?って50点ってこんな簡単な話も、葉っぱをお爺さんにするには・・・なんて中間って何よ?って事になったりするし、もっと言えば、想像力って言うのは、カレーを作るのに、ニンジンと玉ねぎを入れるんだから、それを合体した野菜を新種として作る・・・みたいな、

もはや何言ってんだか?・・・みたいな事になるのね。それが素敵になれば、ファンタジーや童話、おとぎ話みたいな事になる。こうして単なる切る事から、似せるに変わり、自分ならではの独特な表現だったり、って変化して行くから、学校のような決まりや単位は無いけれど、進歩して行くのね。

こんな意識がモザイクに限らず、創作って言うものの考え方だと思うのだけれど・・・・。あらっ、長くなっちゃった。じゃ俺の作品は結果のみ。
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