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海幸・山幸のさち易 其の一

2017年10月30日 | 論文
 海佐知(海幸)と山佐知(山幸)の話は、全体が三つの筋立てからなる。最初に海幸彦と山幸彦による釣針をめぐる兄弟喧嘩、次に山幸が海神の宮を訪問する話で、この二つが絡み合って一つの流れを作っている。最後が豊玉毘売(とよたまびめ)の出産の話で、これは鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)の誕生話としてその後に続いている。本稿では、最初のさち易と釣針を返すように迫られた話を扱う。

 故、火照命(ほでりのみこと)、海佐知毘古(うみさちびこ)と為て、鰭(はた)の広物(ひろもの)・鰭の狭物(さもの)を取り、火遠理命(ほをりのみこと)は、山佐知毘古(やまさちびこ)と為て、毛の麁物(あらもの)・毛の柔物(にこもの)を取りき。爾に火遠理命、其の兄(え)火照命に謂はく、「各(おのおの)さちを相(あひ)易(か)へて用ゐむ」といひて、三度(みたび)乞へども許さず。然れども、遂に纔(わづ)かに相易ふること得たり。爾に火遠理命、海さちを以て魚(いを)を釣るに、都(かつ)て一つの魚も得ず。亦、其の鉤(ち)を海に失ひき。是に、其の兄火照命、其の鉤を乞ひて曰く、「山さちも、己がさちさち、海さちも、已がさちさち。今は各(おのおの)さちを返さむ」と謂ひし時、其の弟(おと)火遠理命の答へて曰く、「汝(なむぢ)が鉤は、魚を釣りしに一つの魚も得ずて、遂に海に失ひき」といふ。然れども、其の兄、強(あなが)ちに乞ひ徴(はた)る。故、其の弟、御佩(みは)かしの十拳(とつか)の剣を破りて、五百(いほち)の鉤を作り、償(つくの)へども取らず。亦、一千(ち)の鉤(ち)を作り、償へども受けずて、「猶ほ其の正本(もと)の鉤を得む」と云ふ。(記上)
 兄(あに)火闌降命(ほのすそりのみこと)、自づからに海幸(うみさち)幸、此には左知(さち)と云ふ。有(ま)します。弟(おと)彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、自づからに山幸有します。始め兄弟二人、相謂(かたら)ひて曰はく、「試(こころみ)に易幸(さちがへ)せむ」とのたまふ。遂に相易ふ。各其の利(さち)を得ず。兄悔いて、乃ち弟の弓箭(ゆみや)を還して、己が釣鉤(ち)を乞ふ。弟(おとのみこと)、時に既に兄の鉤を失ひて、訪(とぶら)ひ覓(ま)ぐに由(よし)無し。故、別(こと)に新(にひ)しき鉤を作りて兄に与(あた)ふ。兄受け肯(か)へにして、其の故(もと)の鉤を責(はた)る。弟患へて、即ち其の横刀(たち)を以て、新しき鉤を鍛作(かた)して、一箕(ひとみ)に盛りて与ふ。兄忿(いか)りて曰く、「我が故の鉤に非ずは、多(さは)にありと雖も取らじ」といひて、益(ますます)復(また)急(せ)め責(はた)る。(神代紀第十段本文)
 一書(あるふみ)に曰く、兄(このかみ)火酢芹命(ほのすせりのみこと)、能く海幸を得。弟(おとと)彦火火出見尊、能く山幸を得。時に兄弟、互(かたみ)に其の幸を易へむと欲(おもほ)す。故、兄、弟(おとのみこと)の幸弓(さちゆみ)を持ちて、山に入りて獣(しし)覓ぐ。終に獣の乾迹(からと)だも見ず。弟、兄の幸鉤(さちち)を持ちたまひて、海に入りて魚を釣る。殊に獲らること無し。遂に其の鉤を失ふ。是の時に、兄、弟の弓矢を還して、己が鉤を責る。弟患へて、乃ち以て所帯(はか)せる横刀を以て鉤に作りて、一箕に盛りて兄に与ふ。兄受けずして曰く、「猶吾が幸鉤欲し」といふ。(神代紀第十段一書第一)
 一書に曰く、兄火酢芹命、能く海の幸を得。故、海幸彦(うみさちびこ)を号く。弟彦火火出見尊、能く山の幸を得。故、山幸彦と号く。兄は風(かぜ)ふき雨(あめ)ふる毎に、輙ち其の利(さち)を失ふ。弟は風ふき雨ふると雖も、其の幸忒(たが)はず。時に兄、弟に謂(かた)りて曰く、「吾試に汝と換幸(さちがへ)せむと欲ふ」といふ。弟、許諾(ゆる)して因りて易ふ。時に兄、弟の弓失を取りて、山に入りて獣猟(と)る。弟、兄の釣鉤を取りて、海に入(のぞ)みて魚を釣る。倶(とも)に利を得ず。空手(むなで)して来り帰る。兄即ち弟の弓矢を還して、己が釣鉤を責る。時に弟、已に鉤を海(わた)の中に失ひて、訪(とぶら)ひ獲(もと)むるに因(よし)無し。故、別(こと)に新しき鉤(ち)数千(ちぢ)に作りて与へたまふ。兄怒りて受けず。故の鉤を急め責る、云々(しかしかいふ)。(神代紀第十段一書第三)

 兄の火照命(ほでりのみこと)(火酸芹命(ほすせりのみこと)、海幸彦(うみさちびこ))は海の漁師として、鰭(はた)の広物・鰭の狭物(さもの)を取り、弟の火遠理命(ほおりのみこと)(彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、火折尊(ほのおりのみこと)、山幸彦(やまさちびこ))は山の猟師として、毛の麁物(あらもの)・毛の柔物(にこもの)を取っていた。あるとき、火遠理命が兄の火照命に、各自の「さち」を交換して使ってみたいと言った。しかし、3度言ったが聞き入れられなかった。それでも、最後にはやっと交換してくれた。ところが、火遠理命が「海さち」で魚釣りをしても、まったく獲れないどころか、「其の鉤(ち)」(釣針)を海に失くしてしまった。兄の火照命は「其の鉤」を返して欲しくなって、各のさちを返そうと言ったが、弟の火遠理命は一匹も釣れないで海に失くしたと答えた。しかし、兄は返せ返せと責めたてたので、弟は腰に佩く十拳剣(とつかのつるぎ)を鋳潰し、リサイクルしてできた500個、1000個の鉤を作って償おうとした。けれども、兄のほうは、もとの鉤でなければ駄目だと責めたてた。以上が他愛もない話のあらすじである。
釣り(山水図、麻布、墨画、奈良時代、8世紀、正倉院宝物、「宮内庁 正倉院HP(http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010944)」
 記に、「山さちも、己(おの)がさちさち、海さちも、己がさちさち。今は各(おのおの)さち返さむ」と謂ったとある。小学館の新編日本古典文学全集本古事記に、「ことわざのようなものか。山の獲物も、海の獲物も、やはり自分の道具でなくてはうまく得られない、の意。」(125頁頭注)、新潮社の新潮日本古典集成本古事記に、「餅屋(もちや)は餅屋」(餅は餅屋)の諺(ことわざ)に同じ。」(97頁頭注)、西郷信綱『古事記注釈 第四巻』(筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2005年)に、「「餅屋は餅屋」式の諺か。」(130頁)とある。神田秀夫・太田善麿校註『古事記 上』(朝日新聞社、昭和37年)に、「猟師も自分の猟具によつて富猟を得る、漁師も自分の漁具によつて富漁を得る、もうお互に道具を返さう。ここに見えるサチの語は、その意味内容の伸縮性(多義性)を利用して、わざと三様に用ゐられたもので、それによつて文を成してゐる。伝統的な一つの手法なのであらうが、一面国語の特徴をよく示すものである。」(279頁頭注)とある(注1)。論理的な言語解釈を欠いたままにそれとなく説明(?)されている。
 これはサチカヘの話である。互いの道具を取り換えて使おうとしたことと、取り換えた道具を返してもらおうとしたことの一連の話である。ともにカフ(換)ことを言っている。一般の契約の履行は、商品と金銭をカフ(換)のであれば、甲と乙は相手方に別のものを渡して相手方から別のものを受け取る。そして、一度交換したらそれでその契約は終了するはずである。ところが今回のサチカヘの場合、同じサチというものをカフ(換)と契約条項にある。相手方にサチを渡して相手方からサチを受け取るだけでなく、もう一度サチをカフ(換)こと、つまり、返してもらうこともまた是とされるのである。つまり、1枚の契約書で何度でも履行できることになっている。循環的言辞の特性が、この話の基盤にある。記号で表わせば、「↺」である。導かれて出てくる言葉は、「己(おの)」である。
 「己(おの)」という語は、再帰代名詞とされる。各々という展開語が示すとおり、めいめいのことを言っていて、オノだけでは用いられずに、特定者を指示する場合にはオノレ、もとの意味を表す場合にはオノガの形で使われることが多かった。新訳華厳経音義私記に、「己 於乃我(おのが)」、新撰字鏡に、「躬 躳同、居碓反、身也、親也、於乃礼(おのれ)」、名義抄に、「各 音閣、オノオノ、ツクス」などとある。そして、「己(各)(おの)がAB(A=B)」という慣用表現になっている。

 各がじし 人死にすらし 妹(いも)に恋ひ 日に異(け)に痩せぬ 人に知らえず(万2928)
 …… 這ふ蔦(つた)の 各(おの)が向き向き 天雲(あまぐも)の 別れし行けば ……(万1804)
 橘は 己が枝枝 生れれども 玉に貫く時 同(おや)じ緒(を)に貫く(紀125)
 人人己がひきひき此の人を立てて我が功を成さむと念ひて君の位を謀り、……(淳仁天皇・天平宝字八年十月、31詔)
 しののめの ほがらほがらと 明けゆけば 己がきぬぎぬ なるぞ悲しき(古今集637)
 ……おのが世々になりにければ、うとくなりにけり。(伊勢物語二十一)
 今までに 忘れぬ人は 世にもあらじ おのがさまざま 年の経ぬれば(伊勢物語八十六)
 …… 四つにわかるる 群鳥(むらどり)の おのがちりぢり 巣離れて ……(蜻蛉日記・中巻)

 万2928番歌の「各がじし」は「己が為為」の意で、めいめいそれぞれの意である。人はそれぞれに死ぬものらしく、彼女に恋をして、日々とてつもなく痩せてしまった、思いは人に知られずに、の意味である。恋というものは、男女が溶け合って一つになることであるが、しかし、実体はめいめいそれぞれ別物のままである。万1804番歌は、這っていく蔦のように、それぞれの向きにすすむ雨雲のように別れて行ったので、の意味である。もとの根の生えている茎もとは一つなのであるが、各方向へ延びて行っていると言っている。紀歌謡では、枝先に実る橘の実も、枝は一つの幹、株もとから分かれ出たものである。続紀の宣命例、「己が引き引き」は、各自のひいきによっての意である。古今集の「己が衣衣」は、共寝をした男女が翌朝起きて、別々に着ることで別れることを言っている。伊勢物語の「己が世世」の「世」は男女の仲のことで、離別してそれぞれ新しい異性を得て別々の夫婦の暮らしをしていること、「己が様様」は、めいめい自分の生き方をして年をとってしまったことを言っている。蜻蛉日記の「己が散り散り」は、めいめい散り散りばらばらに、それぞれが自ら志す方向へ進むことを指している。
 再帰代名詞オノとは、自分から発して自分へと戻ってくる言い表す語である。記号で表わせば、「↺」のようなブーメラン現象を起こしている。いま指しているところからもとをたどっていくと、いま指しているところと同じところを指しているところへ戻る。すなわち、いま指しているBはもとのところのAと照らし合わせてみると、A=Bであるということがわかる。この再帰的合致の不思議さについて、論理学的に面白がったのが上代の無文字文化に暮らした人たちである。興味深く思われ、喜んで使っているように感じられる。オノ(己)が再帰を表すから、後に続く語も、「為為」、「向き向き」、「枝枝」、「引き引き」、「衣衣」、「世世」、「様様」、「散り散り」と繰り返されるのである(注2)
 以上から、「己がさちさち」とは、幸Aと幸Bとは合体することもあるがそれぞれ別々のものである、の意である。すなわち、山幸であれば、矢(幸A)と獣(幸B)とは、射たときには一体化しているけれど、実は別々のものである。海幸であれば、釣針(幸A)と魚(幸B)とは、釣ったときには一体化しているけれど、実は別々のものである。言葉としては同じ言葉でも、実は離れてしまうものだから、それを一つにつなぎとめるにはそれなりの技術が伴わなければならない。海幸と山幸の技術の違いとは、山幸が糸(蔓(つる))をつけずに矢を射て飛ばすのに対して、海幸は糸(蔓)をつけて釣針を水に投ずることである。山幸彦が間違えたのは、鉤に蔓をつけずに水に放った点である。失くすのは当然である(注3)
 すなわち、海幸・山幸の話で、山幸彦が初めて釣りをするのにやり方がわからず、ふだんやっている弓矢と同じように釣竿と釣針を取り扱ってしまった。釣糸をつなぐことをしなかった。釣竿で釣針を弾(はじ)いて泳いでいる魚に命中させようと射たのである。釣竿は竹製が専らであるから、道糸(緡)(みちいと、ライン)を弦にしてを張れば弾くことができる。鉤には矰と同じように針素の糸がついているから回収できると思っていたが、針素の糸はとても短かった。釣れるはずもなく、ただ釣針を失うにすぎない。子供でもわかることを楽しいお話にしている。
 矢(箭)のことをサともいう。

 …… 投ぐる矢(さ)の 遠離(とほざか)り居(ゐ)て 思ふそら 安けなくに ……(万3330)
 一発(ひとさ)に胸に中(いあ)てつ。再発(ふたさ)に背(そびら)に中(いた)てて遂に殺しつ。(綏靖前紀)
 便ちに其の襟(きぬのくび)を取りて引き堕(おと)して、射(ゆみい)て一箭(ひとさ)を中(あ)つ。(天武紀元年六月条)
 大夫(ますらを)が 得物矢(さつや)手(た)挟み 立ち向かひ 射る円方(まとかた)は 見るに清潔(さや)けし(万61)
 天地(あめつち)の 神を祈りて さつ矢ぬき 筑紫の島を さして行く我は(万4374)
 …… 大夫の 男さびすと 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩き さつ弓を 手(た)握り持ちて ……(万804)
 むささびは 木末(こぬれ)求むと あしひきの 山のさつ雄に 逢ひにけるかも(万267)
 山辺(やまへ)には さつ雄のねらひ 恐(かしこ)けど 牡鹿鳴くなり 妻が眼を欲り(万2149)
 荒し男の いをさ手挟み 向ひ立ち かなる間しづみ 出でてと吾が来る(万4430)
 …… 梓弓 末振り起し 投矢(なぐや)持ち 千尋(ちひろ)射渡し ……(万4164)
 葦辺(あしへ)行く 雁の翅(つばさ)を 見るごとに 君が佩(お)ばしし 投箭(なぐや)し思ほゆ(万3345)

 万3330番歌の「投ぐる矢(さ)の」は枕詞で、遠くまで飛ぶことから「遠(とほ)」にかかるとされている。このサ、サツヤ、サチについて、関連する語であろうとされるが、諸説には見解に細かな相違がある。大野晋編『古典基礎語辞典』(角川学芸出版、2011年)には、「さち【幸】」の「解説」に、「「猟矢(さつや)」「猟弓(さつゆみ)」「猟男(さつを)」のサツが古形で、本来は金属の鏃(やじり)の矢の意。その矢で射とめた獲物。金属の鏃の矢ならば大きい獲物も得られるので、その矢は幸福をもたらすと信じられ、やがて、サツからサチと音が変わるにつれて、サチは幸福の意にまで発展した。同じ幸福の意を表す類義語サキ(咲き、サクの連用形名詞)およびサキハヒ(幸ひ、サキハラの連用形名詞)は、植物の繁茂によって得る幸福・繁栄のことで、狩猟の獲物の豊富さから受ける幸福のサチとは異なる。サチ(サツ)は、 朝鮮語*sat(→sal)(矢)がサツとして日本語に受け入れられたもの。」とし、「語釈」に、「①狩りや漁の道具。弓矢、釣り針など。また、道具のもつ威力。……②狩りや猟[ママ]で得た獲物。また、その獲物が多いこと。……③幸福。しあわせ。」(554~555頁、この項、我妻多賀子先生。)とする(注4)
 他方、白川静『字訓 普及版』(平凡社、1995年)には、「さち〔幸・獲〕」の項に、「漁猟による獲物を「さち」という。下に名詞が連なるときには「さつ」の形をとる。漁猟の具を「佐都(さつ)弓」〔万八〇四〕、「得物(さつ)矢」〔万二三〇〕のようにいう。狩猟に関係のある語で、「さち」は一種の外来魂、「さちのたま」という。その霊の威力によって海幸・山幸がえられると考えられていた。一般的な幸の意は、のちの転義である。……〔名義抄〕に「幸魂サチミタマ、サキタマ。數奇サチナシ」とみえる。〔神代紀下〕に「利(さち)」というのは獲物。それが「さち」の原義であろう。」(365頁)とある。また、「さ〔箭〕」の項には、「矢をいう古語。投げ矢の意に用いることが多く、「や」とは別系統の語であるが、合せて「そや」ということがある。「そ」は「さ」の転音とみてよい。「そや」には「征箭」の字をあて、〔令義解(りやうのぎげ)、軍防令〕にみえる。朝鮮語の sal の語末の子音が脱落したものであろうかとする説もあるが、「そや」「さつや」「をさ」のような語構成からみて、借用語とはしがたいようである。」(348頁)としている。
 筆者は、狩猟や漁撈において獲物がとれるかどうかに関して、古代の人の気持ちのなかに、言い知れぬ力が働いたはずだという思い込みを前提とすることに抵抗を覚える。わからないこと、解釈しづらいことを、霊性や呪性に答えを求める点はやむを得ないにせよ、源の不分明なヤマトコトバのすべてに適用させていたのでは、自らの語学的論証を危うくしかねない。古く(超?)自然的な力をチ(霊)という語に表したとされている。神秘的な力・呪術的な力を表して、ヲロチ(蛇)、ミヅチ(蛟)、イカヅチ(雷)、イノチ(命)など多数の例が知られる。霊威についてチという言葉を認めるなら、他の言葉は不要で皆チという言葉ひと言で済む。同じ意味内容について、あれもこれもと新しい言葉を作る余裕はない。無文字文化の時代、言葉は貴重財産である。一般の人々に記憶されるキャパシティを超えて無闇に新語を造ることはあり得ない。覚えられないし、伝えられない。人が口から音の羅列を発しても、コミュニケートするものでなければそれは言葉ではない。伝わらない言葉という矛盾は起こり得ない。
 いま、サチという語を考えている。サ(箭)という語を認めたら、サチという語は、サ(箭)+チ(霊)のつながりと確かめられよう。当たりのいい道具としての矢のことである。一方、チ(鉤)という語を認めたら、サ(接頭語)+チ(鉤)のつながりと想定されよう。サに実質的な意味は認められないとする説もあるが、勢いのある意をみて取る説もある(注5)。当たりのいい道具としての釣針のことである。他の、当たりの悪い道具との違いは、効率がいいところである。生産性が向上して、利益があがる。だから、「利」がサチである。在庫調整といったことは乾燥肉や塩蔵、薫製の技術でありはするけれど、蓄蔵が目的ではなく、基本的に穫れたら食べるものである。漁猟によって穫ることは直ちに利益となる。ふだんから肉や魚を食べているわけではなくて、珍しく食卓に並ぶご馳走なのである。それはもっけの幸い、僥倖と言える。漢字の字義に、「幸」の原義である(注6)。だから、サチに「幸」字を当てて正解である。
 売上高が上がってそのまま利益に反映されている。赤字となる仕事を引き受けて、売上高が上がっても利益が上がらないことがある。しかし、狩猟民・漁撈民の立場でヤマトコトバが語られているわけではない。農耕民は、ふだん、穀物や蔬菜類を中心に食事をしている。だから、狩猟や漁撈によって得られる動物性蛋白質のことは、サチ(幸)と言って適切である。狩猟民や漁撈民が利益率の低い仕事を手控えて、減収増益をはかるといったことは思考実験としては考えられるが、人々の大半が農耕生活を選んで以降の歴史において、特にそれをヤマトコトバに表現するとは思われない(注7)。動物性蛋白質は求められこそすれ、仏教思想に知られる宗教上の問題は措くとして、経済の問題として疎まれることはなかったであろう。なお念を押して考えれば、それに付随する毛皮の生産業においては、モノの価値はその稀少性にあるとも考えられる。過剰生産は、サチ(幸)に結びつかない事態も想定できないことはない。とはいえ、食肉の獲得も求められているし、毛皮類は衣類や敷物、馬具に用いれば、やがていたんで消耗するものであり、古代において受給バランスが緩むことはなかったであろう。トラやヒョウなど革製品は輸入、珍重されており、また、劣化が早く、今日まで残る品はほとんどない。
 サチという言葉について、筆者の考えを整理する。矢のうちで投げ矢にするような威力のあるものをサと言っていたので、弓矢の矢の鏃が石鏃類だったものに金属を使う術を知ったときから、弓矢の矢でも威力があると認められて、サツヤ、ソヤ、ヲサと称されるようになった。なぜなら、もともとの投げ矢と弓矢との違いは、その衝撃の威力にあったからである。投げ矢はスタジアムに見ることができる。槍投げである。棒の先に刃のついた投擲具で、鹿や猪に当たって刺されば出血もひどく、大きなダメージとなり、まもなく死んでしまうであろう。ただし、投げる姿が獲物に見られて逃げられる可能性も高い。弓矢の矢は竹の箆の先に鏃をつけたもので、軽く細い。当たり刺さっても、そのまま逃げていくことが多い。

 射ゆ鹿獣(しし)の 認(つな)ぐ川上(かはへ)の 若草の 若くありきと 吾(あ)が思はなくに(紀117)
 射ゆ鹿(しし)を 認ぐ河上(かはへ)の 和草(にこぐさ)の 身の若かへに さ寝し児(こ)らはも(万3874)

 「認(つな)ぐ」とは、血の垂れている道筋や足跡をたどって行くことである。獣が疲れて休んだところを猟犬などを使いながらさらに襲ってしとめることになる。神代紀一書第一に、「乾迹(からと)」と記されている。乾いた動物の足跡のことで、何日も前の足跡さえ見つけられていない(注8)
 そんな矢が、技術的に改良されて威力を増した。金属性の鏃が登場して、獲物の肉に深く鋭く刺さり、また、膓抉(わたくり)の鏃が鋭利になって肉に深く捻りこんで入り、抜くことが儘ならなくなって、当たり所が悪ければその場で悶絶して動けなくなることが出てきた。当然、その効果を有効に活用するには、弓のほうも強靱化が図られ、反発力の大きな「さつ弓」が作られた。上にあげた綏靖前紀の例に、一発や二発ではしとめられたのは、寝ている相手を至近距離から射撃したからである。心臓を狙ったのであろう。使い手も熟練して、急所に命中させる率が高い専門職の猟師が選ばれ、「さつ雄」と呼ばれるようになった。
 漁具の場合、チ(鉤)と言っていた。新撰字鏡に「鈞 居唇反、卅斤為鉤也、法也、知伊(ちい)也」とある(注9)。それで釣りをして取っていたわけであるが、当たりのいい鉤が生まれて、それは、やはり金属性にすることによってより細く、魚に見えにくく、折れにくくすることができて、生産性が向上した。鏃の向上に対照すれば、それは、サなるチができたということである。漁猟において、獲物に接するところになる部分を金属化することでうまくいっている。よって、猟具・漁具の両方とも、言葉の成り立ちは異なれど、サチと呼び得ると考えられるようになった。しかもその特徴は、獲物に深く突き刺さったり確実に飲み込まれてとどまる性質を持ち、獲物の身体と確実に一体化することにあった。そこで、獲物のこともサチと呼ぶことができると考えた。そう考るに考えをまとめた話が、実はこの海幸・山幸の「さち易」の話である。
(つづく)
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