古事記・日本書紀・万葉集を読む

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剣大刀(つるぎたち)について

2017年08月12日 | 論文
 万葉集のなかで、ツルギタチの語があるのは、次の22例である。ツルギの字には、釼(13例)、剱(1例)、𠝏(3例)、劔(2例)、また、仮名書きで、都流伎(2例)、都流藝(1例)と用いられている。枕詞とされている「剣大刀(つるぎたち)」として万葉集中に、それがかかる語は、(a)「身に添(副)ふ」(万194・217・2637・3485)、(b)「磨(と)ぐ」(万3326・4467)、(c)「斎(いは)ふ」(万3227)、(d)「名(な)」(万616・2499・2984)、「己(な)」(万1741)である。剣や大刀は、身に添えて佩くもので、砥石を使って磨いでおくもので、大切にして斎うものであり、また、刀(かたな)の刃(な)に通じるものだからナ(名、己)にかかるとされている。

(a)群
 …… 嬬(つま)の命(みこと)の たたなづく 柔膚(にきはだ)すらを 釼刀(つるぎたち) 身に副(そ)へ寐(ね)ねば ぬばたまの 夜床も荒るらむ ……(万194)
 …… しきたへの 手枕(たまくら)纏(ま)きて 釼刀 身に副(そ)へ寐(ね)ねば ……(万217)
 𠝏(剱の旁が刀)大刀(つるぎたち) 身に取り副ふと 夢(いめ)に見つ 何如(いか)なる怪(け)そも 君に相(あ)はせむ(万604)
 釼刀 身に佩き副ふる 大夫(ますらを)や 恋とふものを 忍びかねてむ(万2635)
 うち鼻ひ 鼻をそひつる 釼刀 身に副ふ妹し 思ひけらしも(万2637)
 都流伎多知(つるぎたち) 身に副ふ妹を とり見がね 哭(ね)をそ泣きつる 手児(てご)にあらなくに(万3485)
(b)群
 …… 釼刀 磨ぎし心を 天雲に 念ひはぶらし ……(万3326)
 都流藝多知(つるぎたち) いよよ磨ぐべし 古ゆ 清(さや)けく負ひて 来にしその名そ(万4467)
(c)群
 …… 釼刀 斎ひ祭れる 神にし座(ま)せば(万3227)
(d)群
 𠝏大刀 名の惜しけくも 吾は無し 君に相はずて 年の経ぬれば(万616)
 吾妹子(わぎもこ)に 恋ひし渡れば 釼刀 名の惜しけくも 念(おも)ひかねつも(万2499)
 𠝏大刀 名の惜しけくも 吾は無し このころの間の 恋の繁きに(万2984)
 常世辺(とこのへ)に 住むべきものを 釼刀 己(な)が心から おそや是の君(万1741)

 そのほか、紀には、「風の音の如くに大虚(おほそら)に呼ばふもの有りて曰く、『剣刀(つるぎたち)太子王(ひつぎのみこ)や』といふ」(履中紀5年9月)なる、枕詞かと推量される言葉が載っている。
枕詞とされない実体を伴った例には、以下のものがある。

(e)群
 釼刀 諸刃の利きに 足踏みて 死なば死ぬとも 君に依りなむ(万2498)
 釼刀 諸刃の上に ゆき触れて 死にかも死なむ 恋ひつつ有らずは(万2636)
(f)群
 釼(つるぎたち) 鞘ゆ納野(いりの)に 葛引く吾妹(わぎも) 真袖もち 着せてむとかも 夏草苅るも(万1272)
 …… 釼刀 鞘ゆ抜き出でて 伊香胡山(いかごやま) 如何にか吾が為む 往辺(ゆくへ)知らずて(万3240)
(g)群
 …… 大夫(ますらを)の 心振り起し 劔刀(つるぎたち) 腰に取り佩き 梓弓 靫(ゆぎ)取り負ひて ……(万478)
 …… 大夫(ますらを)の 男子(をとこ)さびすと 都流伎多智(つるぎたち) 腰に取り佩き 猟弓(さつゆみ)を 手握(たにぎ)り持ちて ……(万804)
 …… 梓弓 手に取り持ちて 剱大刀 腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大君の 御門の守り ……(万4094)
 大夫や 空しくあるべき 梓弓 末振り起こし 投矢もち 千尋(ちひろ)射渡し 劔刀 腰に取り佩き ……(万4164)
(h)群
 虎に乗り 古屋を越えて 青淵に 鮫龍(みづち)とり来む 釼刃(つるぎたち)もが(3833)

 他に実体としてのツルギとして、

(コマツルギ)群
 …… 狛釼(こまつるぎ) 和蹔(わざみ)が原の 行宮(かりみや)に ……(万199)
 高麗釼(こまつるぎ) 己が心から 外(よそ)のみに 見つつや君を 恋ひ渡りなむ(万2983)

があり、地名として、

(ツルギノイケ)群
 御佩(みはかし)を 釼池(つるぎのいけ)の 蓮葉に ……(万3289)

の例があり、刃物のタチとしては、以下のような例がある。

(タチ)群
 …… 大御身(おほみみ)に 大刀(たち)取り佩かし 大御手(おほみて)に 弓取り持たし ……(万199)
 絶ゆと云はば わびしみせむと 焼大刀(やきたち)の 辺付(へつ)かふことは 幸くや吾が君(万641)
 焼刀(やきたち)の 稜(かど)打ち放ち 大夫の 禱(ほ)く豊御酒(とよみき)に 吾酔(ゑ)ひにけり(万989)
 …… 懸佩(かけはき)の 小釼(をだち)取り佩き ……(万1809)
 …… 焼大刀の 手柄(たかみ)押しねり 白檀弓(しらまゆみ) 靫取り負ひて ……(万1809)
 劔(たち)の後(しり) 玉纏(たままき)田居(たゐ)に 何時(いつ)までか 妹を相(あひ)見ず 家恋ひ居らむ(万2245)
 他国(ひとくに)に 結婚(よばひ)に行きて 大刀(たち)が緒も 未だ解かねば さ夜そ明けにける(万2906)
 家にして 恋ひつつあらずは 汝が佩ける 多知(たち)になりても 斎ひてしかも(万4347)
 夜伎多知乎(やきたちを) 砺波(となみ)の関に 明日よりは 守部遣り添へ 君を留めむ(万4085)
 麻久良多之(まくらたし) 腰に取り佩き ま愛(かな)しき 背ろがめき来む 月(つく)の知らなく(万4413)
 大夫と 思へるものを 多知(たち)佩きて かにはの田居に 芹そ摘みける(万4456)
 朝夕(あさよひ)に 哭のみし泣けば 夜伎多知能(やきたちの) 利心(とごころ)も我(あれ)は 思ひかねつも(万4479)

 ツルギタチの(a)群の「身に副ふ」とのつながりは、(タチ)群には見られない。(b)群の「磨ぐ」とのつながりは、(タチ)群には見られない。ただし、「磨ぐ」と同根の言葉とされる「利し」は(e)群の万2498番歌、(タチ)群の万4479番歌に見られる。(c)群の「斎ひ祭る」は、(タチ)群には見られない。(d)群の「名(な)」、「汝(な)」とのつながりは、(コマツルギ)群に見られ、(タチ)群の方では、万4347番歌に「汝(な)が取り佩き」から続いているものの、前置きであるから関係がないといえる。(e)群の「諸刃」は、ツルギに唯一の特徴であり、(タチ)群には見られない。(f)群の「鞘」は、タチ全般にあっておかしくないはずであるが、(タチ)群には見られない。ただし、万2245番歌の「劔の後」は鞘のことかともいわれる。(g)群の「取り佩く」とのつながりは、(タチ)群にも見られる。
 以上から、タチのなかでのツルギに特徴的な言葉遣いは、身に副い、ナが重要要素で、諸刃であり、鞘が目立ち、磨ぐべきもので、斎い祭るものであるらしい。そして、特別に取り佩くものではないといえる。ツルギ(ツルキ)の語源について、「吊る+佩き」とする旧説があったが、音転に無理があるとされている。語義自体にもそぐわないものがあるといえる(注1)
 今日、枕詞と呼ばれる概念が、上代の人たちにどのようにあったか謎である。例えば、古墳に当たる言葉はツカ、ミサザキなどとあげられる。だが、枕詞に該当する上代語が何であったか不明である。落語の小噺の洒落を後から説明するのは不調法とされるから、そのレベルのことなのかもしれない。
刀2本で剣1本(直刀、奈良時代、8世紀、物打から切先、東京国立博物館研究情報アーカイブズ(http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0096105)から作成。上代語の「ツルギ(剣)」と「タチ(大刀)」との関係を示すために、借用の図版を加工した。ご寛恕願いたい。)
 拙稿「鞘の歌」でも述べたとおり、剣の特徴は両刃(諸刃)にある。和名抄に、

 刀 四声字苑に云はく、剣に似て一刃なるを刀と曰ふといふ。〈都窂反、大刀、太知(たち)、小刀、加太奈(かたな)。〉
 長刀 唐令に云はく、銀装の長刀といふ。又云はく、細刀といふ。〈之路加禰都久利乃奈加太知(しろかねつくりのなかたち、細刀、保曽太知(ほそたち)〉
 短刀 兼名苑に云はく、刺刀〈能太知(のたち)〉といふ。短刀也。
 剣 四声字苑に云はく、刀に似て両刃なるを剣と曰ふといふ。〈挙欠反、今案ずるに僧家の持たる是れ也。〉
 属鏤 広雅に云はく、属鏤〈刀朱反、文選に豆流岐(つるぎ)と読む。〉は剣也といふ。

とあり、刀と剣を一刃(かたな)、両刃(もろは)と対して記されている。片刃の対語は真刃(まな)である。剣は、刀身の両方に刃がついている。刀身が「身」である。どちらから見ても、身は刃(な)を着けている。したがって、「身に副ふ」や、「名(己)(な)」という表現がくっついてくる。人間が「身に副ふ」から、枕詞にかかっているとだけ考えるのでは、言葉として面白味に欠ける。それを“枕詞”で表す必要はない。刀(片刃)の場合、身を背とすれば置いた時に刃をこぼつことはないが、剣は諸刃だから背をもたず、剥き出しはふさわしくない。必ず鞘に納める必要がある。斎い祭るべきなのは、剣の霊性、神聖性ではなく、ツルギが真刃(まな)だからである。すなわち、マナとは真魚、今もまな板とよばれるマナである。適当につくろった食事ではなく、おいしく贅沢な食事である。それはまず、神さまへのお供えとして作られ、後でおろしてきて皆で食する饗の御馳走である。したがって、「斎ひ祭る」につながり、御馳走のことは、マウケともいう。座を設けるのである。材料を前もって各地から取り寄せ、下拵えをして入念に準備して、豊明節会の宴席で供される。設けるからマウケであり、あらかじめ準備して設定しておく次の天皇のことを、「儲君(まうけのきみ)」という。したがって、履中紀のように、ツルギタチは「太子王(ひつぎのみこ)」を導くとも考えられて然るべきである。直接的に、ヒツギノミコという音へかかる理由については、拙稿「逆(さかしま)に十握剣(とつかのつるぎ)をたてる事」を参照されたい。
 ツルギということばの語源を問う試みとしては、なお、「吊る+キ(ギ)」とする説が有力とされている。武井睦雄「「ツルギ」と「タチ」―古代刀剣名義考―」(『築島裕博士傘寿記念国語学論集』汲古書院、平成17年)は、ツルキのキをカムロキ、スメロキ、ヒモロキのような、霊威あるもの、神聖なものを指す語尾、タチを「手+チ」として、チはイカヅチ、ノツチ、カグツチ、ミツチ、ヲロチのような、霊威あるもの、神聖なものを表す語尾と捉えている。そして、タチとツルギとは同一のものを表す場合があるから、霊威の位取りとして格別なものをツルギとしていったとする説を説いている。
 語源を探ることは容易ではないが、タチを「手+チ」としてハンドパワーを語に形成しているとは信じがたい。タチ(大刀)を「断ち」と解釈する従来からの説に違和感はない(注2)。長く続いているものを途中で断ち切ること全般を表す語が、動詞のタツ(断・絶・裁)である。和名抄・征戦具に、「大刀(たち)」が記され、実戦で敵兵の身体を切断するのに使われることが少ないとして、「大刀」と「断ち」とは無関係であると考えることは不自然である。斬首に使われたのは「大刀(たち)」であったろう(注3)。和名抄の解説に、その霊性については一切触れられていない。形状ばかりを説明している。言葉の認識に霊性を示さないのは、そのような考えがなかったからであろう。結果的に現代人が霊性を感じるように思っているだけではないか。
 和名抄にあげた最後の項目、属鏤(しょくる)が興味深い。属鏤は、呉王夫差が伍子胥に死ぬように与えたとされる名剣の名である。史記・呉太伯世家に、「子胥に属鏤之劔を賜ふ」とあり、春秋左氏伝・哀公十一年にも記事が載る。文選には、張衡の呉都賦に「属鏤を扶(ぬ)き揄(ひ)く」とある「属鏤」は、「ショクルのツルギ」という読みがいわゆる文選読みである(注4)。しかし、どうして数ある名剣のなかで、わざわざ和名抄は取りあげたのか。それにはそれなりの理由、すなわち、属鏤という字面から、ツルキと訓ずべき意を読み取ったからと思われる。属は旧字に屬、尾+蜀、牝牡相連なることを示す。説文に、「属 連なる也、尾に从ひ蜀声。」、また、「鏤 剛鉄なり。以て刻み鏤(ゑ)る可し。金に从ひ婁声。夏書に曰く、梁州、鏤を貢ぐといふ。一に曰く、鏤釜也といふ。」とあって、はがねのことを指す。したがって、固有名詞のはずの属鏤が、刃が刀身のまわりを連なっている剣の様子をよく捉えている。そう認めたから載せているものと考えられる。すなわち、連なるのツルと、牙のキの意、それがツルキである。
  剣(つるぎ)(さきたま稲荷山古墳出土金象嵌銘鉄剣復元品、「工芸文化研究所(http://kougei-bunka.org/restore.html)」様)
チェーンソー(「リョービ株式会社(https://www.ryobi-group.co.jp/)」様)
 牙(き)は仮名書きの例がなく、キ音の甲乙の区別がつけられていない。大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『岩波古語辞典』(岩波書店、1974年)には、「ki」(348頁) と甲類扱いしてあるものの、三省堂の『時代別国語大辞典 上代編』(三省堂、1967年)、白川静『字訓』(平凡社、1987年)には、甲乙不明とする。ただし、白川先生は、「「きさ[象]」の「き」はあるいは「牙(き)」の意であろう」(268頁)とされている。また、「「きさ」とは象牙の文理をいう語であったかも知れない。」、「「牙」が「木」と同根ならば[キは]乙類である。」(同頁)、「牙と芽との関係は、牙(き)と芽(きざ)すとの関係に同じ。両者類想の語である。」(266頁)とある。しかし、仮に植物にキザシがあっても、木にならずに「葦牙(あしかび)」のように草になるかもしれず、また、木(き)の特徴を木目文様のみに還元することも難しい。
 名義抄に、「牙、キバ・キ・キザス」とある。関連しそうな語句として、古文献や古辞書に使用されている漢字を示すと、

 キザシ 兆・牙・芽・萌・剋
 キザム(キサム) 刻・銘・尅・劃・剋・刊・鏤・彫・黥
 キサグ 刮
 キサゲ 鐫
 キル 切・断・斬・伐・割・剔・截・鋋・戮・誅・翦・鑽・燧
 キリ 錐
 キダ 段・分・常
 キダキダ 寸
 ヱル 雕・琱・鐫・剜・刻・鏤
 ウカツ(ウガツ) 穿・鑽・貫・穴・掘・鑿
 ケヅル 削・刮・梳・劂・剔・剽・剥・斬・銛・省・刻
 クジル 抉・挑・剜・掘・鑽・削
 コズ 抉・掘

となる。このうち、キサグ、キル、キダ、キダキダについては仮名書きがあり、キは甲類である。名詞形のキサゲ、キリも同じである。枕詞タマキハルのキは甲類で、「霊尅」(万897)、「玉切」(万678)と書かれ、「年切(としきはる)」(万2398)という語から、キハルは刻の意かとされる。
 記上に、「𧏛貝比売(きさかひひめ)きさぎ集めて」とある。𧏛は字書に見えない字であるが、和名抄に、「蚶 唐韻に云はく、蚶〈手談反、弁色立成に岐佐(きさ)と云ふ〉は蚶の属、状、蛤の如く円くして厚く外に理、縦横に有り、即ち今の魽也といふ。」とある。石に張り付いた大穴牟遅神をこそげ取るために派遣されたと考えられている。掻きこそぎ削る意味の「刮(きさ)ぐ」のキは、記に「岐佐宜集而」とあって甲類である。音の洒落としか考えにくいので、アカガイを表す蚶(きさ)のキも甲類であろう。
 和名抄には、「橒 唐韻に云はく、橒〈音雲。漢語抄に云はく、岐佐(きさ)といふ。或(あるひと)説きて、岐佐は蚶の和名也、此れ木の文と蚶貝の文と相似れり。故、名を取るとととく。今案ずるに和名は義を取りて相近し。以て此の字を木の名と為(す)あんず。未だ詳らかならず。〉は木の文也といふ。」とある。また、「象 四声字苑に云はく、◆(象の上部に寫の下部)〈祥両反、上声の重、字亦象に作る。岐佐(きさ)〉は獣の名なり。水牛に似て大なる耳、長き鼻、眼細く、牙長き者也といふ。」とある。同じキサに、象・木目・蚶貝の三者がある。象牙は文目が目立ち、アカガイの殻も縦横の文目が特徴的である。本邦に elephant が知られたわけではなく、象牙のみ知られていた。他に、けば立っていることがあるのが共通点である。したがって、キサのキはいずれも甲類と定められる。
 象(きさ)のキは、牙(き)の意と捉えて間違いないであろう。鋭利な牙状のものによって刮ぎ、その文様が橒である。よって、牙のキも甲類であろう。同様に、牙状のもので「刻(きざ)む」のキも甲類らしい。「刻む」のキザは、「階(きざはし)」のキザで、細かく線を加え、「段(きだ)」をつけること、また、入墨することをいう。「段(きだ)」のキも甲類である。「寸(きだきだ)」は、遊仙窟の訓にキザキザともある。「兆(きざし)」についても、「牙+サシ」と解されており、キは甲類であろう。
 新撰字鏡に、「鏤 力豆反、刻也。益也。蓋し金(くがね)の知利波女(ちりばめ)」、名義抄に、「鏤、キザム・ヌル・ホリハム・チリバム・ヱル・ツルキ」とある。名詞としては、透かすように彫ることができるほど、先端が鋭利な金属製のものを指しているように思われる。したがって、属鏤は、たくさんの鋭利な牙が連なっているさま、剣の、かます切っ先の様子が復元されたことになる。すなわち、カマスの口のようにたくさん歯(刃)が並んで連なりついていて、どこでもドアならぬどこでも刃なのである。見た目、これほどこわいものはない。
 以上、ツルギタチという語、ならびに、ツルキ(ギ)について見てきた。ツルキ(ギ)のキ(ギ)は甲類で、牙(き、キは甲類)が連なっている様をもってツルキ(ギ)という語は形成されていると考証した。どこでもドアならぬどこでも刃なるものが剣の本性であるとの理解が、ツルキ(ギ)という語として人々の間に認められていた。言葉は共有されてはじめてコミュニケーションツールとなる。無文字文化の人が言葉を知るには、その言葉について、なるほどと納得行くことが条件である。共通認識が言葉を支えている。はじめて double-edged sword を目にした人が、それは何だと問うたとき、これはツルキ(ギ)というものだ、牙がつるつるつるんで連なっているだろうと言った時、アハ体験で悟ることで言葉は言葉として定まり広がっていく。無文字時代、ヤマトコトバは、具体的操作的なものであった。

(注1)ツルギは、権力の象徴として玉・鏡とともに掲げられるものであった。「……、予め五百枝(いほえ)の賢木(さかき)を抜(こ)じ取りて、九尋(ここのひろ)の船の舳(へ)に立てて、上枝(かみつえ)には白銅鏡(ますのかがみ)を掛(とりか)け、中枝(なかつえ)には十握剣を掛け、下枝(しもつえ)には八尺瓊(やさかに)を掛け、周芳(すは)の沙麼(さば)の浦に参迎(まうむか)ふ。」(仲哀紀八年正月)、「……五百枝の賢木を抜じ取りて、船の舳艫(ともへ)に立てて、上枝には八尺瓊を掛け、中枝には白銅鏡を掛け、下枝には十握剣を掛けて、穴門(あなと)の引嶋(ひこしま)に参迎へて献る。」(同)とあって、キラキラ反射させて見せたに違いない。
(注2)拙稿「太刀魚と馬の鬣、sword、「発掘された日本列島2015」展の形象埴輪について」参照。
(注3)「即ち子麻呂等と共に、出其不意(ゆくりもな)く、剣(たち)を以て入鹿が頭肩を傷(やぶ)りつ。」(皇極紀四年六月)、「是に、二田塩(ふつたのしほ)、仍(すなは)ち大刀(たち)を抜きて、其の宍(しし)を刺し挙げて、叱咤(たけ)びて啼叫(さけ)びて、始(いま)し斬りつ。」(孝徳紀大化五年三月)とあり、実際に斬るにはタチが使われている。
(注4)中村宗彦『九条本文選古訓集』(風間書房、1983年)、小林芳規『平安鎌倉時代における漢籍訓読の国語史的研究』(東京大学出版会、1967年)参照。「鏤」一字ではヱルの意だからツルギとは訓めず、「属鏤」という熟語を以てツルギと訓むとされる。

※本稿は、「剣太刀について 其の一」・「同 其の二」(2013年1月)に加筆、訂正を加えたものである。
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