古事記・日本書紀・万葉集を読む

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十七条憲法の「和」について 其の三

2017年04月21日 | 論文
(承前)
(注1)和辻、前掲書に、「この憲法は、憲法と呼ばれているにかかわらず、形式の上で道徳的訓戒に近いものである。……憲法は、国家のことに関する限りの人の道を説いたものである……。従ってそれは、官吏に対して、官吏としての道徳的な心がけを説いたものである。その関心するところは公共的生活であって、私的生活ではない。その説くところの心がけも、おのずから国家の倫理的意義を説くことになるのである。」(115頁)とある。
(注2)本ブログ「江田船山古墳大刀銘を読む 其の一」以下参照。
(注3)本ブログ「天寿国繍帳銘を読む 其の一」以下参照。
(注4)偽作説や後の仮託の作、太子像虚構説などいろいろあるが、本稿は、「古事記・日本書紀・万葉集を読む」ことを行っている。読んでいてとてもリアルに感じられるので、でっちあげ説には基本的に関心がない。
(注5)筆者の言語感覚に過ぎないが、抽象的な概念を言葉としたものとして古いものに、カミ(神、ミは乙類)という語がある。これは二音である。もとからあるヤマトコトバの一音の語、ワ(輪・吾)以外にも、例えば、ヰ(井・猪)、ツ(津)、ヲ(尾・緒・雄)、ス(巣・洲・酢)などに、抽象的な概念が忍び込む余裕があったとは考えにくい。ヲ(雄)は陽物をもってヲ(尾・緒)である。ナ(名)も二人称のナ(汝)を表す呼び方が名前である。いずれも具体語の派生と考えられる。擬声語や擬態語から言葉の由来を解く試みも見られる。ウ(鵜)は、ウ(肯)と言わざるを得ずに魚を吐かされているからウであろう。いまにハイと同等語のウンに続いている。そうすると、擬声語、擬態語の類は、抽象語とは別次元にあると考えなければならない。
 そんななか、「和(わ)」を、呉音による外来語であると想定している。抽象的な概念の言葉としてのワ(和)は、時代的に遡ろうにもなかなかに遡れない。いかに仏教が盛んになっていたからといっても、寺院内ではなく役所のことである。論語・子路に「子曰く、君子は和して同せず。小人は同して和せず。」とあるから理解していたはずだという前提は、「和」をクワとは漢語読みしなかったという説明が必要である。憲法の十五条で感慨に耽っている文章からも否定される。そこでとりあげられているのは、初章の「上和下睦」である。千字文の文言で、初学書を持ち出さなければならないほど識字知識は低レベルである。宮仕えしている舎人など、前年はお国で鍬を振るっていたかもしれない。そんな輩を前にして、はなっから wa などと外来語を持ち出しては、皆 wa と驚くしかない。そういう洒落なのであろうか。
(注6)「条(條)」は助数詞でヲチと訓まれる。細長いものや細長く連ねた形のものに用いられる。「小幡十二条」(推古紀三十一年七月条)はチヒサキハタトヲアマリフタヲチ、「禁式九十二条」(天武紀十年四月条)はイサメノノリココノソアマリフタヲチと訓まれている。よって姉崎先生の作られた復刻を、ひとつづきの細長いものとして切り貼りしてみた。布や立札に書いて官吏たちに見せた可能性を探るため、“実験書誌学”を行ってみた。
幡(東大寺慶讃法要・庭儀、昭和63年5月2日、井上博道『東大寺』中央公論社、1989年、69頁)
金銅小幡六流(る)(「条(をち)」とは数えないのであろうか。銅板製透彫鍍金、法隆寺献納宝物、飛鳥時代、7世紀、東博展示品)
(注7)大人になるということは、一人立ちするということである。精神面においても一人立ちしているはずであると、自他ともに認めるのが大人である。その大人に対して説諭することは大変なことである。人格に対する毀損も兼ねてしまうからである。する方もされる方もとても恥ずかしい。方便として、酒を飲みながら執り行われている。酔ってしまえば、人格の否定に当たることも、わからなくなっているから許されてしまう。間違った方向に行き過ぎた例として、酒の席でのセクハラや飲酒運転などがあり、許されない事態となる。現在の日本国憲法に高らかに謳われている基本的人権の尊重は、大人に対する説諭や訓戒をさらに難しいものにしている。
(注8)岩波書店の大系本日本書紀補注に、「憲法十七条を文章形式の上から見ると、各条はそれぞれ、はじめにその条の綱領を命令の形であげ、ついで、それ以下にこれを演繹して、説明を与えるという構造を持っている。従って訓読においても、各条が命令の形を含みように訓むのがよかろうと思われる。」(ワイド版日本書紀④、2003年、388頁、初出は1965年)とある。
(注9)日本書紀の古訓に、「和幣(にきて)」、「和順(まつろふ)」、「和享(にこむ)」、「和魂(にきみたま)」、「和好(よしび)」、「和顔悦色(うれしぶ)」、「和解(あまなはしむ)」、「寛和(やはらか)」、「和親(にきび)」、「通和(かよふ)」、「温和心(やはらけきこころ)」、「不和(やくさむ)」などがある。
(注10)池田温編『日本古代史を学ぶための漢文入門』(吉川弘文館、2006年)に、「漢字千字を重複することなく用い、四字句を連ねた韻文としたもの。梁(りょう)の周興嗣(しゅうこうし)が、武帝の子息の学習用に作り、以後後代まで、広く漢字文化圏で初学書として普及した。」(199頁)とある。
(注11)衍字とする説もある。河村秀根・河村益根の書紀集解に、「原有歟字。傍訓讒入。」(国会図書館デジタルライブラリー(24/234))と注されている。「情」を「コヽロ」と訓んでいるのだから、何も讒入とする必要もないと思われる。最後のカという助詞の疑問・詠嘆が、誰が誰に対して発したものなのか不可解とされる向きは、憲法十七条の作者である太子が、自分の作った原稿の第一章を見直して、確かにそうだと思い返すことなど変ではないかという指摘であろう。本文で述べたように、千字文という初学書を示しており、レベルの低い聞き手と同調しようという計らいである。したがって、十五条の「初章云」の文言がある以上、第一条を仏教的な和合の精神から捉えようとするのは、思想的な“背景”としては外れていないかもしれないが、言葉遣いの上ではあまりにも迂遠なことに思われる。なにしろ、この「憲法」は、思想書ではなく、“訓示”である。
 そして、“訓示”であれば、「初章云……歟」とあって、何ら不思議ではない。それを“法典”と捉えると、現代の法律や条約などの条文を含め、最終条項に論理階梯を混乱させる念押しの文言を登場させて並列で記す場合があり、それからの類推を行わなくてはならなくなるが、あくまでも“訓示”であるから、言語感覚的には何ら問題はない。
(注12)「尅念作聖」については本稿と関係ないので稿を改めて論ずる。
(注13)山田孝雄、前掲書の「則」の解説に、用言の已然形にバを添えてよむ「レバ則」と、用言の未然形にバを加えてよむ「ラバ則」について、接続副詞と説明され、それ以外に、「即」、「乃」と同じように用いられる副詞としての用法を確かめられている。「経伝釈詞に曰はく 則者承上起下之詞、広雅曰則即也 といへるものはこれその接続詞としての性質をいへるものなれば、今の関する所にあらず。次に曰はく 則猶其也 則猶而也 則猶乃也 と。かくの如きに至りては、『則』『即』『乃』同じといふこととなり、その意はここに於いてせずして彼に求めざるべからざることとなる。」(168頁)とある。純然たる副詞の用法の「則」は、「其」、「而」、「即」と読み替えられるものである。
(注14)音転して形容動詞化したニコヤカ・ニコヨカ(「和」)の用例に、次のような例があり、男女を比した場合、どちらにニキ・ニコ(和)なのかは明らかと思われる。
 
 蘆垣の 中のにこ草 にこよかに 我を笑まして 人に知らゆな(万2762)
 秋風に 靡く川びの 和草(にこぐさ)の にこよかにしも 思ほゆるかも(万4309)
 夫に随ひ柔〈尓古也可二(にこやかに)〉儒〈ヤハ良(ら)カニ〉して、練りたる糸綿の如し(霊異記・中・27)

 欽明紀二年七月条の「和親」の訓については、ひとまず保留ということにしたい。日本書紀のすべての「和」字についてまとめて検討される方の出現を祈る。
(注15)本ブログ「鳥『甘』とは何か 其の一」以下参照。
(注16)梅原、前掲書に、第十三条を評して、「この[第十三]条には原典探しの好きな学者たちも、原典を見いだすことはできない。まったく太子の政治実感からでた条文だからであろう。私は、日本の官僚(かんりょう)の悪口をいったが、しかし他国と比べると、はるかに日本のほうがすぐれている。このことは、この官僚制(かんりょうせい)の基礎(きそ)をつくった太子が、千年の将来を見通したような、かかる的確にして精密な訓誡(くんかい)をしていることと無関係であろうか。」(734~735頁)と言っている。役所で門前払いやたらい回しにあうことは今も多いが、そうしない方が行政機関としてばかりか行政執行者、いわゆるオカミ(「上」)にとって好都合なのである。この十三条の「和」に、「上」字も「下」字も冠されないのは、大前提に、官吏が「上」であると決まっているからである。太子は、役人に、人民を上手に飼えよ、と訓戒しているととれる。
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