古事記・日本書紀・万葉集を読む

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「族(うがら)負けじ」について 其の二

2017年08月11日 | 論文
(承前)
 また、天秤棒の場合も、両側が釣り合うように荷や錘をかけている。荷を担ぐに際しては真ん中に人の肩がくる。鵜飼いの場合も、鵜籠を前と後ろに掛け、それぞれの籠に多ければ4羽ずつ鵜を入れて鵜舟へ運んでいる。この場合、必ず天秤棒の前と後ろに籠を掛ける。2羽だけ運ぶ場合にも、前籠、後籠に1羽ずつ入れて運ぶ。バランスがとれていなければ天秤棒は担げない。釣り合いのないチギリはあり得ない。「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」(日本国憲法第24条)と謳われている。「維持されな」い婚姻が、今日、3組に1組あると言われるが、チキリ(チギリ)の決め方にアンバランスがあって支障を来たす場合も多い。無理やり担がなくてもいい時代になっているから、ちきり棒をすぐに下ろしてしまう。
鵜飼籠と天秤棒(「長良川鵜飼」様)
 菊理媛については、何と述べたのか記されないままに伊奘諾神は喜んでほめている。我が意を得たり、であろう。何と述べたのか書いてないのは、情報開示の際の海苔弁のためか、書かなくてもわかることかのいずれかの理由による。日本書紀ではほかに、「曰、云々。」という慣用表現がある。「天豊財重日足姫天皇、中大兄に位(みくらゐ)を伝へたまはむと思欲(おもほ)して詔して曰はく、云々(しかしかいへり)。」(孝徳前紀)といった記述である。発語したことはわかるが、言葉が聞き取れなかったか伏せられている。そういう記述と、当該記述、「白すこと有り。」で終わるのとでは、気持ちが異なる。おそらく、「菊理媛神」という他に見えない神が登場してきたら、もはや説明する事柄は、その名前に包含されていると考えられる。
 すなわち、ククリヒメという名義は、ククルことをする神を表すものであろう。ククルとは、括(くく)ることと漏(くく)ることが同じ言葉ですよ、そう教えてくれる神である。神が顕れたことによって名が現され、そのことだけで、事柄、内容はすべて表されている。鵜は、首を括られつつ、水を潜(くく)る。潜(くく)るという語は、水が漏れ出る意として使われることが多いが、密にあるものの隙間をぬって移行する意である。鵜が潜って獲物をねらう際の、潜水艦か魚雷のような進み方は、川の中の障害物となる岩石や藻の隙間をくぐり抜けていく様子によく適合している。
 菊理媛神が言っていたことは、その存在自体において既に表明されている(注8)。上位概念から下位概念を総括すること、ククル(括)こともしている。締め括りである。相手側代理人の泉守道者(よもつちもりびと)という者に対しても、同等に、その存在自体の矛盾の指摘へと向かう。道とあるからには通じている。そこをモリビトたるモル(守)という人がいる。同音のモル(漏)ことに同じであるというのである。だから、モル(漏)義のククル(潜)という名を負った神として、導かれるように菊理媛神は登場している。泉守道者がいかにモル(守)ことをしっかりやっても、そもそも道が通じているから守る役目を担っている。道が通じている限りにおいて、どうしたって通したくない犯罪者や謀反人が通ってしまう。モル(漏)ことは避けられない。道が通じていないのであればモル(漏)ことは起こらないが、そのとき、モル(守)必要はなく、最初から泉守道者などは存在しないということになる。
 この哲学によって、黄泉国からの脱出は終結する。離婚調停が成立して、伊奘諾尊は伊奘冉尊の束縛から解放され、「散去(あら)けぬ」こととして終わる。単に両者が別れましたという次元にとどまるのではなく、離婚劇そのものが幕を閉じ、舞台が滅失して完了している。枠組自体が霧消する(注9)。このような手際が記紀の話には頻繁に見られる。無文字文化に暮らした人々の言語能力の高さに感心させられる。
 ウガラ(族)という語を、「汝」に当てるような言葉の分解、拡張、頒布、拡散はできなかった。つまり、種蒔きをしようとしてもできなかった。だから、ウガラマケジである。「蒔(播)(ま)く」は下二段活用動詞である。伊奘冉尊のウガラ(族)概念の拡張は、離婚裁判で否定された。ウガラ(族)とは、親族の関係にある者をまとめていう語であって、その対象者のうちの1人に対しての呼称とするのは間違いであると認定された。uncountable な名詞である。菊理媛神の存在による表明により、括(くく)り潜(くく)ることの全肯定が確かならしめられた。ウが鵜であり、諾(う)であって正しいのである。
 同じくカラとついて同族関係を表す語に、ヤカラ、ハラカラがある。ヤカラのヤは屋の意、ハラカラのハラは腹の意である。お宅訪問をしたとき、一つ屋根の下からぞろぞろと出てきて紹介される家族がヤカラという一族、一人の女性のお腹から産まれたのがハラカラという兄弟姉妹である。その伝でいくと、ウガラとは、一つ鵜から出てきたのがウガラであろう。鵜は鵜飼漁にたくさんの魚を飲み込んでは吐き出している。今日でこそ観光鵜飼船にアユばかりを対象としているが、古くはボラの大きめの幼魚、イナにおいても多く行われていた(注10)。同じ鵜から出てきたのが、ウ(諾)という意とは反対のイナ(否)である点に、この頓知話の眼目はある。ウガラと言って紹介されるのが、イナ、イナ、イナ、……ばかり続いていくとなると、ウガラなる族はそもそも無いのだということになる。それがウガラマケジの証明に当たる。結婚によって成り立つのがウガラ、離婚によって成り立たなくなるのがウガラ、そういう語の設定である。実体としてより、関係性の中での仮構的存在として位置づけられる。
イナの大量発生(「伊勢志摩経済新聞」様)
 ウガラという語については、鵜の首結いにつけるウ(鵜)+ガラ(柄)のことであると洒落で見立てられたらしい。鵜飼の発祥地とされる日本や中国において、大きな獲物を飲み込めなくする首結いには、稲藁が用いられていた。これは、鵜飼人が引き操る手縄とは別仕立てである。放ち鵜飼の場合でも、首結いだけはしておく。大きな獲物が食べられるのに、何も人の管理下に入って小魚をねだる必要はなくなる。この首結いには、農家から調達しておいた稲藁を水に浸して柔らかくし、うまい具合に窒息せず、指が入るぐらいに緩めに苦しくないように結わいつけられる(注11)
鵜の首結いに稲がら(中国江西省、卯田宗平『鵜飼いと現代中国―人と動物、国家のエスノグラフィー―』東京大学出版会、2014年、61頁)
 稲藁のことは、古語に、単にワラ(藁)といい、また、イナガラ(稲幹)という。

 なづきの田の 稲幹(いながら)に 稲幹に 這ひ廻(もとほ)ろふ 野老蔓(ところづら)(景行記、記34歌謡)

 常湛田の稲の、穂摘み刈りが終わった後の茎に、トコロイモの蔓が巻きついている有様を描いている。ヤマノイモの蔓は、どこから延びているのだろうかと不思議なほど途方もなく長く延びる。泥田の畦に太くなった根があるのかもしれない。
 カラという語は多様に用いられる。三省堂の時代別国語大辞典では、「から【柄】」、「から【韓・漢・唐】」、「から【柄】」、「から(助詞)」の4項目、大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『岩波古語辞典』(岩波書店、1974年)では、「から【族・柄】」、「から【萁・幹】」、「から【殻・軀】」、「から【韓・唐】」、「から【枯・涸・空・虚】[接頭語]」、「から[助詞]」という6項目を立てている。
 他方、白川静『字訓』(平凡社、1987年)では、「から〔殻(殼)・幹・茎(莖)・柄(◇(柄の旧字)〕」の1項目にまとめている。「「から」は外皮・外殻を意味するもの、草木の幹茎など、ものの根幹をなすもの、血縁や身分についてそのものに固有の本質をなすものなどをいう。みな同源の系列語である。このような基本語には、それぞれ語義に対応する漢字が選択されている。人には「からだ」という。……「から」は空(から)なるもの、枯れたるもの、茎の形のものなどを意味する語。それに対応するものとして殻・幹・茎・柄の四字をあげておく。」(258頁)とある。
 そんなイナガラ(稲幹)が稲藁である。それを鵜の首結いに用いる。すると、ウガラという語は、イナガラのことを指しているのではないかとも考えられる。鵜飼いは、鵜を10羽、20羽と飼っている。今日の鵜匠に、1人で12羽操る。ウガラよ、出ておいで、と呼んだとき、首結いをつけて準備の整った鵜が、小屋からぞろぞろと出てきたとして、それはまさしくウガラという語にふさわしい。それがみなイナガラをつけている。やはり、イナ、イナ、イナ、……ばかり続いている。
 ウガラが、鵜飼に用いられる鵜一族と洒落られたのかもしれない。日本の鵜飼の中国のそれとの違いは、今日見る限り、ウミウを使うことが多いことと、鵜飼いが鵜を繁殖させるわけではない点である。鵜飼小屋の鵜は、自然界の鵜を捕獲してきたもので、ほとんど「他人」ばかりのところを十把一絡げに集めてきている。そして、鵜小屋は一区画に2羽入れられペアとされている。そのペアリングは、カタリアイと呼ばれている(注12)。つがいのカップルのように思われているが、鵜の雌雄を見分けることは至難の業で、雌雄とは限らない。すなわち、ウガラ(族)なる概念を押しつけて来たのは鵜飼人の勝手で、鵜にしてみれば冗談じゃないと反発するであろう。伊奘諾尊も伊奘冉尊に惚れたときは女だと思っていたが、ひょっとしてあれはオネエではないかと感じたのである。「始為族悲、及思哀者、是吾之怯矣。」と後悔の弁が述べられている。ウガラという語で一括りにされることは大きな間違いで、たまたま同部屋に入れられて、揃いの支度として首結いして決まっているだけなのであった。
 最後に、ウガラがウガラと濁っていて、ウカラと澄んでいない点について考慮しておく。イナガラ(稲柄)などを思わせる語である。人柄、家柄、国柄といったガラと濁る点は、本来のカラの意からは外れるかもしれない拡張概念の指標とされよう。だから、伊奘冉尊が猫なで声で、「族也、勿看吾矣。」と品を作って言い始めたのである。伊奘諾尊の反論は、語の状況設定、言葉を用いる際の枠組への反駁であった。ウガラなる概念を持ち出したとしても、それはほとんど役割語に傾斜している。この問答は、ウガラという語は、婚姻関係に伴って生じている虹のような言葉なのだ、と言い負かしきった話であった。関係性とは、実体としてはカラ(空)である。上代のヤマトコトバの、言葉によって言葉を定義して解釈する自己循環の美しい例を知ることができた。

(注1)白川、前掲書は、「まくら〔枕〕」について、「「枕(ま)く」に接尾語「ら」をそえて、その物をあらわす。「ら」は愛称的な語である。さらに動詞化して「まくらく」「まくらまく」というそれぞれ四段の動詞がある。」(693頁)としている。また、「枕(ま)く」と同じ語とする「娶(ま)く」について、「もとは「目(ま)く」で、目を動詞化した語であろう。」(691頁)としている。ただし、万葉集に、「枕(ま)く」、「枕(まくら)」関係の語、枕詞の「草枕(くさまくら)」などを含めて、仮名書きに「目」字を用いた例は見られない。
(注2)問題はわずかに存在する。「負く」は下二段動詞だから、否定推量の助動詞ジを承ける未然形にして「負けじ」となる。「巻く」や「枕く」、「娶く」系統の語は四段動詞だから、「巻(枕)かじ」、あるいは、「巻(枕)かれじ」、「巻き得(え)じ」などの形を取らなければならない。けれども、自動詞としての用法に、下二段動詞の存在した痕跡が見られる。三省堂の時代別国語大辞典上代編に、「「眉間ノ毫相ハ常ニ右ニ旋(まけ)リ」(西大寺本最勝王経古点)」(668頁)の例をあげている。前田本日本書紀訓に、「二の女の手に、良き珠(たま)纏(ま)けること有り。」(仁徳紀四十年是歳)とある。巻かれていることがあった、という意味である。すなわち、ウガラマケジの音から「巻く」、「枕く」、「娶く」の意として、族が巻かれる、まといつく、絡んでいる、という意に理解されることはあったと考えられる。須山先生の語源同一説は傾聴に値すると考えている。
(注3)最上孝敬『原始漁法の民俗』(岩崎美術社、1967年)に、「長良・小瀬をはじめその系統をひいて鵜飼を復活した土地では、すこぶる原始的な方法でテナワをつくっている。ヒノキ材を薄くへいだものの数日水にひたしてやわらかくし、数本の針のならんだ道具でこいて、細い糸とし、それで三ツ編にしてテナワをつくるのである。これはなかなか丈夫でありながら、ちょっとよりを戻した上でひっぱるとポツッときれる。ウが水中の材などにひっかかった時、即座にテナワを切って放さないと助からないことがあり、そういう時にこの性質が役立つという。」(41頁)とある。そういうことを知ってか知らずか、狩野探幽・鵜飼図屏風(大倉集古館蔵)の手縄の描写に、群青が使われている。
 民俗資料では、日本から中国にかけての鵜飼の手縄は、必ずしもヒノキの繊維を撚ったものに限らない。篠原徹『自然と民俗―心意のなかの動植物―』(日本エディタースクール出版部、1990年)には、「ウを操る手綱・タスキがシュロ縄からナイロン製に変わった。」(175頁)とある。以前から使われていたシュロ縄も、容易くは切れないものと思われる。ただし、複数の鵜を使うのは当然のように行われており、もつれないようにするには熟練の技量を要する。鵜は、縄のことなどおかまいなしに本能的に魚を捕まえに行く。輪にしたり上を下をとくぐっていく。絡んでしまったら舟をまかせて下流へやり、鵜をひとまず舟べりに上げて休ませながら、人の方が川に入って縄のもつれをほどいていく。商売道具がいちばん大切であることは、世の常であろう。
(注4)鵜は時に自分の身体に比べてあまりにも大きな魚を獲物にして飲み込もうとすることがある。大きすぎる魚を喉に入れたまま死んでいる姿が見られるという。ただし、窒息して死んだのではなく、飲み込もうとしてがんばっているうちに体力を消耗してつき果てるといわれている。
(注5)後述のとおり、鵜の首結いには藁が用いられる。朽ちやすいからむしろふさわしいのかもしれない。無益な殺生は、めぐりめぐって鵜飼に使う鵜の数を減らしかねない。自然保護の観点からそう考えたのではなく、そのようなことをすれば、自分の首を絞めることにつながるという言語的な“循環”論法があったのではないかと考える。
(注6)卯田、前掲書の「まえがき」には、「なぜ、鵜飼い漁を研究しているのか」にまつわる問いと答えのキャッチボールがある。「自然と人間のかかわり」について研究すると言った場合、その“かかわり”において、鵜飼は、まず鵜とかかわったうえで魚とかかわるという二重のかかわりが見られる。それは鷹狩にも見られるが、鵜飼の場合は複数の鵜を小屋で飼育し、鵜どうしのかかわりにも任せながら進められる。かかずらわりあうとでも呼べるような、譬えて言えば手縄や首結いの纏わりつきのような関係が、自然と人間との間、またそれぞれの間、またそれぞれの間の間に生じているのである。こうなると、「自然」や「人間」は、確固として存在しているものではないものへと転調を来たす。関係性をカラ(柄、空)と捉えていた上代人は、物事をよく理解していた。
(注7)上代に、承諾の意としてウと言っていたのか、疑問とする向きもあろう。

 否も諾も 欲しきまにまに 赦すべし 貌(かほ)見ゆるかも 我も依りなむ(万3796)
 何為(せ)むと 違(たが)ひは居(を)らむ 否も諾も 友の並々(なみなみ) 我も依りなむ(万3798)

 原文に、「否藻諾藻」と記される上の2例については、イナモモと訓まれたと考えられている。「否諾かも 我や然思ふ」(万2593・3470)、「否諾かも かなしき児ろが」(万3351)の原文に、それぞれ「否乎鴨」、「伊奈乎加母」、「伊奈乎可母」とあることから「諾」はヲと訓むからである。
 辞書に載る承諾の意の感動詞については、

 けふの内に 否とも共 云ひはてよ 人頼めなる 事なせられそ(信明集、970頃)

という用例が見られるばかりである。
 ただし、口語的表現を多く伝える日葡辞書は、「Vtomo mutomo fenji nai.(有とも無とも返事ない)……そうだともそうでないとも,返事をしなかった.」(土井忠生・森田武・長南実編訳『邦訳日葡辞書』岩波書店、1995年、674頁)という用例を載せる。これは、「V.ウ(有)」の項の例であるが、「Vm.ウㇺ(うむ)自分に向かって言われた事に同意するとか、それを了解したとかを示す感動詞.」(691頁)とも記されている。ウトモムトモについては、このウㇺという感動詞に有無という漢語を掛けて洒落で表した言葉であろう。ウンスンカルタに由来するかとされる、「うんともすんとも言わない」という類義語がある。
(注8)このような解説なしの解説が行われる点から、上代人のものの考え方が紐解かれることもあるであろう。くだくだしく説明を並べるようではまだまだである。言葉の中に矛盾が一切なければすでに言い尽くされており、根本命題にして第一定理であって絶対真理であるとする。その優位性は何ものにも代え難く、いかなる雑音も掻き消える。これを現代の研究者は、言葉の力などと浮ついた言葉で論じているが、まことに真なる言葉は表明されることさえない。本質直観されるのが、上代人の言語世界であった。
(注9)Erving Goffman 1974 “Frame analysis : An Essay on the Organization of Experience.” New York : Harper & Row.(Northeastern University Press, 1986, p.269.)
‘As suggested earlier, whenever an individual participates in an episode of activity, a distinction will be drawn between what is called the person, individual, or player, namely, he who participates, and the particular role, capacity, or function he realizes during that participation. And a connection between these two elements will be understood. In short, there will be a person-role formula. The nature of a particular frame will, of course, be linked to the nature of the person-role formula it sustains. One can never expect complete freedom between individual and role and never complete constraint. But no matter where on this continuum a particular formula is located, the formula itself will express the sense in which the framed activity is geared into the continuing world.’
 伊奘諾尊と伊奘冉尊は、黄泉国で再会して co-presence の状況になる。その状況の定義づけ framing が行われなければ、何が起こっているのか定められない。一次的枠組 primary framework によって共有されるはずの意味に齟齬が生じている。伊奘諾尊と伊奘冉尊とで、ウガラ(族)という一語をめぐって応酬が繰り広げられるのは、互いの framing の相違によるもので、それぞれの framing に則った異なるレベルの水掛け論が生じている。そして、伊奘諾尊の発した「ウガラマケジ(族負けじ)」という句と、菊理媛神という名の神の存在によって、伊奘諾尊が新たに下した一句の framing によって、framing of frame する離れ業をやってのけた。言=事であるのが、上代の言霊信仰のもとに暮らした人の通念であったから、a person-role formula において、gear-changing に成功したのであった。
(注10)拙稿「事代主神の応諾」参照。
(注11)中国での鵜飼の首結いについて、卯田、前掲書に、「首結いに使用される材料は稲わらのほか,麦わら,葦の茎,トウモロコシの茎,細長い布製の紐がある.このなかで稲わらの使用がもっとも多い.……稲わらが使用されている地域では周辺で水田稲作がおこなわれており,漁師たちは農家から調達してきた稲わらを自宅で乾燥させて保管している.カワウの頸に首結いを付けるとき,彼らはまず稲わらを水に浸し,手で何度ももむ.こうすることで乾燥した稲わらをやわらかくし,切れにくくするのである.首結いの結び方はいわゆる男結びである.」(60~61頁)とある。
(注12)最上、前掲書、77頁。
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