独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

地に足のついた生き方を求める中国の若者たち

2016-10-17 15:59:17 | 日記
担当科目「ニュース事例研究」のクラスにユニークな女子学生がいる。半年間休学し、同級生と2人で中国の農村を旅して回り、今学期から戻ってきた3年生の女子だ。都市と農村との情報格差に関するテーマを取り上げた際、彼女の体験も話してもらった。すると「授業では一部分だったので、是非、私たちの報告会に来てほしい」と案内を受けた。昨晩、図書館のホールに足を運ぶと、100人以上の学生が集まっていた。



報告会のタイトルは「生活のより多くの可能性を探究する」とある。



招待状にある「不見不散(bujianbusan)」とは、「会わなければ別れない」つまり「必ず来てください」の意味だ。

雑多な都市文化から離れ、自然と向き合いながら人間の本来の姿、自分の進むべき道を探ろう、と彼女たちは遊学を選んだ。大学で書物に向き合うだけでは物足りなかったのだろう。休学なので、大学側は決して奨励できない立場だが、支持をする外国人教授が何人か会場にいた。

都会のホワイトカラーが砂漠のような日常に疑問を感じ、しばし田舎を旅するという話をよく聞く。だが、進学、就職と激しい競争にさらされる現代の中国人学生の中で、〝途中下車〟は珍しい。教育ママやパパにしてみれば、せっかく苦労して大学に進ませた娘の破天荒な行動を、そう簡単に承諾するわけにはゆかない。だが2人の熱意がそれを乗り越えた。両親を説得したのは、「独立した精神、自由な思想を持った人間になりたい」という言葉だった。

雲南省を中心に、各地の農村振興プログラムにボランティア参加するという形での旅だった。当初からそう考えていたわけではない。歩いているうちに、人に出会い、自然とそういう流れになったのだという。若者に不可欠の携帯アプリとなっている微信(ウィー・チャット)が、次の行動を決める貴重な情報源になった。

農村に自分たちでワラ入りの粘土を作り、レンガを積み上げて家を作った。井戸の水を汲み、畑の野菜を収穫し、料理を作った。残り物は家畜に与え、少しも無駄にはしなかった。環境に配慮した「持続可能な農業」を目指す欧米の「Permaculture(パーマカルチャー)」が、「朴門」という中国語になって実践されていることも知った。大学では学び得なかったことだ。

ギターで歌を歌いながら、道端で手作りのミルクティーを売る経験もした。農村のお年寄りを撮影し、即席の写真展を開いて地元の人々と心を通わせた。多くの農民が土地を捨てて都市に流れているが、彼女たちが訪れた農村では、すべての人が「この土地を愛しているから、出ていきたくない」と答えるのに圧倒された。地元の人々の気持ちを第一に考え、尊重しながら、都会の文化と融合を図っていくべきだ。彼女たちはこんな教訓も学んだ。

急ぎ過ぎた成長の陰で、人の心がすさんでいる。科学技術がもたらす成長への盲信、それによってもたらされた伝統的な農村文化の荒廃。どこまで行けば止まるのか、不安を乗せ疾走する高速鉄道の行方はだれにもわからない。少し立ち止まって考えようとする若い芽は、たとえ微小であっても大切にしなければならない。ささやかな一歩の積み重ねが、いつか大きな流れを生むかも知れない。むしろそうすることによってしか、未来は見えてこない。

報告会では、ギターで自作の曲も披露した。現地での記録映像に加え、旅先で知り合った人々と会場から音声チャットで対話する趣向もあった。自分たちが楽しんでいるさまが目の前で感じられる会だった。学生からの質問で、将来の計画を尋ねられた2人は、

「有機農業をやりたい!できれば自分たちのブランドでミルクティーも売りたい!」

と答えた。「生活が成り立つ目算はあるのか?」と畳みかけられると、

「今の社会、食べていく道はいくらでもある。生活するのに困ることはない」

と、自信をもって言い返した。大学の敷地内にすでに農地を確保しているという。週末、彼女たちの畑に行って汗を流すのも悪くはない。早速、ボランティア(義工)を名乗り出ておいた。
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