独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

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握手をする中国とお辞儀をする日本(その4)

2017-08-14 02:04:54 | 日記
日本と中国の間で印象深い握手は、なんといっても周恩来と田中角栄の両首相が45年前の1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中国交正常化の共同声明に署名した後、握った手を何度も大きく振った、あの力強い握手だ。力がぶつかり合う政治外交の場では、林語堂が「中国の奥床しい儀礼」と呼んだ拱手や、日本の控えめなお辞儀はふさわしくない。善悪や道徳の入り込む余地はあまりない。

だから握手をウエットな感情で受け取るのではなく、冷徹な戦略の集約としてとらえなければならない。これは国交正常化後、見せかけの「友好」を叫びながら、本音の対話をしてこなかった日中関係の反省でもある。安倍首相と習近平国家主席の握手は、虚飾に包まれ、もはやだれも関心を示さない。こういうときは、逆にあいさつの手法を変え、「未開時代の遺風」(林語堂)である無意味な握手よりも、東洋の伝統にのっとった、尊敬や譲歩、寛容を含むお辞儀の方こそふさわしい。もちろん、双方にその徳が備わっていればの話だが。

天皇陛下は、2009年12月、国家副主席として訪日した習近平氏と握手して以来、中国の最高指導部は接遇されていない。

あの時は、天皇陛下との「特例会見」としてメディアにも取り上げられた。天皇陛下と外国要人との会見は、他行事との日程調整や陛下の健康問題を考慮し、一か月前までに申請を受ける「一か月ルール」が慣行として存在していた。すでに時間切れだったが、当時の鳩山由起夫首相が「日中関係は重要」と押し切った。羽毛田信吾宮内庁長官が天皇の政治利用に対する懸念を公言したところ、当時の民主党、小沢一郎幹事長が「反対なら辞表を出して言うべき」と応酬し、それがまた、政治家の横暴だと世論の批判を受けた。

習近平氏は会見で陛下に対し、「今年は新中国が誕生して60周年です。60年間、特に改革開放の30年間、中国は目覚ましい発展を遂げ、人民の生活も絶えず改善されてきました。陛下が訪中された17年前と比べてもまた、中国の様子は大きく変わりました。この過程において、我々は日本国民の理解と支持を得ました」と感謝の言葉を述べている。

天皇会見が実現し、将来の最高指導者である習氏がメンツを保ったことになったが、中国では、習氏が陛下の前でお辞儀をした写真が話題になった。陛下の前で頭を下げるしぐさに、中国のネットでは「屈辱的だ」との書き込みが表れ、政府部内でも「やりすぎ」との声が聞かれた。だが日本側には「礼儀正しい」「謙虚だ」との印象を残した。郷に入っては郷に従えの教えに忠実だった習氏の態度は評価されてよい。

残念だったのは、その直後、小沢一郎氏が民主党議員143人を引率した空前絶後の大訪中団だ。議員が当時の胡錦濤総書記と次々握手し、ツーショットの記念撮影をするさまは、見栄えがよくなかった。あたかも朝貢外交を思わせるような形式主義、権威主義を感じた。政治家が票のために握手をするのは、オルテガが握手の起源として指摘したところの恭順や服従を彷彿させる。浅ましい。

日付が変われば8月15日になる。72年前のあの日、皇居には叩頭を思わせるような、ひれ伏す人々であふれた。一方、昭和天皇はマッカーサー元帥に握手で迎えられた。その昭和天皇は戦後、全国を巡幸していた際、一人の労働者から握手を求められ、「日本には日本らしい礼儀がありますから、お互いにお辞儀をしましょう」と応えた、とのエピソードを残した。もし、昭和天皇が全国各地で日本人に握手をしていたら、その後の慣習にも少なからず影響を与えたかもしれない。あのひと言は大きな意味を持っていたのではないか。

(続)

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