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【日本取材ツアー⑭】環境保護における母親の偉大さ

2017-04-18 16:49:55 | 日記
女子学生6人は当初、北九州市の公害に立ち上がった女性運動の歴史について、女性=女権運動だと理解していた。言葉の響きからすればそう思える。そこで途中から、女性運動ではなく「お母さんの運動」と言い換えた。また、現在はともかくも以前、日本は中国と違って女性は結婚後、ほとんどが主婦となる事情も念を押した。そうしてようやく理解ができた。用語は重要だ。特に同じ漢字を共有している日中は、とかく誤解を生じやすい。言葉の定義を一つ一つ確認していかないと、知らないうちに看過できない認識の違いが生まれていることがある。

北九州の公害問題に女性が果たした役割の研究については、アジア女性研究・交流フォーラムの神崎智子研究員が第一人者である。北京のライター、斎藤淳子氏からの紹介で、取材が実現した。斎藤氏には大変お世話になった。3月末、北京の日本大使館で無錫桜植樹30周年記念イベントを計画していたが、九州ツアーの日程と重なって私が参加できなくなり、北京で環境ビジネスに取り組む佐野史明氏と一緒に斎藤氏の力を借りた。みな頼りがいのある仲間である。

3月30日、神崎氏を同フォーラム事務所に訪ねた。世界各地で講演を重ねている神崎氏の話は、時間の制約の中、簡潔にして的を射たものだった。





空気の汚れを最初に感じたのは家庭の主婦だった。シャツを外に干せば真っ黒になる。子どものぜんそくが始まり、学校を欠席がちになる。だが、夫は排気ガスを排出する汚染源の工場に勤めている。町自体の繁栄が、工場に頼らざるを得ないのが現実なのだ。だが、母親の選択は、子ども、家族の健康と生命である。

主婦たちは、権力もなく、専門的な知識もない。だからまずワイシャツを四か所に三か月干して、汚染の実態を調査した。大学教授を講師に招き、勉強会も開いた。生活の中から生まれた調査手法だ。その結果、工場に近いほど汚染がひどく、洗濯をしても汚れが落ちにくいことがわかった。各家庭にアンケートを行い、小学校児童の病欠率と大気汚染に一定の因果関係があることをグラフで明らかにした。

決定的な役割を果たしたのが、戸畑区婦人会協議会が作成した8ミリ映画『青空がほしい』だ。13の婦人会、計6000人が参画し、自分たちでシナリオを書き、監督を務め、工場の煤塵に囲まれたありのままの日常生活を描いた。神崎氏からは、「写真ではなく、影響力のより大きい映像を選んだことが大きい」とメディアの効果に対する言及もあった。このフィルムがテレビやラジオ、新聞の注目を集め、世論を動かした。学生たちは、映像の一部も見ることができた。

母親たちの運動は、法や暴力に訴えるのではなく、話し合いの道を選んだ。リーダーには工場幹部の夫人もいた。経済成長が至上とされ、人々が経済的な豊かさを渇望した時代である。決して平たんな道のりではなかったが、子ども、家庭の健康を守ろうという切なる思いが核心だった。そのために母親たちは議会への陳情や工場への調査といった解決の方法を選んだ。工場側もそれを受け入れ、集塵装置を設置し、やがては環境保護技術を開発していこうという流れを生んだ。

「どうして女性が立ち上がったのでしょうか?」

神崎氏が学生に尋ねた。謎解きはこうだ。

「男性は一般的に法律に従おうとします。50年代、60年代にはまだ公害に関する法律がありませんでした。だから環境保護の意識は低かったのです。でも女性は習慣的に子どもを守らなくてはならないという感情からものを考えます。母親の立場から、持続可能な発展を受け継いでいかなければならないという責任が生まれたのです」

この言葉は、学生たちに一番印象的だったようで、何人かの学生が感想文に書き残している。

翌日は、戸畑婦人会協議会の加藤美佐子氏を訪れた。ご高齢の上、骨折をされ、リハビリを受けている入院先での取材だった。事前に連絡が取れず、現地に行って関係者を探し、前日ようやくアポが取れた。一生懸命、中国から来た若者を迎えようとする気持ちが伝わってきた。学生たちは時に目に涙を浮かべながら、加藤氏の話に耳を傾けた。



初対面の印象について、ある学生はこう書いている。

「赤いセーターを着て、白い蝶のリボンをつけていた。見た感じはとても元気よさそうだった」

小学校の教師をしていた加藤氏は、直接、公害問題にかかわったわけではないが、登校する児童より、病院に通う児童の方が多かった記憶がある。退職後は、戸畑地区における女性運動の語り部として、学校や公民館で数多くの講演をこなしてきた。本人も、これまで何回話をしたのか覚えていないほどだ。筑波大の学生は研究論文を書くために訪ねてきた。加藤氏の話をもとに、子どもたちが劇を作ったこともある。

遠方から来た我々に、彼女が使っていた手書きの講演レジュメをプレゼントしてくれた。タイトルには「青空がほしい 戸畑区婦人会協議会」とある。





「一番心配なのは、私がやってきたことをだれに引き継ぐかということ」

インタビューにはもう一人の婦人会役員が付き添った。どうもその女性に後継を託したいようだった。(続)
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