独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

「言葉狩り考」①--記者の思考を停止させる禁句ソフト

2016-10-18 00:03:35 | 日記
中国メディアにも禁句集がある。習近平体制下でより一層用語の規制も強まっている。授業で差別用語、禁止用語をテーマにしようと思い、論点を整理した。記者時代、書かずにおいていたことを思い出したので、反省を込めて以下に記す。

新聞記者をしながら、婦人が女性になり、痴呆症が認知症に言い換えられるのを言葉の現場で経験してきた。選挙のたびに繰り返されてきただるまの目入れが、視覚障碍者の申し立てによって姿を消しているのも、より身近なこととして感じてきた。表現の自由を主張する人々は「言葉狩り」だと批判し、差別される側は、言葉そのものが人を傷つけるだけでなく、人の差別意識を助長する悪弊を訴えてきた。

真ん中に線を引いて答えが出る問題ではない。そもそも万人を満足させる答えは、全体主義国家以外に存在しないと考えるべきだ。メディアは用語使用の社内用スタイルブックを作成し、差別用語や不適当な用語については禁止や書き換えの基準を作っている。進化した記事入力ソフトは、記者が「禁句」を打ち込むと自動的に変換される仕組みになっている。これを便利だと思う記者もいれば、手を縛られたような違和感を持つ記者もいる。

だがだれも抵抗できない。メディアは言葉を偏執的に統一したがる。それを至上の任務だと勘違いしている者もいる。言葉を使う自由さえ奪われれば、言葉を使って考える自由も失う。こうして思考がストップする。言葉を使わないことで差別がなくなると勘違いしている。より差別が潜在化し、深く根を下ろす危険に気づいていない。二つの例を紹介する。

朝日新聞の記者が中国の公式記者会見で「釣魚島」という言葉を使った。日本が領土主権を主張する尖閣諸島の中国語名である。日本の中国駐在記者は取材中、ほぼ釣魚島という言葉を使っている。私もだ。コミュニケーションの上で容易だからであり、相手の主権を認めたわけではない。私の知っている中国人記者は、日本で取材する際は「尖閣諸島」と言う。用語上の衝突は政府間でやればよい。私は中国語で「釣魚島は日本の領土だ」と主張する。そのどこがいけないのか理解できない。

だが産経新聞が朝日新聞記者の質問を記事にして批判した。http://www.sankei.com/world/news/130309/wor1303090006-n1.html

記事は「反日感情が高まっている中国では、全国にテレビ中継される場面で『尖閣諸島』と口にすれば、身に危険を及ぼす可能性もあり、最近、島の名前を触れずに質問する日本人記者が増えている」という。全く理解できないロジックだ。「身に危険を及ぼす」という発想そのものに奴隷根性が表れている。主体的な価値判断がないのだ。こういうのを悪しき「言葉狩り」という。メディア同士がやっている点でより深刻な問題だ。日本人記者は取材中、どこでも口をそろえて「尖閣諸島」と主張する、と言われるような国は気味が悪い。

批判されるから、うるさいから、面倒だから・・・「リスク管理」の名目でメディアは禁句集を作ってきた。朝日新聞の記者が中国の記者会見で「釣魚島」と言ったとして、中国政府が「日本人記者も釣魚島が中国の領土であることを認めている」と主張するだろうか。朝日新聞記者が中国で使った「釣魚島」は、なんら国益を害していない。産経新聞が不快に思っただけだ。「気に入らない」という理由だけでメディアが言葉狩りを始めたら、自ら言論の自由を放棄することになる。注意を払うべきは言葉そのものではなく、言葉に操られる人間の思考である。残念ながら日本のメディアは、「面倒だから」という事なかれ主義から、こうした議論を全くしない。新聞社同士のけんかを、他人事のように眺めているだけだ。

もう一つの例は自分自身のことだ。尖閣諸島に関する解説原稿で、日中対立の焦点を指し示す用語として「領土問題」と書いた。すると東京のデスクが、「日本政府は『領土問題』の存在を認めていないので、この表記は避けてほしい」と言ってきた。できれば「領土紛争」か「領土対立」にしてほしいという。これを思考停止と言う。政府間が公式見解としてこだわる「領土問題」と、我々が通常使う一般的な日本語としての「領土問題」は別である。記者の頭が役人の頭と同じになっているのだ。これでは議論が成り立たない。東日本大震災で原発のメルトダウンに強い警告を発することができなかった大本営メディアの体質が完全にしみ込んでしまっている。(続)
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