行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

【期末雑感】クラスの打ち上げは汕頭名物の牛肉火鍋

2018-01-16 14:54:18 | 日記
私が担当した『現代メディア課題研究』のクラスで先日、終業の打ち上げをした。場所は、学生の希望が最も多かった牛肉火鍋の店。聴講を含め36人のクラスで、計26人が参加した。小クラスといえども、今の若者たちは教室でほとんどお互いの交流をしない。授業が終わると赤の他人になってしまう。せっかくの縁を大切にしようと、私が呼び掛けた。クラスには寧波大学の交換学生2人もいたので、彼女たちの歓送会と、今回の授業が新科目『AI時代のメディア』として再スタートするのを記念する会とした。



おいしいものを食べることはだれも楽しい。その時間を共有することは、楽しみを共有することになる。お酒が飲めれば、さらに情が深まる。だから私は食事会を大切にする。自由研究の課題に関する討論も、できる限り昼食や夕食の時間を利用する。さもなければ午後のお茶を一緒に飲みながら議論をする。勉強だけでなく、学生生活全般のこと、将来の進路への不安や抱負も話し合う。授業中は控えめで寡黙な学生も、二人きりになると驚くほどしゃべる。先生と一対一で話したことは初めてだという学生も少なくない。待っているだけでは彼ら、彼女らの心のうちはわからない。もちろん私の個人的な経験も隠さずに話す。記者時代に培った人心掌握術が、こんなときに役立つ。

鍋料理はだれかが世話役、いわゆる鍋奉行にならなければ成り立たない。鍋奉行が盛り上げ役となって場の雰囲気が和らぐ。汕頭名物の牛肉火鍋は、一人が網の柄杓で一度にたくさんの肉を鍋の熱湯に通し、みんなに分けるスタイルだ。鍋奉行には人を気遣う気持ち、周囲の学生は相手に感謝する気持ちが芽生え、自然にチームワークができあがる。日本でもそうだが、お互いが打ち解けるのに、鍋はもってこいだ。

私が肉をさっと湯に通し、各自が自分で取るように差し出す。最初は、「すいません」と遠慮がちに箸を伸ばしていた学生たちも、次第に先を競うように肉を奪い合っている。そのうち、「先生も食べて下さいよ」と世話役を買って出る学生がいる。おとなしくワインを飲んでいた男子学生も、私が勧めるうちに、自分から「先生、一緒に乾杯しましょう」と寄ってくる。こんな学生たちがとても愛おしい。

盛り上がってくると、北方から来ている学生が唐詩を朗読する。私が下手くそな日本の歌を歌う。ギターを手にした学生が、得意の流行歌を弾き語る。われを競うように、みなが携帯で歌詞を探し、歌合戦が始まる。気が付くと、それまでなじみのなかった学生同士が、ウィー・チャットのバーコードを交換し合っている。最後に、母校へ戻る寧波大学の学生があいさつをし、私が学生一人一人の思い出を披露し、お開きとなる。記念撮影をすると、たちまちみながウィー・チャットで写真を発信し、学部中の話題になる。

こんなふうに少しずつみんなの交流が始まり、心の壁が除かれ、心の窓が開かれれば、学生生活の意義も深まるに違いない。かすかな期待を感じさせてくれた火鍋の会だった。

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