独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

再考「世論は果たして存在するのか」

2016-10-11 14:42:19 | 日記
「輿論とは何か」と聞いて答えられる学生はいなかった。無理もない。たぶんメディアの研究者たちも完璧な答えはできない。社会学者の清水幾太郎が『流言蜚語』の中で興味深い分析をしている。彼は、輿論は個人の意見ではなく、多数の意見であるといい、「社会成員の間の一致ということが前提されていなければならぬ」とまずは定義するが、続けてこう述べる。

「だがしかしこの一致が完全なものでありかつそれが社会構成員の一切を通じて確立されているものであったならば、そこに輿論が形成されることがあるであろうか。そうではない。一致がそのように完全でかつ広範な場合には、これを基礎として成立した見解は特に輿論として現れることができないのである。共通の見解が輿論として現れるためには、かえって不一致が前提されていなければならない。何かこの見解に対立する見解があって、これと戦うことが予想されている時においてのみ輿論は輿論として具体的なものになるのである」

もっとも見解だ。先日私が触れた、自己の認識と環境との「誤差」があるからこそ思考が生まれるということも、同じ原理の上に成り立っている。大事なのは輿論を数量化することではなく、輿論を生じさせているところの差異を把握し、お互いを尊重しあう努力をすることではないのか。数によって一致をさせてしまえば、輿論そのものがなくなってしまうことを、清水幾太郎の見解は物語っている。

一つ、俎上に載せたい世論調査がある。日本の言論NPOと中国が毎年行っている日中共同世論調査だ。毎回、季節の便りのように、何ら疑問をはさまれることもなく日中のメディアに引用されている。先月23日、12回目の結果が公表された。



その中に、日中関係を「良い」「悪い」で答えさせる質問がある。今回は日中関係を「悪い」(「どちらかといえば」を含む)と判断している日本人は昨年同様の71・9%で、中国人は「悪い」が78・2%で昨年より11ポイント増加したという。同NPOのサイトでは以下のコメントが付け加えられている。



世論調査の結果を科学実験データのように読み込んでいるのに違和感がある。数字は科学の衣装をまとって人をだますことがある。授業でも作家のマーク・トウェインが残した言葉を紹介した。



「世の中には三つのウソがある。普通のうそと途方もないウソ、そして統計だ」

そもそも、調査を受けた人々は、どのように「日中関係」を定義して答えているのだろうか。日本人についていえば、中国人を見たことも、話したこともない人と、“爆買い”の中国人を日々相手にしている商店関係者がそれぞれ同じ「日中関係」を想定しているとは到底思えない。中国に行ったこともなく「反中」を叫ぶ人々と、中国の現場でビジネスをしている人々とでは、まったく異なる中国観、日中観を持っている。

政治の世界で、政治家や官僚が自分たちの都合によって様々なデータや事実を列挙し、仮想の「国家利益」を議論するのは理解できるが、目に見えない、抽象的な「日中関係」は、庶民が第三者として判断するのは不可能だ。

それを十把ひとからげにし、個々人がまったく違った定義づけをしている、あるいはまったく想像のできない「日中関係」について、平均値を引き出す調査結果はどれだけの意味があるだろうか。あらかじめ設定された「政治的な対立」の図式を念頭に、その問題設定を補強、強化する役割しか果たさないのではないか。いみじくもフランスの社会学者ピエール・ブルデューが40年以上も前に、「世論なんてない」と題する講演の中で、「世論調査の根本的効果とは、全員一致の世論があるという理念を作り出し、その結果、ある政策を正当化し、基礎づけ、可能にする力の諸関係を強化すること」(『社会学の社会学』)と指摘した通りである。

私が学生の前で示した結論は以下の通りである。

「輿論があるかないかを議論するよりも、あるテーマについて、輿論の形成に参画していく過程こそが尊い。その際に忘れてはならないのは、誤差、差異があるからこそお互いが成長するのだという共通認識である。異なる意見を尊重する姿勢である。それを欠けば、左右に分裂し、共通の言語を見出せない状況しか生まれない」
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