独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

日本語を1年間学んだ中国人高校生の作文

2017-06-15 20:14:19 | 日記
中国は小中高大学とも期末を迎えている。期末テスト、卒業式、そして入学の準備とあわただしい。大学の統一テストが終わり、受験生は自分の予想得点をもとに、希望校を絞り始めた。大学からすると、より優秀な人材の確保が求められる。宣伝ビデオを作るなど、呼び込みに余念がない。

期末課題もぎりぎりで提出する学生が多い。事前に余裕をもって出してくれれば、やり取りをしながら改善できる。その方が当然、評点も高くなるのだが、そこまで点数にはこだわっていない。単位を落とさない程度に、ほどほど頑張るのだ。

まあ、そういう選択もあっていいだろう。だが、女性教師からこんなことを言われた。学生は圧倒的に女性が多い。だから男性教師は甘すぎる。厳しく追い詰めないといつまでたっても動かないのが今の学生だ、という。概して女性教師の方が厳しい。提出が遅れれば、1日ごとにマイナス5点と基準を決めたり、締め切りを過ぎた時点でアウトという厳格なルールを定めたりしている。私にはどうもできない。一度や二度のチャンスは与えてしまう。

いつまでもぐずぐず宿題を出さない学生のことを「拖延症」と呼ぶ。直訳すれば「先延ばし病」ということになる。直前にあわてるのは計画性がないようにみえるが、本人はおそらくそこまで計算しているのだろうから、計画的だとも言える。各科目の宿題や参加プロジェクトの業務があるので、学生もなかなか忙しい。そこで優先順位をつける。厳しい先生は先に、甘い先生は後で、と。かなりしたたかなのだ。

「今日できることは今日やる。明日に延ばさない」。こう繰り返すが、果たして届いているかどうか。効率、成果が問われる仕事の場であれば問答無用だが、人を育てる教育の現場では、忍耐や寛容が重要である。忍の一字を胸に刻み、ひたすら耐えるしかない。たかだか一回のテストや単位で、人生が決まってたまるものか・・・。かつてそう放言していた自分が、今の私をにらみつけている。

上海に日本の大学進学を前提とした中国人向けの高校がある。ほとんどが日本人教師で、数学なども日本語で授業をする。2年間、みっちり日本語を勉強し、3年目は日本の提携高校に留学する。知り合いのお嬢さんが昨秋、入学し、間もなく1年を迎える。昨日、日本語の作文を見てほしいと頼まれ、びっくりした。1年でこれだけの内容が書ければ大したものだ。「拖延症」の大学生に早速、伝えようと思う。

以下が作文の一部だ。



「私にとって、ひらがなやカタカナは、記号のようにしか見えませんでした。一番難しいのは、漢字の読みかたと書きかたでした。日本の漢字はいろいろな読みかたがあります。そして日本の漢字の書きかたと中国の漢字の書きかたもちがいます。最初、いつも中国の漢字を書いていましたが、今は日本の漢字を書けるようになりました。また、日本語も読めるようになりました。日本語がだんだん上手になりました。一年間日本語を勉強し、私の日本語のレベルは少し上がったと思います。少しぐらい辛いことがあっても、日本語の勉強は楽しいと思います。」

アニメで日本語に触れてきたので、もともと聞き取りの能力は高い。それが「神速」の語学習得の土台にある。ここまで基礎ができれば、これからの成長はもっと速いだろう。あと一回、春を越すと、彼女も試練を迎える。日中の橋を架ける花を咲かせてほしい。

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