独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

「農民と土地」の興味深いワンシーン

2016-10-11 00:08:34 | 日記
記録映画「農民と土地」には、政治的に興味深い一コマがあった。学生たちはおそらく気づかなかっただろう。あの日のサロンでも話題にはならなかった。老夫婦が政治指導者について雑談している。まず妻が、習近平がさかんに地方の農村を視察しいることに触れる。テレビで見ているのだろう。



「習近平が人を連れて、飛行機で遠くへ行って、みんなが習近平を歓迎している。習近平も一人一人と握手して」
「新しい主席なんだから、みんなが歓迎しないわけないだろう」
「だれとでも握手するのだよね。彼が来るとみんな大喜びなんだ」
「あれだけの高位なんだから、中国のトップ、一国の主なんだ」

そこで妻は突然、素朴な質問をぶつける。

「中国はどこにあるの?」
「中国は中国だよ」
「中国はどこ、習近平はどこに住んでるの?」
「北京だよ。皇帝だって北京に住んでた。毛主席も北京にいたんだ。中国の中心が北京にあるんだ」
「習近平はしょっちゅう地方を視察してる。どうしてここに来てくれないのかなあ」
「昔の皇帝はみな北京にいたんだ」
「習近平はどこに行くのだろう?こんな場所にはだれも来ないだろうね」
「こんな農村には来ないよ。秘密なんだ。軍隊を連れてくるだろう。いい加減というわけにはいかないんだ。万が一のことがあったらどうするんだ。常に謀反を起こすやつはいるんだ」

習近平が政敵の抵抗を受けながら反腐敗運動をしていることを、夫は知っているかのようだ。それとも中国の指導者が絶えず政治闘争に明け暮れていた歴史を思い出しただけなのか。

「ほかの指導者はなんという名前か知らないな」という妻に、夫が毛沢東への賛辞を述べ立てる。



「毛主席が死んで次は華国鋒だろう。これは知ってだろう。江沢民のことはだれも言わない。鄧小平のことも言わない、華国鋒のことも言わなくなった。次々主席は変わるから。有名な毛主席の話をすれば、毛沢東は土地をくれたし、道路も作ってくれた。農地は全部毛主席が切り拓いたんだ。林も果樹園も、養豚も養牛も、みんな毛主席の時代に発展し、毛主席の時代に開発したんだ。道路も鉄道も高速道路も製鉄所もつくった。みんな毛主席の時代に始めたんだ。毛主席の時代に道を直した。われわれの世代が苦労したのも、子孫が幸せに暮らせるようにするためだ。農場を拓いて、ダムをつくり、みんな子どもたちのためだ。運河の建設も毛主席の時代に発展したんだ。あのころは毎日朝から晩まで働いて。男女とも働いて。おおみそかも正月もひまはなかったよ。毛主席の時代は仕事が大変だった。雪が降っても靴下も、靴もなかった。ゴム靴もなくて、草鞋だけだった」

貧しく、過酷な時代ではあったが、農民が主人公になれた。技術は低く、知識も足りなかったが、土地が生きていた。そんな郷愁が男性の言葉から感じられる。子どもたちは出稼ぎに出て戻らず、次の世代になれば土地は荒土と化すことが目に見えている。農村の共同体が崩壊し、信仰の危機を迎えているなか、毛沢東崇拝が復活するのも無理はない。

農村へ足しげく通う習近平は、荒れ果てた土地をどうしようとしているのか。いくら農民と握手を交わしても、一度土地から離れた若者たちは容易には戻ってこない。インターネット空間をいかにコントロールし、主導権を握るかがかまびすしく語られている。だかまず目を向けなければならないのは、虚実の入り混じった空間ではなく、人の記憶がしみ込んだ農村であることは間違いない。
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