独立記者の挑戦 中国でメディアを語る

27年間の記者生活を土台に、国境を超えた普遍的な価値を追求する

忘れがたい手作りのバースデー・ケーキと手紙

2017-10-08 10:15:11 | 日記
国慶節の連休が7日に終わり、帰省していた学生たちが戻ってきた。夏休み明けで、久しぶりに日本取材ツアーに参加した学部4年生の仲間で食事をすることになった。学校近くの庶民的な食堂に出かけた。どこで聞いてきたのか、その日が私の誕生日だと知った学生たちが、サプライズのお祝いをしてくれた。娘のようにかわいい学生たちだ。



来年6月には卒業する。英国や香港に留学するため書類審査や面接の準備を進めている学生、国内の大学院に進学が決まった学生、中学教師を目指すことを決意した学生、米国でドキュメンタリー映画の制作を学ぼうと夢を語る学生、それぞれが近況を報告し合った。私は、来年も日本取材ツアーを行い、みんなでつけた取材チームの名前「新緑」を継承していくことを約束した。

一人の学生が手作りのチョコレートケーキを作ってくれた。クリームとケーキを交互に重ね、かなり手の込んだ逸品だ。甘さも控えめで、スポンジのような食感を楽しんだ。今の若者は、珍しい食べ物を見ると、すぐに携帯を取り出して撮影会を始める。たちまちグループチャットで仲間に伝わる。





ある学生は地元の絵葉書のカバーに、お祝いの言葉を書いてくれた。習いたての日本語で、「お誕生日おめでとうございます」とあった。「め」がなかなか書きにくいようだ。



いつの間にか、私は「汕頭の酒仙」と呼ばれていた。いつも食事の際は、一人で酒を飲んでいるからだろう。かつてほどの酒量はないのだが。

看書過目不忘 (本を読んでは、目を通しただけで頭に入る)
美酒光喝不怕 (美酒を前にしては、酔うのも気にせず飲み更ける)
桃李遍布天下 (教え子はあちこちにあまねく広がり)
全家幸福安康 (家族は幸福で健康でありますように)

詩の出来栄えは今一つだが、行間に気持ちがあふれている。彼女は「読書と思考はどのように融合させればよいのだろうか」と尋ねてきた。

読書は作者との対話であると同時に、自分自身への問いかけでもある。むしろ、この自分との対話こそ、尊い思考ではないのか。古代から人は対話を通じて思考を重ねてきた。読書を通じて多くの対話を重ねることが、思考を深めることになる。読書量の多寡は重要ではない。本の中に閉じこもっては、むしろ思考を狭めることになる。理論だけでなく実践、経験もまた重要だ。

汕頭の酒仙が、ワインを注いだ紙コップを片手に話したのは、こんな内容だったと記憶しているが……。
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