片割れ月おもちゃ箱

エッセイ風お笑いブログです~

六文銭

2016年07月09日 08時28分45秒 | エッセイ
 

 私がこの駅に降り立ったのは、けっしてナンパ目的などではない。かといって殺人犯の手掛かりを求めて来た訳でもない。
 羽後亀田駅。たらこくちびるの松本清張が書いた小説「砂の器」に登場する寂れた駅である。たしか犯人の手掛かりになるキーワードが「ズーズー弁」と「カメダ」であったかと。
 電車は一日何本止まるのだろうか。通りを歩く人も殆んど無く、よぼよぼのお爺さんがズーズー言いながらカメのようによろよろ歩いていた。
 しかし、このキーワードを頼りにこの駅にやって来た二人の刑事が何となく間抜けな気もする。なぜ柿の種とハッピーターンの亀田に行かなかったのだろう。それもそのはず霊媒師の丹波哲郎と、後に千葉県民からろくでなしと呼ばれるようになる森田健作では仕方ない話かも。



 どうでもいい前フリが少々長くなってしまったが、私の目的は別にあった。駅から1キロほど先の妙慶寺というお寺に真田雪村の五女の墓があり、7月17日放送の「真田丸」の番組後半の真田丸紀行で紹介されるという。そうなれば観光客も一気に増え、ゆっくり観ることも出来なくなると思い、本荘での所用を終え取材目的でちょっと立ち寄ったのだ。

「真田丸」で火が点き掛けているブームを逃してならじと、地元の観光協会も宣伝にずいぶん力を入れているようだ。最近はマスコミに取り上げられる機会も多くなってきた。そのせいか当日も次から次と見物人が来ているらしく、女性が境内の駐車スペースを案内していた。



 墓前に手を合わせてから、お墓の脇を抜けると宝物殿という蔵があり、中では案内人みたいな人が3人連れの観光客に口から泡を飛ばして説明をしていた。それを横で聞いた話では、五女は「お田(でん)の方」と呼ばれていたそうだ。本来であれば「真田の方」と呼ぶべきなのだが、徳川の目もあって真田から田の一文字だけとったという。
 殿様の夫婦仲が悪い事を心配した本家である佐竹の殿様が愛のキューピットとなって側室としてやって来たそうだが、のちに正室に落ち着いたということらしい。良妻賢母、武道にも秀でた気品のある女性であったと口から泡が説明していたが、お田の方の甲冑を見る限りまんざら嘘でもなさそうだ。この地から真田の復興を誓っていたに違いない。








   以上が妙慶寺

 さて帰り際、拝観料を取っている様子も見受けられない。賽銭でも置いていかないと気まずいと思って賽銭箱の前に行くと、拝観は無料ですが志として賽銭を300円ほど頂けたら有難いとの張り紙。賽銭なら税法の優遇があるということかも。結局六文では済まなかったというお話でした。




   以上が歴史資料館

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上には上が…

2016年04月07日 20時47分32秒 | エッセイ
先日、町内会の総会があることをすっかり忘れていた。
会長から「開始時間だがどうした?」と電話がきた。忘れていたとも言えず、「のっぴきならぬ用事を済ませたところでこれから向かうところでした」と、やりかけの晩酌に別れを告げて会場に急いだ。

ひと通り議題を消化すると最後に役員の改選が待っていた。あらかじめの打診も何もないまま、ダチョウ倶楽部のような決め方でNO2の役職を引き受ける羽目に。打診すれば断られるので他の役員の間で根回ししていたという。そもそも役員自体誰もやりたくないのだが、準備不足とはいえ悲惨な総会となってしまった。



さて、4月6日から春の交通安全運動が始まり、町内の交通安全部からも人を出して交差点などで旗を振って交通安全への啓発活動を行っている。運転する身になれば、旗が邪魔で迷惑な話だが、ある程度の効果はあるだろうか。

私は18歳で免許を取得してから無事故無違反を続けていた。それが会社勤めをしていた30歳くらいの今頃の季節、一年近く免許更新を忘れていて、一斉検問で止められ失効していたことが判った。罪には問われなかったが、その場で免許証を取り上げられ徒歩を余儀なくされた。トホホ
私は他にもいろいろやっているので、うっかり者の業界が一堂に集う大会があればかなりの上座に座れるほど、忘れ物に関しては大家である。

免許がないと仕事にもならないので、会社から休みをもらって、すぐに免許センターに試験を受けに行く。仮免の筆記試験は難なく一回で合格し、午後からはコース内で実地試験である。

仮免受刑者、もとい仮免受験者がコース脇の小屋に集合している。順番を待つ者のなんと多いこと。待っているあいだに他の者の話を聞くと、これがなかなか難儀で1回2回では簡単に合格にしないことが判った。

免許更新を忘れた間抜けがこんなにもいるものかと思ったが、そうではなかった。俺は50キロ以上のスピードオーバーを繰り返して捕まった。俺は危険運転で人身事故をやらかして捕まった。はたまた、俺は飲酒運転で事故を起こして捕まったなどと、どれをとっても極悪非道の顔が自慢話を始めている。
どうやら私はこの業界では末席にも座れないような小者であることに気づく。試験官は懲らしめの意味で簡単には合格させないことも納得できた。しかして私も極悪非道の人間たちと同罪とみなされることに…

10回以上も実地試験を受けに来たという牢名主みたいな男が、「ところで兄さんは何をやらかしてここに来たんだい?」と私に問いかけてきた。
私はとっさに「忘れました(^_^;)」と答えるしかなかった(_ _;)…パタリ
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春の川

2016年04月04日 00時19分06秒 | エッセイ
   糸かすむ老いし眼(まなこ)や春の川 …駄句である(_ _;)…パタリ



 若い時は渓流釣りに夢中になっていた。
 釣行前夜でも、おにぎりを作ってもらう手前、女房への義理立てをしなければならない。睡眠時間はほとんど無いまま朝の3時に起き、友と待ち合わせた場所から岩見川の上流を目指す。
 家を出て1時間ちょっと、ダムを越え本流をそのまま遡ると沢の突き当り。その先の峠を越えてしまうとマタギの里と呼ばれる阿仁に出る。
 阿仁もイワナの宝庫だが越境するには時間が掛かる。他の釣り人よりも良いポイントに入らなければ釣果に響くので時間との勝負である。

 途中から右に曲がり院瀬沢に入るのがいつものパターン。沢が幾つにも分れており、ポイントがけっこうあって魚影も濃いので坊主ということは無い。
 釣り人は短気だとかスケベだとかよく云われるが、下院瀬がダメなら中院瀬、中院瀬がダメなら上院瀬と、策略を巡らして次々と沢を移動するのでスケベと言われればそれまでである。結局スケベは性に任せて沢の奥深くへと分け入って行く。水がちょろちょろ流れる程度の沢でもポイントが絞りやすいのでイワナがバンバン釣れた。



 日の出から釣り始めて8時くらいには缶ビールを一杯やりながらおにぎりを食べて腹を満たし一眠りする。そこいらのブナの木肌に熊の爪の痕が痛々しいが、熊に出会ったら…、マムシに噛まれたら…岩から転げ落ちたらなどと不安に駆られたことは不思議と一度もなかった。
 好きなことをして命を落とすなら本望、幸せの極み、などと当時は嘯いていた。
 不思議な感覚だが、おそらく自然に抱かれていると心が無になるというか、気持ちが大きくなるというのか動じなくなる…



 休憩が終わってもう少し釣りをした後、川沿いの林道を歩いて帰る。川を遡るときに見つけておいた山菜のある場所に下り、今度は山菜採りを始めることになる。
 下院瀬沢には今の時期、天然のシイタケや地元ではコゴミと呼ばれている瑞々しい山菜が採れる。中院瀬沢に行くとアイコやシドケといった高級な山菜が多くあった。
 上院瀬には山ワサビも群生していて少し引っこ抜いて来た。湯がいて冷蔵庫に入れておくと辛みが増して酒の肴になったものだ。

 十年以上前に釣行したときに林道が壊れていた。森林伐採の影響で、あちこちで土砂崩れが起き通行止めになっている。川の形状もすっかり変わり釣果もない。それ以来、体力的にきつくなってきて沢の奥深くに入ることは無くなった。もう一度沢の奥まで行きたい気にはなるが、最近は老眼で仕掛け糸も結べないとなると、こうして郷愁を綴るだけで満足するしかないのかも(*^^*)ポッ


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青い山脈

2016年03月29日 22時06分02秒 | エッセイ
 北国も、もうすっかり春の装いになってきた。
 クロッカスとヒヤシンスが軒下で春の訪れを告げている。
 チュウリップの葉っぱも伸びてきて、明日は咲かないと思うが、そのうち咲いてくれるに違いない。もう気分はすっかりルンルン(*^^*)ポッ



 小説家の石坂洋二郎は秋田県の横手というところで高等女学校の教師をしていた。その後、横手中学校に勤務し、若くして教職を終えたそうだ。その頃のことを題材にした小説に「山と川のある町」がある。映画では雪村いずみが主演だったというから、私はまだ生まれていなかったに違いない(  ̄_ ̄)ボー

 1900年生まれだというから生きていれば115歳。当時国語を教えてもらった生徒でジャーナリスト武野武治(むのたけじ)氏が今年101歳になったという。ずいぶん昔の話である。女房の母親も横手の女学校時代に教えてもらったようなことを言っていたが、女房をお買い得だと言って私に売りつけるような大嘘つきだから、真否のほどは確かではない。

 石坂洋二郎は戦後、小説家を生業とする。朝日新聞に連載された「青い山脈」が原節子主演で映画化されると大ヒットし、その後は「何処へ」や「あいつと私」など薄利多売の俗っぽい青春恋愛小説を次々と生み出し、売れっ子作家の仲間入りをする。私が中学くらいの時に放送されていた松原智恵子さん主演のテレビドラマも石坂洋二郎の原作であったはず。



 なにを唐突にと思った方もあるだろうが、池の中に置いている鉢の台が朽ちて壊れていたので今日の午後に台を作る木材をホームセンターに買いに行った。自転車売り場に目をやると、新入学の高校生らしき家族が自転車を物色している。高校生は自転車。自転車=青春。青春=サイクリング。ちょっと古い連想ゲームになったが、やっぱり青春と自転車はよく似合う(*^^*)ポッ


 あっという間に台の出来上がりでしたが、端っこが不ぞろいです(*゜.゜)ゞポリポリ
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スミカスミレ♪

2016年02月28日 11時12分58秒 | エッセイ
   雪解けやスミレの出るは此の辺り …駄句である(_ _;)…パタリ



 雪が降って日中になれば融け、次の朝にはまた数センチ積もっているという日が続いている。
 朝刊を取りに行ったときに、通路に降った雪は脇に寄せてくる。去年スミレが咲いていた場所はだいたい知っているので、なるべくそのあたりには雪を積まないように気を付けるようになった。
 いずれ解ける雪だが、無いと少しだけスミレの芽が早く出てくるような気がして…、待ち遠しい。
 夏のあいだは4時とか5時とか早い時間に起きて朝刊を取りに行ったものだが、今は寒いので起きるのがだんだん遅くなっている。その分寝るのも少しずつ遅くなったが、それでも週末を除けばだいたい11時を過ぎると寝るようにしている。朝はゴミ出しやら雪寄せやらと忙しいのだ。

 一月くらい前の金曜日にニュースステーションを最後まで見て、寝るのもまだ早いかとぼーっとしているとテレビドラマが始まった。翌日は休みなので見るとはなしに見ていた。松坂慶子さんが出ていたので、相変わらず美人だがずいぶん太ったなと感心し、結局最後まで見てしまった。それにしても松坂さんの見事な体型は我が家で飼っているトドと比べてもそん色はない。
 そして、次の週も同じように見るとはなしに、そしてその次の週も…
 結局、私は「スミカスミレ」という番組を第一話から第四話までの全てを見たことになる。おそらく第五話は始まる前からテレビの前に正座して待っているに違いない。



 ストーリーを簡単に書くと、
 65歳のオバサンが屏風を開いたはずみで、閉じ込められていた化け猫が飛び出し、出してくれたお礼に一つだけ願いを叶えてもらうことになり、願いが叶って20歳の女子大生に若返るというものである。20歳の大学生になったスミレちゃんを桐谷美玲ちゃんが演じている。
 時々呪文が解けて元のオバサンに突然戻ったりするのが面白い。変わる瞬間を誰かに見つからないものかとヒヤヒヤさせ、スリルのあるドラマ仕立てになっている。
 不自然なのは20歳から65歳に変わっても着ている服は同じだ。あの体格差では服が破裂して布が飛び散ってもおかしくないだろうに…



 さて、見た目が幾ら若返ったといっても内面は変わらないので所作は変わらない。ケイタイを預けられ、何を血迷ったか花の写真をいきなり撮りまくり、オバサンみたいだと同級生から突っこまれる。そういえばオバタリアンのブログを見るとどれもこれも花の写真だらけである。他にもいろいろ、よくもまあオバタリアンの生態を細かく観察しているなと感心した。皆さんも一度見てみるといい。体型は無理だとしても心が45歳くらい若返るかも…
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悲しい再会

2016年02月14日 17時50分30秒 | エッセイ


 今日は気温が高くなり、昨日からの雨で家の敷地に寄せていた雪も全部解けた。いよいよ春到来と思いきや、明日から又吹雪くというではないか…
 そういえば今年は吹雪いたことが無かった。吹雪の画像が無かったせいかブログもインパクトに欠け、ぬるーい感じになっている。天気予報では火曜日あたりになれば地吹雪体験ツアーを出来るかも知れないと伝えていたので、三寒四温を目で体験するのも悪くない (_ _;)…パタリ

 女房にすっかり飼いならされて、最近は時々スーパーに買い物に行くようになった。したがって旬の魚にも詳しくなる。今日は生ニシンを売っていたので一度カゴに入れたが、「調理の面倒なものは買ってくるな」と、出て行く前に念を押されている。焼けばいい話だが焼くのも面倒だということらしい。結局その場を離れ、メモに書かれてある焼き肉用の肉とエバラ焼き肉のタレとネギをカゴに入れる。

 トイレットペーパーを片手にお刺身コーナーに目をやると、見覚えのある美しい奥様が刺身を選んでいた。中学一年の時に同級生だった斉藤さんではないか。以前この辺の通りでばったり会って話をし、近所に住んでいることは知っていた。10年ぶりくらいになるだろうか。
 女房のような自称自認の似非マドンナではなく、彼女は美人揃いの合唱部に所属していて正真正銘ピッカピカのクラスのマドンナであった。腐っても鯛とはよく言うが、まだ腐ってもいないし、女房と比べると10歳くらいは若く見える。上等な鯛は腐ることなど無いことを知らされた思いである。

 近寄って声を掛けようとしたが足が思うように進まない。
 はたと考えた。カゴから長ネギをはみださせ、トイレットペーパーをかかえた、まだらシラガ頭の男に声を掛けられたら彼女はどう思うのだろう。私と識別できるのだろうか。紅顔の美少年の面影はすっかり薄れ、ネギおやじと化した姿は久々の再開にはあまりにも悲しすぎる。

 そうと知っていたなら新調したての背広で買い物に来ればよかった。ネギなど買わずに何か気の利いたスイーツと店で一番高級な肉をカゴに入れたくらいでないと間に合わない。
 脳の奥のほうから「ここは一先ず逃げろ!」と囁く声がした(_ _;)…パタリ
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東京ラプソディ

2016年02月02日 21時59分59秒 | エッセイ


 昨日、雪が全然降ってないなどと言ったおかげで今朝起きてみると大そう降っていた。
 雪国に暮らしながら雪が少ないなどと大ボラを吹いたものだから罰が中ったに違いない(_ _;)…パタリ

 先週のブログにこっそり歌謡曲をアップしていた。バタやんの「かえり船」という歌であった。下手だから出したり引っ込ましたりしていたが、とうとう恥ずかしくなり削除した。

 その折に関連動画として東京大衆歌謡楽団なる動画を初めて目にした。昭和初期から戦後10年くらいまでの歌をメーンに街頭で活動している楽団だという。

 聴衆は爺さん婆さんがほとんどのようだが、リズムをとって手拍子をしている姿はとても元気である。この年代には何か異次元のパワーが感じられる。戦前の歌がこんなにも明るく覇気があったとは意外な気もした。ついつい私まで便乗し、すこぶる元気をもらった。

 母方の祖父は尺八やら三味線やらオルガンを演奏する人で、昭和歌謡をオルガンで弾いていたことを思い出した。子供心にも自己満足の世界かなというような程度に見ていたが、当時が懐かしかった。

 首都圏に出て行った叔父たちも祖父の物好きの血をひいてギターをつま弾いていた。「湯の町エレジー」とか、そんな曲が得意であった気がする。今でも時々演奏しているようで、去年母が泊めてもらった時に演奏して聞かせてくれたそうだ。母に言わせるとプロ級だというが、話半分だとしても、こちらは聞くに堪えうるレベルであることは間違いないだろう。

 さて、先日の法事の時にこっちに住んでいる叔父も供養に来てくれた。昭和大衆歌謡をこよなく愛する元気な人物だ。
 子や孫の自慢ネタをたくさん持っているので、親戚が集まるとついつい自慢話と下手な歌が始まる。楽器は苦手なようで、こちらはもっぱらホラ吹きということになる。

 一度自慢話が始まるともう誰の制止も聞かなくなるので嫌われている。
 長くなるので、他の者は皆「あいーっ!青森のイダコが降りてきたべ」と三々五々お開きの準備を始める。
 挙句の果て、「兄弟では俺が一番歌が上手い♪」と言い、「東京ラプソディ」など唄われた日にはとうとう蜘蛛の子を散らしてしまうのだ(*^^*)ポッ



   冬空に大道の歌楽しけり …駄句である(_ _;)…パタリ
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イケメンな対応

2016年01月22日 17時03分46秒 | エッセイ
(イケメンのヤギ)

 今年に入ってから、謝罪しなければならない人たちがなんと多い事か。
 バス事故のような深刻で傷ましい事件もあれば、ベッキーとゲスの極みとやらの屁のようなネタもあり、毎日ワイドショーを賑わしている。

 その中で、カツ横流し事件というものもあった。カレーハウスCoCo壱番屋が廃棄処分した冷凍カツを産廃業者が横流ししたというものである。
 じつは4年程前にたまたまココイチの新規開店に伴う仕事をさせて頂いたことがある。若い社員たちの仕事ぶりにとても好感を持ち、以前のブログに書いたことがあった。

 きっちりとした仕事をする会社だと思っていたので、詳細を知るまではどうしたものかと心配したが、幸いにも風評被害も起こらず、私の取り越し苦労に終わり安堵している。
 これについては、自ら事件を解明して逐一消費者に告知、再発防止に向けた対策も短時間にやってのけた結果で、ここにきて消費者やマスコミの評判がうなぎ上りだという。私の目に狂いはなかったということだろう。

 せっかくの機会だから以前書いたエッセイを下に載せます~


   (我が家で飼っているイケメンのカメ)

   タイトル:「きらきら光る」

 今日は暑くて日差しが強い中、頼まれた仕事の現場へ向かった。運転中は紫外線が眩しいので偏光サングラスをかけることにしている。仁義なき戦いで菅原文太が掛けていたものと同じデザインである。対向車のドライバーが私をチンピラだと思って目をそらすことは承知している。
 幾重にも降り注いでいた雑光はあっという間に消え、目元が涼しくなる。
 対向車のドライバーの顔もはっきり見え、とりわけ美人にはすこぶる反応する。そして私はとうとう美人ターミネーターと化してしまうのだ。

 現場は全国にチェーン店を展開している飲食店。この土地には既に何軒か出店しており、売り上げが好調らしい。幹線道路に面したその場所にもう一店舗出すということだ。明日の竣工引渡しにあわせ、多くの業者とスタッフさんが慌しく動き回っている。厨房屋さん、空調屋さん、電気工事屋さん、電話屋さん、外構工事屋さん、看板屋さん、それに私まで加わるものだからごった返す。

 ほとんどの業者の腰には七つ道具を入れるベルトが巻かれている。穴を開ける道具も必携らしい。高い所での作業もあり、あちこち脚立だらけになっている。他の業者と作業箇所がかぶることもあるようで、お互いに気を使いながら遠慮がちに身を縮めて仕事をしている。かといって一つ場所で完全に調和しているように見える。ドライバーやトンカチの音と相まって、まるでオーケストラのようだ。

 私は名古屋の本社から来たというお揃いのTシャツ姿の若いイケメン2人と打合せをした。周到に準備してきた開店が間近ということで精神的に充実しているのだろう、イケメンたちの目がキラキラ輝いていて、サングラスをはずした私の濁った目には少々眩しいくらいだ。きっと、ここいらで一番美味しいカレー屋さんになるに違いない。(2012年6月28日)

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秋桜

2015年10月19日 17時59分24秒 | エッセイ


 コスモスには嫌な思い出がある。
 田んぼでは稲刈りも終わり、コスモスが咲いていたからちょうど今頃だったかと。時期的に適当な言葉かは別として小春日和の穏やかな日であった。無数のへっこトンボがこの世の名残とばかりに乱舞していた。
 私の家から公道まではリアカー一台がやっと通れるような細い通路になっていた。子供心にもそんなに長い道とは思わなかったので30mくらいあったのだろうか。もっと短かったかもしれない。通路に沿ってたくさんのコスモスが植えられていた。

 まだ心もとない自転車の三角乗りの練習をその通路でやるのがマイブームとなっていた。仮免中だから公道には出られない。ふらつきながらも家と公道の往復を何度か繰り返していた。そんな私を見てからかおうとしたのか、コスモスの陰から急に猫が飛び出してきたではないか。
 まだブレーキをかけてかわす程の技術は無く、まともに猫をひいてしまい、そのはずみで転倒する。猫は平衡感覚を失ったのか猛烈な速さで転げまわるように家の縁の下にもぐって行った。
三角乗り(^_^;)

 猫はその年の春、祖母の家で生まれた何匹かを川に捨てる寸前に段ボール箱の中から一匹だけ選んだ三毛猫である。他の猫たちは箱に入ったまま川を流れて行った光景は今でも目に焼き付いている。
 猫にはチャペという名前を付けて家族で可愛がっていたが、とりわけ猫好きの弟は溺愛しており、弟の猫といってもいいくらいであった。

 縁の下に入った猫は泣き声を出すわけでもなく、次の日になっても、その次の日になっても出てくる気配がない。憔悴しきった弟を慰めようにも、どうやら弟は私を逆恨みしているようで、掛ける言葉もない。当時、父は叔父たちの手伝いで出稼ぎに行き縁の下を探す術もなかった。「もう天国に旅立った」と騙そうにも縁の下に潜ったのでは少々説得力に欠ける。

 ほとほと困っていた3日目の朝、私が目を覚まして起きようとしていると猫が階段を駆け上がって来たではないか。おお、なんということだ。まだ生きているとは思わなかったので幽霊でも出てきたかと自分の目を疑ったが、「にゃーーーおっ」と鳴いている。目を覚ました弟も大喜びしていた。
 が、それ以来猫は私をスルーするようになり、弟にしか懐かない。兄弟の仲にも少々の亀裂が生じた事件だったかも。

 その後、寒村から今の地に一緒に引っ越してきたが、あの事故のせいなのか病弱になり、猫は4、5歳くらいまでしか生きられなかった。
 いまでも細い道に咲くコスモスを見るにつけ猫が飛び出してきそうで、チャペを思い出すことがある(_ _;)…パタリ


   秋桜猫に詫びゐる小道かな …駄句である(_ _;)…パタリ
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予定外

2015年09月22日 21時11分39秒 | エッセイ


   太平の峰は雲抱き稲雀 …駄句である(_ _;)…パタリ
     
 金曜日の夜、弟が日曜日の同級会に出席するためにやって来た。まだ着かないだろうと冷や酒を飲みながら待っていたところ、思っていたよりも車が混まなかったので予定よりも早く着いたという。まずは駆けつけ三杯、日本酒を注ごうとしたらビールが好いと言う。へそ曲がりだから私がビールを飲んでいたら日本酒が好いと言っていたに決まっている。

 翌朝、6時ごろ起きてきた弟がちょっとその辺にドライブに行って来るという。土崎の港近くの自動販売機にうどんを食べに来る貧乏人?たちに焦点を当てたNHKの72時間という番組を見たそうで、どうやら港に行ってうどんを食べたいらしい。家族と一緒では何処にも出かけない私だが弟に便乗して付いていくことにした。人生の悲哀を演出するには十分な兄弟であり、一杯200円のうどんの自動販売機にはぴったりのキャラかも知れない。



 不味いうどんをすすった後は家に帰るものとばかり思っていたところ、弟は白神山地に行ってみたいと言い出す。この男はいつも突飛な行動に出るのでヤバい人種である。運命と諦め、というよりもとんでもない事をやらかさないように、危険を承知で保護者として付いていくことにした。サンダル履きではちときついかもしれない。



 白神山地といっても山裾は幾つにも分れている。秋田県には藤里町から入るコースと八峰町から入るルートがある。いずれもサンダル履きには険しい道であることを知っている。距離的には遠いかもしれないが青森の十二湖周辺は観光コースになっていて、お茶を濁すには丁度いいコースになっている。うどんをすするつもりが結果として青森に向かうことになってしまった。(_ _;)…パタリ



 二時間ちょっとで十二湖に着いた。十二湖は十三湖と違い一つの湖ではない。小さな湖が十二個くらいあるので十二湖というらしい。青池吐息で湖を巡ったはいいがカメラも持たないで出掛けたものだからブログにアップできるような写真も無く、弟の携帯で撮った写真が少し。どちら様にも予定をしっかり組んで事にあたることをお奨めする。




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