J OKAYAMA ~岡山サッカーの桃源郷へ

岡山サッカーファミリー(ファジアーノ岡山等)、スポーツ文化等「岡山からJリーグ百年構想を」・・・情報ライブラリ的ブログ。

ようこそファジアーノへ82

2017-05-14 00:03:49 | ファジアーノ岡山

 リスペクト(事例紹介)コラムです。
 少し前に、J2岡山で「株式会社設立10周年記念誌」が、PDF版の形で発行されました。ちょうど約2年前に、J2岡山はクラブができて10年経ったのに、10年史を発行しないのか、2年前にすごく気になっていました。でも、何も動きが無く、あぁ試合会場でのパネル展だけで終わっちゃうんだと半ばあきらめていたので、記念誌が発行されると聞いてビックリするとともに、ホっと胸を撫で下ろしました。形はどうあれ、記念事業ができたのは喜ばしい事です。まずは内容を確認してみましょう。以下、内容を抜粋して紹介。
           
・代表あいさつ
・History
 うち2004-2005はPre-history:NPO法人 岡山ヒューマンSC運営時代
 ※初代の山下監督は、現在は県サッカー協会の会長に就任しています
・Interview
 岡山商工会議所会頭、高谷元市長、歴代主要スポンサー経営者、県サッカー協会関係者など13者
・Directory
 歴代スタッフ・在籍選手名鑑、2016クラブスタッフ
クラブ公式HP該当記事:http://www.fagiano-okayama.com/news/p1473052854.html
PDF版記念誌:http://www.fagiano-okayama.com/pdf/FAGI10thAnniversary.pdf
 
 ここからはあくまで個人的な所感なので気にしないで下さい。
【Historyについて】
 どの時代も懐かしいですね。当ブログにとって「ファジアーノ」がスタートしたのは2004年の中国リーグ入れ替え戦の観戦から。2005年からヒューマンSCに絡み、Fリーダーとともにクラブのボランティアとしてもスタート。ブログ開設は2005年の暮れ。この時に「1人1ブログ」という流れで。サポーターサイトを提唱し、声をかけて旧ウルトラスに集まってもらいました。その流れでできたのが旧「フォルツァ!ファジアーノ」でした。その後、支援者のマンパワーの集結の提唱のもと、2006年1月の一木会結成。その半年後くらいですかね、法人化されたのは。当ブログでは株式会社ができた2006年よりも、その前の方が思い入れが大きいですね。
【Interview】
 いい顔ぶれだと思いますが、見方を変えれば今この時のいろいろな意味合いがあるのかなと思ってみたり。「あの人は載ってないんだ・・・」「この人は載ってる・・・」といろいろと個人的に思い描きました。特に備前市のM氏には当時いろいろとお世話になりましたね。かなり粗削りだったが、「岡山からJリーグを」に向けて夢がいっぱいの時代でした。
 TAN氏も登場。当ブログの当時の記事を読めばわかりますが、お名前がよく出ていました。当時いろいろと苦労されたようで、代表を退任される時も意見交換させていただき、語る会にも参加する話もありましたね。まさに本音が通じる仲間。現在は一サポーターとして、会場でたまにお会いしていましたが、最近はお見かけしないな。
【Directory】
 2004から2006年くらいが一番思い入れが強いですね。よくFリーダーが「ジェフェルソンとアンドレのサイン持っているの俺たちだけだろ」と言います(笑)。中国リーグ当時の選手はみんな各界で活躍されているようですね。№9と6だったM井氏は現在は現場の最前線のスタッフですね。お父さんである当時の事務局次長さん(上に画像あり)とは、ファジ丸選定の時に絡みました。当時の中川選手は浅口市に在住し、胸スポンサーも浅口市の某専門学校で、この頃から応援団・浅口がスタートしたっけ。やはり、思い入れの強い思い出はJFLまでの時代が多いかな。
 「2016クラブスタッフ」に運営会社の5名の役員の氏名が掲載されていますが、たぶんネット上で公開されたのは初めてではないでしょうか。他のクラブのように会社概要ページに常時情報開示されてはいかがでしょうか。

 最後のクラブ理念に「サッカーに限らず、あなたがやりたい競技を楽しめるスポーツクラブを作ることを目指したJリーグ百年構想を岡山の地に具現化すべく発足した」という文言があり、先日の読売新聞のインタビュー記事に「サッカー以外のスポーツ振興も図るという夢がある。あらゆる競技の指導者を県内各地の学校や競技場に派遣し、無料でスポーツ教室を展開する構想がある」とありましたが、現実を見ると10年経ってもサッカー以外の競技は見えません。過去の倉敷市との健康増進事業は数年で終わり、現在のチアリーディングも異競技事業とまでは言えないと思います。
 この記事にあるように、J1のほとんどのクラブで異競技事業を実施しています。言葉だけでなくぜひ早く時期に他のクラブと同じような事業を始めて欲しいです。Jリーグに支援を申請するくらいの事業で、これがJ1にふさわしいクラブのスタンダードではないかと。
      
 あと、5年前に仙台さんの10年史を紹介(記事)しています。仙台さんのクラブ10年史ではチェアマンや川淵キャプテンから挨拶もらっているし、10年の間に三代の社長、二代の専務が就いた様子。同じ市民クラブでもちょっと岡山とは様相が違いますね。株式会社10周年ではなく、クラブ10年史です。当ブログはクラブ史であるべきと考えます。クラブは運営会社だけのものではなく、公共財としてみんなのものなので。また、運営会社は「管理人」と認識しています。ずっと続くとは限りません。過去の鳥栖さんのように、運営会社が一度クローズする可能性もあります。J2岡山も2年前にクラブ史として出して欲しかったですね。
 他の市民クラブをちょっと調べてみると、式典だけでクラブ年史を出していないところもありますね。他では新潟さんがなぜか「11年史」。何とDVD付きでした。ちなみにJ1柏は10年史でした。どちらも読んだ訳ではないので、内容は不明。今動いている清水さんはクラブ創設25周年誌で特殊なスタイル。
 なので、形はどうあれ発刊されて良かったと思います。しかも誰でも読めるPDF版。これはいいですね。次の10年はどんな年になるのでしょうか。10年後どういうチーム、クラブになっているのかわかりませんが、20年史を楽しみにしています。

 話は変わり、今日アウェー戦のPVに参加してきました。その模様は明日。

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