語りつぐ沖縄平和の会

沖縄でガマや基地の案内をしています。
一緒に平和を考えませんか。

新垣事務局長 の転職

2012年04月20日 | 報告

 「語りつぐ沖縄平和の会」の事務局長である新垣文代さんは、昨年2011年3月から那覇市の非常勤職員に採用され、那覇市職労の組合にも入り、「語りつぐ会」と「那覇市職労」のコラボ企画として、「若狭フィールドワーク」「八重山教科書問題学習会」「春の親子バスツアー」などを実施してきました。

 彼女の明るい笑顔と行動力を、市職労運動に活かそうと、今年の4月から、那覇市職労の臨時書記として採用されました。

 今は、新しい仕事に慣れるのが精一杯ですが、慣れたら大変です。もう、私は覚悟しています。今後とも、新垣事務局長をよろしくお願いします。    (まさし)

 
トラックバック (0) | 

春の親子平和学習バスツアー

2012年04月03日 | 報告
「語りつぐ沖縄平和の会」と那覇市職労のタイアップ企画の「春の親子平和学習バスツアー」を
2012年4月1日(日)に、参加者28人で行いました。

 会長の下地さんがコスの案内を務め、城西小学校内にある、第32軍司令部壕の入り口や今問題になっている説明版の説明を行いました。

 平和運動センター議長の崎山嗣幸(語りつぐ会顧問)さんも県議会の対応や平和課題の説明に駆けつけていただきました。

 「轟の壕」では、ガマ内部コースと、「轟の壕」ガマ入口までのコースに分かれましたが、保護者に連れられて、小さな子も全員ガマの中に
入ったのにはびっくりしました。私が用意した、ヘルメットも役に立ったようです。

 昼食は、平和ガイド御用達「優美堂」で、天丼・かつ丼・ソバセットの中から選べるようにしました。
 糸満の和光地蔵尊を管理している 山城(沖縄バス労組OB)さんからも、挨拶をいただきました。

 和光地蔵尊、荒崎海岸、平和の礎と予定通り周り、16:45分には那覇につきました。

 参加した皆様お疲れ様でした。ご協力いただきました皆様、どうもありがとうございました。  
トラックバック (0) | 

県による「慰安婦」「住民虐殺」記述削除についての緊急学習会(報告)

2012年03月17日 | 報告
 県による「慰安婦」「住民虐殺」記述削除についての緊急学習会


● 日 時 3月17日(土) 午後6時〜8時30分

● 場 所 教育福祉会館3階ホール(興南高校隣り)


主催:語りつぐ沖縄平和の会、他平和ガイド団体多数、青春を語る会、沖教組、高教組

1 講 演 ・・・ 沖縄戦研究者による史実から見た「慰安婦」「住民虐殺」問題について

           講師:大城 将保さん(県史編集委員・元県立博物館長)

2 報 告 ・・・ 第32軍司令部壕説明板検討委員会委員による経過説明等

           報告者:新城 俊昭さん(説明板設置検討委員・沖縄大学客員教授) 

3 証 言 ・・・ 司令部壕にいた元学徒兵の証言

           証言者:渡久山 朝章さん(元鉄血勤皇師範隊)



 緊急の集会にも関わらず、250名以上もの参加者で会場があふれていました。

 「語りつぐ沖縄平和の会」は、主催者団体に名前を連ねるとともに、下地会長が代表世話人の一人に就任、
事務局長の 新垣文代さんが、今回の司会を務めました。

 18:00に始まった集会は、時間どおり20:30に団結ガンバローで終わりました。

 稲嶺県政のときに起こった、平和祈念資料館の展示物改ざんのときには、県民大会なども開かれました。

 沖縄県の3月定例議会は、識名トンネル不適切契約問題で県当局原案と野党会派の修正案が新聞紙上を
にぎわせましたが、第32軍司令部壕の説明版改ざん問題の追及は、弱かったと思います。

 私も、行政マンの一員ですが、行政が設置した検討委員会の答申を、勝手に行政が変更することはありえ
ません。県知事の政治判断が働いたと思います。

 政治問題である、案件を動かすためにも、県民運動を作り上げるかもしれません。

「八重山の歴史教科書問題」、「第32軍司令部壕説明版問題」と歴史修正主義の運動に負けることなく
強力な運動を作り上げることが必要です。

 語りつぐ会も、微力ながら、頑張りたいと思います。   (まさし)
トラックバック (0) | 

宜野湾市長選挙の結果

2012年02月16日 | 報告
 宜野湾市長選挙は、自公候補のサキマさんが900票差で勝利しました。

 運動量では、優っていた革新候補のイハさんが負けたのはなぜでしょうか。

 私の友人が、「サキマさんも相当浸透している」と、前回のブログで書きましたが、友人の懸念が的中しました。

 運動量で勝っていたのに、運動の質で負けていたのでしょうか。

 私自身は、告示後に日米両政府が、カデナ以南の米軍基地の返還と辺野古移設を同時に行うというパッケージを、日米両政府が、告示後に発表し、そのことが無党派層に影響したのではないかとの予測です。

 情勢は刻一刻と変化する中で、政府、県知事など、影響力のある人たちの言動や行動で、振り子のごとく揺れ動きます。

 そうした中で、いち早く対応が出来た陣営が勝利するのでしょうか。

 活動をした一人として、悔しい気持ちを、今後の運動にどう反映させるかを考えたいと思います。  (まさし)
トラックバック (0) | 

平和ガイド養成講座延期となりました

2012年01月21日 | 報告




 

 沖縄平和運動センターの戦後60周年記念事業として始まった、平和ガイド養成講座は、加盟組織の活動者育成と組織強化の一環として、歴史の真実や沖縄の現状を学び、それを広く伝えていく平和ガイドを養成する取り組み、今年度は、1月22日(日)から、始まる予定でした。

 しかし、急きょ宜野湾市長選挙が行われることが影響したのでしょうか、募集人員25人に対して、参加申し込みが10人しかなく、急きょ延期することとなりました。大変残念です。

 語りつぐ会は、4回のフィールドワークを、平和ガイド養成講座運営委員会と連携しながら、対応することになっていました。

 仕切り直しをして、また、次回に期待したいと思います。

 宜野湾市長選挙は、革新側は、前市長のイハ洋一さんを擁立しました。
 政府が、普天間基地の辺野古移設を強行する姿勢を示している中で行われるだけに、宜野湾市民がどう判断するのか、関心があります。

 自民党政権から自公政権になる中で起こった、新基地建設の問題や歴史教科書の問題、また、民主党政権下でも続いている、高江、辺野古への新基地建設、八重山教科書採択問題など、民主党政権は期待外れ、しかし、自公政権には戻したくない!
 そうした市民感覚は、大阪では、橋下維新の会に閉塞感打破の期待が集まりました。
 さて、この沖縄ではどうなるでしょうか。

 平和を願う心を、イハ洋一さんにお寄せくださいね。
トラックバック (0) | 

総会、無事終わりました!

2011年12月18日 | 報告
 
 昨日、「語りつぐ沖縄平和の会」の総会が無事終わりました。
 

 


 写真は、記念講演を快く引き受けていただきました、沖縄平和運動センター事務局長の山城博治さんです。

 山城さんは、辺野古、高江の新基地建設反対の取り組みや防衛庁の不祥事、八重山教科書問題に与那国自衛隊配備の問題など、一連の出来事の関連性と今後の私たちの課題について、写真や説明書に基づいて、丁寧に説明していました。
 政府は、アメリカ議会の情報を自分たちのいいように解釈し、本土マスコミの情報を操作、沖縄に基地を押し付ける世論作りを行っています。沖縄へのオズプレイの配備、その前線基地である辺野古、その訓練施設である高江のヘリパッド、与那国・石垣への自衛隊配備や米軍の訪問など、すべてがアメリカの世界戦略とつながっており、それに抗するためにも、県民の団結と本土の運動仲間との連帯強化が求められています。

 私たち、語りつぐ会も、本土から平和学習に来る仲間を受け入れるとともに、本土への情報発信を積極的に担わなくてはいけません。


 引き続き行われた総会では、一年間の活動報告、決算報告、活動方針が全会一致で承認されました。


 

 また、みんなで楽しく歓談し、平和の歌、闘いの歌を歌いました。写真は、語りつぐ会のキャンディ−ズです。

 
 年明けから、平和運動センターの平和ガイド養成講座が始まり、語りつぐ会もフィールドワークに関わります。

 仲間がいるから、楽しいし、仲間がいるから、頑張れる。

 平和の和、仲間の輪を広げてるために、最後は、団結ガンバローで閉めました。

 最後まで、お付き合いいただきました、山城(平和センター事務局長)さん、どうもありがとうございました。
 高江は、寒いと思います。体には気をつけてください。

 参加された皆様、お疲れ様でした。
 
トラックバック (0) | 

平和ガイド、札幌市職労の若者を案内しました(10/17)

2011年10月19日 | 報告
 10月17日に、札幌市職労の若者3人を平和ガイドとして案内しました。

 札幌市職労では、役員手当を積み立てて、定期的に、派遣研修に活用しているとのことでした。
 グッドアイデアです。

 待ち合わせの、恩納村のホテルに9:30に待ち合わせをし、半日コースの出発です。

 車を走らせながら、米軍基地が、旧日本軍の基地が、そのまま沖縄戦で米軍基地になったものと、戦後銃剣とブルド−ザーで強制的に接収された基地があること、基地撤去の運動が日本復帰の運動に変わったことなどを話しているうちに、一番目の目的地のキャンプハンセンにつきました。

 キャンプハンセンは、海兵隊の基地で、沖縄戦で英雄的行為を称えられ戦死した、海兵隊の二等兵の名前がつけれれています。
 そうした激戦を制して占領した沖縄の基地だからこそ、米軍は簡単には返しません。
 日本政府が返してくれといわないから、米軍にとっては当たり前です。

 しかし、アフガンやイラクに米兵を派遣した結果、アメリカ財政は危機に瀕しています。
 軍事費の削減をせざるおえない中、沖縄の基地の返還も夢ではありません。
 そのためにも、県民だけではなく、国民も政府も米軍基地はいらないというアメリカへの働きかけが必要です。

 つづいて、辺野古の普天間基地移設予定地の視察と、「ヘリ基地反対協」の団結テントを訪問しました。
 団結テントでは、黄色やピンクのリボンを渡され、メッセージを書いて、キャンプシュワーブのフェンスに張ってほしいとのことでした。

 私が書いたメッセージは、「あなたの命も大切よ❤」です。

 イラク帰還兵の間で、極限状態の衝撃を受ける現場で、いつ殺されるかわからない、誤爆など、さまざまな危機的な体験から、悪夢、フラッシュバック、頭痛、腹痛、吐き気等様々な身体症状等があり、PTSDの発生で苦しみ、自殺する人が多数に上ります。
 
 こうした、国家が起こした意味のない戦争は、それに参加した人々を苦しめます。

 まさしく、戦争は、敵も味方もなく、すべての人々を不幸にします。

 自分の命を大切にすれば、相手の命も大切にするはずです。
 そうした意味合いを込めたメッセージです。


 午前中だけの半日コースでしたので、辺野古を終わった段階で、もう12時前、昼ごはんの時間です。
 何を食べたいのか聞いたところ「本場、金武町のタコライス」とのことでした。

 名護ソバでも食べようかと考えていましたが、来た道を戻って、キャンプハンセンゲート前にある、商店街の中にあるタコライス発生の店「名店キングタコス」に入りました。

 タコライスとは、タコス専門店のオーナーが、お腹を空かしている若い米兵のために、タコスの具をご飯の上にのせて作った、基地の町金武町で生まれた沖縄の新しい郷土料理です。

 熱々のご飯の上に味のついた甘辛ひき肉、その上にたっぷりチーズがのっています。
 山盛りのレタス、トマトのスライス、ケチャップやサルサソースを上にかけていただきます。

 ご飯のかわりに、チキンライスを使うメニューもおいていました。

 ボリュームがあって、食べかんてぃしましたが、みんなおいしいと言って、たいらげました。

 若い皆さんと、資本主義の矛盾について、反自衛隊の運動を進めるためにも、日本軍が沖縄でしたことの学習の大切さも訴えました。

 語りつぐ会では、少人数の案内にも対応していますので、皆様もよろしかったら平和ガイドを活用してくださいね。  (まさし)

 

トラックバック (0) | 

平和ガイド研修、若狭フィールドワーク

2011年09月24日 | 報告
 語りつぐ沖縄の平和ガイドによる、研修フィールドワークを、「若狭下町物語 沖縄戦と波の上チャンプルータウン」と銘打ち、9月23日(金)に行いました。
 私鉄の皆さんが仕事が忙しくて参加できず、総勢7人の参加でした。

 案内した専門ガイドは、照屋久美子さん、沖縄通訳案内士会の事務局長もしており、「パワフル&フレンドリーな沖縄通訳ガイドが、沖縄の観光地、沖縄の自然、沖縄の歴史、沖縄の文化、沖縄の祭り、沖縄の食(グルメ)等の情報を沖縄ファンの貴方にお届けします。魅力たっぷりの沖縄にめんそーれ!」と頑張っている方です。

 集合場所である、福州園(那覇商業高校近くの中国式庭園)の園内の説明から受けました。

 沖縄と中国は、昔から文化交流が行われ、那覇市久米には、福州の特殊な技能を持った人々、久米三十六姓が移り住み、沖縄に中国の文化を伝えるとともに、その後数百年に渡って琉球王朝の重い役職を務めました。有名な蔡温なども久米村の出身です。(さいおんスクエアもオープンしましたね)

 那覇の市制70周年記念のとし(1992年)、姉妹都市である福州市との友好都市10周年を記念して、福州側の資材、設計、加工で出来たのが福州園です。

 講演の周辺は、中国式の白壁に包まれていますが、周囲の住宅街とはまったく別の空間が広がっています。

 順路に沿って歩いていくと、上手に石と水を配し、各所に点在する建物は、完全な中国様式で、透かし彫りをされた窓の一つ一つ、彫られた彫刻の一つ一つが見事で、四季を表現した各エリアの途中途中に見どころが満載です。

 私たちと一緒に、観光客の方も一緒に説明を聞きながら、周っていました。

 次に行ったのが、西城門(西武門交番あたり)です。西武門は、 久米村の北門が、方言では北は(ニシ)であることから、漢字は西が当てられ、西武門との表記になったとのことだ。久米村と社交街である辻町、波の上などの境界にあたり、戦前は、電車も通っていたとのことだ。

 3番目は、辻の御嶽を案内されました。辻町は、中国の冊封使を接待するために、3人の琉球の王女がウミナイビとなり、その墓が祀られています。

 その後、辻町は、「チージ」といわれ、「辻」という字があてられました。北が上村渠(ウィンダカリ)、南が前村渠(メーンダカリ)という2地区に分かれている。各々の地区にはウガン所(拝所)があり、上村渠は豊作の神であるミルク(弥勒)、前村渠は厄払いの神である獅子を祀っています。

 その神様を先頭に、旧二十日正月に行われたジュリ馬行列の起源も教えていただきました、首里の身分ある娘や売られてきた娘たちが生活苦により、遊女となって辻で生活をしていた。しかし、なんとかして彼女は遊女という汚れた身でも親兄弟に会いたいという切なる願いから、辻の遊女を集めて華やかなジュリ馬行列を催し、それを見に来る人々に紛れて親兄弟が自分の姿を見、また自分も彼らの姿を見ることができるようにしたということです。

 14世紀から中国の冊封使を迎え、その接待にあたり、17世紀に薩摩が中国にかわって琉球を支配下におくと、薩摩役人の接待をし、沖縄戦終了直後からは、辻に料亭などができてアメリカ人の社交場となりました。辻町で働く女性たちはいつの時代も時の権力者である外国人の接待役としての役割も担い、また、琉球の社交場の中心地、芸能・文化の発信地として、辻は「歌舞音曲を楽しむ芸妓家であり娼妓家、料理屋、旅館などを兼ねるところでありました。

 旧二十日正月祭り(ジュリ馬行列)は、この祭りの核にあたる部分は辻の開祖や神を祀り、辻のさらなる発展・繁盛を願う神事の部分と、遊女の切なる願いから生まれたジュリ馬行列、それを観光客を呼び込むイベントにしようとする動き、売春奨励につながると反対する団体など、複雑な要素から、明治の昔から、復活したり中止したりとめまぐるしく変化してきました。

 最後に、旭ヶ丘公園にある、沖縄戦の中、学徒疎開のため沖縄の子供たち1400人が乗船した対馬丸がアメリカ軍の魚雷を受け沈没し、たくさんの幼い子どもたちの命が、いっぺんに奪わた犠牲者の名前を刻示した「小桜の塔」と沖縄戦の最中に、砲弾の下で二カ月にわたり新聞の発行を続け、その任務を果たして戦死した十四人の新聞人の霊をまつっている「新聞人の碑」の説明がありました。

 また、波の上宮の鳥居のそばにある「官弊社波の上」と書かれた石碑は、明治時代に建てられたもので、沖縄戦で受けた砲弾の跡が残っています。波の上護国寺の英国人宣教師ベッテルハイムの「ベッテルハイム逗留記念碑」の説明もありました。

 普段見かけている、あるいは、見過ごしている風景ではありますが、専門ガイドの説明を受け、歴史や文化を知って改めて見てみると、印象や心に残るものも違って来ました。

 今度の活動に生かせるヒントがあったような気がします。

トラックバック (0) | 

自治労単組から平和ガイドの依頼きました

2011年08月12日 | 報告
 今日、沖縄平和運動センター経由で、平和ガイドの派遣依頼がありました。

 依頼先は、栃木県の自治労の仲間です。日時は、8月19日と20日、夏休みということで、小中学生の家族も一緒で、総勢36人程度。すでに南部戦跡とコースは決まっているので、あとは、担当の平和ガイドを手配するだけです。

 平和ガイドの手配は、新垣事務局長が、派遣する平和ガイドをだれにするかを調整します。

 平和を語りつぎ、運動を広げるために、頑張らなくっちゃ! 無理せず、できることからヤローよ!

 新垣さん、本村さんも自分がやった平和ガイドの状況、チャンと報告してくださいね。(まさし)
トラックバック (0) | 

6/26那覇市職労平和バスツアー

2011年06月26日 | 報告
 私の所属する那覇市職労の平和バスツアーが、本日、44名の参加で行われました。
 案内は、「語りつぐ沖縄平和の会」事務局長の新垣さんです。台風の余波で、天気が崩れる中でありましたが、新垣さんの楽しいおしゃべりと的確な説明で、みんな飽きることなく、楽しい時間を過ごすことができました。

 最初の嘉数高台では、大雨が降りだし、また、嘉数自治会の慰霊祭の準備をしている中でしたので、少し悪いことしたかなと思いながら、足早な説明ですませました。沖縄国際大学ヘリ墜落現場は、車窓からの説明となりました。

 辺野古では、雨は小ぶりとなっていましたが、風が強く、テント村のテントもたたんでいました。

 嘉手納道の駅では、屋根がありましたので、ゆっくり説明を聞くことができました。

 最後に、市役所を退職した屋良さんが、泡瀬干潟を観察ができるようにと、今年の4月17日にオープンした、「泡瀬干潟ウミエラ館」で、ティータイムをしました。

 全天候型で180度のパノラマが自慢の「博物館カフェ」で、おいしいコーヒーと屋良さんの庭でとれたカニステルでつくった自家製ケーキをいただきました。

 平和・環境・人権と共通するテーマに向けて、退職後も頑張っている仲間をこれからも応援しようと思います。

 詳しくは、下記ブログで確認をお願いします。 (まさし)
 
 泡瀬干潟ウミエラ館
 〒904-2172 沖縄県沖縄市泡瀬3-47-1 2F
  TEL. 098-927-0116.
  http://umierakan.ti-da.net/
 営業時間, 11:00〜18:00 (日没までOPEN)
   定休日, 月曜日
トラックバック (0) | 

大型バスでの初めての平和ガイド

2011年01月06日 | 報告
 私自身は、15年前から年に1〜2回平和ガイドを行ってきましたが、どんなに多くてもマイクロバス16人程度でした。昨年12月に大型バスでの40人の案内を初めて経験しました。

 この間私がやってきた案内方法は、少人数のガイドが多かったので、会話のキャッチボールをしながらガイドをするというやり方でしたが、大型バスでのガイドは初めてなことであり、少し戸惑いもありましたが、同じやり方を試してみました。

 一日バスに乗車する場合に、一番困ることは、移動中の車内での間をどう保つのかということです。

 観光バスガイドであれば、通り沿いの地域の説明をしたり、沖縄の歌を歌ったり、子供たち向けにクイズを出したりします。
 そうしたことも参考にして、「沖縄を返せ」、「優しい心を武器にして」をうたいました。

 私たちガイドが、ガマなどを案内するときに、バスの中で、沖縄戦の話や平和への思いなどの話をやりますが、その話の合間合間に、クイズを出すことがあります。

 ハブのクイズも出してみました。

 よくあるクイズ・・・草むらを3人で歩くときに、1番前と真ん中、一番後ろではどこが一番安全でしょうか。

 答え・・・草むらで寝ているハブは、一番前の人が歩いているときに、目をさまし、2番目のときにとぐろを巻き攻撃態勢をとる、そして、3番目の人が通るときに、ガブリとかみつく。だから、草むらを歩くときは一番前が
安全となります。

 私が作ったオリジナルハブのクイズ

 クイズ・・・さびしがり屋の子供のハブに、お母さんハブがやることはなんでしょう。 答え・・・「ハグ」
 
 40人中3人ほどは笑ってくれました。

 うまくできたとも思えませんでしたが、何とかできたという感じです。

 こうした経験を積み重ねて、もっと上手にできるようになるのでしょうね。 (まさし)
トラックバック (0) | 

平和ガイドで 嘉手納道の駅に行きました

2010年12月19日 | 報告
 修学旅行生は、9月から多くなり、12月中旬までピークが続きます。12月8日に平和ガイドで嘉手納道の駅に行きましたが、観光バスが10台以上も停まっており、相当な混雑でした。時期が時期だけにあり得ると予想していましたが、これほどとは、予想以上でした。

 カデナ空軍基地、平日は離発着訓練があり、基地被害が肌で体験できます。しかし、平和ガイドがつかなくて、見に行った場合、「かっこいい」で終わりかねません。

 道の駅でそうした戦闘機をベストアングルでとろうとするカメラマンもたくさんいます。写真だけでなく騒音も一緒に聞こえる本を出版してもらいたいです。そうすれば、見た目だけではわからない、爆音が体験できます。

 と、感じた一日でした。

トラックバック (0) | 

平和ガイド、無事終わりました。

2010年12月09日 | 報告
今回、自治労からの依頼による「自治労平和の旅」が無事終わりました。大変、お疲れ様でした。

一度に5台受け入れるのは、初めてであり、平和ガイドのメンバーと打ち合わせを重ねながら今回
の対応をしましたが、相手先との調整が、うまく伝わってなくていろいろとトラブルがありました。
今回の反省点を是非今後のガイドに役立てていきたいと思います。

しかし、この時期の修学旅行の多いこと多いこと、嘉数高台やシムクガマ、チビチリガマと修学旅
行生と時間帯がぶつかってしまいました。特に、嘉手納道の駅の混雑ぶりを見てびっくりしました。
この時期は、嘉手納道の駅ではなく、安保の見える丘からの案内が良いかもしれません。

各案内場所で感じたことなどは、順序良く紹介していきたいと思います。

トラックバック (0) | 

平和ガイド、180人案内します

2010年12月02日 | 報告
 来週12月7日〜12月9日の日程で、自治労中央本部青年女性が「沖縄平和の旅」として、約180名が沖縄にやってきます。修学旅行シーズンのため「アブチラガマ」や「轟の壕」などの予約が取れないために、語りつぐ会に案内するガマの選定も含め、12月8日に5人の平和ガイド派遣依頼がありました。

 自治労は、自治労は地域公共サービスの担い手として、県庁や市役所、町村役場などの自治体職員だけでなく、公社・事業団、福祉や医療などに関わる民間労働者や臨時・非常勤等職員などでつくる全国2731単組、約90万人(2008年2月現在)の仲間が結集する産別組合です。

 10月の社民党100人の案内に続き、大口は2回目です。語りつぐ会の役員会で、200人を受け入れるための検討を行い、平和学習として案内出来るガマの中から、嘉数高台や辺野古などのコースを考え、その途中にある読谷のシムクガマや石川のヌチシヌジガマを案内することにしました。

 コースの下見をしながら、準備を万端にし受け入れを進めています。全国の仲間と交流するのが楽しみです。
 

トラックバック (0) | 

若い力!

2010年11月22日 | 報告
 みなさん、こんばんは!
 今日は午後から☂の予報でしたが・・(*^_^*)
 気温25℃ 見事に晴れましたぁ〜。

 昨日まで案内してた神奈川県の仲間の皆さんも
 今日は仕事で頑張っている事と思います。
 (本当にお疲れ様でした)

 神奈川県からの青年活動家の皆さんを無事
 辺野古まで案内する事ができました。

 若い人達と一緒にガマ〜基地〜辺野古まで!
 皆さんの真剣な眼差しに私も若い(今も気持ちは20才ですか(^v^))
 頃を思い出し・・・すごく感動してしまいました。
 そして、元気をいっぱい頂きました。

 離れていても同じ空の下で!
 未来の子供達の為しっかり平和を築く運動頑張っていきましょうね。

                                  (byふみよ)




トラックバック (0) |