語りつぐ沖縄平和の会

沖縄でガマや基地の案内をしています。
一緒に平和を考えませんか。

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 沖縄県知事選挙、翁長氏擁立について

2014年07月26日 | 選挙関連
 沖縄のそして日本の未来を決める11月の沖縄県知事選挙、①辺野古新基地建設反対 ②オスプレイ配備反対 などの基本政策を確認し、「翁長雄志」那覇市長を統一候補として、県議会野党側と那覇市議会翁長支持派、県経済界有志そして翁長市長自身も出馬に向けた決意を固めました。

 本土復帰前の1968年、行政主席選挙、立法議員選挙、那覇市長選挙が行われ、革新側が勝利した。米軍政に立ち向かう「島ぐるみ闘争」、その後の「復帰闘争」大きな運動の直々に行われる選挙に、沖縄の革新共闘(社会党・共産党・社大党+労働団体)は、強さを発揮してきました。一致する候補者が選定できなくて共闘が崩壊したこともありました。

 革新共闘は、大田革新県政を最後に無くなりましたが、その精神は今も、脈々と生きています。反自公勢力としてまとまった時期もありました。保守側との政策調整において、革新内部でも数々のジレンマと闘いながら、意見を集約してきました。沖縄における現在の政治勢力は、保守勢力が圧倒しており、革新勢力だけでは1対1の首長選挙や国政選挙は勝てません。無党派層の圧倒的な支持が得られる候補者か保守勢力からも支持が得られる候補者を選出する必要がありました。糸数けいこ参議院議員は前者であり、今回の翁長氏は後者になります。

 保守政治家である翁長氏は、小泉構造改革路線を那覇市役所で実践し、市民から圧倒的な支持がありますが、労働組合側からは反発もあります。それでも、この2年間の翁長氏の基地問題についての政治姿勢を革新側も評価し、大同団結をしています。保革で対立が大きい基地政策が合意されていますので、それ以外の福祉・教育・環境・経済・雇用政策も急ぎ合意しないといけません。新自由主義路線の弊害が顕著に表れている中、その是正をどうするかがカギになると思います。

 私も個人的な葛藤をしつつも、沖縄の未来のために県知事選挙を勝利しないといけませんし、同時に行われる那覇市長選挙についても、全力投球をしていきたいと思います。

 沖縄の未来は、オキナワが決める! 巨大な国家権力に対して、全国の仲間の暖かな支援をよろしくお願いします。(事務局次長 平良)

 
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「沖縄から反基地運動のうねりをつくり、護憲勢力の結集を!」

2014年06月03日 | 平和への思い
5月18日(日)の平和行進県民大会のアトラクションで、冲音教・日音協が披露する構成詩の 元原稿です。
この思いを、歌と一緒に20分間でまとめていきました。県民大会は、雨で中止となりましたが、6月の「はたらくものの音楽祭」で、披露することになりました。

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1945年、沖縄に鉄の暴風が吹き荒れました。民間人を巻き込んだ唯一の地上戦である沖縄戦は、本土防衛の為の捨石作戦であり、日本兵による県民虐殺、避難民のガマからの追い出し、軍誘導による集団自決など、人間が人間であることを無くした、様々な悲劇が起こりました。沖縄県民は、この体験から、戦争に被害者も加害者もない、二度と同じ過ち、戦争を起こしてはいけない、戦争につながるすべてのものを忌避する意識を確立しました。

 1952年4月28日 サンフランシスコ平和条約により、日本の独立が回復しましたが、沖縄、奄美、小笠原は、切り離されました。それ以来、米軍の銃剣とブルドーザーによる土地の強奪、米軍の軍事優先政策に起因して、事件・事故も多発しました。6歳の女の子が米兵に暴行・殺害された事件など多数の少女レイプ事件、青信号で渡った中学生をひき殺した米兵が無罪になる事件、石川市の宮森小学にジェット戦闘機の墜落事故は、11人の児童を含む17人の死者、121人の重軽傷者を出しました。読谷村では、パラシュート降下訓練で空から落ちてきた米軍のトレーラーで、民家の庭先で遊んでいた小学校5年生の女の子が亡くなりました。繰り返される米軍・軍人による事件・事故への怒りは、島ぐるみ闘争となり、平和憲法のもとに帰るという復帰闘争に発展しました。

 これ以上の沖縄の米軍統治は無理と判断した、日米両政府は密約を行い、沖縄の基地はそのままにした、沖縄の本土復帰を1972年5月15日に行いました。平和憲法のもと基地のない平和な島沖縄を夢見た県民の期待は裏切られ、日米安保条約のもと、今でも7割以上の米軍基地が、沖縄に押しつけられ、オスプレイの配備による、新たな基地被害に苦しめられています。普天間基地の辺野古移設強硬など、なぜ、沖縄にだけ基地を押し付けるのでしょうか。

 民主党政権から安部政権となり、経済政策の期待から衆参両議院で自公が多数を形成し、新自由主義路線回帰、貧富格差の拡大、中央集権化、秘密保護法の制定、武器輸出原則化、憲法改悪など、これまでの平和憲法をないがしろにし、戦争ができる国づくりがすさまじい勢いで、行われています。

 沖縄にだけ基地を押し付けて平気な日本国に対し、ウチナーンチュの誇りを胸に、私たちは民族の自己決定権を訴えています。また、全国の仲間と連帯し、護憲勢力を再結集させ、戦争ができる国づくりをやめさせなければいけません。 
「私たちの未来は、私たちの手で、戦争のない平和な世界をともにきずこう」

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 上記を構成詩としてまとめた原稿は、次のとおりとなりました。


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2014県民大会 アトラクション 未発表
「沖縄から反基地運動のうねりをつくり、護憲勢力の結集を!」

A 1945年 沖縄に鉄の暴風が吹き荒れ、日本兵による住民虐殺、ガマからの追い出し、集団自決など、県民は、人間が人間であることを無くした悲惨な戦争を体験しました。

オープニン『ニライの海』 1番、2番 独唱  間奏をBGMにしてMCが入る

B 1952年サンフランシスコ条約により、日本は『主権』を回復しましたが、沖縄は、日本から切り捨てられ、米軍の銃剣とブルドーザーによる土地の強奪など、戦後の多難な歴史が始まりました。

『ニライの海』3番

C 米兵による女性のレイプ・殺人、米軍ジェット戦闘機の墜落事故、米軍による繰り返される事件・事故への怒りは、島ぐるみ闘争となり、平和憲法のもとに帰りたいという復帰闘争に発展しました。

『沖縄を返せ』全員合唱 

D 日米両政府は、沖縄の米軍基地はそのままにした本土復帰を1972年5月15日に行いました。基地のない平和な島沖縄を夢見た県民の期待は裏切られ、日米安保条約のもと、米軍基地が沖縄に押しつけられ、オスプレイの配備による、辺野古新基地建設など新たな基地負担に苦しめられています。

E『日本国憲法』が詠う、『恒久平和』と人類の『平和的生存権』は、沖縄県民に適用されず、人権蹂躙はつづいています。そして、『日本国憲法』は、原発事故、格差社会、雇用危機がまかりとおるこの国で、いまこそ平和憲法の示す「人間の権利」をさけびましょう!(ヒーマンライツ! 人間の権利!)

『Human Rights』全員合唱

F 安倍政権は、中央集権化、秘密保護法の制定、武器輸出原則化、憲法改悪など、これまでの平和憲法をないがしろにし、戦争ができる国づくりがすさまじい勢いで行われています。

G 安陪政権は、沖縄の米軍基地を固定化強化し、日米軍事同盟を強化し、憲法9条の改悪、集団的自衛権の解釈改憲をおこなおうとしています。権力の暴走を止めるために、平和憲法を守りぬく、国民の決意が求められています。

『決意』全員合唱
 
ウチナーンチュの誇りを胸に、全国の仲間と連帯し、護憲勢力を再結集させ、戦争ができる国づくりをやめさせよう。
「私たちの未来は、私たちの手で、戦争のない平和な世界をともにきずこう」

『平和の日々を取り戻そう』全員合唱

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あの、復帰は何だったのか、2014沖縄平和行進

2014年05月21日 | 平和への思い




1945年、沖縄に鉄の暴風が吹き荒れました。民間人を巻き込んだ唯一の地上戦である沖縄戦は、本土防衛の為の捨石作戦であり、日本兵による県民虐殺、避難民のガマからの追い出し、軍誘導による集団自決など、人間が人間であることを無くした、様々な悲劇が起こりました。沖縄県民は、この体験から、戦争に被害者も加害者もない、二度と同じ過ち、戦争を起こしてはいけない、戦争につながるすべてのものを忌避する意識を確立しました。





 1952年4月28日 サンフランシスコ平和条約により、日本の独立が回復しましたが、沖縄、奄美、小笠原は、切り離されました。それ以来、米軍の銃剣とブルドーザーによる土地の強奪、米軍の軍事優先政策に起因して、事件・事故も多発しました。6歳の女の子が米兵に暴行・殺害された事件など多数の少女レイプ事件、青信号で渡った中学生をひき殺した米兵が無罪になる事件、石川市の宮森小学にジェット戦闘機の墜落事故は、11人の児童を含む17人の死者、121人の重軽傷者を出しました。読谷村では、パラシュート降下訓練で空から落ちてきた米軍のトレーラーで、民家の庭先で遊んでいた小学校5年生の女の子が亡くなりました。繰り返される米軍・軍人による事件・事故への怒りは、島ぐるみ闘争となり、平和憲法のもとに帰るという復帰闘争に発展しました。

 これ以上の沖縄の米軍統治は無理と判断した、日米両政府は密約を行い、沖縄の基地はそのままにした、沖縄の本土復帰を1972年5月15日に行いました。平和憲法のもと基地のない平和な島沖縄を夢見た県民の期待は裏切られ、日米安保条約のもと、今でも7割以上の米軍基地が、沖縄に押しつけられ、オスプレイの配備による、新たな基地被害に苦しめられています。普天間基地の辺野古移設強硬など、なぜ、沖縄にだけ基地を押し付けるのでしょうか。

 民主党政権から安部政権となり、経済政策の期待から衆参両議院で自公が多数を形成し、新自由主義路線回帰、貧富格差の拡大、中央集権化、秘密保護法の制定、武器輸出原則化、憲法改悪など、これまでの平和憲法をないがしろにし、戦争ができる国づくりがすさまじい勢いで、行われています。

 沖縄にだけ基地を押し付けて平気な日本国に対し、ウチナーンチュの誇りを胸に、私たちは民族の自己決定権を訴えています。また、全国の仲間と連帯し、護憲勢力を再結集させ、戦争ができる国づくりをやめさせなければいけません。 
「私たちの未来は、私たちの手で、戦争のない平和な世界をともにきずこう」

歩いて、歌って、雨に濡れて、平和を考えた、平和行進でした。
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2014沖縄平和行進の案内

2014年05月05日 | 平和への思い
 

 悲惨な沖縄戦を体験した県民は、2度と戦争を起こさないために、「命ど宝」と戦争につながる一切のものに反対してきました。米軍政時代には、米軍による銃剣とブルドーザーによる土地の接収や人権侵害、命まで奪われた沖縄、基地のない沖縄、平和憲法のもとに帰ると復帰闘争が闘われ、これ以上の米軍統治は無理と判断した米軍は、日米安保条約のもと、沖縄が日本に復帰をした1972年5月15日以降も居座り続けています。
 あれから42年が経ち、県民が望む基地のない平和オキナワには程遠く、日本政府の沖縄への基地押しつけは、沖縄差別であるとの認識が県民に広がっています。

 安倍政権による秘密保護法制定、憲法改悪、戦争が出来る国つくりが進む中、本土復帰とは何だったのかを問い、全国の皆さんと連帯し、基地のない平和な沖縄をめざす5・15沖縄平和行進が今年も行われます。

 「脱基地」「脱原発」の社会を共に実現させるために、日本を戦争が出来る国にしないために、取り組みを進めていきます。

 多くの皆様の参加を呼びかけます。一緒に、歩きませんか!(事務局次長 平良昌史)


ピースアクション2014 復帰42年  5・15平和行進日程

5月15日(木)15:00~16:30 全国結団式 パレット市民劇場


5月16日(金) 9:00~10:00/辺野古の浜(名護市)辺野古新基地建設を止めよう! 5・15平和行進出発集会(3コース合同)


東コース 12:00宜野座村役場→17:00キャンプ・ハンセンGATE1(金武町)

西コース 13:00~13:20出発式 読谷村役場→17:00嘉手納町民広場

南コース 13:00~13:20出発式 糸満西崎運動公園→17:00ひめゆりの塔(糸満市)


5月17日(土) 09:00~09:30出発式

東コース 米軍天願桟橋(うるま市)→12:00うるま市栄野比公民館→17:00嘉手納安保の見える丘

西コース 沖縄市役所→12:00北谷町役場→17:00北中城村役場

南コース 平和祈念公園平和の火(糸満市)→12:00南城市中央公民館→17:00南風原町役場

5月18日(日) 09:00~09:30
普天間基地包囲コース出発式(3コース合同)/宜野湾市役所
普天間基地を即時閉鎖、県外・国外移転を実現させよう!

北ウイング 南ウイングに分かれて行進

12:30宜野湾海浜公園屋外劇場に到着/12:30~14:00昼食・休憩・イベントなど
14:00~ 15:30 5・15平和とくらしを守る県民大会(宜野湾市海浜公園屋外劇場)

 
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ALL 沖縄の再構築と若者対策を!

2014年04月28日 | 平和への思い
 昨日の沖縄市長選挙、マスコミ出口調査によれば、20代の7割が自公候補に投票したとのことだ。このあたりが今後のキーポイントになると思います。
 東京都知事選挙においても、投票した5割が右翼の候補者に投票しました。貧困格差が拡大し、それが、維新の会や安倍の支持につながっているように、沖縄においても、基地問題の争点が隠された中、「自民・公明・維新・民主」が推薦する候補者に経済活性化の期待が投票行動につながったようです。
 しかし、アベノミクスや労働規制緩和、企業減税など、産業界が求める経済政策は、国民への負担増、貧困格差の増大、ブラック企業の増大につながる政策であり、そうした事実が、若者をまたまた、右翼に走る結果となります。
 私も、こうした流れをどうしたらよいだろうかと、自分なりに考えていますが、妙案はありません。
 権力者と闘うか、権力者に迎合するか。いつの時代でもどこの地域にも起こっています。権力者が起こした戦争により、やっと目が覚めるのでは、遅すぎます。
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4/19辺野古の座り込み10周年

2014年04月20日 | 平和への思い




 1997年12月21日に「米軍普天間飛行場の返還に伴う新たな海上基地建設の是非を問う名護市民投票で、辺野古への新基地建設反対の民意が示されたにもかかわらず、当時の比嘉市長が、普天間ヘリ基地の受け入れを表明した後辞任し、ヘリ基地移設容認の保守首長のもと10年前の4月19日の夜明け前の暗闇の中、新基地建設に向けたボーリング調査が強行されようとしたが、泊まり込んでいた多くの住民・市民が抵抗し、追い返されました。

 その日から始まった海岸での座り込みと、海上阻止行動。あれから10年が経ちました。ヘリ基地移設反対行動じたいは、17年になります。

 政府自民党の圧力に屈し、仲井眞知事や自民党沖縄県連が、辺野古移設容認に転じ、日本政府は、強硬姿勢で何が何でも辺野古新基地建設をおし進めています。そうした強硬姿勢に対して、オール沖縄での反対姿勢で、今年1月の名護市長選挙に稲嶺市長の再選で勝利しました。

 

 4月19日、「辺野古の座り込み10周年の 海上パレード」の前に、ヘリ基地反対協や地元長老たちによるウガンが行われました。
 この日ために、カヌーを練習してきた、「チーム琉球」の皆様に、これからの琉球の未来を見ました。



 戦後、銃剣とブルドーザーで土地を強奪された沖縄、そのときの島ぐるみ闘争が、復帰闘争に発展し、米軍の人権侵害に対して、沖縄人の誇りをかけて闘った先人たちの歴史を受け継ぎ、いま、新たな基地建設を許さない、決意がみなぎっています。
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『標的の村』普天間上映会4/12 ~君の知らないOKINAWA 知ってほしい沖縄~

2014年04月07日 | 平和への思い


映画『標的の村』普天間上映会
~君の知らないOKINAWA 知ってほしい沖縄~
 日時:4月12日(土曜)1回目 15:00開演(14:15分開場)
                2回目 18:30開演(18:00開場)
 会場:宜野湾市中央公民館(市民会館2階)
 主催:映画「標的の村」普天間上映実行委員会

映画「標的の村」普天間上映実行委員会に、「語りつぐ沖縄平和の会」賛同団体として参加し、私(平良)も実行委員の一人として参加しています。 事務局は、「プロジェクト オー」の事務所の中を間借りして、設置されています。

 普天間基地のある宜野湾市で平和の種をまけば、それに水をかける人も出てくる、肥料を上げる人も出てくる。花が咲けば、また新しい種が出来る。実行委員の小橋川さんが言った言葉です。まずは、行動することが大事です。


 


先日行われた、標的の村普天間上映キックオフ会の記事です。
今日のタイムスの地方のページにのっていました。
 たくさんの人に見に来てほしいです。



上映する宜野湾市公民館の下見をしています。
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消費税アップ、今日から4月

2014年04月01日 | おしゃべり

 今日から新しい年度の始まり。各会社には、フレッシュな皆様や人事異動で、新しい職場に対する期待と、新しい職場に溶け込めることができるかとの不安が、入り混じった、微妙な4月1日ではなかったでしょうか。

 特に、社会人一年生は、緊張した面持ちでした。聞いてみると、期待と不安では、不安のほうが大きいのではないでしょうか。

 そこは、職場の先輩としてリラックスさせることを心がけながら、話しかけたいと思います。

 4月1日から消費税が 5%→8% に変わるということで、3月は、買いだめに走る人も多く、ワードショーも特集を組んでいました。
 ビールをたくさん買い込んでいる人もいましたが、ビールは新鮮さが命、たくさん買いすぎて賞味期限が切れないか心配です。

 アベノミクスの賞味期限もそろそろ切れるころです。安倍首相が行う成長戦略は、一部業界へのカンフル剤でしかありません。
 一部業界がうるおっても、格差が拡大するだけで、国民全体が豊かになることはありません。

 格差の拡大が、近隣諸国への憎悪に転換されたり、更なる弱者に憎悪がむけられたり、歴史が歩んだ道を、また歩き出そうとしています。
 そうならないように、気持ちも新たに、頑張る決意を固めた一日でした。
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4月1日、米軍本島上陸 2つのガマで起きたこと

2014年04月01日 | 出来事
 今日、4月1日は、米軍が沖縄本島の読谷村に上陸した日です。

 読谷村村にある自然洞窟である「チビチリガマ」と「シムクガマ」には、たくさんの住民が避難していました。

 2つのガマに避難した住民は、同じように皇民化教育を受け、同じように避難し、同じように米軍に発見され、
同じように砲撃され、同じように抵抗し、同じように精神的、肉体的に追い詰められていました。

 私たちは、平和団体や労働組合の沖縄戦学習ツアーの平和ガイドをするときに、若きリーダーたちに、その違い
何だと思うかを聞きます。

 チビチリガマのリーダーは、元軍人や元看護婦などで、「投降は許さない」「生きて虜囚の辱めを受けず」と、
真っ先に「自決」という言葉を口にし、住民をそこに誘導しました。
「米軍は鬼畜だ、捕まったら何をされるか分からないぞ」「女は犯され、男は戦車でひき殺される」と、日本軍
が中国でやってきたことと、同じことをされると信じ込んでいました。

 一方シムクガマの二人のリーダーは、ハワイ帰りの人で、ガマの中で、「米軍は鬼畜だ、自決したほうがマシだ」
と言う人たちに、ハワイ帰りの二人は「命(ぬち)る宝」と言い、米軍との交渉に行き、「米軍から抵抗さえしなけ
れば殺さない事を約束してくれた」と伝え、シムクガマの人々は無事に米軍に収容されました。

 極限状態になったときに、リーダの判断が、生と死を分けるものです。

 いま、情報が操作され、憲法改悪の動きが強くなっています。「永遠の0」に涙する人が多いのですが、国のた
めに死ぬことの怖さを忘れています。

 一人一人が、こうした状況にどう対処するのか、問われています。(事務局次長 平良昌史)
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映画「標的の村」 普天間上映会 のアイドル 

2014年03月18日 | 平和への思い


映画『標的の村』普天間上映会
~君の知らないOKINAWA 知ってほしい沖縄~
 日時:4月12日(土曜)1回目 15:00開演(14:15分開場)
                2回目 18:30開演(18:00開場)
 会場:宜野湾市中央公民館(市民会館2階)
 主催:映画「標的の村」普天間上映実行委員会

 プロジェクト オー の カカシ君  
 アイドルに決定!
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