えらく久しぶりになりましたが、ゲームの話はこれで最後です。もっと続けるつもりでしたが、やっぱり止めます。言いたい事が出てくれは、また書くかもしれませんが。
僕が初めてファイナルファンタジーというゲームに触れたのは、友達に「ファイナルファンタジーX」を借りてやった時でした。僕はRPGでは、ドラクエ以外には、ポケモンぐらいしかやったことがなく、そんな僕には、そのゲームはかなりの衝撃でした。
プレイしてすぐに、ストーリーに引き込まれました。ストーリーを進めるのが楽しくて、ついつい長時間やってしまいました。要するに、はまったわけです。しかし、しばらくやっているうちに、何か不満が現われるようになりました。中盤ぐらいになってようやく気づきました。それは「自分はゲームをしていない」ということでした。
つまり、僕はストーリーを見ることにはまり、ストーリーを進めることに熱中していたわけですが、本来僕は「ゲーム」がしたかったわけで、「ゲーム」をほとんどしていない自分に気がつき、「これはだめだ」と思ったわけです。FF10の場合、自由度が極端にありません。前の村に戻るのも一苦労ですし、そもそもフィールドが一本道です。進むしかありません。終盤になってようやく、飛空挺を手に入れ、自由に動けるようになりました。強さの限界突破で、能力を上げまくるのにもはまりました。そこは本当に、ゲームとして楽しかったです。しかし、振り返ってみると、それ以前はつまらなかったなあと、心底思えました。
何が言いたいのかというと、僕は、ストーリーを否定するわけではありません。小説のハリーポッターは好きですし、マンガのONE PIECEも大好きです。しかし、FF10はゲームです。ストーリーを楽しみたかったら、小説、マンガ、映画など、いろいろあるじゃないですか。ゲームは「ゲーム」で楽しまないでどうするんだ!と言いたいわけです。
その後、10-2なるものもやりましたが、あれはいろんな意味で酷いゲームでしたね。8,9もやってみましたが、ストーリーの長ったらしさは相変わらずですが、まだ10よりましです。フィールドをわりと(?)自由に動けました。どうやら、FFは7が名作だそうですが、やる機会がありませんでした。12もやりましたが・・・・やっぱり自由度がないですね。戦闘システム等、いろいろ言いたいことはありますが、今回はやめときます。
技術の進歩に伴い、ゲーム機の性能も大きく上昇していきました。昔はドット絵で、カクカク動くことしか出来なかったものが、今では実写のような画像で、滑らかに動くようになりました。その性能を生かしてゲームを作った結果、今のようなゲームになっているわけです。技術の進歩が悪いとは言いません。その技術にものをいわせて、映画の領域に踏み込んでしまったのが間違いです。
元々、文化として、ストーリーを楽しむものはあるわけです。当然、おもしろいストーリーは評価されますよ。そういうものは売れるでしょう。でも、何度も言いますが、それは「ゲーム」ではありません。
ついでに、別の意味で、ゲームでないゲームを紹介しておきましょう。それは、アドベンチャーゲームや、ノベルゲームです。これらは、選択肢を選ぶだけの、ストーリーだけで構成されています。3つある「ゲームの定義」の、どれにも当てはまりません。なぜゲームと呼ばれているかというと、「ゲーム機」のソフトウェアとして販売されたからです。要するに、世の中の「ゲームの定義」は、ゲーム機のソフトで売られるものなんですよ。それっぽいのをPCで出しても、見た感じそれらと同じなので、「ゲーム」と呼ばれてしまいます。
個人的に、これをしっかり分離して欲しいなと思ってるんですが、残念ながら、すでに強固に括られてしまっていて、ほどけそうにありません。悲しいですね。
そして、終いには、ゲームでないソフトウェアまでも作られるようになりました。DSで出ている、勉強用のソフトのことです。これに関しては、僕は素晴らしいことだと思ってます。最初にDSが売られた時は、任天堂は何やってんだと思いましたが、タッチペンや2画面などの、新しいシステムを使ったことで、こんなソフトまでできてしまうわけです。ゲーム機で勉強ができるようになれば、ゲームの時間が少しでも勉強に向けられ、しかも効率よく学習できる(集中してやるため)わけです。
最後に、僕が今はまっているゲームの話をしときましょう。今はまっているのは遊戯王です。カードゲームの遊戯王です。ゲーム機でやる方ではありません。最初は懐かしさでやってましたが、今はだいぶ慣れて来て、ゲームそのものの楽しさでやってますね。PS3の、高度なグラフィックを駆使した3Dのゲームを、”今のゲーム”と呼ぶなら、遊戯王は”太古のゲーム”でしょう。カードなんてただの紙ですし、どうあがいても2Dです(アニメは別ですが)。でも、そのPS3のゲームに引けをとらない面白さがあります。
基本的に、アニメ、マンガ等で登場したカードを使って勝ちたい、という気持ちでデッキを組んで対戦するのが面白いですね。こういうプロレス的な楽しさが遊戯王の真髄ですが、時には勝ちにのみ拘って作る事も出来ますし、時には勝つ事には全く拘らず、単なる笑い、ネタとしてのデッキを組む事も出来ます。まあ、いろいろ問題もないわけではないんですが、十分良いゲームです。
結論:「ゲームとは、勝敗を争う事で楽しむ遊戯」です。これは絶対的な定義です。他の要素を付け足すことは勝手ですが、この本筋はしっかり通してくれないと、やっぱり”ゲーム”では無くなってしまうんです。ゲーム会社の方達は、理解している人は多いと思いますが、ちゃんとしたゲームを作る時は、ここをしっかり意識して作ってもらいたいと思います。
僕が初めてファイナルファンタジーというゲームに触れたのは、友達に「ファイナルファンタジーX」を借りてやった時でした。僕はRPGでは、ドラクエ以外には、ポケモンぐらいしかやったことがなく、そんな僕には、そのゲームはかなりの衝撃でした。
プレイしてすぐに、ストーリーに引き込まれました。ストーリーを進めるのが楽しくて、ついつい長時間やってしまいました。要するに、はまったわけです。しかし、しばらくやっているうちに、何か不満が現われるようになりました。中盤ぐらいになってようやく気づきました。それは「自分はゲームをしていない」ということでした。
つまり、僕はストーリーを見ることにはまり、ストーリーを進めることに熱中していたわけですが、本来僕は「ゲーム」がしたかったわけで、「ゲーム」をほとんどしていない自分に気がつき、「これはだめだ」と思ったわけです。FF10の場合、自由度が極端にありません。前の村に戻るのも一苦労ですし、そもそもフィールドが一本道です。進むしかありません。終盤になってようやく、飛空挺を手に入れ、自由に動けるようになりました。強さの限界突破で、能力を上げまくるのにもはまりました。そこは本当に、ゲームとして楽しかったです。しかし、振り返ってみると、それ以前はつまらなかったなあと、心底思えました。
何が言いたいのかというと、僕は、ストーリーを否定するわけではありません。小説のハリーポッターは好きですし、マンガのONE PIECEも大好きです。しかし、FF10はゲームです。ストーリーを楽しみたかったら、小説、マンガ、映画など、いろいろあるじゃないですか。ゲームは「ゲーム」で楽しまないでどうするんだ!と言いたいわけです。
その後、10-2なるものもやりましたが、あれはいろんな意味で酷いゲームでしたね。8,9もやってみましたが、ストーリーの長ったらしさは相変わらずですが、まだ10よりましです。フィールドをわりと(?)自由に動けました。どうやら、FFは7が名作だそうですが、やる機会がありませんでした。12もやりましたが・・・・やっぱり自由度がないですね。戦闘システム等、いろいろ言いたいことはありますが、今回はやめときます。
技術の進歩に伴い、ゲーム機の性能も大きく上昇していきました。昔はドット絵で、カクカク動くことしか出来なかったものが、今では実写のような画像で、滑らかに動くようになりました。その性能を生かしてゲームを作った結果、今のようなゲームになっているわけです。技術の進歩が悪いとは言いません。その技術にものをいわせて、映画の領域に踏み込んでしまったのが間違いです。
元々、文化として、ストーリーを楽しむものはあるわけです。当然、おもしろいストーリーは評価されますよ。そういうものは売れるでしょう。でも、何度も言いますが、それは「ゲーム」ではありません。
ついでに、別の意味で、ゲームでないゲームを紹介しておきましょう。それは、アドベンチャーゲームや、ノベルゲームです。これらは、選択肢を選ぶだけの、ストーリーだけで構成されています。3つある「ゲームの定義」の、どれにも当てはまりません。なぜゲームと呼ばれているかというと、「ゲーム機」のソフトウェアとして販売されたからです。要するに、世の中の「ゲームの定義」は、ゲーム機のソフトで売られるものなんですよ。それっぽいのをPCで出しても、見た感じそれらと同じなので、「ゲーム」と呼ばれてしまいます。
個人的に、これをしっかり分離して欲しいなと思ってるんですが、残念ながら、すでに強固に括られてしまっていて、ほどけそうにありません。悲しいですね。
そして、終いには、ゲームでないソフトウェアまでも作られるようになりました。DSで出ている、勉強用のソフトのことです。これに関しては、僕は素晴らしいことだと思ってます。最初にDSが売られた時は、任天堂は何やってんだと思いましたが、タッチペンや2画面などの、新しいシステムを使ったことで、こんなソフトまでできてしまうわけです。ゲーム機で勉強ができるようになれば、ゲームの時間が少しでも勉強に向けられ、しかも効率よく学習できる(集中してやるため)わけです。
最後に、僕が今はまっているゲームの話をしときましょう。今はまっているのは遊戯王です。カードゲームの遊戯王です。ゲーム機でやる方ではありません。最初は懐かしさでやってましたが、今はだいぶ慣れて来て、ゲームそのものの楽しさでやってますね。PS3の、高度なグラフィックを駆使した3Dのゲームを、”今のゲーム”と呼ぶなら、遊戯王は”太古のゲーム”でしょう。カードなんてただの紙ですし、どうあがいても2Dです(アニメは別ですが)。でも、そのPS3のゲームに引けをとらない面白さがあります。
基本的に、アニメ、マンガ等で登場したカードを使って勝ちたい、という気持ちでデッキを組んで対戦するのが面白いですね。こういうプロレス的な楽しさが遊戯王の真髄ですが、時には勝ちにのみ拘って作る事も出来ますし、時には勝つ事には全く拘らず、単なる笑い、ネタとしてのデッキを組む事も出来ます。まあ、いろいろ問題もないわけではないんですが、十分良いゲームです。
結論:「ゲームとは、勝敗を争う事で楽しむ遊戯」です。これは絶対的な定義です。他の要素を付け足すことは勝手ですが、この本筋はしっかり通してくれないと、やっぱり”ゲーム”では無くなってしまうんです。ゲーム会社の方達は、理解している人は多いと思いますが、ちゃんとしたゲームを作る時は、ここをしっかり意識して作ってもらいたいと思います。








