モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

第12回「かたち塾」のお知らせー「ジャコメッティの創作を楽しむ」

2017年06月09日 | 「かたち塾」
第12回「かたち塾」のお知らせ

タイトル―――ジャコメッティの創作を楽しむ
講 師――――笹山 央(かたち塾代表・工芸評論)
日 時――――2017年6月25日(日)午後3:00~
会 場――――国立新美術館内(東京都港区六本木)
受講料――――2,500円
受講者数―――10名様まで(要予約)
※ 美術館内カフェでレクチャーを行います。(観覧料 1,600円、飲食代は各自負担)
→ 六本木駅近くのカフェに変更
  どなたでも参加できます。

詳細は当塾のHPでご覧ください。
受講のお申込もHPからできます。


① 匙の女 1926年


② 女 1928年


画像①②の作品は、ジャコメッティの初期の制作です(1926~28年頃)。アフリカやオセアニアの民族芸術から影響を受けた制作と言われています。
一方はスプーンの形、他方は耕作農具の刃らしき形がモチーフになっています。
単にモチーフというよりは、ものの形を突き詰めたところで捉えていこうとする志向のようなものが感じられます。そしてそこに“用の美”が絡んでいるのですね。。

私は20世紀の現代美術の世界を開いていく主要な動因の一つとして、日本的「用の美」の影響があったことを提唱しています。
その作例のひとつとして、いつもジャコメッティのこれらの作品を挙げることにしています。
実際、ジャコメッティは日本美術や東アジアの美術の特徴を、とても深く理解していることが、彼の遺した言葉から伝わってきます。

今回改めて矢内原伊作の『ジャコメッティ』を読み返してみました。
前回は何十年も前だったので、今回初めて読んだと言ったほうがいいかもしれませんが。
ジャコメッティが毎日、矢内原をモデルにして絵を描いていたときのことが書かれています。実に、二ヶ月かけてるんですね。
この間の様子が、ある意味で克明に報告されているのですが、要約すれば、以下のような日々だったようです。
「 ジャコメッティはいつも、いまこそ真の仕事の入口にいる、いま一歩で真実を把握できる、という意識にかりたてられていた。そのために彼は瞬時も休むことができないのだった。と同時に他方、この絶大な労苦がまったくの徒労に帰するのではないか、自分の企てはもともと不可能な試みで、何の成果にも達しないのではないか、という恐ろしい危惧にとりつかれていた。そのためにも彼は瞬時も休むことができないのだ。「可能か不可能か、これを知るためにも仕事を続けなければならない」と彼は言った。究極のところ、これだけが仕事の継続を正当化する唯一の根拠だった。希望と絶望は交互にとめどなくふくれあがって彼を圧倒し、苦痛に喘ぎながら、彼は描き続けた。描き続けたということは、彼の場合、消し続けたということである。」


1956年のデッサン


ジャコメッティの創作の本質は、物事や人間を「真摯に見詰めていく」というところにあったように思います。
そこでレクチャーでは、「真摯に見詰める」とはどういうことかということについて、話してみたいと思っています。
国立新美術館のカフェです。 → 六本木駅近くのカフェに変更

[余談]
矢内原をモデルに絵を描いている間にも、ジャコメッティは毎朝、新聞数紙に眼を通し、何か事件が報道されるとコメントしたりしています。
矢内原の報告によれば、当時(1950年代)のアフリカや中近東の情勢もしっかりと見据えていたようです。
パリのアトリエに閉じこもるような生活を送りながらも、アンテナは高く掲げていたのですね。


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