現代社会・技術の評論・雑感

時論的に諸問題に持論を展開します

被曝労働を知ると原発問題の見方が変わる(参考文献付き)

2016-11-02 | 原発問題
目次

1. 原発は何が問題なのか
 1-1  原発が良くない理由は
 1-2  原発批判者たちの被曝労働の見方
2. 被曝労働の実態と問題点
 2-1  被曝労働はどこでいつ起きるか
 2-2  被曝労働による被害状況
 2-3  被曝労働はさけられないのか
 2-4  原発労働者は使い捨て
3. 被曝労働を知れば原発問題の見方が変わる
 3-1  まるで被曝労働がないかのように
 3-2  犠牲のうえに成り立っている電力はいらない
 3-3  竹田恒泰の発言
 3-4  樋口健二の発言
4. あとがき
補遺 被曝労働を知るための参考文献



1 原発は何が問題なのか

1-1 原発が良くない理由は
 原発(原子力発電所)のどこが問題なのか。これまでの私の考えは、「原発は事故が起きると大きな被害をもたらすから」「原発の使用済み燃料は捨場所がないから」であった。もっとも、私は原発問題については、新聞やテレビをみる程度で、それ以上の勉強はあまりしてこなかった。
 さて、そんな私が、あるきっかけで、今年(2016年)の2月から勉強をはじめた。まず、新聞記事をよくみるようにした。つぎに、図書館や本屋からたくさんの本を手に入れ乱読した。映像資料も手当たりしだいにみた。
 このようななか、2ヵ月ほどたった4月のある夜、「原発が良くない一番の理由は、原発労働者を被曝(ひばく)させるからではないか」と思った。事故による巨大な被害や10万年もかかる使用済み燃料の問題よりも、ということである。もちろん、ひらめいただけだったが、理由は、原発労働者の被曝による被害があまりにもひどいとわかったためである。
 ひらめいた日の翌日、私はたまたま古本屋に行ったが、そこで、竹田恒泰(作家)の『原発はなぜ日本にふさわしくないのか』(小学館、2011)を手にした。竹田は「原発が日本にふさわしくない三つの理由」の第一を「原発の安全は労働者の死に支えられている」からとしていた。
 私は竹田の本をみて力を得、それ以降、被曝(ひばく)労働、被曝労働者を中心に原発問題を学んできた。

1-2 原発批判者たちの被曝労働の見方
 原発を批判する人たちは被曝労働をどうみているのだろうか。
 原発問題に、原発に批判的な立場から20年、30年と取り組んできた学者、評論家、活動家たちはどうだろうか。私は彼らの書いた原発問題全体を扱った本をたくさんみた。しかし、そのほとんどは被曝労働にひと言もふれていない。たまに少し書いている人もいるが、せいぜい2~3頁どまりである。数頁以上を使ってしっかり書いているのは鎌田慧、竹田恒泰、樋口健二、藤田祐幸ほか数人だけだった。
 原発の専門家以外の人たちはどうだろうか。
 福島の事故後に、リーダーズノート社が「原子力発電所の運営について、あなたの主張があればお書き下さい」とネット上で問いかけたが、問題点として被曝労働が書かれているのは、93人(原発賛成者も含む)のうち1人だけだった(注1)。また、ネットでみても一般の人たちは被曝労働に関心が低いようだ。
 作家、詩人、ジャーナリストなどの文化人はどうだろうか。
 作家たちが原発について寄せた文章をまとめた本が2冊ある。ここには、合わせて95人ほどが原発に関する思いを書いているが、被曝労働を取り上げた人はわずかである。ただ、『いまこそ私は原発に反対します。』(日本ペンクラブ編、2011)には、しっかり被曝労働に目がいっている人が数人いた。私は、学者、評論家、活動家たちよりも、文化人のほうが弱者である原発労働者に目が向いていることを確認できた。これは他の情報も合わせての話でもある。


2 被曝労働の実態と問題点

2-1 被曝労働はどこでいつ起きるか
○被曝労働の起きる場所
 被曝労働が一番起きるのは原子炉格納容器のなかである。原発は原子炉圧力容器のなかでウラン燃料を核反応させ、熱を出し水蒸気を作りタービン(水蒸気のエネルギーを機械的力に変える機械)に送る。圧力容器は格納容器のなかにある。格納容器には圧力容器のほか、圧力容器とタービンをむすぶ配管など多数の機器・装置がある。パイプが多いため「パイプの森」とよぶ人もいる。
 圧力容器で核反応が起きると放射性物質ができる(放射能をもった配管から出た鉄粉など)が、これが配管の水や水蒸気で運ばれる。そのため、格納容器のなかの機器・装置はすべて放射性物質となっている。労働者は格納容器のなかに入るだけで被曝する。
 被曝は放射性廃棄物(放射能で汚染された廃液、格納容器からでた鉄くず、放射線管理区域で使った工具、被服など)の処理場などでも起きる。
(参考)圧力容器は縦22m、直径5.6mの円筒型で鋼鉄製、格納容器は縦33m、下部直径20mのフラスコ型、鋼鉄+コンクリート製(以上は一事例)

○労働者はいつ被曝するか
 格納容器のなかの放射線量が高くても、労働者がそこに入らなければ被曝しない。しかし、入らなければ原発は動かない。原発では高温高圧の水や水蒸気が配管を移動するが、このときに配管が磨耗する。そのため、定期点検で補修や取替えを行うが、そのとき労働者は格納容器に入り被曝する。配管以外の他の機器・装置についても同じである。定期点検のときは原発を停止させるが、停止しても格納容器内の全装置・機器から放射線がでている。新聞などをみていると、原発では事故のときだけ被曝するかのように思われる。しかし、巡回で格納容器に入っただけでも被曝する。「原発では毎日が事故」なのである。

2-2 被曝労働による被害状況
○被曝労働による死者は数百人~1千人
 原発で働く人の多い地域では「あの人は原発で亡くなった」「こちらの人も原発で働いて亡くなった」といった話がされているという。また、原発労働者を取材・支援している人たちも、被曝が原因で亡くなった人たちのことを報告している。しかし、被曝労働による死者数の統計はどこにもない。

 被曝労働による死者数を写真家の樋口健二と竹田恒泰が示している。
 樋口は死者数を約700人から1000人とみている。
「1970年から2009年まで原発に関わった総労働者数は約200万人、そのうち50万人近い下請け労働者の放射線被曝者の存在がある。死亡した労働者の数は約700人から1000人とみていい。(中略)
 私が約40年前に被曝労働者の取材を始めたとき、東電福島第一原発で働き、死亡した地元の労働者数が70人近かったことを考えての数である。また福井県でも地元の人で原発で働いて死亡した被曝労働者を調査した結果、30人近い人がこの世を去っていた」(注2)

 竹田は死者数を300人から600人程度としている。
「日本で原発が稼働を始めてから二〇〇八年まで、原発労働者の総被曝線量は三二〇〇人Svという数字が出ています。「人Sv」というのは……集団の総被曝線量を示す単位です。たとえば一Sv被曝した人が一〇〇〇人いれば、総被曝線量は一〇〇〇人Svになります。あるいは一〇〇〇mSv(正しくは一〇〇mSv-引用者注)被曝した人が一万人でも一〇〇〇人Svということになります。そして統計的な考え方では、どちらの集団でも同じ人数のがん死亡者が出るということなんです。
 低線量被曝のリスク評価はいろいろな機関が出しているんですけれども、この三二〇〇人Svをそれぞれに当てはめてみますと、おそくら三〇〇人から六〇〇人程度がすでに死んでいるというのが国際的な見方になります」(注3)(参考 mSvはミリシーベルト )
 これは竹田のオリジナルな見解ではない。原発を推進する政府(原子力安全・保安院)統計の総被曝線量を、国際的に評価の高い機関の基準に当てはめるだけで300人から600人になると示しただけである。これまで、藤田祐幸(物理学者)らが指摘していたことである(注4)。

 樋口の700人から1000人と、竹田の300人から600人の差の理由はなにか。私にわかるのは2つである。ひとつは竹田の死因はがんのみだが樋口には限定はない。つぎは、政府統計の総被曝線量には計測もれが相当あること。これについては2-3でふれる。

○被曝労働による体調不良者数は
 日本の原発で被曝で即死した人はいないようだ。しかし、被曝した労働者は、早い人なら数日後に頭が痛いとか腰が痛いなどいろいろな症状がでてくる。そして、もう少したつと、だるくて「体が動いてくれない」「何の仕事をしても長続きしない」などの症状がでる。これは「原発ブラブラ病」とよばれる被曝特有の症状である。もちろんこれ以外の症状もいろいろある。
 被曝労働による体調不良者はどのくらいになるのだろうか。ここでも公表された数値はない。私は推定死者数(300~1000人)の100倍くらいになると思っている。

2-3 被曝労働はさけられないのか
○被曝防止対策は決められている
 被曝労働による健康被害は多大である。では、国や電力会社は対策をとっていないのだろうか。当然、とっている。
 原発労働者は、1年間の被曝線量は50ミリシーベルト まで、5年間で100ミリシーベルト までと決められている。労働者は放射線管理区域に入る時は数個の測定器を身につける。そのうちの一つは、当日の予定線量にたっしたときアラームが鳴るが、そのとき作業を中止しなければならない。また、作業場所の放射線の強さに応じて、服の種類やマスクの種類(顔全面か半面か)が決められている。労働者は一定の健康診断も義務づけられている。(参考 一般人の被曝線量限度は1年間で1ミリシーベルト )

○規制を守っていては仕事にならない
 被曝防止のための規制はいろいろあるが、これらは、ある程度しか守られない。労働者はアラームが鳴っても働きつづけることがある。また、測定器を自分の身から離し放射線の低い所におき働くこともある。さらに、しばしば、これらを上司が指示している。
 では、どうしてこういったことが起きるのか。
 根本的なことは、保守作業を請け負った会社は、仕事を完成させてお金がもらえるのである。「社員が限度まで被曝したので仕事はできません」では通じない。そのため、仕事の進行が優先され被曝管理は二の次になる。これは、個々の労働者も似た状況にある。

○被曝しやすい他の状況
・放射線は見えないし匂いもしない
 少しあびても病気につながり、たくさんあびると死にいたる放射線だが、見えないし匂いもしない。熱くもなく圧力も感じない。そのため労働者は危ないとわかっていても、ついつい油断して過剰な放射線をあびてしまう。
・現場が暑くてマスクをはずす
 放射線の高い現場ではマスクをつける。放射性物質(チリなど)を吸わないためである。しかし、現場は30~50度と暑いところが多く、労働者は暑苦しく、息苦しいためマスクをはずしてしまう。
・放射線の知識が不足している
 放射線は見えなくても、また現場が暑くても、労働者に放射線の危険性の知識が十分にあれば、規定外の働き方は少なくなる。しかし、知識がほとんどない人もいるという。また、ある程度は知っていても十分でない人も多いようだ。

 電力会社には放射線教育が義務づけられている。しかし、その内容は、「原発内の放射線管理はしっかりしているから心配いりません」とか「低線量の放射線をあびることはかえって体によい」といったものが多いという。もっとも、「安全教育をきちっとやったら、ほとんどの労働者は仕事をしないで逃げ帰りますよ。現にたいした教育も受けないうちに恐ろしくなって帰ってしまったのがおるんですから」と、自らも被曝した梅田隆亮さんは語っている(注5)。こういった報告は多数ある。

2-4 原発労働者は使い捨て
 原発労働者が「おれたちは使い捨てだ」と言うことがある。また、支援者たちもこうした見方をする。どうしてだろうか。4つにしぼってみておこう。
○放射線をあびること
 なんといっても被曝である。前述したように原発労働者には、1年間に50ミリシーベルト まで、5年間で100ミリシーベルト までの規定があるが、この数値は、これ以下なら健康に影響がないというものではない。このくらいでなければ原発産業が成り立たないといった観点から決められたものである。浜岡原発で働き、1991年に29才で白血病で亡くなった嶋橋伸之さんは、労災認定されたが、彼の累積被曝線量は50.93ミリシーベルト である。樋口健二は「わたしが取材してきた労働者たちは、50ミリシーベルト を超えて被ばくしているひとはほとんどなく、20~40ミリシーベルト 以下の被ばくでも、がんや白血病、そのほかの病気になり、苦しみを背負いながら亡くなっていきました」と書いている(注6)。

○フォローがない
 被曝の影響は数日後に出る人もいれば、10年、20年してから出る人もいる。しかし、退職してしまえば、かって勤務した会社から「体調はどうですか」と聞いてくることはない。病気になればすべて自己負担である。
 同じ被曝者でも広島・長崎の人は、被爆者手帳が交付され国費で健康診断を受けられる。また、労働者安全衛生法のもと、がんの恐れのある石綿業務に従事した人などに交付される健康管理手帳も、原発労働者にはわたされない。この手帳があると退職後も全国どこにいても定期的に健康診断が受けられる。

○事実を語れない
 被曝に苦しんでいても、そのことを発言できれば、なんらかの道ができるかもしれない。しかし、原発労働者は自分の職場のことや被曝の事実などを公に語れない。もっとも規制する法律があるわけではない。「親戚が原発で働いている」などで言えないこともある。また、使用者が朝礼で「仕事のことは外で話さないこと。マスコミの取材は受けないこと」などと指示することもある。2011年の事故後の福島第一原発でのことであるが、ある二次下請会社の労働契約書には「……本業務を行うに当たり……知り得た情報……は、厳に機密を保持するものとする。また、各種報道機関からの取材は、業務情報の如何に関わらず一切受けないものとする」と書かれていた(注7)。
 下請会社が発言を妨害するのは電力会社への配慮であるが、その先には、労働の実態が知れると、国策である原発をつづけられなくなるとの国や電力会社の危機感がある。

○雇用保険がない
 原発の保守作業の大半は、下請会社の労働者が行っている。そして、被曝の危険が高くかつ放射性物質をとり除く作業(除染)などの単純作業は、孫請け、ひ孫請けの労働者が受けもっている。ところが、彼らの一部は雇用保険に加入していない。解雇されても失業保険がないのである。健康保険、厚生年金に未加入の人も多い。また、原発では多重下請構造のもとで労働者が集められるため、末端に位置する労働者はピンハネで賃金も低くなっている。


3 被曝労働を知れば原発問題の見方が変わる
 本稿の目的は被曝労働を知ってもらうことである。私は、被曝労働を知れば原発問題の見方は必ず変ると思っている。ここでは、それに関連したことを4つみておこう。

3-1 まるで被曝労働がないかのように
 福島県の富岡町に住み、長年、反原発活動をしてきた石丸小四郎らは次のように書いている。
「東京電力との交渉の経験から、東電は環境汚染問題も嫌うが、一番嫌うのは被曝労働問題であることがわかった。それは自分たちの最大の弱点であると認識しているからであろう。また、自分たちの仲間もそこで働いているという弱みもあるからである」(注8)
 私は被曝問題を調べはじめて日が浅いが、「ああそういうことか、これが真相か」と思った。
 原発批判者たちは被曝労働問題をどう扱っているのだろうか。1-2でみたように、原発を全体的に扱った本には、ほとんど被曝労働のことは書かれていない。何十冊かみてたまに記事がある程度である。また、原発問題の集会も同じではないか。私が出たいくつかの集会では被曝労働についての発言は皆無に近かった。
『原発労働者』(講談社、2015)を書いた寺尾紗穂は、取材のため原発労働者を探したが、そこで感じたことを次のように書いている。
「各地にある反原発の団体はその土地の原発労働者とつながっているのではないか、との思惑からあちこちに電話してみるも、実際の労働者とつながっている団体はほとんどなかった」
「再稼働を急ぐ原発推進派だけでなく、ほとんどの原発反対派も、現場の声は拾えていない」
「現場で何が起きているのか。日常の労働がどのようなもので、彼らが何を感じているのか。本来一番耳を傾けねばならない人たちの声から遠いところで、原発の議論は進んでいる」(注9)
 原発批判の多くの活動は、電力会社が一番いやがるところ、即ち、原発労働者の放射線被曝、樋口健二のいう「原発の最大のアキレス腱」(注10)をはずして行われている。まるで被曝労働がないかのようにである。

3-2 犠牲のうえに成り立っている電力はいらない
 被曝労働のことは知りにくい。書店でも、図書館でも被曝労働のことを書いた本はみつけにくい。しかし、努力してたどり着けば、あとはそれを読むだけで、被曝労働を知り、自信をもった原発観をもつことができよう。
 くりかえすが、私は被曝労働を知れば原発観が変わると思っている。それは、私自身がそうであったこともあるが、堀江邦夫の『原発ジプシー』(現代書林、2011)や樋口健二の本の読者感想文を、ネット書店アマゾンのサイトでみたからである。そこには、原発観が変わったといった感想文がたくさんある。3つだけ紹介しておこう。
「この本を読んで、これまで原発で被曝された方々に申し訳なく思い、こんな犠牲のうえに成り立っている電力はいらないと思った」(本は堀江『原発ジプシー』、岬さん)
「読んでみて驚いた。というか原発に関する認識が完全に変わった。広瀬隆氏の「福島原発メルトダウン」を読んでショックをうけた後だけどそれでもさらに完全に変わった」(本は樋口『闇に消される原発被曝者』、sanjunioさん)
「私は、節電には、積極的に取り組んでいるが、本書を読んで、稼働40年で原発廃炉を目指すべきとの思いをより強くした」(本は寺尾紗穂『原発労働者』、正義の味方さん)
 本一冊の力で原発観が変わるのである。

3-3 竹田恒泰の発言
 私は竹田の次の発言を読んだときびっくりした。
「それでも原発を推進したい人は、次のように安全性を主張すべきだろう。そうでなければフェアではない」
「日本の原子力発電では、労働者は年間5人程度しか癌で死亡していません。これまでに、たった数百人しか死んでいないのです。これからも原発労働者が被曝して死亡するおかげで、原発は『安全』に運転することができます。どうぞご安心ください」(注11)
 竹田が反原発論を唱えるようになったのは、つぎの二つの経験を通してでもあるという。「その一つは、野宿者の支援活動を通じて、野宿者を原発で働かせて被曝させていた実態を知ったこと。もう一つは、イラクを訪問して劣化ウラン弾の放射能汚染による障害で苦しむ子ども二人の最期を看取ったことである」(注12)。その竹田だからきびしい言葉を書けたのだと思う。

3-4 樋口健二の発言
 原発の本質について
「原発の宿命は、人間の手作業なくして一日たりとも動かないところにある。労働者たちは原発内作業で日常的に被曝し、放射線被曝特有の症状やがん、白血病で日々苦しんできた」
「原発の本質はなんといっても、弱者(下請労働者)を犠牲(放射線被曝)にしなければならないということである」(注13)
「鉱毒など昔からさまざまな公害や労働災害がありますが、原発ほどの暗黒労働はない。放射線渦巻く中に底辺労働者を突っ込んで収奪し、殺していく産業です。なにがなんでもなくさないといけない。命をかけてもなくしたいと思っています」(注14)
 ここで樋口は原発のことを、人を「殺していく産業」といっている。長年、被曝労働者をてってい的に取材したからこそ言えるのだと思う。

 原発問題への取り組み方に関して
 つぎは樋口が1989年に書いたものである。
「(安全性論議は-引用者注)原発の危険性や廃棄物貯蔵などを論じるわけで、無意味では決してないが、それだけで原発の本質的問題は解決し得ないのはいうまでもない。なぜなら、原発が爆発、ないしそれに近いアクシデントさえなければ問題ないというような論議以前に、原発内労働者が日常的に放射線被曝者となっている現実は、棚上げされたままだからである。
 平和利用といいながら被曝者を生み出す原発そのものが問われて、はじめて問題の糸口につこうというものだ。
 原発の最大のリスクである「原発内下請け労働者の放射線被曝」こそ、全国民が今、真剣に取り組まねばならない問題ではないか。
 技術論やエネルギー問題はまず、人権問題を最初に片づけてからやるべきもので、歯車がどこかで狂ったまま、先行しているとしかいいようがない」(注15)


あとがき
 2016年10月現在で、日本で稼動中の原発は鹿児島の川内と愛媛の伊方だけである。そのため、被曝労働はもう終わりではないかと感じる方がいるかもしれない。しかし、福島原発の収束作業、各地の除染作業、廃炉の作業で被曝労働は続いている。この先、被曝労働は消えずに長く続く。
「原発は差別で動く」と言われている。差別されるのは、ウラン採掘地域の人、原発立地地域の人、原発労働者、核廃棄物貯蔵施設の人、などである(注16)。このうち、ここで取り上げたのは原発労働者のみである。
 私は、今回、短い期間ではあったが原発労働を調べてみた。そこでの私の結論は「原発労働は労働として成り立たない」ということである。漫画家の水木しげるは、原発労働の話を聞き「まるで戦場のようですな」と言ったが、そのようなものなのだろう。この点だけからでも、原発は長く続くはずはなく、続けさせてはいけないものだと思う。

〔注〕
1 リーダーズノート編集部『原発・放射能クライシス』リーダーズノート、2011、330頁
2 樋口健二『原発崩壊 樋口健二写真集』合同出版、2011、87頁
3 西尾幹二、竹田恒泰『女系天皇問題と脱原発』飛鳥新社、2012、259頁
4 藤田祐幸『知られざる原発被曝労働』岩波ブックレット、1996、57頁
  広瀬隆、藤田祐幸『原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識』東京書籍、2000、298頁
5 樋口健二『新装改訂原発被曝列島』三一書房、2011、50頁
6 樋口健二『原発被ばく労働を知っていますか?』クレヨンハウスブックレット 、2012、14頁
7 日本弁護士連合会編『検証原発労働』岩波ブックレット、2012、59頁
8 石丸小四郎他『福島原発と被曝労働』明石書店、2013、84頁
9 寺尾紗穂『原発労働者』講談社現代新書、2015、1頁
10 樋口健二『原発崩壊 樋口健二写真集』合同出版、2011、105頁
11 竹田恒泰『原発はなぜ日本にふさわしくないのか』小学館、2011、136頁
  竹田恒泰『これが結論!日本人と原発』小学館新書、2012、181頁
12 竹田恒泰『原発はなぜ日本にふさわしくないのか』小学館、2011、54頁
13 樋口健二『原発崩壊 樋口健二写真集』合同出版、2011、87頁、180頁
14 鎌田 慧『さよなら原発の決意』創森社、2012、100頁
15 森江 信『原発被曝日記』講談社文庫、1989、226頁
16 八木正編『原発は差別で動く』(明石書店、2011)の1~36頁が詳しい


補遺

被曝労働を知るための参考文献


 下記に被曝労働を理解するための13冊の本の書名と若干のコメントを掲載した。これらは私が被曝労働を理解するために良いと思った本である。ただ、私にはこれ以外に10冊ほど読んでみたい本があり(いまだ時間の関係で読んでいない)、ここに掲載したものは被曝労働関係すべての本の中から選んだものではない。
 どの本から読んでいくかであるが、時間をかけてしっかり知ろうとするなら、最初に、樋口『闇に消される原発被曝者』(又は『新装改訂 原発被曝列島』)と堀江『原発ジプシー』の2冊を読むことを推奨する。まず短い文章で概要を知りたいという方は、樋口『原発崩壊 樋口健二写真集』の解説部分(個々の写真の解説を除く、6頁ほど)と竹田『原発はなぜ日本にふさわしくないのか』の被曝労働の部分(25頁ほど)のどちらかから読むことを勧める。また、樋口『原発被ばく労働を知っていますか?』(80頁)からでもよいと思う。なお、福島原発の収束・除染労働に関する本は、今回の対象外とした。

                  
                    

1.樋口健二『闇に消される原発被曝者』(八月書館、2011)
 この本の初版は1981年。樋口は労働・公害問題の写真家。1972年から原発労働者の取材をはじめ、40数年つづけている。原発労働者は容易に取材に応じてくれないが、樋口は今日まで 200人以上に会っている。この本は樋口が初期に取材した10数人の原発労働者の被曝労働などの記録である。普通、取材というと1~2回会うだけかと思うが、樋口は一人に何回も会っている。日本で最初に被曝裁判を起こした岩佐嘉寿幸さんには、数えきれないほど会ったという。この本を一気に読むのは困難だと思う。それは樋口の描く労働者の状況があまりにもひどく、途中で本を閉じたくなるからである。樋口の『新装改訂 原発被曝列島』(三一書房、2011)、『これが原発だ カメラがとらえた被曝者』(岩波ジュニア新書、2011)も被曝労働者の記録が中心となっている。

2.樋口健二『原発崩壊 樋口健二写真集』(合同出版、2011)
 184 頁の大判の本。原発問題全体の写真集であるが、3分の1は原発労働者にあてられている。2章「原発被曝者」では、原発で被曝した19人の労働者の写真と各人別の比較的くわしい解説がある。3章「原発下請け労働者」では、原発労働者の働く様子や原子力発電所の内部の写真がのっている。電力会社は原発内の写真撮影を禁止しているなか、樋口が苦労をかさねて撮ったものである。写真をみると原発労働者や構造物としての原発がイメージできる。また、各章に1~2頁の解説があるが、これを読んでいくと原発問題の概要がつかめる。2章と3章には被曝問題の概要が書かれている。樋口には『フォトドキュメント原発 樋口健二写真集』(オリジン出版センター、1979)、『樋口健二写真集 原発』(三一書房、1996)もある。

3.樋口健二『原発被ばく労働を知っていますか?』(クレヨンハウスブックレット 、2012)
 この本は、福島原発事故後の講演会(2011.10)の内容を加筆修正したもの、80頁。前半は、樋口が原発問題を追ってきた経過が、福島原発の事故やその収束状況とともに書かれている。中間は、「「差別」と「被曝」と「お金」を生み出す原発の仕組みとは」のタイトルのもと、日本のエネルギー産業の歴史、原発産業の構成、被曝を起こす労働形態などが書かれている。後半は、1970年代前半から2011年までに原発で被曝した8人の労働者の取材記録である。この本は写真も豊富である。

4.堀江邦夫『増補改定版 原発ジプシー』(現代書林、2011)
 フリーライターだった堀江は、1970年代後半、原発は「安全・必要」と「危険・不必要」との対立があるなか、みずから確かめようと放射能の危険を承知で原発の下請け労働者となった。そして、1978年9月~1979年4月までの8ヵ月間、美浜、福島、敦賀の3ヵ所で放射線をあびながら働いた。この本では、原発労働の状況が日記の形で書かれている。これを読むと、原発労働者の日々の仕事ぶりがわかり、なぜ、病気になるほど被曝するのかもわかる。また、堀江は、仕事仲間や地域の人との会話も記録しており、そこから原発をめぐる諸問題が読み取れる。『原発ジプシー』(現代書林、1979)、『原発労動記』(講談社文庫、2011)としても出版されているが、後者は大切な部分が省略されているとの評判がある。

5.堀江邦夫(文)、水木しげる(絵)『福島原発の闇』(朝日新聞出版、2011)
 1979年に『アサヒグラフ』に掲載された堀江と水木の「パイプの森の放浪者」を、2011年に本にした、95頁。『原発ジプシー』のダイジェスト版ともいえる。この本には、漫画家の水木しげるが描いた原発内部やそこで働く労働者の姿の絵が22枚(35頁分)ある。水木は堀江の話と編集者が集めた写真などをもとに絵を描いたが、堀江は、絵は「原発内のあの闇が、あの恐怖が、どの絵からも浮かび上がってくる」ものだという。水木は原発労働現場のことを「まるで戦場のようですなあ」と言っている。この本は漫画ではない。

6.森江 信『原子炉被曝日記』(技術と人間、1979)
 森江は原発保守を行う元請け会社の社員であったが、この本は、森江が1976年 4月に入社し1979年 2月に退社するまでの労働記録で、日記の形で書かれている。森江は福島、浜岡、伊方の各原発で働いたほか、除染機器の開発業務もしており、その記録もある。森江は大学で原子核工学を学んでおり、原発の構造や現場の放射線の状況が専門的用語を使って書かれている。原子炉や放射線の知識が豊富な方をも満足させる内容かと思う。元請け会社の社員は下請け会社の社員にくらべ比較的安全な仕事につく。しかし、元請け社員の森江も、入社1ヵ月目からどんどん被曝が積み重なっていったことも書かれている。『原発被曝日記』(講談社文庫、1989)は、この本とほぼ同じ内容。

7.藤田祐幸『知られざる原発被曝労働』(岩波ブックレット、1996)
 63頁の本。藤田は元慶応大学教授(物理学)。この本の副題は「ある青年の死を追って」である。青年は1991年に亡くなった嶋橋伸之さん(享年29歳)。彼は中部電力の孫請け会社の技術者で、浜岡原発の原子炉中心部の計測器保守を担当しつづけ、9年間の被曝で白血病となった。藤田は嶋橋さんの母親の依頼を受け、労働基準署などとの労災認定の交渉に加わった。この本の前半は、嶋橋さんの仕事、被曝、病気、労災申請のことなど。後半は、下請けに依存する原発保守体制、その中で無権利状態で被曝する労働者の問題などが解説されている。

8.竹田恒泰『原発はなぜ日本にふさわしくないのか』(小学館、2011)
 竹田は作家・大学講師。この本は原発問題全体を扱っているが、第三章「原発が日本にふさわしくない三つの理由」の第一「原発の安全は労働者の死に支えられている」(123 ~149頁)は、被曝労働を多角的にとらえており迫力がある。竹田は大学生のとき、ゼミの教師である藤田祐幸(物理学者)らとともに横浜のドヤ街の労働者を支援したが、彼らが原発で働ていることを知った。そして、それを契機の一つとして、より原発問題に関心をもった。竹田はこの本を「原発による利益があったとしても、原発があることにより生じる不利益はあまりに大きく、いかなる利益によっても正当化されないという立場に立ち」書いたという( 219頁)。この本の大幅改訂版である『これが結論!日本人と原発』(小学館新書、2012)も、被曝労働に関する部分は同じ。

9.川上武志『原発放浪記』(宝島社、2011)
 川上は色々な仕事をした後、30代(1980~1986)に北九州の原発下請け会社に入り各地の原発の仕事をした。その後、タイでの仕事などをはさんだのち、2003~2008に中部電力の孫請け会社で浜岡原発の仕事をした。計12年間である。この本には、放射線の高い現場での仕事、低レベル放射性廃棄物の処理の仕事がよく書かれている。また、会社に入退社した経緯や、親方や一緒に働いた仲間のことも書かれている。川上は「私がたまたま飛び込んだ原発労働者の世界には、個性的で愉快な仲間たちがたくさんいて、彼らとの付き合いは実に楽しかったし、私が所属していた会社の社長には人情味があり男気があった」とも書いている。川上は浜岡のとき、雇用保険の加入を求めて解雇されたが、それをめぐる会社との闘争や、退職後がんになり、労災申請して却下された経緯も書いている。

10.日本弁護士連合会編『検証原発労働』(岩波ブックレット、2012)
 日弁連が開催した「原発労働問題シンポジウム」(2011.8 )の内容を編集・加筆してできた本、64頁。シンポジウムは、原発で働く人たちの過酷な実態と非正規労働との共通点をさぐることを狙いとしていた。この本は、原発労働者4人の取材記録、法律学者による原発雇用問題の解説、原発労働者の相談にあたってきた市会議員の報告で構成されている。原発労働者の問題は被曝だけでなく劣悪な労働条件にもあるが、この本は法律家が中心となって作った本であり、低賃金や社会保険未加入のことなどがよく書かれている。

11.寺尾紗穂『原発労働者』(講談社現代新書、2015)
 音楽家の寺尾は東京の山谷で歌手活動をするなか、山谷の労働者が原発で働いていることを知り、原発労働者の問題に取り組んだ。この本は8人の元原発労働者を取材した記録である。原発労働者の実態は、樋口、堀江、森江らが詳細に書いてきた。しかし、それらは1970年代後半までのことが多く、だれもがその後のことを知りたくなる。寺尾はそれに応えようと、苦労して2000年以降の原発労働者を探し取材した。この本には寺尾が学んだ原発に関するたくさんの情報も折り込まれている。寺尾は、まえがきで「本来一番耳を傾けねばならない人たちの声から遠いところで、原発の議論は進んでいる。そのことをまず、多くの人と確認し、現場の声を共有したい、との思いで執筆したのが本書である」と書いている。

12.石丸小四郎他『福島原発と被曝労働』(明石書店、2013)
 この本は4人の共著。石丸小四郎は福島県富岡町に住み反原発運動をしてきた。建部暹、寺西清は関西在住の元公務員、被曝労働者の支援・調査に参加してきた。村田三郎は阪南中央病院の医者、原爆・原発被曝者の診断・治療をしてきた。4人とも長年関わってきた。本の内容は、1部「福島の今」、2部「原発下請け労働者はどのように働いてきたか」(原発労働者の実態調査・労災認定された人の諸記録)、3部「被曝労働者の健康を守るために」(放射線や救済制度の解説)。3章3節では、労災認定された長尾光明さん(故人)が対談形式で、原発内労働と諸問題を詳しく語っており貴重な記録である(39頁分)。この本は大阪の被曝者支援団体「ヒバク反対キャンペーン」の活動の一つである。

13.被ばく労働を考えるネットワーク編『原発事故と被曝労働』(三一書房、2012)
 被ばく労働を考えるネットワーク(事務所は東京)は、福島原発事故による被曝に関係する労働問題を共同で取り組むための連絡組織。2011年10月結成。この本は、この会が主催した「どう取り組むか被ばく労働問題交流討論会」(2012.4 )での発言内容を中心にまとめたもの。内容は、福島原発の収束、除染、港湾や清掃など、被曝危険下での作業実態と問題点の報告が中心である。また、原発立地地域の女性と原発作業員の母親の報告もあるが、ここには原発問題の真相のいったんが示されている。この本を読むと、原発が事故を起こすと広範な労働現場に影響が及ぶことが理解できる。

(お知らせ1)
 本稿は「被曝労働を知ると原発問題の見方が変わる」のタイトルで、『数学・物理通信』(6巻10号、2016年12月)に、ほぼ同じ内容で転載されています。コピーなどされる方は『数学・物理通信』でされることをお勧めします。なお,『数学・物理通信』は、新関章三(元高知大学)と矢野忠(元愛媛大学)が編集および発行するメールで配布する季刊の雑誌です。

(お知らせ2)
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2 コメント

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数学・物理通信に転載できますか (aoyama)
2016-11-05 13:00:11
武谷三男と原発推進派という項目から、先日私のブログをお尋ねいただきました。

このブログの内容をメールで新関先生と私が発行しているサーキュラーの『数学・物理通信』に転載されるのは如何でしょうか。

『数学・物理通信』は主に有志の方々にメール配布されておりますが、その他に名古屋大学の谷村さんのホームページにリンクされています。数学・物理通信で検索すれば、容易にたどり着けます。

『数学・物理通信』の読者は確かに限られてはいるのですが、それでも柏さんのブログの読者とは層が違うような気がします。

もし、ご同意下さるなら、ご連絡をお願いします。

メールアドレス yanotad@earth.ocn.ne.jp の矢野 忠あてにメールを下されば幸いです。

なお、このサーキュラーは季刊で次回は12月を予定しています。最新の発行は9月で6巻7号まで発行しています。
ご覧いただきありがとうございます後知覧コメント (柏 道夫)
2016-11-05 22:23:06
早速お読みいただきありがとうございます。
原稿のあとに「リンクフリーです」とか「引用とか随意に」とか記載するつもりでしたが、そのうちと思っていました。転載していただければ、私もうれしく思います。別途、メールで打ち合わせをしたいと思っております。

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