Yukarich's Memento

日頃の思いを忘れないように綴っていきます

思い出の階段

2017年05月12日 23時27分24秒 | 日記
龍ノ助くん

靴をはいてテクテク登園です

うちから保育園まで、ほんの10メートルほどの道
ですが、紆余曲折を経て、10〜15分ほどかけて辿り着きます(笑)

まず、原因として
うちを出てすぐの、この魔性の階段

うちの3人に限らず、どこのお子さんもついのぼりたくなっちゃうのです
保育園児が、帰りによくのぼっているのが私の教室から見えます。
うちの生徒たちも、レッスンの前後によくのぼっています。

現在は階段の向こうには公園がありますが、その昔は砂浜と、水平線が見える海が広がっていました

私が小さい頃、まさに保育園の帰り道、コメヱばあちゃん(ひいばあちゃん)がお迎えにきてくれ、この階段をよくのぼった記憶が薄っすらあります。
だから、その向こうは砂浜ということを知っていたのですね。
波打ち際を歩いたのも記憶してます。
ザブ〜ンと波しぶきがたつイメージもなんとなくおぼえています。

この場所は、私の母の地元であり、小さい頃、砂浜で日が暮れるまで遊んだそうです。

今の我が家は、母にとっても、私にとっても実家が建てられていた場所。
もともとはコメヱばあちゃんのだんなさんであるひいおじいさんが、魚釣りをするために建てた別荘だったそうです。
本当に、パッと外へ出たら釣りができる環境だったのですね。

コメヱばあちゃんは、母にとっては祖母ですが、訳あって、母はそのばあちゃんに女手ひとつで育てられました。
母が子供の頃、とてもとても悪いことをしたときは裏の海へ連れて行かれ、「ばあちゃんも一緒に死んじゃる。」と、海に歩いて入ったことがあるそうです。
本気だったのか躾だったのか詳しくはわかりませんが、そんなエピソードがある海..

この階段のことを深〜く考えていると
コメヱばあちゃんのことがセットで思い出されます。

母が働きに出ていつも不在でしたが、淋しくなかったのは ばあちゃんのおかげでした。
小学校から帰ると、玄関に入る前からチャンバラ(時代劇)の音が聞こえてきました。

ばあちゃんは耳が遠かったので、爆音で観ていたのです。
でも、その音が聞こえるとホッとする感覚をおぼえています。

ランドセルを置いて、そのままばあちゃんの横で座り観ていました。

暴れん坊将軍か、遠山の金さんでした。

ばあちゃんが亡くなって、もう20年くらい経つけれど、よく一緒にお風呂に入り、湾曲した背中を洗ってあげたことは はっきりと思い出します。




現在、自身の子供がこの階段をのぼっていることに、あらためて感動しています。


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« テンヤワンヤでスッキリ | トップ | 龍くんスッテンコロリ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。