くじら缶食べたい

ポケパ時々まーじゃん

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しゅーかつと仲良くなるために頭を使おう

2014年01月20日 | その他
お久しぶりです。

じゃ、就職活動ネタの続き書きます。


●ブラック企業の見分け方


実はこれ、定義が曖昧なので難しいです。
あなたにとってのブラック企業は誰かにとってのホワイト企業だったりすることもあります。
「給料はそこそこでいいから残業がなく定時で上がれればいいな」と言っている人がいる一方で、「残業代がないと贅沢な生活ができない!うちの会社は全然残業させてくれない!」と本気で憤ってる人を見たことがあります。

ま、それはおいといて、長時間労働な上に残業代も出ないような超絶ブラックくらいは回避したいですよね。
業界で言うと飲食とITはやばいってよく言われてますが、その中でも、「年俸制」や「裁量労働制」で大した額じゃないところ(最低でも400はほしい)は残業代ケチりたいだけのブラックな可能性が高いです。
次に、やたらと「やりがい」「成長」「仕事を任せる」を連呼するところは、他にアピールする要素がない企業に多いです。
これらは具体性に欠け、中身のない言葉なので何とでも言えちゃうんですね。自社の魅力を成長率やシェアなどの数字で表せないところは危ないと思います。

でも結局、多くの会社はグレーゾーンです。超絶ホワイトな企業は残念ながら多くありません。
大事なのは、自分にとってはどうか、どこに重きを置くか、という視点です。
で、次に大事なのは、諦めることです。

学生の人は企業で働くっていうイメージがあまりつかないと思うんですが、転職者の多くは「待遇よりも人が大事」と言う人が結構多いです。
そんでもって、多くの企業では、配属先の希望くらいなら出せますが、どの上司と働くことになるかは選べません

どんな企業であっても、人が集まれば集まるほど、自分に合う人、合わない人、良い人、嫌な人って出てきます。
つまり、一見ホワイト企業に入ってもブラック上司のもとで働くことになる可能性は大いにあります。就職活動でこのパターンを防止するのは無理です。

自分は絶対にブラック企業に入りたくない、と慎重になりすぎるのではなく、ブラックならすぐ辞めればいいや、とある程度楽観的に捉えたほうが精神衛生上いいと思います。

新卒で3年以内に辞めたら次の職が見つからない、なんてことも今はそんなにないです。
もしそれが本当でも、その年数以上に自分の実力をつければ転職先なんていくらでもあります。
あとで詳しく話しますが、今は自分の実力を担保に生きたほうが生きやすい世の中ですよ。

●きぎょーけんきゅー


上場企業の場合、有価証券報告書を見るのがオススメです。
公的な書類なので滅多なことが書けず、信用できます。
平均年齢や平均年収、役員報酬といった聞きにくいことや、自社の強み、来季や将来の展望など面接で使えそうなネタも豊富です。

で、大事なのは「キーワード」です。
センター試験の現代文なんかと一緒で、結局言いたいのはこれなのね、っていう「キーワード」を持っている企業が多いです。
パンフレットを斜め読みするだけで、読解力がある人はすぐわかります。
あとはそれに共感できるかどうか、将来性があると判断するかどうかで絞って、ESや面接ではそのキーワード周辺のアピールや質問なんかが有効なんじゃないでしょうか。

でも個人的な感想をいうと、企業のスペック研究ってさほど必要じゃないと思います。
どちらかというと"その企業で働いている人研究"のほうがよほど役に立ちました。できるだけ人事以外の人と話してみることです。
私が社会人になって一番驚いたのは、人事部という存在がその他の部署から隔離された幻想郷のような存在だったということです(私の入社した会社に限ったことではなく多くの企業で同様でした)。
そこの人間は現世の人間とはちょっと違いました。

最終的には、その企業で働いている自分を想像できるかどうか、というのが大きいと思います。
その辺の想像力というか妄想力を働かせるための材料をかき集めましょう。

●面接が苦手なんです><


初対面の人と話すのが楽しくて仕方ない人は、あまりいません。例外です。
多くの人にとっては怖いことです。しかも相手が自分の人生を左右しかねない決定権を持っているとすれば、なおさら。

そんな学生さんが頼るのが模擬面接ですが、あまり意味ありません。
面接ノウハウ本も、あまり意味ありません。

いまどき、多くの企業は現場の人間も使って面接をします。
1年間面接ばかりしている面接のプロではなく、普段は現場で別の仕事をしており、1~2時間程度の面接の講習を受けただけ、そんなど素人の人です。
彼等は面接に慣れていないことが多く、テンプレ通りの退屈な話を卒なくこなせたとしても、次のステップに進むための材料にはならないかもしれません。
「自分はこの人と働きたいかどうか」を基準に選ぶからです。
いきなり初対面の自分に向かって、「私はこんなに優れている人間なんです(ドヤッ とらないと損ですよ(ドヤドヤッ」とやる学生と一緒に働きたいと思う人は、残念ながらあまりいません。

ただし、彼らが出てくるのは二次面接以降です。母数が多いため、一次面接は人事だけでやる会社が多いです。

面接でなんで通ったかわからない、なんで落ちたかわからない、そういう人は多いです。
二種類の面接があることを覚えましょう。

序盤は「ふるい」です。マイナス点を積み重ねた子が落とされます。無難にこなせば通ります。
それ以降が「選別」です。一緒に働きたい人を選びます。

序盤は少し自信過剰なくらいでいいでしょう。
「見た目が9割」とよく言われますが、こと面接に限っては、見た目でポジティブな人間かネガティブな人間か大体わかっちゃいます。そして多くの企業はポジティブな人間を好みます。
イケメン美女は今までの人生経験からポジティブで自分に肯定的な人が多いので、受かりやすくなります。

面接が進んだら、少し謙虚になりましょう。
自分が相手の立場だったらどんな人と一緒に働きたいかを考えて発言しましょう。
面接官の発言はできるだけ覚えておきましょう。多くの人は自分が興味のないことを質問したりしません。
逆に、同様の質問をされたら語りたくてたまらない、そんな人が多いです。
「最後に質問はありますか?」と言われたら、自分が問われた質問を逆に問うてみると結構面白いです。


それでも、面接でダメだった場合があるでしょう。
一次、二次であれば、なにかしらマズイ点が出ていたのだと考えられます。ちょっとだけ反省してみましょう。
それ以上の場合、あなたが優れていないわけではなく、あなたと価値観が違った、それだけです。
深刻に受け止める必要はありません。
他にも企業はたくさんあります。

●失敗してもいいやと考えよう


就活に失敗したくない!!定年まで働ける優良企業を!!勝ち組になりたい!安定志向!
そういう学生が多いんですが、上記のような考えは一番危険です。比喩とかではなく、純粋にリスクが高すぎます。

私は株式投資を趣味でしています。
そういう界隈の用語で「ポートフォリオ」という言葉があります。最近は他の場所でも聞くようになりました。
リスクの分散を目的として、ハイリスクハイリターンな株式と、ローリスクローリターンな株式をそれぞれどのような割合で組み合わせて保有するか、業界は偏ってないか、外部リスクに備えられているか、そんなことを考える理論です。

で、そういう視点から見たときに。
あなたの今後40年くらいを一つの企業に投資するなんて、かなり危険なギャンブルです

パチンカスよりひどいレベルです(彼らは行くお店や打つ台の選択肢を複数持っています)。

技術の生産と消費のサイクルがどんどん短くなり、今や大企業ですら一寸先は闇な時代になってしまいました。
今の世の中で企業にもたれかかる人生は危険です。

今の会社がダメになったらほかに行けばいい、そのための力をつけましょう。
見に着ける能力の分野は幅広いか、あるいは極端に深いほうがいいです。
リスク分散しましょう。自分自身のいろんな能力をポートフォリオに入れましょう。

就職活動はきっかけです。失敗したらほかの会社に移りましょう。
でも失敗と断定する前に、とことん好きになる努力をしてみましょう。それでダメならすっぱり辞めましょう。

今の会社の愚痴や不満を言いながら結局行動しない、そんなカッコ悪い大人にだけはならないでほしいと思うんです。



なお、履歴書やESで落ちまくる人は、一回普通の社会人に見てもらうのが早いです。
まともな文章やドキュメントを書いている人達なら、何がダメなのか一発でわかります。中身以前の問題だったりすることが多いです。
間違っても大学関係の人に見てもらうのはやめましょう。教授は論外です。進路課とかの人ですら、見る目がない人がほとんどです。

こんなところで。
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2014年ですね

2014年01月01日 | その他
あけましておめでとうございます。

前回の記事の後、PCの起動が怪しくなって、12月は新PCの入手と環境設定なんかをやってました。
古い方のデータは何とか吸い出したいけど、今は暇がないので3月頃まで持ち越しかなあ。


とりあえず世間話をいろいろとしようと思う。
昨年の年末もいろんなことがあったけれど、「ミイラ取りがミイラになってしまった」話が多かった。



●都知事辞任について

辞めるタイミングとしてはギリギリ間に合った感じ。
あそこが最後のチャンスだったと思う。

この問題そのものに関しては、もうすでに色々なところで言われている話だけど、彼は元々ジャーナリストで、小泉内閣で道路公団民営化の推進委員になったとき、お金の問題を厳しく追及するようなタイプの人間だったはずなのに、という印象が強い。

また、石原都知事―猪瀬都知事の系譜は、「国が東京からお金を巻き上げて地方で無駄遣いしやがって」という論調を積極的に展開してきた。
その一方で石原都知事は都の予算の一部を私物化するような言動や行動をとったし(新銀行東京や四男への報酬など)、猪瀬都知事も五輪招致に大金を費やした(なお別に話をすべきだが、オリンピックによる経済効果なんてものは存在しないかむしろマイナスに作用する)。
ちなみに、辞任の日に発売された猪瀬都知事の著作は五輪誘致に関するものだが、自らの手柄話を連ねるばかりで、政府が成した役割にはほとんど触れていない(更にちなみに買う価値はないと思ったので軽く立ち読みで済ました)。

権力の腐敗を追及してきた側が、いざ権力を手にする側に回ると途端に腐敗する構図は、もはや一種の様式美ではある。

たとえば身近なところで。
私の通っていた高校の教師に日教組の活動に熱心な先生がいた。彼女は国家が教育に干渉する姿勢に非常に敏感だったし反対していた。
しかし彼女は教室内ではまさに「暴君」であった。
自分の意にそぐわない生徒(たいていは大人びた女子と、私のようなひねくれた男子)に対しては徹底的に強制し、自らへの服従を迫ったし、それでも従わない者には容赦がなかった(カリーの高校時代の内申点は絶望的に低い)。

こうした行いも彼等の中ではダブルスタンダードではないのであろう。
面の皮の厚い人間、もっと言えば自己を過剰に評価してしまうラスコーリニコフのようなタイプの人間にとって、他者の許せざる行為は自己の許せざる行為にはならない。
「他人にされて嫌なことは自分も他人にしないようにしましょう」の精神はそこにはない。

そのような人々はいつか足元をすくわれるべきだ。自戒の念を込めて。



●人工知能学会の学会誌の表紙

電源コードのついたメイドさんがほうきを持ってる、そんな表紙だった。
それに対してフェミニストさん達が「女性蔑視だ」と発狂してしまい、擁護派も非難派も交えて喧々諤々な感じになっている。

この件に限った話ではないのだが、女性差別を問題視するような人々は、かなりの頻度で男性差別を始めるし、自身の属性への強制(と自身が認識するもの)に反発し、他者への強制を始める。まさにミイラ。

個人的な趣味嗜好で言えば、あの表紙は単純に綺麗だと思ったし、"萌え"る。
で、その中に彼女等の言う「女性蔑視」な感情やイメージがないかといえば、それはもちろんあるだろう。
(口うるさい女性より従順な子のほうが私は好きだし、メイド服はかわいいし、なんなら女の子に首輪つけて飼いたいよね、くらいは思うよ)

だが、そもそも論として、万人に受け入られるような芸術は多くない。賛否両論あるのが普通だ。
誰かが好む絵画は、誰かの心を傷付けているし、誰かが好む音楽は、誰かにとっては騒音でしかない。
それは芸術が人々の感性に働きかける目的を持っていて、かつ実際に働きかけるからこそであり、その意味でいうと今回の表紙は非常に多くの人間の感性に働きかけることができた、まさに「名画」(と呼ぶのがやりすぎなら「いい絵」)だ。

その上で。
他者に自身が不快と感ずる表現を禁ずるように強制する行為を、私は好ましく思っていない。
それは「言葉狩り」や「焚書」につながる行為だし、多様性が排される。
自分が不快に思うことを公にするのは良いと思う。そして、なら見なければいいんだと思う。
「私が見たくないもの全てをこの地球上から消し去れ、おまえらも協力しろ」は、私の感性では、明らかにやりすぎだ。
マイノリティにも配慮しろと言われても、一般社団法人の会報なんて、別にそこまで公共性のあるものでもない。


●黒子のバスケ脅迫の容疑者を逮捕

「私が見たくない黒子のバスケを日本中から消し去れ」という呪詛を吐いていた人物がようやく逮捕された。
脅迫先となった企業や会場のWebサイトに対するアクセス履歴から洗い出す、という捜査手法が非常にビッグデータ時代を連想させた。
事件の全容はまだ解明されていないが、黒子のバスケに限った話ではなく、漫画が好きな人物だったんだろうなと思う。彼もまたミイラだな。


●安倍首相の靖国参拝

明らかに相応しいタイミングではなかった。
参拝するんなら、それこそ就任してから毎日でも毎週でも例大祭の時でも行けば良かったと思う。
「靖国参拝を政治問題にするな」と主張していたはずなのに、政治問題だということを認識してしまい、中韓に遠慮してしまい、そしてなぜかこの年の瀬に暴走してしまった、という印象。
筋も通ってないし、戦略的にもまずい。
就任当初から「俺が行きたい神社にいつ参拝しようと関係なくね?」くらいのスタンスでいれば良かったのに。


●カリー自身について

近いうちに会社を辞める決心がつきました。
この件はまた別に書くと思います。

私もミイラだったということで。

早く人間になりたい。

どっとはらい。
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私らしく、自分らしく

2013年11月25日 | その他
これから就職活動をするかもしれない若者達に向けて、就職活動をする前に心がけてほしいことを書いてみるよ。
多分、現実で会う人達――大学の就職課の人だったり、企業の人事の人だったり――が言わないようなことを中心にね。

よく言われるように、就職活動は自分と向き合う場だと思う。
そして私は、その上で、自分を肯定する場であっていいと思っている。
「就職活動を通じて、私、変わりました!」みたいな台詞を、目をキラキラさせて語る子がたまにいる。本人が幸せならそれで良いのかもしれないけれど、正直に言って、ただ洗脳されているだけにしか見えないんだよね。
就職活動をして変わる必要なんてないよ。変な宗教にはまっちゃうと、自分も、周囲も、不幸になると思うよ。

1.まず「就職活動する」という選択肢を疑おう


そもそも何で働こうと思ったか、その動機はしっかり受け止めたほうがいい。

大人は働くものだから?
周囲の友達が就職活動始めているから?
自己実現()のため?
誰かの役に立ちたい?

実際のところ、年末ジャンボの季節だけど、宝くじに当たったら仕事なんて辞めようと考えている人のほうが大半なんだよね。
そう、多くの人は、お金のために働いている。その事実を認めるのは決して悪いことじゃない。
社会人になると、「PDCAサイクルが大事だ!」(知らない人はぐぐろう)なんて言われるけど、多くの場合、人は計画(Plan)も分析(Check)も、自分が見たい結果しか見ない
そんなサイクルは当然失敗する。まずは事実を事実として受け止める必要がある。それに対する価値判断はその後にするべきだ。

もちろん、あなたがお金のため以外に働こうとしているなら、それはそれで構わない。
実のところ、私もそうだから。
今のところ、お金に困ったりはしていない。一人だけなら、株とFXで食べていけるよ(多分)。
でも私は仕事が面白いと思っている。ついでにお金も貰えているけど、もし無給だとしても、何かしらの形で人の役に立つような、価値を創造できるような活動は続けると思うよ。
もっとも、スーツを着て電車に揺られるのは好きじゃないから、無給なら今の会社は辞めちゃうけどね。

話を戻す。
とにかく、あなたが何で働きたいのかを考えてほしい。
その上で、そのために「就職活動」が必要なのかどうかを判断してほしい。

人の役に立つことが大事なら、民間企業への就職活動なんてせずにNPO法人とかで働くって選択肢はないのかな?
とにかくお金が欲しいって人なら、就職活動して薄給のサラリーマンになんてならず、起業するって手もあるんじゃない? 起業はリスクが高いなら夜のお仕事なんてどうだろう?

このように極端なことを考えると、自分の大体の志向性というのが見えてくると思う。
それに素直になろう。

2.好きなことを仕事にしなくても良いよ


「好きなことを仕事にしましょう」

うんうん、よく聞くフレーズですね。
でもそれって必要なのかな?

よく考えてみてほしい。
一体、自分は、何をしている時が一番幸せなのか? と。

『好きなこと』をしていれば、働いているだけで幸せになれるはずだよね。そうでしょ?

私は結構ゲームが好きなほうだ。ゲームをやっていると幸せな気分になれる。
でも、仕事にすると違うんだよね。
たとえば、仕事でゲームをプレイする人は、テスターやデバッガーと呼ばれるバグ探しの人達だけど、やりたいゲームを選べるわけでもないよ。仕事としてゲームをやっても、ちっとも楽しくないと思うし、私はやりたくない。

でも上の例はまだ、『好きなこと』がちゃんと職業として成り立っているから、まだ救いがある。
そもそも『好きなこと』が仕事として成り立っていないケースもあるし、それを仕事として成り立たせている人がいたとしても、かなりレアだったりする。
プロゲーマーになるという選択肢も当然ありはするよ。けど、プロゲーマーとしてやっていけているのは、日本人だとウメハラくらいだから、相当努力しなきゃいけない。

たとえ比較的好きなことをしていたとしても、仕事が楽しくて楽しくて仕方がない人ばかりじゃない。
自分がどっち側か、ちゃんと見極めましょう。
私は仕事が楽しい側だけど、だからこそ、世の中が自分みたいな人間ばかりだと気持ち悪いと思うよ。
「仕事大好き!仕事マジヤバイ!」っていう薬キメてる人みたいになる必要はない

程ほどに仕事して、お金を得て、残った時間で自分の好きなことを大いに楽しむ人生を送ってほしい。
無理矢理仕事に結びつけなくていいんだよ。

3.自分にとって、よりマシな生き方を選ぼう


結局、私が伝えたいのは、自分がどんな人間か、どんな風に生活したいのか、それを考えた上で、会社や仕事を選んでほしいってこと。そもそも会社に入るってのは絶対やらなきゃいけないことでもないんだよってこと。

入りたい会社ランキングがどうとか、仕事ってのはこういうもんだとか、俺はこうして内定を何社もゲットしたんだぜ(ドヤッ とか、そんなノイズは無視して良いよ。
だって働くのは自分でしょ? 自分本位に決めるべきだよ。



次は、会社の選び方の話をするよ。
大企業VSベンチャーの話や、今をときめくブラック企業の話なんかだよ。

今日はこれでおしまい。

ちなみにタイトルは、好きなアニメから取ったよ。
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とりあえず一年半くらい働いてみたよ

2013年11月24日 | その他
お世話になっています。カリーです。
掲題の件ですが~~

なんていうビジネスメールを書くのにもすっかり慣れたよ。
自分宛の電話も一日一本はあるよ。社会人って長電話好きすぎだよ。仕事の話になると30分とかすぐ経つよ。
ちなみに、まだ学生のみんなにアドバイスしておくと、関係さえちゃんと作れていれば敬語なんて適当でも割となんとかなるよ

そんなこんなで、社会人になってから、そろそろ1年と八ヶ月になりました。配属されてからは一年半かな。
今年の就活が本格化する前に、学生さんへのアドバイスがてら、まあ色々と語ってみようと思うわけですよ。
第一弾は残念ながら?自分語りです。

やってる仕事は俗に言うSE(えすいー、ソフトウェアエンジニア)です。
ITどかたと呼ばれたりすることもあるね。IT業界っていうのはブラック企業の巣窟らしいよ。怖いね><
この職業を選んだ時、かなたんに「カリーさんはきっと周囲の人間の能力の低さに嫌気が差しちゃうと思うよ」って言われたけど、半分当たりで半分ハズレでした。


●2012年4月~5月

研修は楽しかったよ。研修の難易度や講師の質という面で色々と思うところもあったけれど。
プログラミング経験のない文系学部出身者という立場だったけど、ポケパ関連で軽く触れたことがあったり、同期に文系が結構多かったこともあって、プログラミング能力だけでも上位一割程に入ってました。
配属の際に使用される、最終的な研修成績は同期の中で2番目に高かったらしいよ。人事考課の中の『素直さ』という項目が断トツに低かったことも同時に聞いたけどw


●2012年6月

配属されたのは、うちの会社で一番野心的な部署というか、イケイケな感じのところでした。
当然仕事も忙しいと言われていて、他部署の先輩からは「ご愁傷様」なんて声も聞かれたよ><

でも周囲の先輩達は面倒見が良かったし、6月は比較的穏便な感じだったよ。お試し期間的な奴っすね。
上司に「カリーはやはり即戦力として見れるね」とニヤリとされたのが怖かったけど、まあ褒め言葉として受け取っておきます的な返しをしたかな。


●2012年7月~8月

うちの部署どころか、うちの会社にとって2012年度最悪のプロジェクトが始まったよ。
そんなに小さい案件じゃなかったけど、最終的に受注額とほぼ同額の赤字が出たと思う(いやもちろん社内的には数字をあれこれいじって誤魔化したみたいだけど)。
カリーがアサインされたのは、そのプロジェクトの中で、Android端末用アプリを開発するほうだった。
研修はVB.NETという言語だったけど、AndroidはJAVAだから初めて尽くしだったし、当時うちの社内でAndroidアプリの開発って実績があまりなくて、結構未知の分野。実際、個人向けアプリは世の中に溢れていても、業務用アプリなんて今でもそんなに無いと思う。
無茶苦茶なスケジュール、まともに仕様書もないって状態で、それでも何とか、10画面ほどを一ヶ月くらいで製造し終えた。既に普通のPGの倍くらいの生産性を発揮していたね。
Web側が大変なことになっていてプロジェクト自体は悲惨な状態だったけど、自分自身は何とかフェードアウトすることが出来たよ。
ちなみに2012年10月末にクローズ予定だったこの案件は、2013年11月現在でも完全には鎮火されていないよ。。。


●2012年9月~2013年4月

上のプロジェクトと同規模くらいの別のプロジェクトが立ち上がったよ。
でも人がいないんだよね。みんな上のプロジェクトから抜けられないから。そんなわけで、システム開発の最初のフェーズである要件定義は課長と新人でなんとかこなすことになったよ。
というわけで打ち合わせについていったよ。エンドユーザーと話す機会はそれまでにもあったけど、本格的に自分が会議の一員となるような経験はこれが初めてだった。
今考えると、この要件定義がターニングポイントになったんだと思う。

内容がめっちゃ難しかった。業界は金融。とても高度で専門的で、今までお客様社内ではシステム化が不可能と考えられていたような業務だった。
一度目の打ち合わせが終わった後、課長は青ざめていたよ。これが本当にシステム化できるのかと。
でも、幸か不幸か、その場には自分がいた。経済学部出身だった私だけが、お客様が求めていることを把握できた。その後の打ち合わせでも、お客様との会話を成立させることができた。

結果として、基本設計フェーズは私に託されることになった。上司としても、配属3ヶ月の新人にこれほどの案件を託すなんて苦肉の策だったろう。
けれど他の誰も分からない難しい内容を私だけが理解できていたという事実は、他の懸念全てを吹っ飛ばしてしまうほどに魅力的だったに違いない。
そうは言っても決断力のある人だなと今でも思う。
こうして私は、プロジェクトの配下メンバーとして数人に指示を出さねばならなくなった。

その後色々あったけれど、私は実質的なプロジェクトリーダーとして、少ない人員でそれなりの成果を収め、前出の赤字プロジェクトの赤の半分以上をこのプロジェクトで吸収できるくらい利益も上げることができた。
ただ、最後のところが残念だった。
この案件は、そもそもの要件定義や運用フローの部分で、お客様社内で内部対立が始まってしまい、実運用に辿り着けなかったのだ。
「モノはきちんと作ってもらったのでお金は払います」と言ってもらえたので、私達は胸を撫で下ろせたが、実運用に乗せるための別途改修が次年度以降開始予定ということで、『第一章 完』のようなモヤモヤした感じは残った。

それはともかくとして、自分はプログラミング能力があることは分かったし(ちなみにこのプロジェクトはまた別の言語であるC#が採用された)、やればやったで楽しいけど、積極的にやりたいとは思えなくなったというのが私的にはポイントだった。
この職業選んでおいてそれは何やねんとなるけど、自分で手を動かすより、周囲を動かすほうが楽しいなと思った。コンサルタントやマネジメントのほうに進んで行きたいなって。


●2013年5月~2013年7月

小さなプロジェクトをSEとしてだったりPGとしてだったり、ちまちまとこなしたよ。
物足りなさもあったけど、学ぶべきことも多かったし、楽しかったよ。


●2013年8月~2013年10月

4ヶ月の時を経て、前述の金融プロジェクトの改修が始まったよ。
今度は名目上もプロジェクトリーダーになったよ。
規模的には8人月とかで、それほど大きくはなかったけれど、思い入れのあるプロジェクトだし、結構張り切ったよ。
4ヶ月程度じゃお客様内部のごたごたも収束しきってはいなかったけど(結構飛び火があったけど)、このプロジェクトもかなりの利益を上げることが出来たし、実運用に繋げることが出来たよ。
お客様からの信頼も得られた気がする。楽しかった。


●2013年11月~

次もプロジェクトリーダーだよ。同じくらいの小さい案件だけれど、まあしっかりやろう。
そろそろ後輩の育成や、プロジェクトの回し方の整備や他プロジェクトへの共有ということを通じて、自分以外の人間の生産性を上げていきたいなと思い始めてきて、色々と画策しているところだよ。


そんな感じの一年半だった。
夏のボーナス、冬のボーナスの時期には他の同期より多くもらえたよ。表彰もされてしまった。
来年度の組織編制の話もちらほら聞くけど、近いうちに役職者になりそうだよ。嫉妬されるからあまり目立ちたくないんだけど、色々変えたいところもあるから、とりあえず少しでも上に行っておくことにするよ。

『別に会社員しなくても生活はしていけるけど、趣味がてら仕事をしてみた』という感じの人間なので、あまり参考にはならないかもしれないけれど、働くのって結構楽しいなと思ったよ。

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罪と罰の狭間で

2013年11月23日 | その他
結局前回投稿後に続きを書く余力はなかった。

この間、色々なことがあったが、何より世間を騒がせたのは、山本太郎参院議員の手紙直訴事件だろう。
この件そのものに関しては説明が不要かと思う。
最初に断っておくが、彼の行った行為は様々な側面から決して容認できるものではない。
天皇を政治利用とした一点だけでも言語道断である。

そして、やはりというか、予想通りの反応を示したのがネット界隈だった。
猛烈なバッシング。
それ自体は別に構わないというか、いいぞもっとやれ。

だが、彼等は、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際、国家公務員法(守秘義務)に反してその映像を公開した海上保安官を英雄と讃えたのではなかったか。

あの時とは何がどのように「話が別」なのか、言い訳はあるだろうが、基本的な構図は全く一緒だ。
辞書通りの『確信犯』という奴である。
むしろ山本太郎のほうが罰則規定のある法に引っかかっていない上に辞職すら求められていないので、"まだマシ"であるとすら言える。

流出事件の際も言ったが、繰り返しておく。

目的のために手段は選ばなければならない。
絶対視するような『正義の目的』は存在しない。
正義は主観的なものであり、人によって変わる。
個人の価値基準によって法が歪められるようなことがあってはならない。
それは立法主義の否定であり、かように手続き主義を軽視した国家は碌なことにならない。

山本太郎を叩くのであれば、あの事件の"sengoku38"の行動も否定してほしい。


この手の「崇高な目的のためならどんな手段でも許される」と考える人たちを見るにつれ、一冊の小説を想起せずにはいられない。
ドフトエフスキーの『罪と罰』だ。
この書の冒頭で、貧しい学生ラスコーリニコフは、暴利を貪る金貸しの老婆を殺害する。
「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」
「選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ」
という論理によって、彼は自分自身の犯罪行為を正当化するのである。
もちろん彼の"崇高な目的"は酷く自分勝手であり、ラスコーリニコフを未来の英雄として見ることのできない他の人々にとっては容認できない。
本の続きは各自で読んでいただきたいが、中々考えさせられる作品である。


そして、実はもう一つ、私が想起するものがある。
ものというか人物だ。
何の因果か、彼もまた現在、窮地に陥っている。

その人物の名を、徳田虎雄という。
医療法人徳洲会グループの創始者である。徳洲会は全国に60を超える系列病院を持つ一大グループだ。
「生命だけは平等だ」というスローガンの下、僻地を中心に医療施設を建設し、年中無休の病院や、患者から金銭物品などの謝礼を受け取らないなど、非常にクリーンな医療を志している。

彼の原体験は、鹿児島県の奄美大島で過ごした幼少時にある。
彼には弟がいたが、ある日、急病で死亡する。島には医療施設が無く、医者も飛んで来てはくれなかった。
住んでいる地域や貧富の差で、人の命は助かったり助からなかったりする。
この理不尽さを変えようと重い、彼は医者を志すのである。

医者として病院に寝泊りし、自分一人の力でできることには限界があるので膨大な借金をして病院を建造し、採算度外視で僻地医療に精を出す。
医師会の反発にあって医者を確保できないなんてこともあったが、自分の信念は曲げずに、患者のために奔走した。
医者として、あるいは医療法人のトップとして、彼ほど筋の通った人は中々いないと思う。

だがその一方で、彼の遵法意識は非常に希薄だった。
「患者が待っている」から、赤信号でも平気で渡った。
「医師会に対抗する」ために賄賂や、しまいには自身が議員となるための金銭選挙まで展開した。

「法が、人間を、私の弟を救ってくれたのか」
「清く正しく、では人の命は救えない」

彼の中には常にこのような思いがあったのだろう。

私の個人的な感覚では、今回話に出した人物の中で、徳田虎雄こそが最も"崇高な目的"を持ち、実際に"百の善行"を行っている人物だと思う。
でも彼もまた、裁かれなければならないのだ。
それが立法主義というものであり、人治主義より余程マシな制度だから。

もちろん、彼の行った行為までが全て非難の対象になるわけではないことも事実である。
徳田虎雄は素晴らしい医者であり医療法人のトップであった。尊敬に値する人物だ。
徳田虎雄は暴君であり汚職政治家であった。裁かれてしかるべき人物だ。

二つの評価は両立しうる。
善行により悪行をなかったことにしてはならないが、悪行によって善行を全否定するのもまた間違っている。


"崇高な目的"は是非達成してもらって構わない。そこまで必死になれる何かがあるのは幸せなことだ。
でも、そこに至る過程で法を犯したならば、その罪は償ってもらわなければならない。


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