GO FOR IT!

何かに向けて走ってます。 旅するランナーです。
NYでエナジーチャージし、HAWAIIでリセットしてます。

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今年もここから始まった

2013-01-12 | HAWAII

10数年前。

船で世界を3か月旅した。

そこで出会った仲間との喜怒哀楽は人生の宝。

そして、毎日毎日、なんかあったら外へ出て海を眺めてた。あの時の海の表情は様々だった。

 

そしてその旅が終わったとき、その前から大好きだった旅好きにある一つのテーマが加わった。

 

「世界中の美しい海を見続けよう」

 

ちょうど同じ時期、船旅の仲間と一緒に中東のオマーンで同窓会があり、それに参加しようとしていた。

当時の上司(今でも私の大好きな人生の大先輩)は、いつも私の旅を応援してくれる人だった。

オマーン行きをお願いしようとしたら、ちょうどその日程は会社に出社してね、と先に言われてしまった。

「たまちゃん、その後だったらいつ休んでもいいよ」

 

その言葉に、まだその頃はネット手配って無かった時期だから、働いていたビルの1Fの旅行会社に飛び込んで、手っ取り早く行ける美しい海の場所を教えてもらった。

それが、ハワイだった。

ハワイは数年前に行っていたけど、訳分かんないツアーであっという間だったので印象なんてなかった。

「ハワイ島は人もいなくて素晴らしいですよ」

その言葉で、何も考えずに、ハワイ島に降り立った。

私が想像している以上に自然が素晴らしく、海だけでなく全てが美しかった。

 

そこからハワイ島だけでなく、カウアイ島、マウイ島をリピートするかのように、あちらこちらの島を巡った。

ワイキキがあるオアフ島は日本人ばっかりじゃん、って最初は少しバカにしていたこともあるけれど、なんのなんの、オアフ島も負けないくらい素晴らしかった。

美しい海を見て歩こうって決めたのに、最初のハワイで止まったままになってしまった(笑)

 

それは、美しい海と自然が素晴らしいということだけでない。

この島々、太平洋のど真ん中に存在する奇跡は、私の中でどんどん大切なものになった。

このハワイに通う度に、様々な人々と知り合いになって、素晴らしい出会いをたくさんした。

たくさんの、たくさんの、素晴らしい出会いをした。もちろんその中には、甘酸っぱい、ほろ苦いものもあるけどね(笑)

 

この島々に存在する海、自然、それに音楽、文化。日系人、アメリカ人、そして多くのアジアからの移民達。

ウクレレにずっと没頭したときもあったし、波乗りのためにこの島を訪れることもあるし、大好きなアイランドミュージック(ハワイアン)モ含めて、

とにかく、とにかくこの島が大好きで、年に一度では我慢できず、年に2~3回通い続けることになってしまい、かつての旅好きだったのが、単なるハワイ好きになった。

 

なのに、ハワイに通っている間にホノルルマラソンを走ってしまったことが、軌道修正となることになる。

たんなる経験の一つということで走ったホノルルマラソン、その後のマウイマラソンで、ここでもっといい走りをしたい、という変な欲が出てしまった。

 

「ということは日本で練習しなくちゃいけないわけ??」

 

ここで走るだけなら、いい走りできるわけないか。

しょうがない、日本に帰っても練習するか。

それでも、最初は外を走ろうなんてこれっぽちも思わず、スポーツジムのトレッドミルで走る程度。

 

「karenさん、外を走りましょうよ」

そう諭していただいた、日本でお知り合いになったランの先輩。

最初は近所の河川敷に行くだけで帰って来れないとまずいって、大荷物を背負って走りにいったなあぁ(笑)

日本でも、レースをでてみないといけないか?なんて近所のレースとか、走ってみた。

サブ4を目指して、それで走りを引退しよう。そう決めて気合いれた。

2年かかって、ホノルルマラソンで3時間59分57秒。

 

引退するはずだったんだけど、現在に至ってる(笑)

嫌で嫌でしょうがなかった日本で練習が、1年くらいたつと、「もしかして走るの好きになってる?」ということに気づき。

 

ホノルルマラソンに負けないくらい素晴らしいマラソン大会がたくさんあるそうだ。

ニューヨークシティマラソンって世界一なんだって。

ワールドマラソンメジャーズ(ニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロンドン、ベルリン、そして今年から東京が仲間入り)というのがあるんだって。

おぉ、ちょっと走ってみたいなあ。

 

ハワイ通いの前に身体の中にまだ残っていた「旅好き」のキーワードが、ここでいきなり繋がった。

旅ランを始めた。世界中の走りたいマラソンをベクトルの向かう大会を走り始めた。

それは、世界だけでなく、日本の中にもたくさんあった。長野に出会い、北海道に出会い、四万十を走り、隠岐も走った。まだまだ走りたい所だらけ。

 

めっちゃ忙しくなってきた(笑)

 

それでも、ハワイ好きは今も昔も変わらず。

マウイやカウアイにも勿論行きたいけど、こんな生活はじめちゃったからオアフが精一杯(笑)

それでも、オアフにいるだけで、ハワイと共有し続けることができる。

 

オアフ島は別名「集いの島」と言われている。

ここには、ハワイの魅力をさらに深めてくれる素晴らしい出会いがたくさんある。

ふらっとここに来るだけで、大切な人たちと出会う事ができる。

以前のように1週間はいなくちゃ、なんて思ってたけど、短期間でもふらっとやってきて美しい空を眺めて人と語ることができるだけで充分幸せ。

 

今日の到着は、まさに快晴だった。

冬のハワイは雨も多く、いつも快晴とはいかない。暑いといっても、夏とは違い気温も30℃には届かない。

美しい花もあんまり咲いていない。私が一番好きな6月頃は、島中に咲いている木々の花から素晴らしい香りがしてそれを島を包んでる。

 

行きのJAL便の中で配ってくれたリーフレットにこんな事が書いてあった。

「冬に行くハワイが好きだ。木々の葉が落ち、日に日に厚着になって行く日本から飛行機で飛び立ち、わずか6時間半ほどで到着。

そこにあるのは一年を通じて短パン、Tシャツ、ビーチサンダルの世界。日本の冬の季節に訪れるハワイはやっぱり格別だと思う。

1月から3月初旬頃までは、ハワイでは雨が良く降る。恵みの雨だ。樹木の緑は濃さを増し、花が咲き乱れ、果物や野菜の味わいは力強い。

冬、ハワイは実りの季節。

秋、冬と、ダイヤモンドヘッドが日に日に緑を帯びて行く。夏の間、茶色く乾いていた山肌に、雨が降って草が燃える。

スコールの直後、太陽が輝いたらダイヤモンドヘットを見るといい。山全体が虹色に染まっている!」

   

街中に到着すると、きょうちゃんが待っててくれた。

きょうちゃんは、船旅の前からもう20年以上一緒に旅をしている大事な友。今ここに赴任中。きょうちゃんがいるおかげでハワイ通いが加速気味(笑)

ハワイで美味しい大好きなイタリアンでお腹を満たしたあと、ビーチそばのバーで一杯。

飲めないくせに、調子のって飲んでしまったわん(笑)

きょうちゃんと別れたあと、街中を軽くジョグしながら、散歩。ちょっと時差ぼけで眠さをごまかすのも目的。

 

  

 

 

 

いつも通っていた波乗りポイントでのんびりしていたら、虹!ハワイは別名虹の州(Rainbow State)といわれてる。

 

部屋に戻ろうと思ったら、ちょうど夕暮れ。ビーチには、見事に夕陽が沈んでいった。

 

 

今回は東京マラソンも落ちちゃったし、足も調子悪かったりして短いひとときの時間。

帰ったら、また走り中心の生活になるだろうけど、この短い素晴らしいハワイを楽しむことにしよう。たくさん、青空を見て心を豊かにして帰ろう。

 

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リセット完了

2013-01-06 | Diary

年が明けた。

去年のことは、もうなんかすごい過去のよう。

年が明けるってことは、こういうことなんだろうかなあぁ。

 

今年は10連休のお正月休みだった。

初日はいきなり会社に半日出社する羽目になったけど、それ以外は全てを真っ白にする日々だった。

 

幸か不幸か年末の足首の捻挫のせいで、走ることばかり考えるような冬休みでもなかった。

もし怪我してなかったら、多分走り込んで終わってたかもしれない。

 

最初は歩くことすらおぼつなかった足の痛みは、日に日に良くなっていった。

10連休の始めの日は2kmで足が痛くてしょうがなかったのに、最後の頃は、レースペースやロング走の7割程度まで回復してきた。

毎日小さな目標を立てて、それをクリアする日々。

今日は5km、今日は7km、今日はペース30秒上げてみよう、そんな小さな目標を達成していく。

ささやかな達成感が、毎日の幸せに繋がってく。

寒い冬だったけど、青空が美しかった。

最後のほうは、寒空の中、かなりいいペースで走れるようになり、汗だくになれることすら嬉しかった。

 

 

走る距離が少なくなったこと、そして、心身ともに休めたい日々だったので、前半はほとんど出歩かず。

ずーっと好きな音楽を聴いたり、貯めてた映像を見たり。テレビはほとんどみなかったなあー。

沢山眠った。脳を完全にリセットしてみた。

運動量がどうしても落ちるので、食事は少なめに。体重は普段より2kgほど落ちてるかも。

走れなくても、早く足を治してもう一回気合いれたい。

そう考えると、思い切りバイク漕いだり、筋トレだって欠かさずやれてしまう。

 

ボストンの前に今シーズン諦めずもうひと勝負するって決めた。

それまであと70日ほど。走りでの年明けは、かなり先。なので、お正月料理は食べてない。

我が家はお正月はいつもカニ旅行なのだけど、今年は通院の予約を外せなかったので、今年はパス。

 

おかげで、後半は、家族以外に大事な人たちと過ごすことができた。

身体の体力がつき、足に少しずつ意思を伝えるようになってきて。楽しい時間も過ごせたな。

地元の素晴らしさも沢山堪能。

  

 

そして、最終日は、明日からまた始まる日々に向けて充電。

もう一回リセットしてから、少しずつ頑張ってこー。

 

といいつつも、来週末は、また楽園へ。

楽園に癒されに行くのではなく、リセットができた自分を連れていけるのは、やっぱり嬉しいなあ。

 

まだまだ身体も足も万全とはいかないけど、今年は少しずつ調子を上げて行こう。

沢山の美しい空を眺められる素晴らしい年になりますように。

 

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Dawn over 2012

2012-12-31 | Diary

気づけば、今年もあと数時間となった。

1年前こんな文章書いたんだよ、ってわざわざここのブログは教えてくれる。

 

2012年。

振り返っても、あまりにも、あまりにも、沢山のことがあり過ぎて、消化できない。

振り返ろうとするも、訳わかんないくらい。

いろんなことが起きて、それが全て絡み合って、最後はプチッと切れるようなことになってしまった。

 

シゴトでも、走りでも、自分の周りでも。

全部全部絡み合って訳分かんなくなってしまった。

 

2月の東京マラソン。

数年前に大きな怪我をした場所が古傷になって、そこをまた直前で痛めてしまった。

東京はほんとうにつくづく縁がないなあ。そう思うけど、東京が素晴らしい大会になってたこと。そして遂にワールドメジャーズの仲間入り。

それに全く異論のない素晴らしい大会だとおもう。

そして、3月京都を走った。我が故郷を走れたこと。感慨極まりない。

 

春。

 

「たまやんが元気で走ってるのが、勇気を与えてるんだよ」そんな言葉をワタシにくれた大切な友。

 

その友と同様に一緒に出会った大切なもうひとりの、友。ずっと海外で、長い間病気と戦っていた。

友達は、海外に飛んでまで彼女を励ましに行ってくれた。

ワタシも居ても立ってもたまらず、彼女に会いに行く事に決めた。

時間がどうしても、なかなか合わず、やっとの思いで、調整し。3泊5日で、長時間フライトで、いざ休みを取ろうとした時、ボスから呼ばれた。

 

「karenさん、3月○日、時間あけておいてください、会わせたい方がいるので」と。

 

長年戦友のように一緒に頑張って来たボス。いろんなところがつぎはぎだらけの会社の綻びを他の仲間と一緒に繋いで来た。

小さいながらもいい会社になったなあ、と思った頃。さすがアメリカの親会社はそんな実績を見逃さなかった。

グループ会社の他の大きな規模の会社へ行ってそこを立て直せと彼に指令が下った。

新しいボスを捜すも、なかなかそんな簡単に見つかる訳もなく、会社を兼業する形で、3か月経った時に、やっと適任が見つかった。

その彼に会ってほしい。マネージャーの一人として、その申し出を断るわけもできず。

一度足りとも、ワタシの休みを認めなかったことがない彼に、有休取得を伝えることができず、結局フライトはキャンセルとなった。

ホスピスから、たまやん、待ってるよ、という彼女のメールに、行けなくなったという返事をすると、それに返信はなかった。

 

行けなかったことに、代わりに行ってくれることになった友が。

「心配しなくていいよ。たまやんが元気で走ってるのが、勇気を与えてるんだよ」と。

 

4月。ボストン。暑かった。32℃。

でも、ボストンはいつものボストンだった。いや、ボストンのすごさを改めて実感させてくれた。

今年もココに来れた事を感謝した。

 

5月。

いよいよ、新しいボスがやってきた。

前ボスがすごい人だったけど、彼も負けず劣らず。すごい人だった。

新しいボスとしても、充分尊敬できる人だ。

だけど、アタリマエの事だが、ボスが変わるということは、想像以上なことだった。

会社の方針が、がらっと変わることがあちらこちらで。今までずっと黒いと思っていたカラスを、白いと言わねばならないような指令だってある。

頭の中が混乱するも、そのスピードについてくの必死だった。

 

6月。

5年振りに100kmを走った。

四万十で足を怪我していらい、トラウマだった100km。100kmなんて走ったらまた記録更新に遠くなるっていわれりした。

それでも、誘ってくれた友が、100km参加でないと宿が取れないからという単純な理由で100kmを走ることになる。(その友達は怪我で来れなかったけど笑)

時間はたっぷりかかったけど、怪我もせず無事に走りきれた。

 

夏。

ウルトラの疲労なのか、シゴトの疲労なのか、この辺から調子がおかしくなってきた。

7月には風邪をこじらせてしまった。久しぶりにかなり寝込んでしまった。身体の調子がおかしくなり過ぎて、台湾に行くはずだったのもキャンセル。

会社へ行くと大残業。休みの日には、寝込み、こんな日々が続く。今年も猛暑。全然走れなくなる。

 

もう我慢できなくなり、真夏で一番暑い、ハイシーズンにハワイに逃げた。

 

恒例の道マラ。

レース2日前に、仕事中高熱を出した。集中力が切れ、会社を休みたいと思い、ボスに伝えるも、「NO」と。

レースのために休むつもりじゃなかったのに、そう誤解されたことが辛かった。まだコミュニケーションが上手くいってない。

道マラは、初めて走ったホノルルと同じくらい。5時間もかかってフィニッシュした。

 

オリンピックがあったその地で頑張ってる友からメールをもらった。

「たまやん ねえさんどうもありがとう。
私はこれから救急車で病院に行きます。ここ2,3日急に足腰がたたなくなったので、
スキャンをしてきます。
体が痛いです。
でもがんばります。

たまやんみたいな、お姉さんがいてくれて本当に心強いです。」


彼女が頑張ってるのにね。ワタシ頑張らんでどうする。

 

秋。

道マラで走れなかったことだってめげてなかった。シゴトだって頑張るよ。

新ボスの要求は日増しに大きくなり、帰る時間が毎日数時間遅くなった。22時過ぎてから、走りに出ることも普通になった。

だけど、身体がどうしてもいうことをきかない。

全然走れない。疲労がどんどん抜けなくなる。年のせいにしたくなかったけど・・・そうなのかなあ。

涼しくなったら走れるようになる、そう信じるも。秋が来るのが遅かったからだと思うも、身体が動かない。

 

気がつけばニューヨークがちかづいてる。

ニューヨークで、結果を出して、今年はここで一旦終わろうと当初思ってたが、そこまではどうもうまくいかない。焦りまくってた。

でも、ニューヨークに行けば。何かを得られる。そう信じて降り立った、ニューヨークは、サンディというハリケーンが大会すら吹き飛ばしてしまった。

 

日本に帰って来て、1週間後。あり得ない大遅刻をするほどの時差ぼけに見舞われる。体内時計が狂いまくった。

何のためにニューヨークまで行ったんだか。

 

そんな中、遂に友からメールが来た。

 

彼女が旅立った、というメールが。

 

ここ数か月がヤマだということ、そして治療がかなり辛いもので痛がってるということを聞いていたから、そのメールを見た時正直ほっとした。

あー、これで、もう苦しまなくていいんだって。

本当に大切な人が苦しむことがないんだって思ったら、涙も出ないんだあ。って思った。

 

その1週間後。

出ようかと迷ってた神戸マラソン。感謝と友情。いつも勇気をもらってるっていっててくれた、彼女のことを思ったら出ない訳にはいかなかった。

結果、上手く走れなかったけど、やっぱり走れてよかった。

 

だけど。

神戸を走り終わったあと、身体中の電池が本当に切れてしまった。身体が動かなくなってしまった。

真っ暗闇に落ちてしまった。上に上がる階段を見つけることができなくなってた。

友の事を改めて思い出し、時間が経ってから、彼女の事を思い出し、号泣してしまった。もうあの笑顔に会えないなんて。

 

病院にいった。

「今病院にきて良かったですよ。このまま放っておいたら取り返しつかない状態になってましたよ。」

 

本当に真っ白になった。

全部を真っ白にして、病院の先生に言われたように薬を飲み、日々を過ごしていく。

 

すると、小さい光が遠くに見えてきた。あれだけ辛かったことが、少しずつ少しずつ、薄れていき、過ぎ去っていく。

やっと少しずつ、歩けるようになってきた。走れるようになってきた。

 

でも、上へ登る階段を見つけられたのは、病院の先生がくれた薬だけじゃない。

ずっと、ずっと、みんないろんなところでワタシのことを見守ってくれてた。

調子悪くても、いつも励ましてくれたラン仲間。彼女と同じように長い付き合いをしてきた仲間達。みんなから勇気をもらった。

ダメだしたくさんしてくるボスだって、無茶振りしながらワタシの事を心配してくれている。

 

そんな感謝がなければ、今日のワタシはない。

そして、12月の防府。神戸のような緩い大会ではなく、あの厳しい大会には、スタートに立つ事すら出来ないと思った。

1週間前。みんなで温かい鍋を囲みながら、「大丈夫、やれるよ」と励ましてくれた地元の友。

そして、ボロボロになってるワタシを励ましてくれ、また頑張っている姿を自ら見せてくれた友が一緒に走ってくれた。

 

本当に、沢山の素晴らしい仲間に囲まれている。神戸マラソンの通り、友情と感謝。

 

また、頑張るよ。

やっと身体ももとに戻りつつある。年のせいだと思ってたあの辛い体調不良が全て吹き飛んだのが、嘘のようだ。

気持ちもすごい上向き。

次の目標に向けて、頑張るよー。そう張り切ったら、最後の最後にやっちゃった。

 

早く帰ってさあ走るよ!そう決め大掃除を頑張ってたら、段ボールに足をひっかけ、滑って転んだ。

軽い捻挫だとおもってたら、どうも靭帯を伸ばしてしまったようだ。。。。とほほ。最後の最後まで、何するねん、ワタシ。

 

ついてへんなあーー。今年はとことん。

 

って、笑顔で自分に突っ込めるようになってる。もう大丈夫。

今年の東京が走れなかったのは、以前小さな故障をした時に、無理してすぐ走り出して、大断裂をしてしまったのが古傷になってること。

あの時みたいなことは二度と繰り返さないよ。

だからこそ、毎日、自分に「急がば回れ」といいながら、日々を過ごしている。

 

数日前。

Dawn Over the Clover Field

マッキーが新しいアルバムを出した。毎日毎日ずっとヘビーローテーションで聴いている。

 「今の時代、多くの人が大きなストレスを抱えて生きている。『ワーッ』と叫んでしまいたいような現実に出会うことが多い。そんな時に思わず利己的になっ たりするんだけど、そうじゃなくて利他的、他の人のことを考えられるようになったらどんなに素敵かと。その問いかけをポップな音楽に乗せてみたかった」


ここでも何度も書くが、マッキーはワタシと同じ年で、ずっと同じように歩んで来ていると信じている。

いいことがあり、辛いことがあり、彼の人生も本当に波瀾万丈。

恋、人生、社会。彼の人生観は微妙に作る曲を変えながら現在に至るって感じだ。

 

2年ほど前に彼はインディーズ(独立)な歌い手になった。大手レーベルに属せず、個人でアルバムをだすようになった。

そのせいか、最近の彼の曲は、とにかく自分に素直であること。そして、人への感謝を忘れないものだ。

 

 

曲調が昔と変わったとか、難しい歌を唄うとか、とがってるとか、いろんなことを毎回アルバムを出す度に言われてるけど、

人間だもん。同じ年だけ生きて来たからわかるけど、人を愛してるときだって、とがってるときだって、いろいろあるよね。

変わって当然だと思う。

今のマッキーは、そんななか、人に感謝を忘れない、温かい作品を与えてくれた。

 

2012年。は、ワタシにとって、素敵な2013年の夜明けを演出してくれる1年と信じたい。

 

みんな、今年もほんとうにありがとう。

さとちゃん。ゆっくり天国でまた笑顔で過ごしてね。もう少ししてから会おうね。

 

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目先の一秒より、今日のベスト。~2012防府読売マラソン~

2012-12-20 | RACE

12月の第三日曜日。
ここ三年間、この日に本気で走るために一年を回して来た。楽園ランナーだったんだけどな。走り出した頃は。


本気しかない、みんなの眼差しが本当に素晴らしいこの場所で本気になる。大好きな場所。

それが防府読売マラソン。

3年間毎年気合入れて準備して、そして、跳ね返されて来た(笑)
自己ベストを出して大喜びした場所であり、最高に悔しい経験をして大泣きした場所でもある。毎年ここでも沢山書いて来た。


1年前、最高にいい状態で臨んだはずだったのに、あの日だけ身体が動かなかった。未だにあの原因は分からない。

そして。楽園ランナーだったはずの私。

3年間ここを走ってきたことと同時に、昔、走り始めた時に決めたことがあった。

「オリンピックイヤーはホノルルを走る」

走ることより、ハワイが好きだったはず。ハワイが好きで、その延長にホノルルマラソン、マウイマラソンがあったはずなんだけど。
その言葉通り、2000年、2004年、2008年と走ってきた。今年はオリンピックイヤー。本当ならホノルルを走ることになる。

だけど、どうしても去年のあの日の謎を知りたかった。もう一度チャレンジしよう。ホノルルは走らないって決めた。

(といいながら、ニューヨークで結果を出せてたら、ホノルル走ったかもしれない(笑))

 


そう決めて、8月のエントリ開始初日に防府に、エントリした。いつもはツアー組んで行ったけど、本当に走れるかわからないから、今年は一人で行く事にした。

そして、ホノルル走らないの?って一緒に走るはずだった人たちに残念がられた。

なのに。
そんな8月以降。

身体中が金縛のような事に襲われてしまった。いろんなことがあり過ぎた。10km以上全力で走れなくなった。

今年、たくさん大切なものを無くしたことが、走ることまでブレーキをかけてしまった。


マジランしか許されない防府。こんな状態では走るどころか、完走すら危うい。出るだけ無理。失礼だ。遠いところまで行く意味が無い。
これだったら、ホノルルでておけばよかったかな。

なんて出てくるのは愚痴ばかり。
仲間が、どんどん頑張ってPBを更新していることを喜ぶことすらできなくなってた。それより妬ましさばっかり。

そんな中、同じように、今年に向けて頑張ってるけど故障でうまくいかないのに、私のように、愚痴なんて無縁で、今出来ることを一生懸命探されてた。

もがいている私に、沢山励ましをくださった。

その姿に、自分の今が何て情けないんだって思った。
今出来ることがたくさんあるんだよね。って。そのうえ、代わりにホノルル出る?そんな生半可な気持ちでホノルルに失礼。


1秒でも速くより、 「今自己ベスト」を突き詰める
by 為末 大

尊敬する彼の言葉をふと思い出した。というわけで、迷いに迷っていたが、2日前、思い切り青空の下を走り、日曜楽しもう。そう決めた。

 

4年目にしてのんびりふらりの防府。ゆっくり遅くに行くつもりだったが、身の回りも片付き、前日受付に間にあう時間に防府へ。

ずっとのぞみだったけど、最近は絶対さくら。さくらはものづくり日本の誇りだ。製造業に携わるものとして、こんなに美しい工業製品は無いと思う。

(なんて偉そうなこといいながら、新大阪乗った瞬間降りる直前まで爆睡してたけど

 

   

受付会場では、ラン友さん達と再会。旅ランの一番のいいところは、別に誰と約束してなくても、必ず再会できること。

旅を重ねるごとに、友が増えていく。これが醍醐味だ。

時間があったので、お誘いを受けて開会式にも参加してみた。さすが準エリート大会。結講厳か。すっかり有名人の埼玉県庁の川内君。なんとマネージャーまでついていた。

彼も旅ランナーなので(笑)しょっちゅうあちらこちらの大会で見かける。最近彼に会ってもあんまり感動しなかったりする

観光モードとはちと遠い防府なので、大人しくうろうろせず。おまけに大雨だったので、まったりと前夜を過ごす。

緊張していないつもりだったが、やはり眠りが浅かった。緊張してるんだろうな。

 

昨日は大雨だった防府は、打って変わっての青空。
さすがの晴れ女。朝で9℃!
正午スタートだからのんびり。
7時45分に朝食まったり食べてたら、8時になった瞬間大行列(^^;;マニュアル通り4時間前だからかな(笑)朝ご飯は3杯おかわり。この量なら今日は調子良さそう。



ゆっくり準備して、シャトルバスで10時過ぎて会場に到着。
出発前に全部準備終わってるから余裕ー。


今年は1000人以上増えたから混雑を恐れていたけど全く杞憂に終わる。
会場内どこも何時もより人が多いなって感じるだけで影響なし。
防府の良さはここに尽きる!走ることだけに集中できる。
準エリート大会だから、仮装ゼロやし。みんなマジランに足元のシューズが物語ってる。


しかし!やっぱり人の多さは大きく変わった。
競技場、すごい人!

今年はラン友さんが一緒に走っていただけることになってたが、競技場のおびただしい人に、探すのは限りなく難しくなり、焦った。

ゼッケン番号教えて貰ってたのに忘れて、立ってる係員さんに出走表借りて探すも男性ランナーの数多すぎ。探しきれず時間切れ(T_T)

あーどうしよ、と思ってたときに声かけてもらう。セーフ!なんていってたらスタート5分前切ってた。

女子は出走少ないので、結構前から走れるけど、後ろでも良いや、どうせごぼう抜きされるんだから、ってリラックス。
ロスタイムは?家帰ってガーミン確認したら23秒。というか、どこがスタートか分からないし(汗)トラック溢れて最初フィールド走った(爆)

今日の目標は45分切りでペース5分15秒前後がターゲット。

45分切り=私の2014BQ。 今キロ5で10km走れないような今の私には、壮大すぎる。

ここ3年間、ここでサブ3.5を狙ってきたというのに。情けないが、今日のベスト、頑張るぞ。

とはいえ、エンジンかかるのが遅い私だから、最初は20秒オーバーでも焦らず、後半上げてく作戦。


「走りはネガティブ、気持ちはポジティブ」



なんてわけわかんないテーマを最初1km過ぎた頃に見える海見ながらつぶやく。

去年、この海見ながら、身体動かないー、とぼやいてたのにね。

それにしても今年は去年海風で凍るような感覚だったのに、汗がいきなり最初の5kmで止まらない。

暑い!
毎年8~9℃位で寒風、時折雪の防府が、スタート16℃、湿度50%って!

信じられない!最初の給水ポイント既に水が間に合ってない。取れる水が無い。これは運営のせいじゃなくて、経験値超えた暑さなんだと思う。

そんな気象条件にボヤキかけた瞬間、後ろから声が。

「大したロスじゃないです。ゆっくり焦らずいきましょう」と友の声。

 

ハッと我に戻る。今日は、全てを言い訳にしない、気持ち切らさず走ろう。その瞬間そう誓った。



暑くてサングラスから汗が溢れてなんども拭うも、いつも強敵だった風を味方にすることにした。時折吹く風に、暑さを和らいでもらった。
今年は、私には、風も強い味方だ。ってポジティブに考える。

現実、実際、ペースは前半イージーペースを維持するので精一杯だった。5分15秒に一生懸命近づけるも、かなりもがき続ける。

それでも、このペースは、突っ込んで撃沈しないギリギリのところ(いわゆるLT値)だと、自分なりに理解した。

じゃあ、これを維持しよう。残念ながら、例年より、10秒以上低いが、現実を受け止めよう。

だけど、これを絶対落とさない。これを最後まで死守してやる。


なんていいながら、落ちそうになったりふらついたラップ。でも、友が励ましてくれる。後ろからそっと見守ってくださる。

相変わらず、余裕度は最初から全くなく。
沿道の暖かい声にも申し訳ないけど、今日だけは応える余裕ない。今日は、走りだけに集中しなきゃ、最後まで走り抜けない。


「今日だけはワガママに自分の事だけ考えて走らせて下さい。なので、わたしの分も沿道に応えてください」

って、そう友にお願いした。その通り、私の分も沿道に笑顔で手を降り、猫ひろしに大声をかけ、川内君には最大のエールを送ってくれた爆。

そして、時折いろんな話をしてくれる。その度に、「karenさん、話返さないでいいですよ、聞いてるだけいいですよ」って。普通ならうるうるなんだろうけど、
それも、封印して走りに集中。

5km、10km、15kmと進む毎にかつての悔しい思いが蘇る。
防府はガチ走りしかしないから、楽しいなんてないんだよね、当たり前。

だけど、不思議な事に、ペースが今まで最遅なのに、チェックポイントを気持ちよく越えていける。
ペースが遅いからじゃない。だって今日の精一杯のペースなのに。ハーフ52分で通過。よし!


「女子をごぼう抜きしてますよ」って。友が褒めてくれた。
(ほんとかなあ、と後でリザルト見たらほんとに50人以上最後で女子を抜いていた。ま、おそすぎなスタートだったからだけどね)

ハーフ直後の三田尻大橋のアップダウン。去年はめちゃきつかったのに、フラットに感じた。

それでも、ペースはひたすら維持。

ちょうどその頃私の前に素晴らしい走りをするランナーさんがいた。
上下動全くぶれず、フォームが美しい。ペースを頑なに守ってる。

多分本当はスーパーランナーさんだとおもうけど、何かの理由でイーブン走してるんだと勝手に解釈してそのランナーさんをひたすら追いかけてく。

走るだけ集中できる、こんなに贅沢な走りは最初で最後だろう。

25km~30km。

去年ここで気持ちが切れた、折り返しまでのポイント。周りのペースに巻き込まれ、向かい風が去年ハンパなかった。
もがいた結果、折り返した後はリカバリ出来ず、ずるずると落ちたところ。

ここを焦らず大切に走る。何も考えず、とにかく前。
橋の上りは頑張らず、下りでリカバリして上手く走りをコントロールするんですよ、って後ろから聞こえてくる絶妙なアドバイスだけ耳に入れるのみ。

給水は、最初は取れなかったけど、給水体制もリカバリしつつ。
って、ここまで書いて思ったが、実は自分の順位が上がりつつあったから、確保出来たのかも。それなら嬉しいな。

とにかく給水は、ペースを乱そうとも最優先。暑いレースなら任せて(笑)

30kmを2時間40分。
凄い、予定通りだ!折り返しコーンを気持ちよく叩く。ここからだ!

気持ちは全然全く切れてない。

給水もジェル補給も上手くこなせ、体調にも脚にもさほど疲れは感じない。
けど、今シーズンろくにロングしてない現実を誤魔化せるほど甘くない。

心拍が上がり出した。

時計を見るのを止めた。ペースが落ちてるのは自覚しても、とにかく前進む。友のアドバイスの通り、前進むランナーを一人一人捕まえてくことに
だけ気持ちいれる。
防府のランナーは、みんなボストンと一緒。同じペースで走っていくから、その人たちにとにかくついてけばいいんだよって。


35km。防府駅前賑やかな場所。

応援が賑やかな所で、キツさが全開(T_T)心拍あがりまくってきた。

後7km。

友が、落ちかけてる自分の前を力強く走ってく(T_T)45分カットは無理って35kmで判ってた。

だけど、だからと言って最後流すのは失礼だし、自分自身の今日の目的である、最後まで気持ち切らさないっていう目標がある。
今日はタイムより、もう一度力強く本気で走れる気持ちを取り戻す。目先の一秒より、今日のベストを目指す。そう決めたんだから。

「みんなキツイんですよー!!粘れ!」

とはいえ、41km手前の横入川越え、強烈にキツイ。
頑張ってなかったら大した上りじゃないんだろうけど、このまま走ったら気絶するんちゃうか?って思うくらい、本気で登った!

そして競技場までの1km弱、
「あと800mですよ!!」のかけ声。

ここでヤッソやるのぉ???それより遥かに遥かにキツイ。

心臓が口から出そうな感覚、インターバルじゃなくてフルでは初めて。

そして、やっと競技場。

ヘロヘロになってるはずなのに、ふと気づくが脚、どこも痛くない。痙攣ってなーに?内臓痛くないの?ってくらい元気。心拍以外(爆)
神戸で大きなマメができ、メディカル行ったのに、今日は全然元気。

トラックへ。

「ここからリラックスで笑顔でゴールしましょう」って。

ラスト1kmのとてつもない苦しさは、フィニッシュラインを超えた瞬間、全て吹き飛んだ。それは、全て満足感に変わった。

 

フィニッシュした時、号泣の準備してたんだけど、涙は一滴もでず。普通に元気に笑顔で競技場を後にした。

心技体、今回は心に120点位あげたいくらい、良くがんばった。


もちろん、それは、私一人の力じゃなく、今日のレースだけでなく、その前からずっと調子悪い私を一杯一杯励ましてくれた、たくさんの仲間達のお陰。

私って、本当に幸せだなあーって本当に思った。


神戸の後粉々になった自分の心を一つ一つ繋ぎ合わせて、ここから長い道のりだけど、も一回時間かかっても、積み木を積み直そう。


時間かかっても、まだまだひよっこだもんね。ランナーとしては。

それにしても、防府って、やっぱり素晴らしい大会だ。
今日の結果は、過去3年より10分以上遅いタイム。

それでも、恥ずかしくない、かな。いや、、多分、一番自分を褒めてやってもいいかもしれない。

 

防府で一番長い時間、一度も気持ちを切らさなかったんだから。


このホスピタリティの素晴らしさ。コースの素晴らしさ、ランナーの素晴らしさ。日本で一番大事な大会の一つになりそうだ。

来年は今日学んだ事で自分一人でおさらいしに戻ってこよう。

 

・・・

レース終わって、早4日経っている。

仕事が忙しすぎて、毎日12時間以上働いているけど、疲れはなく、未だに日曜のあの満足感、達成感に満ちあふれる日々が続いている。

それは、ベストを出せたからなんだろうな。

 

また、ボチボチ、また次ベスト出せる走りが出来る日まで頑張ろう。

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静かな感動~神戸マラソン~

2012-11-28 | RACE

いよいよ、やって来た地元、神戸でのフルマラソン。

地元といっても、隣市民であり神戸ではないけれど、学生時代の4年間、そしてこの兵庫県に住みだして15年弱。

私にとって、第二の地元であることは間違いない。

本気で走り出して7年になる。

その頃から、ずっと出ていた神戸女子ハーフマラソン。

自分のランの原点であるホノルルマラソンへの景気付けの大会であり、本気でタイム狙えるコースで、長年の夢だったニューヨークシティマラソンの資格もここでとった。

それは、本当に大切な大会であった。

そのノウハウを継承して、この大会が発展的に開催されることになった。

兵庫県は同時に陸上王国、駅伝王国。そんなある面マニアックではあるけれど、走ることをお祭りというより、神聖なものととらえてくれているような感があり。

だからこそ、神戸は大切なものになることは分かっていた。

 

昨年の第一回、ニューヨークを回避してまでも走りたかったが、抽選で走れず、、残念。

そんなときに、追加抽選とはいえども、このチャンスをいただいた。走れなかったニューヨークの代わりでもなく、地元の大会を味わうぞ。

特別な、素晴らしい一日になる事は間違いない。

 

そう感じスタートに立つことになった。

 

とはいえ、現実は感動だけでは片づけられる状況ではなかった。

ずっと続く体調不良が影響したのか、腰足の痛みが収まったとおもえば、口内炎が痛くって(涙)前日はずっとその痛みの対策ばっかり。

夜もやっぱり緊張しているのか、、眠りは浅かった。

それでも、9時スタートの大会に、家を出るのは7時半でも充分間にあう。家でゆっくりとご飯を食べ、電車で15分。本当に近い。

朝はあり得ないくらいの快晴だ。六甲山がくっきり。

 

荷物を預けて、スタートエリアに。それでもスタートまで45分前。

あ、そういえば、すぐ荷物預けちゃったから、写真がないなあ(笑)

待機場所は、市役所前。感動も、感慨もなく、なんか余りにも普通な感覚だった。今からフルマラソン走るの?って感じ。

ブロックはA、最前列グループ。

ブロック大きいから、知り合いには全然会えない、、と思ってた。

ふと前みるとチームメイトが。しばし雑談してたら、セレモニーが始まった。黙祷やら震災に関するメッセージ。

そういうのを厳粛に聞いていたら、いつのまにかスタートになっていた、みんなどんどんスタートしていく。拍子抜け。あらあら。1分も経たずに私もスタート。

 

今日はどんな走り?
ことしまともにロング走をせずに走れるほど甘くないのはランナー暦も長くなった自分だから嫌ほど分かってる。「マラソンにはまぐれはない」のだ。

満足な走りをするには、人それぞれだが、私の場合は複数回30kmをこなさないと、走れないってのがわかってる。

それに、体調が上向きとはいえ、一週間前には熱を出して寝込んでいた現実はごまかすこともできず。

タイムがどうのこうのより、楽しむ。で、ここから始まるシーズンに繋げていかねばならない。

じゃあ、今日できるのは?


やっぱり、30km走でしょ。
所謂王道の本命の大会の設定ペースから、マイナス20~30秒くらいでで30km走る。それでいこう。


焦らずのんびり行きましょう。

しばらく走ってるとラン友が。神戸は背中に名前が書いてあるから、すぐわかった(笑)調子良く先を走っていかれるが、安全運転。
道は狭いも、あんまりきにならない。ゆっくり走ってるからか。
これがレースペースだったらいらいらしながら抜いて行くのだろうか。
逆に後ろからジグザグするランナーが多い。
気温は6℃、風速0.5m、快晴と間違いなく、史上最もいいありえないくらいのコンディション。寒くもなく、暑くもなく、敢えていうなら日差しが眩しいくらい。

あー、勿体ないなあ。このコンディション(笑)


5kmを過ぎてから、少しずつ淡々と走れるようになってきた。身体にどこにも力を入れずリラックス。

頑張ってないもんね(笑)無理してないもんね。そらそーだ。手元の時計のGarminは速度が一定で動かない。安定して走っている証拠。

 

そのままずっと淡々と。

あー、ここ神戸ハーフで走ったなあとか試走したところだなあという思いはふつふつと出てくるも、、、

本当に淡々。正直もっと感動するんだろうかなあ?と思ってたが、全然。もう本当に練習のようだった。小さなアップダウン、道路の小さなデコボコも、うんうん、

うなづきながら。全て私には既にインプットされていることだった。

沿道の毎キロ表示も、見る事無く、あ、そうそう、ここは○km地点。そろそろ10kmだなあ、15kmだなあと全てが想定されたから、感動が全然ないのだ。

 

やっぱり、ここは自分のロングの練習コース。飽きるほど走っているから新鮮味がない。

という反面、いつも飽きるほど走ってるが、かなりゆっくり。だから、今日はレースとなると、走るペースが速い分、それは気持ち的に楽だった。

すっかり練習のようだ。テンションが上がらない。

体調不良が影響してか、身体に力も入らないので、余裕もあんまりないんだよね。

 

それでも!!

 

こんなに美しい青空の神戸ってあっただろうか?

本当に、本当に雲一つない。太陽が眩しいくらいに光り輝いている。明石海峡大橋だって、光ってるのは、今まで見た事あったっけ?

折り返し、須磨の海に広がる、大漁旗を誇らしげに広げて応援してくれる漁船。

そして、何よりも、一人で淡々と走っていることと一番の違いは、

沿道で、素晴らしい応援と、励ましてくれる観客の人、そしてボランティアの方々。

おにぎりを差し出してくれたり、給水だってたっぷり。青空が広がっているけれど、気温は全然上がらず、暑さは感じない。だけど湿度の低さに給水は本当に大切。

充分過ぎる給水に、ポケットに入れていたパワージェルに手を伸ばす事より、沿道から差し出してもらったおにぎり、あんぱん、ありがたかった。

かなりいつもよりペースを落としているが、なんとか目標ペースでは走ってるはず。

5kmごとのラップも悪くない。まずまず。

だけど、今日はGarminはご機嫌が悪い。23km地点で全くGPSを捕捉しなくなり、もうどれくらいのペースで走ってるか、わからなくなった。

体感に頼る。でも、それも今日は大事だよな。

そして、


とりあえず、なんとか30kmまでは持ってほしいなあ、とじり貧をギリギリで抑えながらなんとか30km地点まで到着。
2時間44分。(5’30ペース)

予定通りといったら、予定通り。自分のペースを体調悪いながらも、きっちりキープできたことに、我ながらランナーとしてのテクニックは悪くないなあ。

 

ここからペースアップ?どうする?

ほっとしつつも、余裕は・・・あんまりない(涙)

足は元気だけど、ずっと立ちくらみのようなめまいがしている。こんなことは今までにもあまり経験したことない。体調に余裕はない。

ここからは、欲を出さず、次のレースに対して温存すべく、ペースダウンを選択した。

神戸で無理してしまったら、まだ次に繋がらない。ボストンまでは半年近くあるんだから。

 

30km地点で足を止め、屈伸し、水分補給をしてから、一気にジョグへ切り替え。


ここからは出来る限り沿道の人たちとコミュニケーションとりながら、楽しく走ることにした。

みんな、笑顔でどんどんハイタッチをしてくれる。そしてボランティアの人たちも、大声でエールをくれる。

この辺はなんども走って来た神戸女子ハーフのコース。調子いいときは4分30秒くらいでも走ってた場所。

びゅんびゅん景色が流れていく場所なのに、いつまでもサッカー場は小さくならないし(笑)風景が過ぎ去ってくれない。

 

余裕はないけれど、水分、糖分はちゃんととっていたので内臓は疲れていない。足だって余裕はないが、まだなんとか持ってくれそう。

だけど、一旦気持ちを緩めたせいで、トイレは行きたいような、行きたくないような。うーん、悩む。

ここでタイム優先だったらパスするけど、気になりだしたらとことん気になりだす。

今日はいいや。32km辺りの中央市場のトイレでコースアウト。


コースアウトすると、トイレは、建物の意外に奥だった(笑)ここで3分くらいタイムロスしたのかな。

後で、これがすごい後半に影響が出るなんて、、その時はあんまり感じなかった。



気分的にも落ち着いたので、またここからペースを上げて行くことに。
足はさほど疲れてなかったけど、噂の浜出バイパス(35km地点)。一気に高低差が上がる。

普通にゆっくり上がってるが、、周りは歩いている人が多い。知らない間に結講抜いていることになってる。

こんな高い場所を走れるなんて、なかなかできないからは楽しむぞーっと思っていた。

が、実際走ってみると、高速道路の中って感じでせっかくの快晴なのに曇りガラスであんまり絶景が見れない。残念。

そこから神戸大橋まではずっと単調で、小さな上りは、きついなあ。ゆっくり走って美しい海を眺めようと思うも、太陽で眩しすぎた(笑)


神戸大橋を一気に下り、そこから淡々と走るが、さっきのトイレによるコースアウトが、ここで一気に影響が。
ラスト12kmを1時間15分だったから、キロ6でいっても、サブ4やなあと計算はしていたけど、トイレロスがここで足を引っ張ってることに気づく。
1kmごとの看板でキロラップを確認して、うーん、本当にギリギリだ。
ここで手は抜けないじゃん><

ラスト1km、ちょっと落ちて来た。まずい。
フィニッシュの辺りから、4時間切れるよーという声が。


いや、4時間切らないとまずいでしょ、私。どんなに調子悪いとも、このコンディションでは4時間切らないと、一応僅かなプライドが(笑)

 

だけど、左足にかなり疲労が溜まっていた。

ずっと利き足の右がここずっと痛く、腰痛や座骨神経痛にまで影響していて今日はガッツリテーピングした。
だけど、左は、ふくらはぎのみだったんだよね。。。左に逆に負荷がかかっていた。


ラスト200m、本当に1分となった。

焦って焦ってペースを上げたら、思い切り左足がつった。もう使い物にならない。

 

そんな足を引きずってやっとの思いでグロスでも4時間切る前になんとか戻って来れた。

今年の東京と同じように痙攣を起こし、ほどひどくはなかったけどしばらく歩けなかった。

メディカルにお世話になる。

しかし今回は単なるこむら返りで、給水(経口補水液 OSー1)をもらったら落ち着いた。

後は普通に歩いて戻れたが、やはり最初から調子悪かったように、ずっとめまいはしていた。こういうのは初めてだ。やっ ぱり体調はあんまり良くなかったね。

それでも、まあその状態を理解して、ロング走ということで欲を出さず、地元を走れたってことで、良しとするか。

それにしても、今日の天気は、ありえないほどの快晴だった。
こんな天気が良かったなんて、記憶にほとんどないぞ。

 



ゴールでは、バナナをもらい、温かいみそ汁が嬉しかった。着替えて、建物の外に出たら、ボランティアの人たちが次々と神戸スイーツをたくさん手のひらに載せてくれた。

 

 

神戸を走ってみて、意外だったのは、すごいわくわくするのかな、感動するのかな、と思ってたのだけど、

そんな感情が全くなかった。

 

体調が悪かったから?感動してないのかな?

 

いや、そうじゃないんだと思う。

本当に、ここには、私の日常があるんだということ。

一度も辛いことや、嫌に思ったり、そんな感情がなく、まるでそれは空気のような一日だった。

 

だから、地元なんだということ。アタリマエが素晴らしいのだ!!

 

なにより。

家から帰りまでこんな近い場所で、走らせていただけたこと。

カメラを持たずに走ったのが惜しいくらい、神戸の街が光り輝く空だったこと。

ボランティアの人たちのホスピタリティは文句つけようがないこと。

アシックスの師匠であるTさんにやっぱり出会えてハイタッチができたこと。

全てがアタリマエの素晴らしさ。静かな感動が沸き上がってきた。

 

これが、今まで走った中でも、アタリマエの素晴らしさ。

コース、やっぱりいい。本気で走るコースだ。神戸はやっぱりこれからも、本当の意味での「特別」な大会なんだなあ。



今シーズン、明日からのことは、、、正直分からない。

現実は本当に厳しい。確実に力強く走れる力は、現時点では、無い。

 

このまま、私は終わってしまうんだろうか・・・。どうなんだろう。

 

まずは体調万全にしよ。心技体が整っていないと、本当の意味での私の走りとは遠いものとなる。

そして、レースの翌日、ディナーミーティングがあり、ボスからちゃんと出席しろっていうプレッシャがあり、無理できなかったのも事実。

これはばっちりだったので、市民ランナーとして合格だね。

 

でも、とりあえず、とにかく、まさに、テーマ通り、「感謝」。

この大会が、私にとっていろんな意味でのターニングポイントになるような気がする。



走ってほんとうに良かったなあー。また、神戸は走りたい。

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感謝と友情

2012-11-24 | Diary

ニューヨークからの帰り。

ニューヨークから直行便の飛行機が急病人発生という事態でシカゴに緊急したおかげで、当日帰れず。

誕生日を東京のホテルで迎え、翌朝一番の飛行機で帰途につき20分で準備して会社へ。

そのまま淡々とまた多忙な毎日にすんなり戻ったかと思うも、、翌週朝、ボスの電話で目が覚めるという、大遅刻。

体内時計がもうめちゃくちゃ。

それも戻った頃に、突然やってきた腹痛。そして、発熱。体調が最悪で胃腸風邪をひいてしまった。何しにニューヨークにいったんだか(笑)

そして、走ることは、、ニューヨークの喪失感を癒すには時間がかかっている。

メンタルのせいなのか、走りだすと腰が痛い。ふくらはぎが痛い。

そして、さとちゃんが旅立った。身体のバランスがとことんまで歪んでいる。いや、心も全て歪んでいる。

 

そして、そんな体調の悪さもやっと落ち着いて来た。

3連休。
体調もほぼ復調。
なんとなく前向きになってきた。まだ、休みに入るまで気持ち的に走るか迷っていた。

明日の神戸マラソン。

NYCMが走れなかったから、って安易に気持ちの切り替えが全くできず。
(というか、今でも代わりだとはこれっぽっちも思ってないけど)


こんな状態では走れない。走るなんて選択肢、ずっと帰国後なかった。だから。レースを意識したピーキングもしていない。


大阪には全く興味がないものの、神戸はやはり特別な存在。今年も抽選で落ちてしまったのだけど、追加により権利が回ってきていた。

でも、その権利が回って来た時には、既にベクトルはニューヨークだった。

それでも、その権利もどうしようかと最後の最後まで迷い、入金締め切り、1時間前に入金。

多分、走れたとしても、ニューヨークの後楽しくのんびりなのかなあと思ってたけど、

ここへきて、、まさかのNYCMのキャンセル。

とはいえ、ニューヨーク滞在中は神戸のことを考えられず。むしろ、絶対無理だと、ニューヨークの地でそう思ってた。

フルは、そんなに簡単に切り替えできるわけない。甘くない。

でも、体調が復調して、少し前向きに考えられるようになり、とりあえず、ゼッケンをもらってから考えよう、そうおもって昨日エクスポへ。


地元神戸。
24時間もかかってニューヨークまで行ってもはしれなかったけど、
スタートエリアまでは自宅から30分かからない。 エクスポだって30分余りで到着。
そんな世界で一番近いこの地元神戸。

そして、いざ、エクスポにいくと。
やっぱり、血が騒ぐよね(笑)ま、トーゼンといやトーゼンで。
去年は出られなかったけど、二年前まで過去5年ずっと出ていた秋の神戸。
初めてではなく、懐かしさのほうが。
で、地元でフルマラソンが行われるんだーって改めて感慨が深く、他の大会とは全く異なる感情が沸き上がってきた。


エクスポも恐らく大阪とは違い、地味なんだろうけど、地元らしさが凄く出ていた。何故か地元の物産展コーナーでいろいろ買うし(笑)


そこでフルマラソン。
エクスポにたどり着いたときは、新鮮さではなく、2年前までずっとこの街で5年間ハーフマラソンを走ったことを、思い出し懐かしさのみだった。

「感謝と友情」

  



このテーマを入り口で見た時に、タイムがどうとかニューヨークの代わりとか、どうでもよくなり、地元神戸を走れる喜び。
ハリケーン被災地の気持ちを理解できるのは、神戸だからこそ。
募金もしてきた。

 

エクスポではコンディショニング、鍼やらストレッチもやってもらい、出る気満々(笑)
というか、全然調子悪いとか、NYの代わりとか、BQゲットとかそんなタイム的なことは、日曜はとりあえずどうでもいいんでは?と思った。

地元を走る。それだけでいいや。

帰宅後、最近マンション内に出来たアスリート整体、前回のお試しが結講良かったので、今日は丁寧にケアしてもらった。
朝エクスポでコンディショニングコーナーで股関節が固いと言われたので、丁寧に時間かけてもらったら、かなりいい感じ。

 

今日は一日、とことんのんびり、リラックス。バナナが安かったので、バナナケーキ作って、糖分たっぷり。

明日は、晴れ。ランニングを通じて得た多くの友情に感謝して、さとちゃんのことを思い出して、素晴らしい我が地元を、走ってこよう。

特別な一日になるね。きっと。

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ゆっくりね。

2012-11-17 | Diary

大きな帆を立てて あなたの手を引いて
荒れ狂う波にもまれ 今すぐ 風になりたい

天国じゃなくても 楽園じゃなくても
あなたに会えた幸せ 感じて 風になりたい


 

RIP.

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最初で最後の特別な2012年第一日曜日。

2012-11-06 | Diary

滞在5日目の日曜。

この日に全てのコンディションを合わせて生活してきはずが、突然真っ白になった、日曜。

土曜の晩、明日のことを考えて緊張して床に就くこともないんだなあ。夜更かししようが関係ないわけで。

ニューヨークはサマータイムを採用していて、例年NYCMの当日である第一日曜の夜2時に時間が1時間戻る。

いつもは必ず眠っているはずなのだが、今日は相変わらず時差ぼけで早めに寝て夜中に起きてそのまま目が冴えてしまっったせいか、

この瞬間わがMACが時間を戻すのを目撃した^^

 

そして、もう一度眠ったものの、早朝に起床、向かったのはハーレムへ。

ハーレムは滞在先からさほど遠くないが、なかなか訪れる機会が無かった。

日曜は、礼拝が行われていることもあるが、レースできている限りは今後もないだろう。となると、今日なのかな。というわけで足を向けた。

気持ちいいくらいの快晴。

 

アフリカンアメリカン音楽の中心となった、アポロシアター。マイケルジャクソンがジャクソンファイブとしてここから生まれた。

  

シャッター画も美しい。

 

 そして、日曜礼拝が行われている教会へ。

中へ入ると、さほど大きくない教会が、三階まで超満員。みんな正装している。

牧師のお話が始まった。今回は当然、ハリケーンで犠牲になった人への鎮魂の祈りを捧げる。私も同じように祈りを捧げた。

賛美歌は、何十人もいる人たちが、お腹の底から声を出して歌っている。全身鳥肌が立ち、涙が出そうになった。

クリスチャンな学校を卒業している私、学生時代が蘇っているかのようだ。宗教がどうのこうのとつもりは全くない。ただ、こうやって皆で心を鎮め、明日を祈ることは素晴らしいと思った。

そしてここはツアーとして一部観光客向けに開かれているところもあると聞くが、そういうものじゃないんだということも改めて悟った。

決してできない、日曜な朝の体験。

 

そんなマラソンサンデーはサンディによって(とダジャレのようだが;;)幻のニューヨークシティマラソンとなってしまったが、
世界中から集まってるランナーはおとなしく帰る訳がなかった。

あるランナーはマンハッタンの南から北上しニューヨーク一周を試み、

大勢のランナーはNYCMの集合場所でもあるフェリーターミナルをオレンジの参加Tシャツで埋め尽くし、スタテンアイランドの被災地のボランティアにでかけたそう。

 

 

 (詳細は画像をクリック)


そして私は、お誘いを受け、世界中のランナー( America, France, Spain,South Africa.Australia, New Zealand,and そして私 )は

そして、急いで戻って目指すはクイーンズボローブリッジのたもと。

 ここは、16マイル(25km余り)地点。(緑色の場所)ここからコースを走ってフィニッシュを目指そうという自発的イベントに参加させてもらうことになっていた。
 


今日は雲一つなく、風も弱く、気温も非常に低く(9℃くらい?)で悔しいくらいのパーフェクトなコンディション!空は快晴(涙)
集合場所のクイーンズボローにいくと、既に橋を沢山のランナーが下りて走ってくる。

集合場所で、参加者みんなでそれぞれの国歌斉唱(笑)してからスタート。

NYCMのハイライトである200万人の観客が詰めかけるという1STアベニューは、さすがにいつもの人の壁がなく、だだっ広い感じ。
でも、前を向いて走ってると、沿道のほとんどの市民が、沢山のエールをくれた。
それだけでなくあちらこちらでコップで給水をくれる。まるでレースのようだ。
みんな気合入り過ぎ、、5'30ペース切るときもあってジョグというよりレースだった(笑)

  

ハーレムを過ぎ、そのまま曲がりセントラルパークを目指す。


セントラルパークに入ったら、びっくりするくらいのランナー。何千人のオレンジ色のTシャツを着たランナー、国旗を配したウェア、仮装ランナー、すごい。
レースコースとは逆にループを反時計周りに走る。

パーク内にも、たくさんの沿道で応援してくれる人たちがいーっぱい。
給水、お菓子、果物を用意してくれて、カウベルで大きな声で応援してくれる。
本当にレースのよう。


沿道にNYPD(警察)の人が公務顔で給水までくれた(笑)



そして、フィニッシュでゴール!
おびただしいほどのランナーで埋め尽くされていて、みんないい笑顔だった。

  

 



走れなかったことは、やはり全てこれで帳尻があったかというと正直まだ割り切れない部分がある。

 

やっぱり26.2マイルを今日の実力で走りきりたかった。

だけど、NYCMだからこそ、このセントラルパークがあるからこそ、なかなか得られない体験ができたことは、自分のランナーとしても忘れられないものになったかな。



街中を走ったランナー、被災地でサポートしたランナー、温かく迎えてくれたランナーによって、

世界一のマラソン大会は、開催されずともその意地を守ったって感じでだった。

ランナーとして初めて目標にしてきた大切な大会は、やっぱりそれには変わりなかった。

来年から出にくくなるけど、、またいつか出れたらいいな。

 

2012年の11月第一日曜日は、忘れられない一日になった。

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Reopened Central Park! step by step

2012-11-04 | Diary

昨晩は喪失感ばかりで気持ちの整理もなかなかつかなかったけど、一眠りすると、スッキリするもんだな(笑)

 

朝目覚めたらJALに電話して早期帰国を依頼するつもりだったけど、それすら消え失せた(笑)

ボスからメールが来ていた。

「中止残念だったね、後楽しんで」と、会社のメールではなく個人メールに、顔文字付き。

その前に怒濤のごとくシゴトのフォローのメールをボス、同僚、スタッフへ送りまくっているが、それにはレスはなく。帰ってからでいいよという意味なのかな。

ありがとうございます。また帰って働きますわ。

 

ゆっくり時間を過ごそうと、朝からまったり、掃除洗濯して、ココの部屋のスタッフであり友達であるYちゃんとゆっくりいろんな話。

アメリカ大統領選を前に、いろんなことが重なって、昨日の中止のアナウンスがあるんだよね、ということをしみじみと。

 

そんなことしてたら10時前に。8時オープンに行こうと思ってたけど、時間はずるずると。

今日のニューヨークは雲の切れ間からの青空が澄んでてとっても美しかった。

セントラルパークにはいっても、紅葉も素晴らしく奇麗。

  

 

 

こんな風景に足を止めそうになったが、まず公園に入るやいなや、一人本気走開始!

思い切り気合入れて走って、なんか全てをさっぱりしたかった。

コースは、セントラルパークの1周コース、ループ。約9.7kmなんだけど、ここを自分の時計で10kmタイムトライアル。

 

パーク内は、参加Tシャツ(オレンジ色)を来たランナーで溢れていた。みんな気合入って走っている。

ゆっくりダラダラっていうランナーはいなかった。

日本の美ジョガースタイルも皆無(笑)みんな気合いれたパンツで女子も速い。

 

 

なんどもこの美しさに足を止めそうに、そして、繰り返されるループのアップダウンは、結講キツい。

それでも、最近の自分のイマイチ調子が出なかった頃に比べれば、気持ちいいくらい足を動かせて、日曜のレースペースは軽く超えた。

気持ち、身体はやっぱりレースモードになってたかな。
ちゃんと走れたから、調整は上手くいってたということでまあいいか。
(当日レースが開催され「たら」「れば」は言わないことにする!)

幻のフィニッシュゲート。沢山の人でごった返していた。みんなここで笑顔で写真をとっている。

オランダ人の集団は、みんな「ブルームバーグ!(ny市長)」とブーイングサインを笑顔でしながら写真に収まっていた(笑)

走りかったという気持ちはあるものの、みんなそれなりに受け止めているよう。

 

思い切り走ったあとはもう一周はゆっくり写真を撮りながら、結局22km走った。走ると気持ちもすっきりするね。

 

午後からは、Yちゃんがメールくれていて、「地下鉄全線開通したようですよ」と最寄りの駅の路線が開通したとtwitterで流れていたと。

その言葉に、ユニオンスクエア(14丁目)まで。

確かにこの辺は、まだまだ停電でクローズしている店も多いけど、徐々に復活しているようだ。

公園にあった簡易ATM。発電機をつけて、周りはガードマン。近所のスーパーもみんな品揃えは薄いけど、頑張って営業している。

すぐそばのTrader Joes(スーパーマーケット)はほぼ1週間ぶりのオープンとほぼ同時に行ったようだった。スタッフが、みんなありがとう!って叫んでた。

 

街中には少しずつ活気が戻ってきているのを見届けるのも貴重なのかな。

 

レース当日は他のランナーさん達に混じって、コースの半分を走らせてもらうことになりそう。

 

少しずつ、NYも歩み始めている。がんばれ。

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そして。

2012-11-02 | Diary

最近海外レースに出て行くと、ついついあちらこちらと動き回って疲労も貯める悪い癖がある。

(てまあ、それを自粛したら勿体ないっていやー勿体ないんだけど

今回のニューヨークシティマラソンは、最初から走る事に注力するつもりでサブイベントも走らず、うろうろ歩かず、きっちり調整して当日を向かえるつもりだった。

 

いろいろとあったけど、開催されるという以上、気持ちも変わらず。近所でのんびりと。

なわけで、久しぶりの美術館巡り。

ミュージカルとオペラは、いずれも見たいものが今回は開催されなかったので、のんびりと。

美術館近くのカフェでゆっくり朝食を摂ってからメトロポリタン美術館へ。そういえば久しぶり。

初めてニューヨークを訪れた時(初めての海外旅行が憧れのニューヨークだった)、一緒に行った友達に「私、こういうところ5分で飽きるのよね」

と言い放たれ、、、それっきり縁が切れたっていう苦い思い出もある。

 

その2か月後に、別の友達とヨーロッパをずっと周遊して回った。その友達は、同じように一緒に絵が美しいって言ってくれる人だった。

その後も事ある度に一緒に沢山絵を見て来た。その友達は、今でも最大の親友となってる、Kちゃん。

Kちゃんはニューヨークにも住んでたことがある。だからこうやって旅してると、沢山メールを一杯くれて、一緒に感動を共有できる。

Metのエジプトの展示は圧巻だ。写真沢山とったけど、マニアックになるので割愛(笑)

  

 

そしてもう一つの目的でもあったアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の特別展。アメリカ好きにはこんな現代アートもいい。

 

紀元前と現代アートを楽しんだあと、屋上テラスからのスカイラインとっても奇麗。

    

 

午後からのんびりと今度はMOMAへ。

今日は金曜はフリーチケット(無料)だから混んでる

長蛇の列に並んでチケットをとって、荷物預けだけでも一苦労。

ここは、長居するつもりはなく、ルソー、ゴッホを毎度眺めて、今日の最大の目的である、ムンクの「叫び」。

凄い人だったー。だけど、見れて満足。

 

 

 

こやってハシゴも非常に狭い範囲での行動。

心穏やかに過ごしていたけど、そんなMOMAを出ようとした頃に入ってきたアナウンス。

 

 

ブルームバーグ市長は、やはり世論には勝てなかったなあ。

というか、まあしょうがないといえばしょうがない。水も電気も足りない人が沢山の中の開催はどう考えても厳しい。

 

といいつつも、このアナウンスを見ると心にポカーーンと穴があいた。喪失感一杯。

そしてコリアンタウンに食事をとりに行こうとすると、街の中は真っ暗。

34丁目くらいまで下りると、ビルだけでなく信号もついていないところがあるほど。現実にさらに喪失感が増した。

 

せっかくここまでやってきたのになあ。

喪失感とともに、部屋に戻って来てそのまま床に就く(って単純に時差ぼけで眠たかっただけだけど(笑))

 

起きたら沢山の友達からのメッセージ。嬉しい。

それでもこれからのニューヨークでの残り3日間、どう過ごそうかなあ。

Kちゃんは早速メールをくれた。東海岸のツアーを一杯紹介してくれた。近郊に住む友達は遊びにおいでよといってくれた。

JALに連絡して、日本帰国を早めることができるのであればそれも一手かなあ。シゴト溜まってるし。


というより一旦レースモードにピーキングしてきた自分自身の心と身体を簡単に次のレースへ、って切り替えできないのが私の不器用さなんだよね。

明日からの3日よりそれ以降の走ることの目標。どうしようか。

結局日本帰国を早めずにそのまま滞在することになるだろうけど、ゆっくり考えよう。

来年、ベルリンを走るつもりでエントリの権利を既に獲得した。後は決済するだけなんだけど、 NYリベンジ? うーん、今はわかんないや。

 

明日はやっとセントラルパークが早朝オープンする。

頭を冷やしてゆっくり走ってこよう。

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