UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害を受けるだろう

エーテル界の人類の源郷か?神の国か?天上のエルサレムか?
チャネラーとコンタクティの情報を集めています。

江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。江戸には人民住めんような時が一度はくるのぞ。(日月神示)(4)

2016-10-13 16:03:08 | その他

 

 

『王仁三郎の霊界物語大預言』

富士山大爆発とミロク神人種誕生の神ドラマ

   海野光彦  徳間書店   1995/11

 

 

 

<ミロク神人種だけが「黄金のそりはし」を渡る!>

・国祖、国常立命は、太古の昔、地球主宰神の位についていたが、悪魔の謀議によって艮(とどめ)の地である日本列島に押し込められた・・・。では元の地球主宰神・国常立命の本拠地はどこにあったのか。

実はそれを解くヒントが『霊界物語』冒頭にのっている。

次に紹介する黄金のそり橋だ。

 

・黄金のそり橋は、太古の昔、亜熱帯の中央アジア・ゴビ海に浮かぶ白島にかかっていた。造り上げたのは、太古の地球主宰神サナート=クメラだ。サナート=クメラは、国常立命の別名に違いない。

 黄金のそり橋のかかる白島には、地球主宰神の黄金宮殿が澄みわたった青空にひときわ美しく輝いていた。

 

・そうしてこの橋を渡ると直に自分は、エルサレムの聖地に着いた。この聖地には黄金と瑠璃(めのう)とかいう宝の珠玉をもって雄大な、とても形容できない大神の宮殿が造られている。(霊界物語第1巻より)

 

・この神都の現界への移写が、かってゴビ海に浮かぶ『白島』に現れていた。

地球主宰神・国常立命が納める黄金の神都から数多くの『ミロク神人種』が世界各地に旅立っていった。

 

・日月神示やヒマラヤのミロク神人種が示すように原水爆の高熱やマイナス数十度の酷寒でも耐える超人体を保有する神人が日本を始め、世界各地に渡り、万物調和の理想郷すなわち『ミロクの世』を築いていたのだ。

 それが世界各地で潜伏する悪神の決起で灰と帰し、世界が泥海になったことが『霊界物語』に書かれている。

 

・しかし、王仁三郎が死をかけて、大日本帝国政府と戦い、厳しい特高警察の目をかいくぐって口述筆記した『霊界物語』は、世紀末、各種の予言の中でひときわ異彩を放っている。

 

・核の炎、核の冬、恐るべき極反転に伴う大地殻変動に負けないミロク神人種が21世紀に日本を中心に誕生することが『霊界物語』には秘められていたのだ。

 

・彼らだけが鶴仙に乗り、輝く肉体を霊化させ、『黄金のそり橋』を渡り、国常立命の治める神界の大都に結集することができる。

 

<『霊界物語』はテレポートと魂の旅行で作られた>

・それにしても『霊界物語』はあらゆる点で人間の常識を超えている。

最初に脅かされることは、口述筆記の驚異はスピードである。一巻をわずか3日で書き上げている。81巻、83冊からなる『霊界物語』に集大成していくが、最初から最後まで口述のスピードは変わらなかった。

 

・原稿用紙にして約10万枚でひとまず完成するが、王仁三郎は全120巻を予定していた。だから3分の2で彼は口述を終わったことになる。しかも、筆記中に王仁三郎は一冊の参考書も見なかった。

 

・ゴロリと横になって少しイビキをかいたかと思うと、王仁三郎の口から真珠のきらめきのごとき不思議な物語が紡ぎ出される。

 

<50世紀まで見通す人類最大の「予言暗号書」>

<王仁三郎は50世紀の未来を見通した>

・「24世紀の今日は、天国浄土の完成時代だ。中空をかける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣という精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って、1時間に5百マイルという速力だ。蓮華の花は所狭きまで、咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金世界が現出しているのだ」(『霊界物語』第14巻8章より)

 

・王仁三郎はミロク浄土の完成を目指していたが、それは24世紀、今から約3百年経なければ、本当のユートピアは生まれないと予言している。ミロク超科学文明が生まれると、黄金のUFOが大空を飛び交い、世界中に美しい花が咲き乱れる。これは彼の予言の中で最も楽観的なものである。

 

・さらに王仁三郎は、はるか50世紀頃の人類の様子をも透視している。

「何、神界ばかりか、現実もこの通りですよ。一番図抜けて大男といわれるのが、3尺(90センチ)内外、1尺8寸(54センチ)あれば、一人前の人間だ・・・。

少しも手足を使わないものだから、身体はおいおい虚弱となってしまい、もはや50世紀の今日では、こんな弱々しい人間になってしまった・・・・。

それと反対に6尺(1.8メートル)以上の体を持ち、現幽神界において神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ」 (『霊界物語』第3巻20章より)

 

・つまり50世紀の人類は、ほとんど小人で頭脳だけの存在になっている。脳をある種の液体に入れて、スーパーコンピューターをつなぎ、あらゆる指令がコンピューターから出される。

 一方、普通以上の体を自由自在にテレポートさせ、現界と霊界を行き来するミロク人種も少数存在する。現代から見れば、完全なSFの世界である。

 

・50世紀の交通機関は奇妙なことに黄金の翼を人間に直接取り付けて、超高速で飛ぶようになっている。

 

・すなわち、松彦は、「みな様、しばらくお待ちくださいませ。空中交通機を上げませう」と又もや指先にて空中に、何事か記す其の刹那、金色燦然たる鳥の翼のごときもの四組、何処ともなくこの場に降り来たりぬ。「サァー、これを御着けなされ」と言ふより早く自然的に四人の肩の辺りに、金色の翼はピタリとくひつきたり、四人は一度に、「アア、これは立派だなァ」と羽ばたきを試むるや、身はますます高く空中に飛ぶ揚がり一瀉千里の勢をもって電波よりも早く、西の空を目がけて進み行く。         (『霊界物語』第15巻21章)

 

・このように王仁三郎の世界はまことに幅が広い。超古代から50世紀のはるかな未来まで見通した彼のような予言者は世界中どこにも存在しない。だからある面では、シャカ、キリストさえも超えた予言を述べていたことになる。

 

 

 

『面白いほどよくわかる  日本の神さま』

古事記を彩る神々の物語を楽しむ

田中治郎  山折哲雄    日本文芸社  2007/11

 

 

 

<『神世七代の第一神   国之常立神(クニノトコタチノカミ)』>

<大地を永遠に屹立させる神>

<宇宙の根源神として>

・『古事記』では別天神の次に六番目としての登場した神となっているが、『日本書紀』ではクニノトコタチノカミ(国之常立神)こそが最初に現れた神と記されている。

『日本書紀』の「一書」(第四)では、クニノトコタチノカミとは別に「高天原においでになる神の名を天御中主命」とあるから、クニノトコタチノカミは高天原ではない虚空に存在し、大地形成を指導していたというニュアンスが感じられる。

 

・アメノミナカヌシは、「高天原に成りし神」(『古事記』)だから、高天原成立後その地に誕生した神であり、もしかするとクニノトコタチノカミはそれ以前から存在する始原神なのかもしれない。

「国」、すなわち大地は私たちの存在基盤だから、クニノトコタチノカミはアメノミナカヌシにも劣らない根源的な神さまである。

 

・鎌倉時代以来、神道を理論化し、一つの体系的な信仰形態を樹立しようとする動きが生じたが、その中の吉田神道や伊勢神道では、クニノトコタチノカミを宇宙の根源神としている。

 

 

 

『地球を守る「宇宙連合」とは何か』

宇宙の正義と新時代へのシグナル

大川隆法  幸福の科学出版   2011/7

 

 

 

<今、明かされる「日本神道の秘密」>

<天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、国常立神(くにとこたちのかみ)、天照大神(あまてらすおおみかみ)の「正体」とは>

・実は日本神道の中心神には「天御中主系」と「国常立系」とがあるんです。『古事記』の系統はだいたい天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を中心神として考えていますね。そして、『日本書紀』系統は、国常立神(くにとこたちのかみ)を日本神というか、この日本の教えをつくった始原の神、最初の神として見ているのです。『古事記』と『日本書紀』は、書いている人が同じ時代の人であり、そんなに変わらない時期に成立した正史というか、国の歴史書です。つまり「最初の神ではないか」と思われている神が二人、正史に現れているわけです。

 

・そして、片方の天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)を中心にしたところでは国常立神(くにとこたちのかみ)の評価が低めになっています。一方、国常立神(くにとこたちのかみ)系では天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)のことをそれほど偉い人のように思っていないところがありますね。

 

 

 

『姫神の本』  聖なるヒメと巫女の霊力

  学研マーケティング   2007/8

 

 

 

<中山みき  天理教教祖>

<世界創造神の憑依により「陽気ぐらし」の理想を説く>

・天保9年(1838)、中山みきは長男・秀司の足の痛みを治すために、修験者の中野市兵衛を招いた。だが、加持台役が不在だったため、みずから加持台となって御幣を手にし、寄加持をしているうちに、神憑りとなった。「我は天の将軍である。元の神・実の神である。この屋敷(中山家)に因縁あり。このたび世界一列をたすけるために天降った。みきを神の社に貰い受けたい」

ふだんのみきとはまったく異なる、神々しい威厳に満ちた声であったという。

 

・また、みきに入り込んだ神は、世界の創造神で人類を守護しているとされ、親神(天理王命(てんりおうのみこと))と称される。

 

・以後、みきは家財などを貧窮者にどんどんほどこしたため、中山家は世間的には没落の一途をたどり、資産はほとんど底をついた、みきは狐に憑かれておかしくなったとみられていたほどである。しかし61歳の時に、「帯屋許し」と呼ばれる、お産に関する呪術的な安産の助けを行ったのを手はじめに、安産と病気治しの生き神として評判になった。

 

・慶応3年(1867)、側近らによって、神祇管領の吉田家から布教の免許を受けたが、明治維新後は正式に認可されるまで、明治政府により邪教として扱われ、前後18回も検挙されるなど、弾圧をこうむった。みきは高齢であったにもかかわらず、警察で虐待や拷問を受けたが、彼らを非難することは一度もなかったという。

 

・晩年は、親神の啓示とされる『みかぐらうた』『おふでさき』などを著し、人間世界の創造を説いた神話『こふき』(泥海古記)をまとめ、中山家の土地の一点を、親神が鎮まる「ぢば」(世界人類の発祥の地とされる)と定め、そこに人類救済のシンボルである「かんろだい」の建設を計画した。

 

<出口なお  大本教開祖>

<世界の立替え立直しを啓示した膨大な「お筆先」を残す>

・出口なおが、明治25年(1892)旧正月5日、京都府綾部の自宅で突然、激しい帰神状態となって発した神示(「初発の筆先」)のはじめである。艮の金神(国常立尊)がなおに神憑り、世界の「立替え立直し」と、理想世界の実現を啓示した宣言というべきものであり、これによって大本教がはじまった。

 この年の元旦の夜から前兆はあった。霊夢が毎夜続いていた。初発の神示が降りてからは、昼夜を分かたず帰神状態となり、13日間、食事をとることもできなかった。

 

・明治26年、綾部で原因不明の火事が相次いだ。おりもおり、なおは神憑って、「今のうちに改心いたさねば、どこに飛び火がいたそうも知れんぞよ」と大声で叫んでいた。そのため、放火の疑いをかけられ、警察署に留置されて、40日も座敷牢に閉じ込められてしまったのである。

 

<大本教が国家に弾圧されたのは、なおの昇天後である>

・すると艮の金神は、「なおよ、筆で書かすから、筆をとれ」と伝えた。なおは困惑した。文字を書けなかったからだ。しかし艮の金神は、「お前が書くのではない。神が書かすのである」と言う。なおはなにかを書きたい衝動にかられた。そして、座敷牢の床に落ちていた古釘を手にすると、その柱に文字を書きつけていたのである。

 

・そのうちに放火犯が逮捕され、疑いが晴れたなおは、出牢後、堰を切ったようにお筆先をはじめるのである。以後、神の言葉が原則として文字によって伝達されることになり、半紙で5万枚以上といわれる膨大なお筆先は、後年、娘婿の出口王仁三郎によってまとめられ、『大本神論』として発表された。

 

 

 

『有意の人』 これが新時代(みろくの世)の人類の基準

船井幸雄  徳間書店   2008/10/31

 

 

 

<「日月神示」が予言する大異変―中矢伸一さんの解説>

<2008年は大激変の転換点の年になる>

・2008年は、特別の意味を持った年のようにみえる。日月神示が示すミロクの世までのスケジュールに、いったい何が起きるのでしょうか。

 

・日月神示には「子(ね)の年を真ん中にして前後10年が正念場、世の立て替えは水と火とざぞ」と書かれてあります。そうすると、子(ね)の年を中心にした前後10年間のうち、前半5年が水の洗礼期、後半5年が火の洗礼期という意味に解釈できます。

 

・仮に子の年=2008年とするならば、前半の5年(2004~2008年)を振り返ってみると、水の災害は確かに多かった。ハリケーンの被害や津波などが多かった。

 

・そうすると、この解釈どおりに世の中が進んでいると考えれば、今年からの後半5年(2008~2012年)は、火の災害や地震も含めた噴火とか爆発とかが多発する可能性があるのかもしれない。火=紛争も起こるかもしれません。

 

・日月神示には「神一厘の秘策」というのがあります。もうだめだとだれもが思った段階で根底からひっくり返り、「ミロクの世」に大転換するというのです。だから心配しないでいてくれということなのです。まあ大丈夫は大丈夫なんでしょう。

 

<大本教の流れを汲む日月神示>

・「みろく世」に至るこの大まかな流れは、かって大本教(正しくは「大本」といい、教はつけない)の出口なお開祖に降りた『大本神論』通称「お筆先」に出された内容とそっくりです。

 

・無学で貧しく、文字さえろくに読めなかった出口なおさんに憑いた神々は、「艮(うしとら)の金神」と名乗りました。その正体を「国常立神(くにとこたちのかみ)」と見分けたのが、後に、なおさんの所に馳せ参じてともに大本発展のために力を尽くす上田喜三郎さん、後の出口王仁三郎さんです。

 

 

・「日月神示」について私が考えて特に大事なことは、

●2008年の前後、5年がもっとも大事な時だ。

●日本人が決め手になるだろう。

●日本はこの間に大難にあうが、日本人がしっかりがんばれば、それは小難にできる。

●日本に大難を与えるのは、どうやらアメリカ、中国、ロシア、インド、ユダヤといえそうだ。

●イシヤ(フリーメーソン)が今後の決め手となる。イシヤと仲よくすることが必要だ。

●必ず近々に「みろくの世」になる。安心して良い・・・・などです。

 

 

 

『裏金神―原爆をこの世に送り出した神』

 西郷武士   文芸社   2001/2

 

 

 

<大本開祖ナオ>

・明治25年(1892)、節分の夜、丹波の綾部の町に住むひとりの老婆が、突然激しい神がかりに陥る。腹のなかに何かが宿った感じで、端座したまま身体が上下に揺れ、大きな声で叫ぶこと13日余りに及んだ。そして、ついにその腹中の主は老婆の口を借り自分の素性を明かす。

「艮(うしとら)の金神であるぞよ」

その言葉をナオは信じかねると、その声の主は容赦なく続ける。

「この神は三千世界を立替え立直す神であるぞよ。三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。この神でなければ、世の立替えはできんぞよ」

 この神は、三千世界の大洗濯を行い、万劫末代まで続く神の世にする、と告げた。

 こうして、艮の金神という訳の分からぬものを腹に住ませるようになった老婆は当初、気が触れたように大声で叫んで歩く奇行が絶えなかった。この瞬間に戦前の日本で「大立替え」、「立直し」というスローガンで世の中をにぎわすことになる宗教団体、大本教の開祖・出口ナオが誕生した。

 

・ともあれ、王仁三郎は大本と日本を世界の雛形という特殊な地場であると捉え、大本、日本を舞台に雛形としての神業を仕掛けていたことが後に判明していく。

 王仁三郎は、この現界と神霊世界の因果関係は、まず神霊世界の現象が人間界に投影し、次いで人間の現界での行動が霊界に影響し、霊界にも現実世界に似た現象が生じるのだとする。

つまり、霊界の情勢は現界に写し出され、霊界の状態が現実世界に再現されるという。

 これを大本では「相応の理」とも言い、これがかつて大石凝真素美の唱えた「応分の前兆」とも呼ぶ現象なのである。

 

・その後お筆先は、このご用は「身魂あらための出発のご用でありたぞよ。二度目の世の立替えのことでありたぞよ」と述べ、ナオは変性男子、王仁三郎は変性女子の身魂であると示した。

「艮の金神、変性男子とあらわれるぞよ。つぎに変性女子があらわれて、男子には世界のことを書かす」なり、女子には世界にあるこまかいことを説いてきかせるぞよ。」

 

「出口は女であれども男の性来、上田は男であれども女の性ざぞよ。変性男子、変性女子の因縁わけて見せて、みなに改心させんと疑いが晴れんから、ぼつぼつ説いて聞かしてやるぞよ。」

 変性男子、変性女子、これは大本の独特の表現である。変性男子とされるナオは肉体的には女の体だが、霊魂は男。王仁三郎は肉体的には男だが、霊魂は女であると示された。

 

<型とは何か>

・この歌でみると北海道は北アメリカ、本州はユーラシア大陸、富士山はエベレスト、能登半島はスカンジナビア半島、琵琶湖はカスピ海、噴火湾はメキシコ湾、四国はオーストラリア、九州はアフリカ、台湾は南アメリカが呼応し合うという。日本は特殊な国であり、霊的にもそうなっていると王仁三郎は断言している。

 

・日本は世界の雛形であるという説を「全地球諸州国の地図を見ればこの国が雛形、その種子であることを悟り、この日本という国を胞として、全地球の諸州国を産んだということを不思議なことだという人がいたならばそれは愚かなことだ」とも王仁三郎は述べている。

 

・神道学者で有名な宮地直一博士も、この宮地家の傍流であり、宮地家は学者としては江戸時代からの名家でもあった。その学者肌として名高い宮地家の中で、異例中の異例として、水位は神界の中心は日本であるが、その神界の実像は中国の道教色を深めている、と唱えている。

 

・それは古来日本では神界との往来の術が途絶え、中国だけにその術が残ったために、神界の実像は道教的な色彩を帯びているのだと説明している。

 日本史の教科書にも登場する国学者、平田篤胤も、最終的には神界の実像は道教にあると道教の研究に没頭するまでの傾斜振りを見せている。だが、この篤胤も元々はまともな国学者ではあったが、天狗にさらわれて当時江戸では評判になっていた寅吉という少年から霊界の実像を聞き、そして『仙境異聞』という書物をまとめ上げている。それ以降、普通の学問からオカルト的な部分に強く惹かれ、最終的に道教に傾斜している。

 異端とされる国学者、宮地水位や平田篤胤にしても異界との接触を持つことにより、神界の実像は道教にあるとたどり着いているのは興味深い。

 

<弥仙山参り>

・王仁三郎の大本内部での役員達の干渉と妨害がなくなるまでには、まだまだ世継ぎの誕生を待たなければいけなかった。

 明治35年(1902)3月7日、王仁三郎とスミとの間に長女直日が出生した。ナオはスミが直日を懐妊したとき、「このたびは木之花咲耶姫の宿れる女の子が生まれて世継ぎになる」と言っていたが、果たしてそのナオの言葉のとおり、女子の出産である。

 

・また、王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っているが、事実王仁三郎の背中には、オリオン星座同様の配置でホクロが点在していた。だが、このオリオン星座の形を漢字にすると、因という字になり、囚人を示す形となり、第一次弾圧、第二次弾圧で王仁三郎が入獄されることを暗示していた。

 表鬼門の艮(うしとら)の金神の出現の次に、二度目の岩戸開きで、最後の仕上げとして裏鬼門の坤の金神の出現により、陰と陽が揃うことになる。

 

 

 

『UFOと地底人』

 ついに明かされた異星人と空洞地球の真実

   中丸 薫 GAKKEN   2009/1

 

 

 

<地底世界での生活>

・光の地底都市は、全てあわせると2500以上もあり、それぞれの都市は「アガルタ・ネットワーク」と呼ばれる光のネットワークで統合されている。

 

・テロスの位置は、地表からおよそ1.6キロの地中。またあらゆる都市の中でももっとも優勢な都市は「シャンバラ」と呼ばれ、地球のまさに中央―空洞地球―に位置している。ちなみに、ここへは、北極と南極に存在する「穴」からアクセスが可能になっているという。昔から、極地には空洞地球の入口があるとされていたが、それはこの「シャンバラ」への入口のことだったようだ。

 

・空間を移動するときに使われるのが、UFOだ。このUFOは「シルバー・フリート(銀艦隊)」と呼ばれ空洞地球世界の都市、アガルタで製造されている。

 

 <身長4.6メートルの空洞地球人>

 <闇の権力が独占するUFO情報>

 <宇宙連合と銀河連邦はまったく違う組織>

・「アシュター・コマンド(司令部)」とは、司令官アシュターと主サナンダ・クマラの霊的な導きの下に存在する「光の偉大な聖職者団(グレート・ブラザーフッド/シスターフッド)の空挺部隊だった。

 

 

 

『日本人の魂の古層』

編著  金山秋男   明治大学出版会  2016/3

 

 

 

<石原莞爾から宮沢賢治へ――古層をめぐって>

・ただ、この二人には共通点も「いくつかあります。どういう点かといいますと、まず、東北人であること。石原は山形で、宮沢は岩手出身です。それから二人は日蓮宗の信徒で、在家の団体である国柱会の会員でした。宮沢も石原も1920年(大正9年)に入会しています。

 

・しかも、ただ入会しただけではなく、彼らは二人ともユートピア志向が強く、石原の方は満州に「王道楽土」というユートピアを求め、宮沢はイーハトヴという理想郷を創作し作品の中で表現しました。

 

<国柱会とは何か>

・石原莞爾と宮沢賢治、この両方を語る上で欠かせない、二人にものすごく影響を与えている人がいます。それは田中智学という人物です。

 智学は、「国柱会」という日蓮系の在家の組織を作った人です。

 

・田中智学は、江戸以来妥協的になっていた日蓮宗を、その本来の性格へと戻そうとしたわけです。これが国柱会の前進である蓮華会とか立正安国会といった組織を彼が作っていった理由です。智学は、折伏主義の立場をとることで、日蓮の教えに帰依しないものを論破して改宗させようとしたのです。

 

<田中智学の「八紘一宇」>

・第1次世界大戦のころ、立正安国会は「国柱会」と名前を変えます。日蓮の教えの中の言葉「我日本の柱とならん」から智学が名づけたものです。主張としては、今ご説明したことの延長ですが、日蓮主義に加え、さらに国体論というのが出てきます。

 

・智学自身は宗教家として戦争を批判していますし、ある意味では平和主義者ともいえます。ただ、「世界の道義的な統一」という大義のためには、武力も肯定するのです。国柱会が満州事変を支持していたのも、こういった考えからです。彼はこの武力の行使が侵略のためのものではないといっていますが、彼の考え方には、今日の視点からすると、やはり侵略戦争自体をも肯定する面があったのではないかと思います。

 この「八紘一宇」ですが、これは田中智学の『日本国体の研究』などに出ている言葉です。

 

・非常に強引な解釈ですが、ともかく、日本の中心が世界の中心になる、こういう考え方なんです。その結果、神武天皇の述べていることと、日蓮の語っていることは同じだ。すべて法華経の真理なんだというのが彼の解釈になるのです。

 そういう発想が根本にあるので、彼にとって「日本の古層」は法華経の教えと同じであるということになります。

 

<石原莞爾『最終戦争論』>

<「最終戦争」とは何だったのか>

・まず、なぜ最終戦争というものが起きるのでしょうか。石原の考えでは、これにはまず軍事上の理由があります。彼はヨーロッパの軍事史をよく研究していまして、ヨーロッパの軍事史を見ていると、必ず最終戦争になるだろうというのが、彼の考え方です。なぜヨーロッパなのかというと、当時もっとも軍事的に進んでいたという理由からです。

 戦争の歴史を観察していくと、決戦戦争と持久戦争の移り変わりがあるというのが石原の持論です。

 

・最終戦争についても、彼は、一瞬にして敵の首都を廃墟としてしまう兵器の開発が必要だといっています。超音速の航空兵器だとか、核兵器、大陸間弾道ミサイルを予測していて、そういうものの開発が行われることで、最終戦争は実現すると考えています。太平洋戦争が始まる前の時点で、未来に開発されるものを予測していたんです。『最終戦争論』を今読んでみても、戦後活躍する兵器をすでに見通している点で、彼の才能には驚かされます。繰り返しになりますが、彼はこういう点では非常に先見の明がありました。石原を評価する人は、満州事変の作戦と、こういうところを評価する人が多いんです。

 

<一瞬にして敵の首都を……>

「一番遠い太平洋を挟んで空軍による決戦の行われる時が、人類最後の一大決勝戦の時であります。即ち無着陸で世界をぐるぐる廻れるような飛行機ができる時代であります。それから破壊の兵器も今度の欧州大戦でつかっているようなものでは、まだ問題になりません。もっと徹底的な、一発あたると数万人もがペチャンコにやられるところの、私どもには想像もされないような大戦力のものができねばなりません。

 

・飛行機は無着陸で、世界をグルグル廻る。しかも破壊兵器は最も新鋭なもの、例えば今日戦争になって次の朝、夜が明けて見ると敵国の首府や主要都市は徹底的に破壊されている。その代わり大阪も、東京も、北京も、上海も、廃墟になっておりましょう……。それぐらいの破壊力のものであろうと思います。そうなると戦争は短期間に終る。それ精神総動員だ、総力戦だなと騒いでいる間は最終戦争は来ない。そんななまぬるいのは持久戦争時代のことで、決戦戦争では問題にならない。この次の決戦戦争では降ると見て笠取るひまもなくやっつけてしまうのです。このような決戦兵器を創造して、この惨状にどこまでも堪え得る者が最後の優者であります」。(『最終戦争論』37頁)

 

<宗教に支えられた「最終戦争」>

・ただここで問題なのは、こういう非常に合理的な判断をする軍人が、どうして日蓮や国柱会のような宗教的なものの考え方と結びついてしまうのかということですね。宗教的なものの考え方ということでは、日蓮の予言というのが大きな影響力をもっています。石原は、日蓮と智学から末法の世における上行菩薩による救済という考えを学び、次のようにいいます。

 

・そして日蓮聖人は将来に対する重大な予言をしております。日本を中心として世界に未曾有の大戦争が必ず起こる。そのときに本化上行が再び世の中に出て来られ、本門の戒壇を日本国に建て、日本の国体を中心とする世界統一が実現するのだ。こういう予言をして亡くなられたのであります。(『最終戦争論』58頁)

 

・元寇のとき、日蓮は蒙古が日本に侵入してくると予言していましたが、それを田中智学が現代のものとして再解釈したものを、石原がまた持ち出してきます。大戦争が起きて、そのときに、上行菩薩、いわばメシア、救世主が現れて、日本を中心とした世界統一が行われるというわけです。そういう考え方を彼はこの「最終戦争」のバックボーンにしています。そこで、この世界統一、「一天四海皆帰妙法」は日本を中心とした世界の統一と解釈しているわけです。

 

<ドリームランドとしての岩手県>

・この宮沢賢治が、先ほどの、かなり右寄りの国柱会の会員でした。ただ、不思議なことに、彼の著作の中には、天皇崇拝という考えは出てきません。それから、いわゆる侵略戦争、対外的に攻めていくということに関しても言及されていません。また、さっきいった日本国体論とかいったことに対しても、まったく関心がないんです。

 

・彼も石原莞爾同様、ユートピア志向が強い人です。『注文の多い料理店』という童話集の題名には、「イーハトヴ童話集」と付されています。「イーハトヴ」とは何かというと、彼が書いたとされる出版時の宣伝文句では、自分の心象風景としての、ドリームランドとしての岩手県だ、とされています。ここはユートピアのようなところで、ドリームランドであると。なかなか気のきいた、さすがというほかない表現ですね。

 

<イーハトヴ>

「イーハトヴは一つの地名である。強て、その地点を求むるならばそれは、大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、少女アリスガ(原文ママ)辿った鏡の国と同じ世界の中、テバーンタール砂漠の遥かな北東、イヴン(原文ママ)王国の遠い東と考へられる。

 

「実にこれは著者の心象中に、この様な状景をもつて実在した/ドリームランドとしての日本岩手県である。(この行赤刷り)/そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従へて北に飛躍し大循環の風を従へて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。/罪や、かなしみでさへそこで聖くきれいにかゞやいてゐる。/深い掬(ママ)の森や、風や影、肉之(ママ)草(「月見草」の誤植か)や、不思議な都会、ベーリング市迄続々(ママ)(「く」の誤植か)電柱の列、それはまことにあやしくも楽しい国土である。この童話中の一列は実に作者の心象スケッチの一部である。それは少年少女期の終り頃から、アドレツセンス中葉に対する一つの文学としての形式をとつてゐる」。

 

<異界との交流>

・彼のユートピア志向のもうひとつの特徴は、異界との交流です。別の言葉でいうと、生の世界と死の世界の交流ということになるでしょうが、これは金山秋男先生が研究しておられる死生学の問題ともからんできます。

 有名な作品を挙げれば『春と修羅』という詩集です。

 

<森羅万象すべて仏>

・宮沢賢治の場合もそれと似たようなところがあり、彼は菜食主義者ですけど、他の人とのつきあいや自分の好みから肉を食べたりするところもあって、決してゴリゴリの菜食主義者ではなかった。しかし、この菜食主義が彼の長生きしなかった原因のひとつになっているのも確かでしょう。

 

・「注文の多い料理店」では、狩人の二人が食事をとるために、山猫軒というお店に入っていく。「注文が多い」というのは流行っているんだろうと狩人たちは勝手に解釈するのですが、「注文が多い」というのは要求が多いということで、やれ靴はちゃんと脱げとか、泥を払えだとか、裸になれとか、体に塩を揉み込めとか、そんな要求が次々と来て、それを自分に都合のいいように解釈していたら、最後に食べられるのは自分たちだと気づいて怖がっていたところに、自分の飼い犬が来て追い払ってくれて助かるという話です。こういうところにも狩猟で獲物を殺すことに対する宮沢賢治の怒りが現れています。

 

<人間は世界の中心ではない>

・田中智学や石原莞爾の古層とはだいぶ違って、すべての動物、植物、異界の住人までを巻き込んだような古層。これがそこにあるのではないでしょうか。決してどこかに中心を置くようなものではなく、人間中心でもなければ、日本中心でもない。こういうものの考え方が賢治の中にあることが、彼が今でも評価され、僕らの心を打つゆえんではないか、と思うわけです。

 

 

<自己犠牲と他力>

・日本人の魂の古層といったとき、日蓮の教えと法華経はそれにあてはまるでしょうか。ふつうに考えればちょっと違うのではないかということになります。しかし、田中智学は近代の天皇制と法華経の教えを結びつけながら、『日本書紀』の中の神武天皇の言葉という「古層」に至りました。これが「八紘一宇」です。石原莞爾は忠実にこれを実現しようとしました。満州事変を引き起こした、最終戦争と絶対的な平和の考えは、この「古層」と関係しているのです。

 

・それに対し、宮沢賢治は智学の「八紘一宇」の思想にも影響を受けつつも、日本中心、天皇中心、人間中心の発想を捨て去り、洋の東西を問わずいろいろな人々、動物、植物、異界の住人を含んだハイブリッドな共同体を夢見ます。これは智学の見つけた「古層」が、賢治のもつ素朴な世界観や自然観の中で、変容したものなのではないでしょうか。それによって、もっと古い古層が見つけられたのだと僕は思います。自然と人間のあり方、動物と人間のあり方、共同体のあり方が再び問い直されている今日、僕は宮沢賢治の文学は21世紀の僕らのあり方を再び考え直す重要なものになっていくのではないかと思っています。

 

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