美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

ただこの庭の、このままに

2010年02月17日 | 瓶詰の古本
・・・、桃青つくづくと聞て曰(いわく)、三子の冠五各(おのおの)一理を含で、倶に平常の句には勝れりと云べし、就中其角が山吹の花やかなる、最も力ありて面白し。去ながらかゝる七五の冠(かむり)たらんは、観想見様の理をはなれて、唯此庭の此儘に、我は古池やと置侍らんとあるに、各初てあつと感入て、誠に、
   古池や、 蛙とびこむ水の音   とは吟じては、心に閑(かん)をもよほし、思うては意に妙を知る。こゝに俳諧の眼(まなこ)ひらけて、天地をも動かしつべく、鬼神をも感ぜしめぬべし。是より敷島の道とも云べく、仏を作る功徳にもくらぶべし。人丸の陀羅尼、西行の讃仏乗も、わづかに十七文字の中にこめて、向上の一路の遊び、真実法性の光りを放て、遠く天下の俗俳を破り、今時俳諧に遊ぶ人を正風の直路に導かんこと、まことに我師の力にぞ有けれと、手の舞、足の踏所を忘れて、よろこぶこと限りなかりけり。されば此池百年の後にも猶残りて、星うつり霜重なり、其地今は或諸侯の廓中(くわくちゆう)になりしかども、昔の姿を作りもかへず、世に深川の古池とは申けり。

(「俳諧水滸伝」 遲月庵空阿)       
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