伯爵様、愛というものは自信だけで生きているものでございます。女が一言いおうとしたり、馬に乗ろうとしたりする前に、あの天使のようなアンリエットなら、もっと上手にいいはしなかったろうかとか、アラベルのような乗り手なら、もっと優雅に乗り回しはしないだろうかなどと考え出すことにでもなったら、その女はきっともう足も舌も震え出してしまうに違いありません。魂を酔わせるようなあなたの花束の幾つかを、あたくしもいただけたらと思いましたが、しかしもう二度と花束をつくらぬと、あなたは高言あそばしておるのでしたわね、そういった風に、あなたが二度とする気のなさらないことが沢山にあり、あなたに二度とよみがえることのない思いや喜びが、無数におありになるのでございますわ。ですからどんな女にしても、あなたが心に抱きつづけていらっしゃる亡き方と、あなたのお心のなかで角つきあいしたいなどと思うものは、一人もおらないことを、とくとご承知おきなすって下さいまし。あなたは、キリスト教的慈悲の念から、愛してくれとあたくしに懇願なさいましたわね。あたくし正直に申し上げますが、慈悲の気持ちから無数のこと、いえばなんでもあたくしは、しようと思えば出来ましょうが、ただ一つ、恋愛だけは、そうは参りませんですの。
(「谷間の百合」 バルザック 小西茂也訳)