美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

偽書物の話(九十五)

2017年06月28日 | 偽書物の話

   勿論、私の勘ぐりは黒い本への私なり、独りよがりの思い入れから醸成されているのであって、今後、周囲の本棚に棲む書物に向かい水鶏氏が行う普遍化の試みが、悪巧みに乗ぜられ無駄骨を折ったで終わると定まったものではない。何にしろ、水鶏氏の面貌には一点の狂気じみた影も翳していない。気品と気骨とがせめぎ合うことなく同居しており、心内を照らす成熟した理性の灯りが眸から洩れ出ている。それを言うなら私の方こそ、面上いっぱいに黒い本への偏執の影が見え隠れしているのではなかろうか。私がやんわりと持って回った疑義を呈するのも、水鶏氏の強靭な思惑に比べて呆れ返るほど柔で、ふらつき放題な自分自身の着想の腰砕けに備えて、防護の網を張っておきたかったからである。
   「黒い本が、未だ解義できないにしろ、自分の腹中に包蔵する文字もどきの痕跡を忠実になぞり、記された内実をつぶやき声で外界へ届けたのであれば、これまで書物が与えて来たのと同種の別世界が新たに追補されたと言い得るでしょう。
   けれどまた、黒い本は偽書物ではないかと疑懼することが直ちに、書物には書物独自の声があるとの先生の立論に深刻な隘路を来たすものではないし、況や、綻びの前兆を招き寄せるものではありません。」

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