美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

偽書物の話(五十八)

2016年10月12日 | 偽書物の話

   「私は手記に記された文字ことごとくを瘋癲病者の幻覚、戯けた白昼夢の残骸であるなどと無下に捨て去る気はありません。強いて奇矯な言い方を許していただくなら、私本来の心情からすれば、いっそこの手記は私が書いたのだと言ってしまいたいくらいのものです。
   私からすれば、思いがけず岩塊を囲繞する閉ざされた非現実の時空へ放り出され、海上に屹立する島山の世界を生きた体験と、今あなたが立脚している世界を現に生きている体感と、どっちが実であり、どっちが虚であるかなんて問いかけ自体が、非常なナンセンスと言わざるを得ないのです。
   自分では一瞬の洩れなく見聞きし感取し尽くしていると思われる現世界が、本当は総体のうちのほんの一かけらでしかないという仮定、若しくは、絶妙なつじつま合わせによって操作されたまるっきり別物の世界の幻像でしかないという仮定を呈されたとしましょう。その場合、当該の仮定が真であることは数理的、論理的にあり得ないと明晰に証明できる人はいるでしょうか。数式や記号を書き連ねた末に、(偽であることの)『証明終わり』と黒板に勝利のチョークを叩きつけられる人がいると思われますか。
   実際には、内心に奮い立たせた決意のみを拠りどころにして、この世界を唯一実在のものとして生きているに過ぎないのではありませんか。あなたや私、ほかの全ての人達は取りあえず、『我々』の一員として生きているのではありませんか。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 夏目漱石さんの談話の妙 | トップ | 事柄の馬鹿らしくて見苦しき... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。