美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

北村透谷から島崎藤村へ一輪の花咲けかしと

2017年05月14日 | 瓶詰の古本

慨然として死に赴いた青木の面影は、岸本の眼前にあつた。「我事畢れり」と言つた青木の言葉は、岸本の耳にあつた。幾度か彼はあの友達の後を追つて、懐剣を寝床の中に隠して置いて、悶死しやうとしたのである。身体の壮健な彼には奈何しても死ねなかつた。
絶望は彼を不思議な決心に導いた。
『親はもとより大切である。しかし自分の道を見出すといふことは猶大切だ。人は各自自分の道を見出すべきだ。何の為に斯うして生きて居るのか、それすら解らないやうなことで、何処に親孝行が有らう。』
斯う自分で自分に弁解して、苦しさのあまりに旅行を思ひ立つた。
其時の岸本は、何処へ行つて了ふのか自分にも解らなかつた。あるひは最早帰つて来ないかも知れない。もし帰つて来ないにしても、自分は母に対し家の人々に対して、自分の力に出来るだけのことを尽した。是上は運命に任せるより外はない――まさか餓死するやうなこともなからう。斯う考へた。
そこで彼は寝床を離れた。
旅費の宛もなかつたから、岸本は自分の書籍を売ることにした。二階へ上つて行つて見ると、何年か掛つて集めた蔵書が貧しいながらも置並べてある。三輪で差押に遇つた時、大半は失して了つたが、未だそれでも旅費を作る位はある。金に成りさうなものは、洋書は別にして、両国の古本屋で集めた木版本の俳書、それから浅草で買つた唐本の類がある。貧書生の身で、苦心して集めたことを考へると売るのはナサケなかつた。
岸本は窓のところへ行つた。そこで過去つたことを考へて見た。あの国府津の蜜柑畠に転がつて、土の臭気を嗅ぎ乍ら、もう一度斯の世の中へ帰らうといふことを思立つた時から、今日まで、何を自分は知り得たらう。何を知る為に自分は帰つて来たらう――
ふと、其時、青木の歌の一節が岸本の胸に浮んだ。それは岸本が漂泊の旅に出た頃、彼を送る為に青木の作つた歌である。青木の声を聞くやうな歌である。
        『一輪花さけかしと
        願ふこゝろは、君のため――』
岸本は窓の処で斯の一節を繰返した。冷い涙は彼の蒼ざめた頬を伝つて流れ落ちた。

(「春」 島崎藤村)

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