美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

幻影夢(十七)

2017年06月10日 | 幻影夢

   ほら来た。言わんこっちゃない。だから死にものぐるい地べたに転がってでも、この女の魔手から逃れようとしたのに。買った本を見せるくらい怖気がふるう、恥ずかしいことは世の中にあるまい。自分の魂を晒すのは、衣服をはぎ取られた真っ裸を見物されるのとは比べものにならない恥辱である。人の頭の中が目に見えないからこそ、人は生きて来られたのであって、そうでもなければ、ずっと大昔に人類は絶滅していたに違いない。
   「何でもいいでしょうが。お願いだから、他人の買い物を詮議するのは止めてくれないか。とりわけ、古本の詮議だけは勘弁してくれよ。いつもそうなんだから。」
   「いつもそうなんだから、今日だってさっさと見せなさいな。」
   あっと叫ぶ間もあらばこそ、隣からのし掛かるや、むんずと鷲掴みに包みを奪い取ってしまう。

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