か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

今は昔

2016年11月12日 09時52分15秒 | 旅行

元気な韓国を見にいく前に落日の地方都市を見てきた。

 

「今は昔」とは、今が昔になって現在から昔にタイムスッリップしたことを言うのではない。今思うにずいぶん昔のことになってしまったなあ、と過去回想の決まり文句である。

九州はバイクでよく回ったから、いかに多くの中小都市が死に絶えつつあるのかがよくわかる。

田舎に美しい田園風景はあっても豊かな田園は無い。町は町で、くしの歯がかけるようにばらばら抜け落ちた町なみは非常に汚い。

地方創生ならぬ地方壊滅政策は、じつに成功している。まづ、行政機関が統合され、たとえば10分ですんだ法務局行きが一日仕事になる。学校が無くなる。小学校はすでに2/3になった。

わずかの手切れ金と引き換えに村は廃校に賛成した。

子供がいなくなった、は理由にならない。明治政府はもっと少ない人口のところにも学校を置いた。建設は村民の奉仕だった。

消防署は消防団に、警察は派出所に、裁判所支部は消えそれに伴い検察庁支部も統合された。

これでどうして地方が創生するか。

 

荒れた地方都市に住もうという人はよほどの利権を持つ人だ。たいてい出て行く。汚い住宅が朽ちていく。統一性とかデザイン性とかもともと無い新興住宅というバラック雑種地が造成されるのみだ。

炭鉱があって人が集まった時期がある。財閥三井は最高の炭層を確保した。炭層2m。ところがその周囲にも中小の炭鉱がうごめき、褐炭どころかほとんど泥炭を掘り出した。

それなりに周辺都市は繁栄したが、掘りつくすと炭鉱主は汚い炭住と町に不釣合いな飲み屋街を残し消えた。

つまり、バラック街が現在まで尾を引いている。じつに汚い町が多い。将来を計画的に展望することなくそのときの利権にしがみつく姿は、ナウル共和国のリン鉱石だ。

 

そんな中でもやがて消えるであろうが、比較的賑わいを見せるのが大村だ。戦時中、米軍は狂気なほど大村の壊滅にこだわった。

大村はロッキードより大きかったのだ。NHK竜馬伝の福山が乗って撮影に使った手漕ぎだ。若い女性が写真を撮っていた。

掩退壕が埋められ公園の一角になっていることからして市役所のポンスケぶりがわかる。無秩序で混沌のCaos。

行政は平気で無駄なことをするが、ここまで来るととても面白くてよいと思う。池に鯉がいるのは当たり前だろ。アヒルを知っている子供もこの絵を見たら混乱する。ガチョウと書いてあるがアヒルと違いは無いようだ。あ、あった。ガチョウはトサカがあるのか。ばか。ない。

立派な高校もあり、無駄でない公共事業が行われるなら、この町こそは創生できるかなと思う。

不良の少ない町だ。不良は没落のバロメーターだ。

 

 

 

 

 

 

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