河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2361- チャイコン、山根、タコ5、ラザレフ、日フィル、2017.6.10

2017-06-10 23:06:24 | コンサート

2017年6月10日(土) 6:00 みなとみらいホール

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調  19-7+10′
  ヴァイオリン、山根一仁
(encore)
イザイ ヴァイオリン・ソナタ第2番より、メランコニア  3′

Int

ショスタコーヴィッチ 交響曲第5番ニ短調  15-5-12+11′

(encore)
ショスタコーヴィッチ 「馬あぶ」組曲より第3曲、祝日  2′

アレクサンドル・ラザレフ 指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

山根のヴァイオリンの音色は幅広でとげとげしさがなく優しい。どことなく、生徒といった雰囲気もたまに垣間見られる。立ちつくしてプレイのほうを進めるようなところがあって、周りの気配を感じとるところまではいっていない。マイウェイのスタイルとも違う。
総じて演奏に不安定要素が少なからずあって、特に指揮者とのテンポ感の違いは顕著。お互いの呼吸があっていないように見受けられた。
チャイコフスキーを堪能したとは言えない。

後半のショスタコーヴィッチ。
今日のコンマスは大阪フィル兼名古屋フィルのコンマスのかたがゲストコンマスとして客演。コンマスの客演というのも変だが日本では指揮者の次に人気がありそうなコンマスのあちこち客演。アメリカではコンマスは一人しかおらず、それが効率化アップ、生産性の向上に一役買っていて、シーズン100回200回と演奏会が多いアメリカならではの現象なのかもしれない。指揮者からプレイヤーへの意思疎通に欠かせないコンマス、ユニオンが強くて残業が発生しないようにということもあろうし、潤滑油的コンマスの立ち位置は非常に重要で、従って、客演であろうが複数所帯のコンマスであろうが、アメリカではそういった発想はないのが普通。私が昔通ったNYPはシーズン250回前後の演奏会をディクテロウ一人でこなしていました。つながりの強さはプラスに大いに働くもの。あちこちとコンマスは呼んだり出かけたりするものではないというかそんなことは考えたこともないと思う。
日本人がコンマスをしているオケのお話はここ。
2309- ナッシュヴィル・シンフォニー、コンサートマスター岩崎潤、1人コンマス「和」奏でます。

この日のぎくしゃく感はそういったアメリカ式の良さを思い出させるものでした。
指揮者登場できっと通常なら自動的に立つことをしていると思われるゲストコンマス。習慣になっているのだろう、自動的に立つ。ところが、すぐに演奏をはじめたいラザレフはコンマスに立つな立つなと指示。オーケストラプレイヤーは立っている者もいれば座っている者もいるというバラバラなちぐはぐ状態。ラザレフがすぐに座らせて、それでもワンテンポ置いてしまったので気がそがれた感じでスタート。不揃いな演奏開始。そして2個目の音が鳴ったところで、すぐにバーンという強烈な足音で、意趣返しではないが、オケメンの気合の入れ直し指示みたいな意識的な踏み鳴らし。バーンと。
最初が肝心、まさにそのとおりで肝心な最初で出ばなをくじかれたのは当のラザレフ。もし、いつものコンマスであれば無い事態。余計なでき事でこちらも気をそがれた。
気のせいか、そのあともコンマス、第1ヴァイオリン側への抑制、盛り上げ指示が多い。これも通常であれば、無いような話かもしれない。最後まで後味の悪い雰囲気が漂っていました。残念です。

演奏は猪突猛進。日フィルに荒々しさが戻ってきた。合わせるオケ能力の高さは見事なものです。この前、インキネンの指揮によるラインの黄金を聴いたばかりで、なかなかイメージ変更が出来ないのか、オケにも少しそのような気配があるやに感じるところもあった。インキネンモードのオケに変わりつつあるのかもしれない。

これまでのラザレフの一連の演奏では緩徐楽章にコクがあり、深い演奏が多かったので、今日の5番もそういったあたりを意識しつつ聴いたのだが、特にコクを求めるものでもなかった。終楽章はコーダ前の三拍子のインテンポ、そして最後の小節の太鼓を中心としたアップテンポ気味の締め付けはさすがラザレフとうなりました。
おわり





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