河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2338- タンホイザーov、ヴェーゼンドンク、ゲーリング、ブルックナー3番、上岡、新日フィル、2017.5.11

2017-05-11 23:01:07 | コンサート

2017年5月11日(木) 7:00-9:15pm コンサートホール、オペラシティ

ワーグナー タンホイザー序曲  14′

ワーグナー ヴェーゼンドンク歌曲集  3-3-6-2-5′
  ソプラノ、カトリン・ゲーリング

Int

ブルックナー 交響曲第3番ニ短調  23-11-7-13′

(encore)
バッハ 管弦楽組曲第3番より、アリア  4′

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


ヘヴィー級のプログラム。ワーグナーの濃厚なサウンド、ソプラノのカトリンさんの見事な歌唱、ブルックナーの重厚なサウンド、本格的なもので全部満喫できた演奏会でした。

タンホイザーの序曲は、バックに配したホルンがやや弱めに厳かに開始、下のピットから音が浮き上がり緞帳にぶつかりながら前に伸びる響き、といったオペラの雰囲気満点。
ゆっくりとした中から主要旋律が浮かび上がる。舌の上でトロリところがるワインの味わい、芯をもってぶつかり合うコクのある弦の響きは濃厚な混ざり具合。美味い。
上岡の棒は悠然としたものだ。パースペクティヴがよく効き、真綿雲のように流れてゆく。少しテンポを上げた中間部から再帰した旋律はやや熱を帯び、最後は一気に決然と閉じる。贖罪のストーリーがここから始まる。秀逸な演奏でした。

次のヴェーゼンドンクは滴るような驚異的な美演でした。唖然とする室内楽的オケ伴奏はまるで上岡がピアノ伴奏でもしているかのよう。そのなかをスキニーなカトリンさんがやや硬めな声質で歌い始める。上から下まで全ての音の粒がくっきりと明瞭にクリアに(同じか)、かつ同一の音圧で正確に発せられる。何かヴェールを一枚剥がされたかのようなワーグナー、作曲した本人も目から鱗が落ちたかもしれぬ。
トリスタンを感じさせつつもあのしつこさはここには無い。エキスだけ、炎の核だけがゆらいでいる。真摯で几帳面、余裕の運び、1曲ごとの切り替えの見事さ。
知的で正確でそして心に沁み込んでくる。かつてのヒルデガルト・ベーレンスを思い出す。実にいい歌だった。終曲におよび、思いあまったかのようにカトリンさの目がややウェットになったように見受けました。
プログラム冊子によると上岡さんの振るパルジファルでクンドリも歌っているようですから、呼吸がピッタリなのもなるほどねの実感。いい歌と伴奏、最高でした。

ブルックナー3番、稿の事はプログラム冊子に3稿までの経緯を書いてあるだけで、演奏に際し、どの稿といった記載はない。当たり前の判断だと思う。といいつつ、例えばスケルツォにおけるブラスの刻みハーモニーはちょっと加工してるのかなとも思ったりした。いずれにしても上岡の意思は明確と感じる。

AB3
Ⅰ 9-7-4-3
Ⅱ 3-3-1-2-2
Ⅲ 3-2-2
Ⅳ 8+5

第1楽章が巨大だ。スローテンポの第1主題から始まった演奏は続く2,3主題ともに同じような重さを持った速度設定で、この解釈表現がおしなべて最後まで変わらず続く。余計なアゴーギクも無い。圧するような不動テンポで、オーケストラ能力をフルに引き出しながらブルックナー旋律を濃厚に出し入れしていく。
提示部第3主題までの陳列だけで冒頭10分近くかかる極めて濃厚な表現。オーケストラは音の運びが雄弁、3主題のブルックナーサウンドを堪能。オケから引き出した潜在能力、上岡棒は凄いものですね。
もう、ここまでで、言いたいことはほぼ言い尽くした感がある。ニ短調のやにっこさも忘れた。

巨大な第1楽章に比して残り3楽章はバランスがいいとは言えないものの、上岡の棒はそれを補って余りある説得力のある表現でした。

第2楽章緩徐楽章の主題は二つとも美しいもので、羊水の居心地を思い出す。室内楽的な美しさは上岡棒、ひとつの頂点解釈かと思われる。実に美しい音楽でした。主題の練り上げは無くあっという間に終わる。美しいものは短いものだ。

スケルツォ楽章、運動への切り替えはお見事、すっきりとした平地にデコボコと小石がある。終楽章を予見しつつ判を押し終える。スケルツォ部分でのブラスセクションの響きが少し違うような気がしました。なにか加工しているのですかね。ちょっと大胆な響きと感じました。

終楽章は、提示部は明確、後は野となれ山となれ的なブルックナーのように聴こえる。この3番は主題の長さに比して経過句も結構じっくりと歌い込んでいて上岡棒はそのあたりしっかりとつかんでいると思います。
もはや半分以上提示部ではないのかという思いの中、あっと思わせる第3主題が始まる。アンサンブルをずらしたような主題が、ただでさえスローな進行であったこの曲が、極めつくしのもう一段、グッとテンポを落とし響きの大伽藍をこれでもかと鳴らす。ビックリ。
上岡が本当にしたかったのはこのウルトラスローな事ではなかったのか。たぶんそうだ。
最後のコーダは1曲目のタンホイザーと同じように明瞭にギアチェンジしたテンポで決然と閉じる。
色々と考える間もなく、全体俯瞰としてはバランスが今一つの作品ながら上岡棒によって鮮烈に蘇ったブルックナー3番。蘇生した、感動した!!

上岡NJPは定期を全部収録するような話だったと思う、今日も収録マイク付き。彼の出番の時はだいたいアンコールをやっているので、商用CD作成時、余白に入れていくようなスタイルなのかもしれませんね。この日もヘヴィー級の演奏会ながらサラリとアンコールをいれてくれました。
おわり



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