河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2358- ジークフリート、飯守泰次郎、東響、2017.6.7

2017-06-07 22:17:02 | オペラ

2017年6月7日(水) 2:00-7:50pm オペラパレス、新国立劇場、初台

新国立劇場 プレゼンツ
ワーグナー 作曲
ゲッツ・フリードリッヒ プロダクション
New production for opera-palace originally based on Finnish National Opera 1996

ジークフリート  80、75、81

キャスト(in order of appearance, also voices’ appearance)

1. ミーメ、アンドレアス・コンラッド (T)
2. ジークフリート、ステファン・グールド (T)
3. さすらい人、グリア・グリムスレイ (BsBr)

4. アルベリヒ、トーマス・ガゼリ (Br)
5. ファフナー、クリスティアン・ヒューブナー (Bs)
6. 森の小鳥、
6-1. (黄) 鵜木絵里 (S)
6-2. (白) 吉原圭子 (S)
6-3. (赤) 安井陽子 (S)
6-4. (緑) 九嶋香奈枝 (S)
6-5. (青) 五月女遥 (ダンサー)

7. エルダ、クリスタ・マイヤー (A)
8. ブリュンヒルデ、リカルダ・メルベート (S)

飯守泰次郎 指揮 東京交響楽団

(duration approx.)
ActⅠ 29+25+26
ActⅡ 24+30+21
ActⅢ 17+15+49


初台ジークフリート3日目。
初日公演感想はこちら
二日目公演感想はこちら

第1幕は場面転換無し。この楽劇はもともと場面転換の音楽が濃くなくて、この幕は場面ではなく登場人物の入れ替わりだけです。さすらい人は2場のミーメとの質問ごっこのシーンだけではなくて1場3場にも歌わなくてもつなぎのように登場してくる。
ノートゥングを鍛える小屋はカミテにセットしてあるがカミテ過ぎ。かつミーメ、ジークフリートともに右寄りでの歌唱が多い。R側の聴衆は何も見えなくて状況確認のため左のほうへ首を長めて観るか音だけ聴くことに。特に3場は最悪と思う。前回書いた通り問題の多いセッティングで、演出というよりもここのホールの角度、多数の観えない席等の顕在化している問題点を把握しているはずのスタッフが調整すべき事項のように思える。小屋の左にあるミニチュアが見える人は限られている。

第2幕も場面転換無し。1幕同様登場人物の移動でシーンが進む。ナイトヘーレと森が同じ舞台で、森はもうちょっとなにか広々感というか工夫があってもいいかと思う。森の小鳥は4羽で、森の木のあちら側から現れて歌う。その前のホルンはちょっと線が細い。
その後の展開、ミーメのモノローグはジークフリートに接近しすぎている。この日は、ミーメがジークフリートにやられるシーン、決まりませんでしたね。両者このシーンの前は離れているほうがより効果的な気がします。

第3幕は動きがある。第1場は何もないところでさすらい人の歌、そしてその舞台が上に持ち上がって下にエルダ。上下の舞台。シンプルですっきりしている。ここは警告シーンではないもののエルダと小鳥は警告面でダブって見える気がする。
2場は、さすらい人が歌った上の舞台に戻り、そこでジークフリートとやりあう。1場2場は合わせて30分ほどで、このあと長大な3場となる。が、2場の最後で剣を折られたさすらい人はすぐには去らずカミテギリギリのところで3場への場面転換のマジックファイアの音楽が鳴るまで立ち尽くす。効果的なつなぎです。が、R側上階だと全く見えないと思う。
その3場はワルキューレを思い出させる炎、横一線の炎が奥から手前に移動、岩山はメタリックな台。その上にブリュンヒルデ。
怖れを知ったところで舞台奥一点から手前にレーザー光線、非常に効果的ですね。心模様とレインボーのような光線が見事に錯綜する。レーザー光線の動きは無し。
ブリュンヒルデのメルベート、惚れ惚れするのは歌だけではない。身体全体中央に縦軸があるかのように左右対称。口よりも大きくひらいた眼も圧倒的、まして歌唱の顔全体が対称性を実感させるもので正しく精密な歌唱を導いているような気がする。シンメトリックな西洋美学を感じさせてくれる。正確でドラマチックなソプラノ、お見事というほかない。

グールドは前2回に比べ1幕から飛ばす。楽に声が出るようになったのではないか。力まずきれいなヘルデン斉唱が素晴らしい。ミーメとさすらい人の掛け合いもいい。
飯守棒は活力があり滑るように進んでいく。快調です。オーケストラの弦が大変に充実していてグイッと持ち上げられた力強さと透明感、スバラシイ。これに比して本日、ブラスは粗雑過ぎた。特に一幕。緊張感足りない。大雑把な吹奏、もう3回あるので気合いを入れなおしてほしい。

2幕は大蛇ファフナーとミーメがお隠れになる修羅場シーンがあれど、それぞれのキャラクターが良く決まっていてなんだかのびのびと歌ってる。みなさんよくとおる声で聴いていて気持ちがいい。アルベリヒとミーメの掛け合い、ファフナーの存在感。ジークフリートも憧憬な味が出た。

終幕1場のさすらい人、グリムスレイは大きく声が出ており大迫力。舞台が持ち上げられるので声の角度もあるのかもしれない。1幕2場から終幕次の2場まで、間髪をいれずの大活躍でした。それにこの場、強靭なエルダ、ぶつかり合うさすらい人。上下の舞台で双方見えていないと思うが息の合ったもので指揮の飯守の見事さも感じるもの。
2場から3場への場面転換は書いた通り。さすらい人は炎の中に眠るブリュンヒルデを確認してから去る。
長大な二重唱。圧巻のカタルシス。1幕からさえていたグールド、ここにきてもうワンステップ踏み込んで大馬力。メルベートとのぶつかり合いは愛というより横綱相撲。唖然茫然の二重唱、今日も心地よくぶっ飛びました。大したもんだ。よかったよかった。
おわり



 

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