河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
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2345- メシアン、幼子イエスに注ぐ20のまなざし、スティーヴン・オズボーン、2017.5.18

2017-05-18 23:49:51 | リサイタル

2017年5月18日(木) 7:00-9:25pm ヤマハホール、銀座

スティーヴ・オズボーン トーク 5′

メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし
                 9+3-3-5-7+10-4-3-3-8-7-3-3-5-12-3-6-7-10-14′

ピアノ、スティーヴン・オズボーン


この作品はお初で聴きます。ピアノのオズボーンは二日前に都響の伴奏でティペットのピアノコンチェルトの日本初演をしたばかり。あのときは左指に何か巻いているようにみえました。今日見たところ左親指と中指にテーピングしていました。強烈弾きの曲、そういったところもあるのかもしれない。

プログラム冊子には5曲毎に重要な楽章が置かれると書いてある。とりあえずそこらへんを頭に入れながら、メシアン自身が書いたという各楽章説明というのを、席はかぶりつきだったのでステージの光をもらって読みながら聴くことになる。

細身のオズボーンが始まる前に5分ほど通訳付きでトーク。そしてそのまま演奏に集中。まさに、コンセントレーションの世界。インスピレーションの再現が成るのか。

9+3-3-5-7+
10-4-3-3-8-
7-3-3-5-12-
3-6-7-10-14

宗教に特に興味を持ってませんので、曲も解説も外からの鑑賞。5曲毎に重要な楽章が置かれる、メシアン解説と曲の重みを聴くと、端的に言って時間がかかる(長い楽章)が重要という感じ。
テーマの現れ具合は以下。
Ⅰ 愛のテーマ
Ⅱ 星と十字架のテーマ


Ⅴ 神のテーマ (数字の3がキーワード)

Ⅶ 星と十字架のテーマ
Ⅷ 

Ⅹ 狩のテーマ、幸せのテーマ
ⅩⅠ神のテーマ、聖母マリアと幼子のテーマ
ⅩⅡ
ⅩⅢ
ⅩⅣ
ⅩⅤ神のテーマ、和音のテーマ
ⅩⅥ
ⅩⅦ
ⅩⅧ
ⅩⅨ愛のテーマ
ⅩⅩ和音のテーマ、神のテーマ

9+3-3-5-7+
Ⅰはピアニシモから始まる。静謐の極み。メロディーラインは無い。メシアン独特のよどみのない響きの沈殿。神のテーマとわかるのは後の話。演奏としては始まる前に息を整え、この楽章でさらに整えるといったところ。
ⅠからⅤの束では、Ⅱの突然のデカい音が激しい。それと、Ⅳの鳥の声が印象的。この束の重要楽章というのはⅤの人間イエスを神イエスが見つめる、というあたりだと思う。3がキーワード。オーケストラ曲でなじみのメシアンサウンドがそのまま出てくる。作曲年次から言ってこのようなピアノサウンドをオケで後年実現させたということだと思う。ピアノからオケというインストゥルメンタルな変化ではなくて、響きのことはずっと最初からイメージされていたのだろう。

10-4-3-3-8-
5楽章毎の束と言いながら、ⅤからⅥへは休みなくそのままの進行となる。このⅥからⅩではアタッカではいるこのⅥが重要な楽章か。フーガ進行、後半の逆行は初聴きでもわかるもので、オズボーンのクリアな演奏では比率のブレすら感じない見事なもので技が冴えまくる。
Ⅷで現れる鳥の声は印象的。最初の束のⅣで出た鳥の声よりも厚みが増している。
結局、この二つ目の束、演奏というのは激しい箇所はさながらアヴァンギャルドな打楽器奏法みたいなところが頻発。もちろん鳴りはメシアンサウンドそのもの。特にバスの響きには強靭なプレイが要求されているように見える。

7-3-3-5-12-
三束目のⅪからⅩⅤ、ここらへんから聴いているほうの脳内はそれまでの楽章が積分され、蓄積されてくるようなちょっとくらくらしたものとなってくる。聴きどころも多い。
聖母賛歌、幼子心臓鼓動、銅鑼、クリスマスの鐘、天使のまなざし、鳥の声、幼子イエスの接吻。メシアンが楽章譜の冒頭に書いたという解説と響きがマッチしてくる。メロディーラインは有って無いようなものだが音響によるイメージ構築それに、心理描写にはうなるしかない。清らかな高まりを内在させた音楽、メシアン作品の高みとオズボーンの圧倒的な演奏はシンクロしていて、これらによるシナジー効果は別世界の位相を感じさせてくれる。素晴らしい。
この束の重要楽章はクライマックスを感じさせるしびれる様なⅩⅤ幼子イエスの接吻と感じる。

3-6-7-10-14
最終束ⅩⅥからⅩⅩは40分かかる長いもの。
最初から最後まで超常現象を擬人化した響きのようでもあり、それを音楽という形態で示したメシアン、作品は長いようでいて一瞬の出来事の気もする。天才技のインスピレーションは月日を相応にかけて作られたものであっても、あとで聴いているほうとしては一瞬のインスピレーションによる一筆書きのように聴こえてくる。
最後の2楽章は長い。愛のテーマの息の長さはトゥーランガリラだろうね。フィナーレに至っては最初から色々あった例えばピアノが打楽器に化けたり木琴になったりトライアングルになったり、シンバルのような響きを醸しだしたり等々、それらあったものを集大成したようなめくるめく響き饗宴ワールド。オズボーンの左腕は最低音から始まり同時に右腕は最高音から降下する。じゃばらのような弾きはメシアンの深淵を覗き込む、生と死を同時に、出現と昇天を同時に、見事に描き切っているし、まだ先がありそうでもある。ふと、最初の楽章、父なる神のまなざし、神のテーマが頭の中を駆け巡る。結局のところ、2時間5分の世界なれど、宇宙の果てまで行って折り返して戻ってきたような気持ちになった。最終楽章は極めて感動的な音楽と演奏でした。

演奏を終えたオズボーンは放心状態。精神の集中と肉体の強靭さ、両方を必要とする作品。
オズボーン、神技だったな、とメシアンが言っている。

おわり

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