河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

2264- オベロン、チャイコフスキーVn協、イワノフ、グラズノフ5番、小泉和裕、都響、2017.1.23

2017-01-23 23:16:43 | コンサート

2017年1月23日(月) 7:00pm 東京文化会館

ウェーバー オベロン 序曲  9′

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲ニ長調 18′6+10′
 ヴァイオリン、ヨシフ・イワノフ
(encore)
ヴィニアフスキー カプリース第4番  2′

Int

グラズノフ 交響曲第5番変ロ長調  11′5′9′8′

小泉和裕 指揮 東京都交響楽団


グラズノフは初生聴き。コンパクトな作品。
第1楽章は様式感があると思うが、そのようなことをあまり考えず流れるままに。息の長さが中途半端。主題のフシが混然としている。
第2楽章はスケルツォとトリオっぽいが、スケルツォと同じような軽快感。色合いが少し違うといったところ。
第3楽章は、ラフマニノフ風の綿々としたメロディー、息が少し短いと思うのは第1楽章と似ている。
第4楽章はロシア民族音楽風な流れ。ここでも息の長さが気になる。総じて中庸といったところか。
演奏のほうはウィンド風味に寄ったホルンで、それらとのハーモニーとアンサンブルで聴かせる。ブラスセクションの咆哮にホルンは欠けているように聴こえる。弦は深みが無い。全般に硬い音で、硬くて水準レベルであれば耳に明確に聴こえてくるので彫りが深くなくても相応なレベル感に聴こえる。ヨーロッパの聴衆はあまり好まないものと思う。
小泉棒は揺れる。晩年のカラヤンに自らをオウヴァーラップさせる自己陶酔的な昨今と強く感じる。長年折あらば聴いてきましたけれども、最近は特にその傾向が強いと思う。選曲をオーソドックスなものに集中させるのは、それはそれでいいとしても、棒にそれほどの充実を感じない。近くで観ているとよくわかる。
オーケストラは冷静な眼で見ていると思いますし、今の音楽監督の水準に達する努力をして答えを出すのが当然のあたりまえと思ってしかるべき。オケはやる気のモードがずれている気がする。

チャイコンを弾いたイワノフ、弦は丸いものだ、クリスタルな音色は接触部分の形状が目に浮かぶようで、鮮やかなきれいな音。冷静さの中に遠慮みたいなものが垣間見える時がある。
第2楽章の歌はオケと独奏者がそれぞれ別の歌を歌っているように聴こえる。リハーサルでの音楽的な意識合わせは無いと思う。指揮者がソリストのほうをまるで見ないのも気になる。

プログラム頭にドイツ物一つ入れて、いつも通りの5分遅れ入場、20分休憩と、ソリストのアンコール入れても、毎度改善大有りのタイムチャートによるショート・コンサート。
おわり

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