河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2422- ベートーヴェン、創作32変、32番、ディアベッリ変、コンスタンチン・リフシッツ、2017.10.6

2017-10-06 23:39:43 | リサイタル

2017年10月6日(金) 7:00-9:20pm ヤマハホール、銀座

オール・ベートーヴェン・プログラム

創作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80  11′
ピアノ・ソナタ第32番ハ短調Op.111 11-20′
Int
ディアベッリのワルツの主題による33の変奏曲ハ長調Op.120  61′

(encore)
6つのバガテルより第5番ト長調Op.126  2′

ピアノ、コンスタンチン・リフシッツ


華金、雨の銀座、こってりとディープナイトを。
などというあまったるい妄想を完全にぶっとばしていただきました。草木もなぎ倒す筆舌に尽くしがたいぶっ飛びプレイに悶絶。

当夜のリサイタルは、当世、ご多分にもれず副題付き。
変幻自在~ベートーヴェンの変奏曲の世界
というもの。確かにバリエーション3曲なんだが、それよりも変幻自在というほうに完全に向いたものでした。

プログラムは巨大。前半2曲目に111を置くというもの。これを聴いて1曲目の創作主題変奏曲は吹き飛んでしまったが、それでも圧倒的な強い弾き、切れ味の鋭さ、明快な音楽づくり等々はその1曲目において既にヴェールを脱いでおり耳に刻まれていたから気持ち、少しは心の準備ができていてそれなりに冷静に聴くことが出来たという心的作用子としてはあれがあってよかったという話にはなる。というぐらい、ハートの中にバシバシと容赦なく踏み込んでくるような演奏ではあったのだ。

強くて太くてンスピレーションの塊のような111プレイ。横滑りしない深い弾きは腕まくりした腕そのもののような無骨さも垣間見える。
下降する2音から始まったとめどもなく強い弾き。仰天弾き。誰にも止められないだろう根っこの生えたような音。くさびのような第1楽章。
そして第2楽章ベートーヴェン・リフシッツワールド。変奏曲とはいってもあまりの激烈なデフォルメに途中から追えなくなった。変奏曲のような推移のメリハリはほとんどない。第3変奏あたりからだろうか、音楽は異常に盛り上がり最高潮に達する。鍵盤崩壊を起こしそうな打撃。即興、アドリブのような音の流れ。アナーキーな世界へ。空中分解したのは聴いているこちらだけなのだろうが、完全に方向感を失ってしまった。なんだろう、この世界。
この楽章頭、指を軽く落としていくデリカシーの塊のような主題、そして5変奏終えた後の静寂のコーダ。これらの間に展開しためくるめくような変奏。なんという見事なフレームワーク。あれだけ崩壊したように聴こえたベートーヴェンがパーフェクトに自在なフォームで成り立っていたということをはっきりと感じさせてくれるリフシッツベートーヴェン。はるかな高みに連れ込んでくれたリフシッツの演奏はお見事と言うほかない。エキサイティングベートーヴェン。30分越えの演奏でした。

後半は巨大なディアベッリ。とことん33個数えてやれ、という気持ちで臨んだのだが、やっぱり無理。
音は強いが強引さを全く感じない演奏は彼の一つのスタイルなのだろうからナチュラルなのだろう。こちらも前半のあれで多少は慣れたのもあるかもしれない。
そういったこととは別にもうひとつ印象的なのは短調のバリエーション。力を抜き物憂げな色あいが濃くにじみ出てくる。作品の幅がグッと広がりますね。
一つ一つの変奏の際立った色彩、強烈なコントラストにより全体の振幅がものすごく大きくなり、巨大な作品を聴いていることを実感出来る。巨大な作品であることを感じさせてくれるリフシッツの演奏、まずはベートーヴェンありきという強烈な説得力。
ということで短調の変奏が続くあたりで、その見事さにカウントを自然忘却。ビッグな演奏に感服。タップです。

物理的な音の強さを作品の表現エレメントのひとつとして濃く体感、また、その裏にあるものまでことごとく体感できた一夜でした。
腰砕けで雨の銀座を退散。ありがとうございました。
おわり







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