《河童》の旅メモ

   ちょこっと東京

幸村探索・大坂「かつては桜の名所とか…」

2017年02月12日 | Weblog

生國神社の南側にある真新しい鍾楼門(平成20年立替)がある齢延寺(れいえんじ)。
寛永9(1632)年に、真田丸近くの真田山(現・真田公園)からここに移転。
鐘楼門の扉には「見ざる、言わざる、聞かざる」の透かし彫りの立派な彫刻が施されている。
江戸時代は「齢延寺の彼岸桜」と呼ばれた桜の名所で、いまも桜の木が多く、大樹、古墓の多い寺として知られる。
境内には、幕末に私塾・泊園書院を興して活躍した儒者の藤澤東咳・南岳父子や、
画家の鍋井克之、名刀鍛冶師の左行秀の墓がある。
また、御方洪庵、斉藤方策と並ぶなにわの3名医のひとり・原老柳ゆかりの老柳観音には、
病気平癒を願って訪れる参拝者が多いとか。

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