《河童》の旅メモ

旅メモより

奈良町探索「茶道発祥の地」

2012年05月30日 | Weblog
室町時代中期の茶人。村田 珠光(むらた じゅこう)が子供のとき、親に強制的に出家させられた寺が稱明寺。その後出家の道を嫌い勘当され一休と出会い、茶の湯と禅を加えた四畳半「わび茶」の創始者とされている。
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奈良町探索「黒漆喰の家」

2012年05月29日 | Weblog
黒漆喰の二階建ての家。「黒漆喰の家はお金持ちの家」とか聞いたことがある。大きな屋敷である。玄関に「国産・御筆司」と云う金属製のプレートがかかっているので、奈良筆の商いされているのだう。お尋ねしょうと思ったが、残念ながらお留守のようで応答がなかた。
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奈良町探索「アートな家」

2012年05月28日 | Weblog
古い形式住宅だけではない。周囲の建物からは程遠いと思われる建物の入口。建った当時は近所から「ハイカラな家やなー」と言われていたのだろう。豆知識・ハイカラとは明治時代に使われだした日本語であるらしい。
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奈良町探索「起り(りむく)屋根」

2012年05月25日 | Weblog
「起り(りむく)屋根は草庵や数寄屋など、庶民の少し豪華な屋敷に用いられることが多く、質素にして控えめ洗練された面持ちをつくります」とある。さらに「屋根に降った雨水が最後まで残るのは軒先で、軒先ほど勾配を急な傾きにして、軒先ほど早く水を切ろうとする効果が得られます」と。木造家屋に対する「智恵」は近代建築により、このような伝統的な家屋がどんどん消えてゆく寂しさが、いま、この奈良町にある。
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奈良町探索「大和棟」

2012年05月23日 | Weblog
屋根両側の瓦葺の間はかつて茅葺だった「大和棟」の形が残る。高塀造(たかへづくり)とも言われる。奈良盆地を中心に河内、南山城地域にかけて多く見られる。
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