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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

2014年上半期 「オトナの男」にオススメの本(その2)

2014年07月11日 | 書評した本 2010年~14年

この12年間、ほぼ1日1冊のペースで本を読み、毎週、雑誌に書評を書くという、修行僧のような(笑)生活を続けています。

今年の上半期(1月から6月)に「読んで書評を書いた本」の中から、オトナの男にオススメしたいものを選んでみました。

その「パート2」。

閲覧していただき、一冊でも、気になる本が見つかれば幸いです。


2014年上半期 
「オトナの男」にオススメの本
(その2)

八木圭一 『一千兆円の身代金』 宝島社

第12回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞受賞作。描かれるのは誘拐事件だが、要求額は前代未聞の1085兆円である。

被害者は元閣僚の孫で、叔父も現職議員という小学生・篠田雄真だ。事件発生と同時にマスコミ各社に犯人「革命係」からの声明文が届く。そこには政府の財政政策への鋭い批判と、国の財政赤字と同額を身代金とすることが記されていた。

捜査に当たるのはベテラン刑事・片岡と若手の今村だ。このコンビも財政危機に対する謝罪や再建案を求めるという犯人側の異例の要求に戸惑いを隠せない。しかし、人質の命のリミットは刻々と迫ってくる。

物語は刑事たち、記者、学生、保育士、そして革命家Nを名乗る男など複数の関係者の視点で語られる。そのジグソーパズルのような構成は見事で、読む者を最後まで牽引していく。


外山滋比古 『人生複線の思想~ひとつでは多すぎる』 
みすず書房


副題はアメリカの女流作家の言葉で、「ひとつではダメ」という意味。本書は複眼の思考と復路のある人生のためのヒント集だ。

若い頃から知識信仰の人だった著者はふと考えた。知識は過去の集積であり、そこから新しいものを生み出せるのかと。以後、自力で前へ進むための思考や想像力を大事にしてきた。

そして今、人間は前を見たり後ろをふりかえったりしながら生きるものだと分かったと言う。知識を大切にし、自己責任の思考も大事にすること。これを「知的開眼」とまで呼んでいる。90歳を超える碩学の柔軟さに驚くばかりだ。

本書は「新潮45」など雑誌での連載をまとめたもの。学生の就職難を貴重な失敗体験として捉える新経験主義で語り、「我が道を往く」という猪突猛進型の人生に対しては、志の在りどころとその行き先を問いかける。


小林信彦・萩本欽一 
『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑(ショウ)タイム』 
集英社


テレビ黄金時代を内部から見ていた作家と、元祖・視聴率100%男のコメディアン。40年の交流がある2人だが、意外や本格的対談は初となる。クレイジー・キャッツ、渥美清から森繁久彌まで。語られるのは生きた喜劇史であり、本書全体が一級の資料でもある。


永 六輔 
『むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く』 
毎日新聞社


書名は作家・井上ひさしの座右の銘だ。著者もまたこの言葉を大切にしてきた。毎日新聞に連載したコラム集だが、本拠地であるラジオの活字版ともいえる。カタカナ語と日本語、テレビとラジオ、そして自身のパーキンソン病のこと。遊び心とユーモアも健在だ。


野上照代 『もう一度 天気待ち~監督・黒澤明とともに』 草思社

著者は黒澤明監督作品には不可欠だったスクリプター。身近で見てきた監督と俳優、制作現場の秘話までを開陳している。13年前に出た回想記に新たな書き下ろしを加えた復刊だ。三船敏郎や仲代達矢はいかに黒澤と切り結んだか。監督の執念の凄さもリアルに描かれる。


月村了衛 『機龍警察 未亡旅団』 早川書房

本書で第4弾となるシリーズをひとことで言えば“至近未来警察小説”だ。この時代、大量破壊兵器は衰退し、機甲兵装と呼ばれる近接戦用兵器が普及していた。

強力な「龍機兵」を駆使する警視庁特捜部にとって、未曾有ともいえる敵がやって来る。その名は「黒い未亡人」。チェチェン紛争で夫や家族を失った女だけの武装組織だ。日本に潜入した彼女たちが仕掛けるのは決死の自爆テロである。

最初の事件は相模原で起きた。工業製品密売の外国人グループを逮捕する際、容疑者たちが仲間を逃がすために次々と自爆したのだ。しかも死んだのは未成年の少女ばかりである。

現場にいた特捜部の由起谷警部補は一人の少女の顔を思い浮かべた。また同じ特捜部の城木理事官は国会議員である実の兄に対し、ある疑念をもつ。それは悪夢のような戦いの始まりだった。


猪野健治 『やくざ・右翼取材事始め』 平凡社

何というスリリングな人生だろう。著者は、やくざや右翼といった、いわゆる“危ない”人たちと向き合い続けてきた数少ないジャーナリストだ。なぜこの道を選び、いかに歩んできたのかが明かされるだけでなく、彼らに関する格好の入門・解説書となっている。

1933年生まれの著者が、やくざや右翼を足掛かりとして、社会の見えざる深層に迫り始めたのは60年代のことだ。

本書には三浦義一、笹川良一、田岡一雄など、その世界のビッグネームが並んでいる。生い立ち、人柄から力の源泉のあり処まで、“パラレルな戦後史”とも言うべき男たちの軌跡が語られる。

著者の原点にあるのは、あらゆる差別に対する憤りだ。また貧困を抱えた在日韓国・朝鮮人や被差別出身者と裏社会の関係も探った本書は、猪野ノンフィクションの集大成である。


重金敦之 『食彩の文学事典』 講談社

文士たちの描いた食べ物が一堂に会する、画期的な文学辞典だ。たとえば大根。池波正太郎「剣客商売」には猪の脂身と大根だけの鍋が登場する。水上勉は「皮をむくな」と寺での小僧時代に教えられたと書く。250冊から抽出された和食のエッセンスが味わえる。


丸山圭子 『どうぞこのまま』 小径社

書名から28年前のヒット曲を思い浮かべる人も多いはずだ。本書は元祖女性シンガーソングライターである著者の回想記。16歳で経験した最愛の父との別れ。音楽の世界での葛藤。許されぬ恋に悩んだ日々。そして、あの名曲の誕生。行間から70年代の風が吹いてくる。


久住昌之:著 和泉晴紀:画 『ふらっと朝湯酒』 KANZEN

著者はドラマ『孤独のグルメ』の原作者。罰当たりな“朝の贅沢”エッセイだ。都内のスーパー銭湯で男の夢である朝湯・朝酒を堪能する。ただしそこでの楽しみは風呂や酒だけではない。同席の客たちの生態がすこぶる可笑しい。読後、手ぶらで足を運んでみたくなる。


姜尚中 『心の力』 集英社新書

人はよく「過去をふり返らず、未来に向けて前向きに生きろ」と言う。だが、未来そのものが不安定な時代だ。著者は人生に意味を与える物語に注目し、心に力をつけようとする。選ばれたのは夏目漱石の『こころ』と、トーマス・マンの『魔の山』である。

グローバリゼーションによって価値観が画一化され、生き方に「代替案」がないのが現代だ。生きづらい時代と心の関係を描いた漱石とマンを読むことの意味がそこにある。キーワードは「心の実質」。両作品の“その後”を描いた実験的小説も大いに刺激的だ。


緒川 怜 『迷宮捜査』 光文社

世田谷区で発生した母子殺害事件から物語は始まる。注目すべきは、現場にあった遺留品が一年前に目黒区で起きた一家惨殺事件に関係していたことだ。捜査員たちは同一犯を思ったが、なぜか上層部は両者を切り離すことを決定する。

捜査に当たるのは一課の名波と上司の鷹栖警部だ。被害者である沢村優子は通信社の外信部デスク。24歳の息子・直純は引きこもりだった。二人の周辺を探る名波たちだが、背後では公安部も動いており、捜査は混迷の度を深めていく。

しかも思わぬ証言者が現れる。同じ現職刑事が、自分が何者かに操られて犯行に及んだと言い出しのだ。

殺された優子と直純には隠された過去がある。いや、それだけではない。鷹栖や名波自身も他人に知られたくない事情を抱えていた。緊迫のラストまで一瞬も気を緩めることはできない。


適菜 収 『箸の持ち方~人間の価値はどこで決まるのか?』 
フォレスト出版


「箸使いに人間性のすべてが表れる」と著者は言う。内面は姿勢、表情、立ち居振る舞いなど外面の集積。それを端的に示すのが箸使いであり、人物を見極める際の指標となる。なぜなら、あらゆるものは型でできており、型が身についている人を教養人と呼ぶからだ。


坂崎重盛 『ぼくのおかしなおかしなステッキ生活』 求龍堂

編集者であり随筆家である著者が開陳する愛杖生活。もちろん遊び心のステッキだ。暇つぶしの収集家としてスタートし、漱石や花袋などの作品に描かれたそれを味わい、やがて自身も使用して愉しむようになる。仕込み物、頂戴物、掘り出し物と、この世界も奥深い。


【気まぐれ写真館】 台風接近中の多摩川 2014.07.10 

2014年07月11日 | 気まぐれ写真館

「視聴覚教育」での収録続く

2014年07月11日 | 大学