ローマ法王の葬儀、各国元首が参列し最大規模に (ロイター) - goo ニュース
この1週間、世界の注目はイラクでもレバノンでも北朝鮮でもなく、ローマであったことは間違いありません。
予めこの時期のローマ旅行を計画し、チケットやホテルを確保した人は、それはそれで一安心である反面、
逆に予想だにしなかった人の多さ(そして一部の店で行われているであろう便乗値上げ)に驚いていると思います。
それだけ、ローマ法王パウロ2世の功績、影響力は絶大だったことの証です。日本時間の8日夕方から始まる
葬儀は当然のこと、何十万人もの人々が何時間も列に並んで最後のお別れをしてきたこの1週間全て、「史上最大の葬式」と
言っても過言ではありません。恐らく自分が生きている間にこれを超える葬儀が行われることもなければ、
ここまで盛大な葬儀を行ってもらえるほどの人物も現れないでしょう。
東西世界と宗教間という二つの対立を解決させたローマ法王に弔意を払うべく、今日の葬儀には世界各国から
アメリカ大統領から国連事務総長まで、元首級の人々がローマで一堂に会します。元首たちは、これまでの法王の
功績をたたえつつ、安らかな眠りへの祈りをささげるという意味では共通点がありますが、しかしこの葬儀がなければ
存在し得ない利害対立や個別の問題を携えてローマへ向かっているのです。
恐らく葬儀を前後にして、元首たちは「弔問外交」と呼ばれる外交交渉を繰り広げることとなるでしょう。
葬儀というのは誰かが死ななければ始まらないわけで、例えば1ヶ月前から葬儀に備えて誰と何を話し合うかに
ついて決めておくということは通常ありえないと思われるので、弔問外交で世界がビックリするような合意が
なされたりすることは多くありません。それでも、顔を付き合わせることで、何らかのチェックを入れたり、
主張したいことを伝えたりはできるかと思います。これは通常の葬式で親戚が集まってあれこれと話をするのと
同じようなものだと思ってください。
今回、主要国(といってもキリスト教徒が多い国がほとんどなのだけれども)は元首を出しているにもかかわらず、
なぜか日本から首相がローマへ行くこともなく(東京のカテドラル聖マリア大聖堂で行われたミサにすら名代の出席)、
「首相補佐官」なるポストになっていた元外相の川口順子氏が参列することとなっています。実は数年前ある中東諸国の
元首の葬儀が行われた際にも、各国から元首が一同に介したにもかかわらず、日本首相の出席は見合わされました。
その理由がばかげたもので、「(葬儀の少し前に)実際に会って話をしたからいい」という趣旨のものでした。
今回、なぜ首相自らがローマへ行かないのかの理由はわかりませんが、本来ならば首相自らが弔意を表すために
ローマへ行く、そして首相自らがそこで会う世界の元首に対して自国の主張を行うべきではないでしょうか。
どの国もそうなのでしょうけれども、日本も多くの国際問題及び二国間問題を抱えており、加えて悲願である
国連安保理の常任理事国入りへの働きかけという課題もあります。「人の死を利用して」と言ってしまうのは、
あまり聞こえがよろしくないのですが、これも一つの外交ゲームなのであり、こういうときだからこそできる
外交努力のチャンスを逃しているのでは、日本へ通じる道が雑草だらけになりかねません。
この1週間、世界の注目はイラクでもレバノンでも北朝鮮でもなく、ローマであったことは間違いありません。
予めこの時期のローマ旅行を計画し、チケットやホテルを確保した人は、それはそれで一安心である反面、
逆に予想だにしなかった人の多さ(そして一部の店で行われているであろう便乗値上げ)に驚いていると思います。
それだけ、ローマ法王パウロ2世の功績、影響力は絶大だったことの証です。日本時間の8日夕方から始まる
葬儀は当然のこと、何十万人もの人々が何時間も列に並んで最後のお別れをしてきたこの1週間全て、「史上最大の葬式」と
言っても過言ではありません。恐らく自分が生きている間にこれを超える葬儀が行われることもなければ、
ここまで盛大な葬儀を行ってもらえるほどの人物も現れないでしょう。
東西世界と宗教間という二つの対立を解決させたローマ法王に弔意を払うべく、今日の葬儀には世界各国から
アメリカ大統領から国連事務総長まで、元首級の人々がローマで一堂に会します。元首たちは、これまでの法王の
功績をたたえつつ、安らかな眠りへの祈りをささげるという意味では共通点がありますが、しかしこの葬儀がなければ
存在し得ない利害対立や個別の問題を携えてローマへ向かっているのです。
恐らく葬儀を前後にして、元首たちは「弔問外交」と呼ばれる外交交渉を繰り広げることとなるでしょう。
葬儀というのは誰かが死ななければ始まらないわけで、例えば1ヶ月前から葬儀に備えて誰と何を話し合うかに
ついて決めておくということは通常ありえないと思われるので、弔問外交で世界がビックリするような合意が
なされたりすることは多くありません。それでも、顔を付き合わせることで、何らかのチェックを入れたり、
主張したいことを伝えたりはできるかと思います。これは通常の葬式で親戚が集まってあれこれと話をするのと
同じようなものだと思ってください。
今回、主要国(といってもキリスト教徒が多い国がほとんどなのだけれども)は元首を出しているにもかかわらず、
なぜか日本から首相がローマへ行くこともなく(東京のカテドラル聖マリア大聖堂で行われたミサにすら名代の出席)、
「首相補佐官」なるポストになっていた元外相の川口順子氏が参列することとなっています。実は数年前ある中東諸国の
元首の葬儀が行われた際にも、各国から元首が一同に介したにもかかわらず、日本首相の出席は見合わされました。
その理由がばかげたもので、「(葬儀の少し前に)実際に会って話をしたからいい」という趣旨のものでした。
今回、なぜ首相自らがローマへ行かないのかの理由はわかりませんが、本来ならば首相自らが弔意を表すために
ローマへ行く、そして首相自らがそこで会う世界の元首に対して自国の主張を行うべきではないでしょうか。
どの国もそうなのでしょうけれども、日本も多くの国際問題及び二国間問題を抱えており、加えて悲願である
国連安保理の常任理事国入りへの働きかけという課題もあります。「人の死を利用して」と言ってしまうのは、
あまり聞こえがよろしくないのですが、これも一つの外交ゲームなのであり、こういうときだからこそできる
外交努力のチャンスを逃しているのでは、日本へ通じる道が雑草だらけになりかねません。














